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第6話 根源封じの指輪
しおりを挟む俺は意を決して、堂々と提案した。
「なぁ、この後俺の家こいよ!」
その瞬間、雪華の瞳がまん丸に見開かれる。
「えぇっ!!?」
声にならない声を上げる雪華。いや、そんなに驚くか?これくらい普通だろ?
――嘘だ。俺の心臓はドラム缶並みにバクバクしている。
異世界で魔王と戦った俺でも、この一言を言うのにどれだけの勇気が必要だったか。
でも、雪華にはそんな俺の内心は悟らせない!
俺はあくまで涼しげな顔で付け加える。
「泊まるところないんだろ?俺、両親いなくてさ……部屋だけなら空いてるから。」
雪華の驚きの表情が一瞬曇る。あれ、今の言い方ちょっと重かったか?いやいや、大丈夫。問題ないはずだ。
実際、家には俺と妹しかいない。空き部屋もあるし、雪華が来たところで何も問題は……
いや、ちょっと待て。問題あるな。妹だ。貴音がいる。
あの妹が、突然家に連れてきた雪女を見たらどう反応する?
……やべぇ、めちゃくちゃ揉めそうだ。
しかし、ここで引き下がるわけにはいかない。俺は雪華を救うと決めたんだ。
彼女は信じられないような表情で口を開く。
「いいんですか?」
俺は迷いなく答えた――いや、迷ったら負けだ!
「もちろんいいよ!」
雪華は少し戸惑いながらも、頬を赤らめて微笑む。
その姿に俺は思わずグッと拳を握った。
――よっしゃああああ!これで俺の家に美少女がやってくる!!!
勝利を確信した俺は、早速家に帰った時のシミュレーションを始める。
「妹が暴れる前に、夕飯を餌に黙らせる!」とか、「雪華用の布団、どの部屋に用意する?」とか。
だが、そんな俺のテンションをよそに、雪華が小声でポツリと呟いた。
「でも……本当に凍らないですか……?」
……おっと。
そのリスクを忘れかけていた俺は、雪華の目を見て、再び自信満々に言った。
「心配すんな!俺力、マジで万能だから!!」
――とは言ったものの、頭の中では必死に考えていた。
どうやって彼女の悩みを解決するか。触れるだけで凍るなんて、こっちの世界じゃあまりにも不便すぎる。
「でもなぁ……あ、そうだ!」
突然、俺はひらめいた。異世界で手に入れたアレがあるじゃねぇか!
「え?」雪華が首を傾げる。
「ちょっと待ってろ!」
俺はポケットの中をガサゴソ探り始める。
お菓子の包み紙……ケチャップの小袋……え、これいつのだ?……あ、違う違う!
――ゴンッ!
「あてっ!」
勢いよくポケットに手を突っ込みすぎて、テーブルの端に肘をぶつけた。
雪華は小さく「大丈夫ですか……?」と心配そうに見つめてくる。
くそっ、この可愛さで負けてたまるか!俺はプロ意識を取り戻し、再びポケットを探る。
そしてついに――見つけた。
「これだ!」
手に持ったそれを雪華に見せつける。
――キラリと光る指輪。
「……指輪?」
雪華が首をかしげる。
「そう、これはただの指輪じゃない。異世界で魔法使いマーリンからもらった『根源封じの指輪』だ!」
俺は胸を張りながら堂々と宣言した。
異世界でこれを嵌めると根源の力を封じられるっていう超便利アイテムだ。
――――――なぜか、現実世界に戻ってきたときポケットに入ってたんだよな。
正直、異世界帰還直前の記憶がごっそり抜け落ちてるんだけど、まぁ結果オーライってことで。
問題は……この指輪の効果がこっちの世界でも通じるかどうかだな。
「……で、それを私にどうするんですか?」
不安そうな顔を浮かべる雪華。
俺はニヤリと笑いながら言った。
「雪華の冷却パワーをこれで封じてみようってわけさ!」
「えぇっ!?」
彼女は驚きで目を丸くする。
まぁ、保証はないんだけどね。
でも異世界の万能アイテムなら、なんとかしてくれるんじゃねぇか?みたいな謎の自信がある。
「試す価値はあるだろ?」
俺はそう言いながら、彼女の手を取り、指輪をはめる準備を始めた。
――その瞬間。
「えぇぇぇぇぇ!?ま、待ってください!!!」
雪華が耳まで真っ赤にしながら慌て出した。
「え、なんだ?」
「け、けけけ結婚指輪なんですか!?私なんかでいいんですか!??」
……待て待て待て、何を言ってるんだこの子は!?
「違ぇよ!!これ実験だって!『俺と君の未来を繋ぐ愛の証』とかそんな話じゃないから!!!」
俺の全力の否定も空しく、雪華は赤面しながらさらに混乱。
「え、でも指輪ってそういう意味じゃないんですか!?だって人間の文化では――――あ、私、人間じゃなかったですけど!」
「いやいや、深い意味なんてねぇから!ただの魔法的アイテムだってば!」
俺が必死に弁解する中、雪華はさらにテンパり始めた。
「えぇぇぇぇ!?でも、でも指輪って特別な意味があるって本で読みましたよ!指輪を女の人の指に……それって求婚の儀式ですよね!?え、あの、私なんかでいいんですか!?いや、そんな、でも……!!」
おいおい、なんだその飛躍した結論は!?俺の意図がどんどん恋愛方向にねじ曲げられてるぞ!!
「と、とにかくつけるぞ!?魔法的な実験だって言ってるだろ!」
俺は強引に彼女の手を掴み、人差し指に指輪をはめようとしたその瞬間――
「――っ!わ、わかりました!!!」
雪華が突然、目を潤ませながらまるで神聖な儀式に挑むような表情を浮かべた。
そして、何を思ったのか……
「どうぞ、こちらへ……」
左手の薬指を差し出してきた!!
