駄女神に拉致られて異世界転生!!どうしてこうなった……

猫缶@睦月

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8.未来へ……

16.黒い森

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 早朝にノヴィエロ伯爵宅を発った僕たちは、マール・マレ湖を右手に見ながらひたすら北上しました。軽食を馬車の中でとりつつ移動を優先し、途中の小さな町や村を一切無視しています。

 これは、ノヴィエロ伯爵領より北の街道には、山賊や野盗の出没している可能性が高いという情報を、デーゲンハルト氏が冒険者ギルドより持ち帰ってきたからです。
 なんでも、ある程度大規模な隊列を組んだ行商人の往来には問題はないようですが、少人数で北部からやってくる行商人が最近激減しているとのことです。
 これは、十分な護衛を付けていない商人たちが、襲われて全滅している可能性を意味しています。普通は、荷物を奪っても、商人や護衛の冒険者を殺害することは稀ですが、北部のヴェルフ男爵家は最近領地を拝領したばかりで、討伐にまで手が回らないと見透かされた結果のようですね。
 ノヴィエロ伯爵家としても、他家の領地まで兵を回すわけにもいかないので、やむをえないところもあります。

 一般の馬車の速度は、夏は時速にして11~13キロメートル、冬場で時速8キロメートルち言われています。
 しかし僕たちの馬車は馬ではなく、ゴーレムホースが引いているために、時速20キロメートルで巡航することが可能であり、季節による速度の変動もありません。
 高性能の馬車ではありますが、交通量の多い街道で馬車の速度を上げてしまうと、他の馬車や人々との速度差もあり、直ぐに追いついてしまって先に進めなくなってしまいます。結局、道幅の狭い地方街道では、周囲の速度に合わせるようにするしかありません。

 しかし、領外へと近づくにつれ減っていく旅人や行商人のおかげで、ペースを上げることができ、このまま進めば隣のノヴィエロ伯爵領に隣接する、ヴェルフ男爵領の町ブルグに到着することができそうです。

 ノヴィエロ伯爵領北部からヴェルフ男爵領南部には、黒い森フォレスタ・ネラと呼ばれる広大な森林地帯が広がり、馬車がすれ違うことができるのがやっとという細い街道一本が、木々の間を縫うように続いています。
 しかし、石畳とまではいかないまでも、ある程度整備されていた街道は、ヴォルフ男爵領に入った途端に荒れ始め、土を踏み固めただけの道へと変わってしまいました。

 所どころ日差しの差し込む木々のトンネルのような街道は、木々の密度が増すにしたがって、暗く先の見えないものへと変わっていきます。

「襲撃者が来るとしたら、往路での黒い森フォレスタ・ネラが最適なんだがな。おそらく仕掛けてはこないとは思うが……」
 クラリスさんの入れた紅茶の香りを楽しみながら、窓の外の鬱蒼とした森を見つめ、コリーヌさんがつぶやきます。

「ここが最適だと思われる要因は何ですの?」

 緊張した表情でアメリアが質問すると、座席の間に設置されたティーテーブルにカップをのせて、ゆっくりと答えてくれました。 

黒い森フォレスタ・ネラを通る街道は、人通りも少なく、街道ギリギリまで草が生い茂っている。伏兵を配置するには都合が良いうえに、街道両脇の森は魔物の巣のようなものだ。獲物が森を通って逃げおおせることもできない」

「魔物も居やがるのか…… なぁ、本当に連中は来ると思うか?」

 魔物という言葉に反応したのは、こちらから同行をお願いしたサンドラさんです。薄気味悪そうに外を見ながらささやく様に言葉を紡ぎました。

「サンドラさん自身も狙われている可能性がありますからね。こちらの戦力を把握していながら、勝てると踏めば来る可能性は高いと思いますが……
 おそらく往路では仕掛けてこないというのが、僕とコリーヌさんの見解ですね」

 幼い頃から外の世界にあこがれていたサンドラさんは、女性としては大柄なこともあって、貴族令嬢としての生活になじめなかったそうです。
 そんなサンドラさんに、ご両親は理解を示した上で、サンドラさんがノヴィエロ家を出奔したという形をとって、自由にさせてあげることにしたそうです。お姉さんや兄上たちとの関係も、身分も財産も投げ捨てて、家を出奔したために、ありがちな兄弟間の不仲もないようです。

 しかし問題は、さらうべき対象である『貴族家の人間として相応しくない人間である』という判断を、だれが行っているのかということです。

「さらわれた全ての貴族子息・子女が、全員問題があっても家族からうとまれていたわけではないだろう。ならば、実行犯側が貴女に目を付けなかったとは言えないのでな。
 貴女の実力を信じていないわけではないが、使用人の一部も含んだ複数の敵相手では、後手に回ることもあると思う」

 相手がどの程度実力を行使してくるかはわかりませんが、サンドラさんだけを僕たちから離しておくのは危険だと思うんですよね。

「それに…… クラリスさんも、サンドラさんがいたほうが安心しているようですしね」

 僕の言葉に、コリーヌさんの隣に座っていたクラリスさんが、顔を赤らめてうなづきます。

「だいぶ慣れてきたとはいえ、コリーヌさんと私では身分の差がありすぎます。サンドラも、貴族のお嬢様ではあるんですけれど、私としては同じ医療班のサンドラという仲間がそばにいるので安心できるんですよ」

 うーん、ちょっと背景にユリの花が見えた気がしますが、気のせいでしょうね。実際、ヒーラーとしてのデーゲンハルト氏とクラリスさんに不足はありませんが、この二人は戦闘力が正直高くありません。
 アルバートも基本的には植物学者ですが、仮にもアレキサンドリア評議会が国外での活動を認める程度には実力はあります。

 とはいえ、アルバート一人にクラリスさんとデーゲンハルト氏の防御を任せるのは不安となります。サンドラさんは医療班とはいえ前衛職もできますので、アルバートと二人でヒーラー二人を守りつつ、必要に応じて回復補助に回ってもらえれば、僕とアメリア以外の最大戦力であるコリーヌさんが自由に動けるようになるのです。
 まあ、護衛対象であるコリーヌさんを攻撃参加させるつもりはありませんが、僕とアメリア二人で四人を守るよりは、全体が見える位置に指揮官コリーヌさんを置ければ万全というわけです。

 窓の外に視線をやると、まだ夕暮れには早い時間のはずですが、木々の陰で薄闇に包まれ始めています。黒い森フォレスタ・ネラと言われる由縁でしょうね。
 僕はキャビンの扉を右手で開けると、左手には空間収納から呼び出したHalleyハレーを取り出しました。そして、アリシアにお願いします。

「アリシア、初めに僕が出るから、貴女は客室キャビンに残って防御を頼みます。何かあったら、腕輪に仕込まれてる通信機能を使って呼び出してください」

 アリシアがうなづくのを確認した僕は、Halleyハレーを駆って暗いトンネル状の街道に飛び出したのでした。
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