「えっ、ちょ、まっ……そっちじゃねぇ!!!」
「えっ!?だって……指輪といえば……ここじゃないんですか!?!?」
雪華の瞳はキラキラ輝き、その姿はまるで一世一代の覚悟を決めた乙女そのもの。
俺は額に手を当て、深呼吸した。
「いいか、これは魔法の実験なんだ。恋愛感情とかプロポーズとか、全ッ然関係ないからな!?」
「そ、そうなんですね……」
彼女が少し残念そうに手を引っ込めたので、俺は正しい指に指輪をはめることに成功。
――その瞬間、指輪が淡い光を放ち、雪華の周りに漂っていた冷気がスッと消えた。
「……えっ?」
雪華は自分の手を見つめ、そっと俺の手に触れる。
「本当に……冷たくない……!」
その言葉に俺はドヤ顔で答えた。
「な?だから言ったろ!」
「……すごい、ありがとうございます!」
雪華は感激して俺の手をぎゅっと握りしめた。
いや待て、そういう意味じゃないって言ったよな!?
けど、彼女の嬉しそうな笑顔を見たら、もう何も言えねぇ――!
――ただ、それと同時に、心の中に妙な不安がもやもやと広がってきた。
「これで、雪華の力が封じられたってことは……」
俺と一緒にいる理由、なくなったんじゃねぇか……?
まさか別の男のところに行くとか、そういうオチじゃねぇだろうな……?
いや、待て待て、冷静になれ、俺。だがしかし――もしそうだったら……?
「……」
考えれば考えるほど不安が募り、目頭が熱くなってきた。
おいおい、異世界帰りの最強の男が、ここで泣きそうになってどうすんだよ!?
「雷丸様?」
雪華が俺の様子に気づいたらしく、首を傾げて尋ねてくる。
俺は無理やり目を逸らして、「べ、別になんでもねぇよ!」と強がってみせる。
が、そんな俺を見て、雪華は少し考え込むような表情を浮かべた。
そして――
「私は、これからも雷丸様と一緒にいたいです。」
その言葉に、俺は目を丸くした。
「……え?なんで……?」
恐る恐る聞き返す俺に、雪華はニコッと微笑んで答えた。
「貴方といると、楽しいからです!」
――は?
一瞬、俺の頭が真っ白になった。
なんだそのシンプルかつ破壊力抜群の答えは!?
「た、楽しい……?」
「あっ、もちろんお世話になった感謝もありますけど……でも、それだけじゃなくて……。雷丸様といると、心が温かくなるんです。」
雪華がちょっと恥ずかしそうにそう言った瞬間、俺の脳内で花火が上がった。
「――――あははははっ!!!そっか、そっかぁ!!!」
思わず大声で笑い飛ばしてしまった俺に、雪華は不思議そうな顔をしている。
「な、なんで笑うんですか?」
「いやぁ、なんつーか、そういうの、めっちゃ嬉しいなって思ってよ!」
本音だ。心の底からの本音だ。
異世界の魔王を倒した時よりも、何倍も嬉しい瞬間だった。
「雪華、これからもずっと一緒にいようぜ!」
俺はそう叫びながら、彼女に手を差し出した。
彼女は笑顔でその手を握り返してくれた――今回は、冷たさゼロでな。
――――――――――――
「ただいまー!」
俺が玄関を開けると、リビングから妹の貴音の声が聞こえてきた。
「お、おかえり……!」
だが次の瞬間、俺の後ろに控えていた雪華を見た貴音の表情が、目に見えて硬直した。
「お、お、お兄ちゃん…………後ろのその綺麗な女の人は……誰?」
その声は、震えていた。いや、貴音がこんなに驚くなんて、滅多にないぞ?
俺は胸を張って、雪華を前に押し出す。
「紹介するぜ!俺の運命の女性、雪華だ!」
――その瞬間、貴音の顔がピクリと引きつったのを俺は見逃さなかった。
「運……命の……女……性……?」
声がかすれてるぞ、大丈夫か貴音!?
一方で雪華は丁寧に頭を下げ、しとやかに自己紹介を始めた。
「初めまして、雪華と申します。ご迷惑をおかけするかもしれませんが、しばらくこちらにお世話になることになりました。よろしくお願いします。」
その優雅な仕草と美しい声に、貴音の目が一瞬見開かれる。
そして――
「……兄ちゃん、もしかして……その人、彼女なの?」
貴音がぎこちなく聞いてくる。俺は満面の笑みで頷いた。
「そうだぜ!兄ちゃんにもついに彼女できたぜ!貴音、今まで心配かけたな!」
――その言葉に、貴音の目が一瞬虚ろになる。
え?なんだその反応。妹としてもっと祝福してくれよ!
「あ、う、うん……よかったね、お兄ちゃん……。」
その声はどこか遠く、まるで魂が抜けたかのようだった。
「な、貴音?なんか元気ないじゃねぇか?」
俺が心配して声をかけると、貴音はハッとしたように首を振る。
「な、なんでもない!本当、よかったね!お兄ちゃん!」
――――その笑顔は、どこか引きつっている。
貴音が何を考えているかはわからないが、俺には妹が喜んでくれているように見える。
だが、その瞳の奥には――俺が気づかない、複雑な感情が揺らめいていた。
「……お兄ちゃんが、彼女作るなんて……聞いてないよ……。」
その言葉は、小さな声で呟かれ、俺の耳には届かなかった。
だが確かにその時、貴音の心には、一つの想いが大きく広がり始めていたのだった――複雑すぎる感情を抱えたまま。
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