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第7話 伊集院麗華
しおりを挟む次の日、学校――。
いつものように教室の隅で石井としゃべりながら、俺は地味な日常を送っていた。
石井が熱弁するのは、推しキャラの最新グッズの話だ。
「いや、飯田殿!今度出るフィギュア、マジで顔の再現度がヤバいんでござるよ!これこそ、神の領域ってやつで!デュフフ……!」
いや、そのフィギュアの話、もう三回目だから。俺もさすがに相槌のバリエーションが尽きるっての。
そんな何気ない会話をしていると――。
「飯田君、ちょっといいかしら?」
教室中が一瞬で静まり返った。その声の主は――そう、伊集院麗華。
俺が一瞬、幻聴を疑ったのは言うまでもない。
だが、その美しい黒髪をさらりと揺らしながら、冷たくも鋭い目で俺を見つめる彼女を見て、どうやら現実であることを悟った。
「話したいことがあるの。屋上まで一緒に来て。」
屋上。
俺、死ぬのかな?
教室内の男子たちが一斉に息を飲むのが聞こえる。
目の端で見れば、石井が「あ、これ、次元が違う人間が絡んでくるやつ……」と震えているのが分かる。
「あ……俺??」
恐る恐る指差すと、麗華はコクリと頷く。
その瞬間、クラス中の男子が一斉に俺を見て、まるで「こいつ死ぬんじゃね?」みたいな目をしてくる。
いや、ちょっと待て、俺も同じ気持ちだ!
伊集院麗華。
その名前だけで、学校中の男子がビビる完璧超人。
黒髪ロングの美しさは、もはや実写版のファンタジーヒロインそのもの。
特に、彼女のさらさらな髪が風になびくと、背景にバラの花びらが散ってるような錯覚を起こすのは有名な話だ。
そしてあの瞳。
鋭くて、まるで人の本質を見透かしてくるような目。
あの目で一度でも睨まれたら、男子たちは全員「いや、俺何も悪いことしてません!」と心の中で叫びたくなる。
さらにあのスタイル。
長身でスラリとした体型は、完全にファッションモデルレベルだ。
しかも服装までピシッと決まっているから、他の女子たちが隣に並ぶと、まるでモブキャラのように霞む。
でも、何より怖いのは彼女の圧倒的なオーラだ。
クールで冷たい雰囲気が、「近づくな、愚民ども」と言わんばかり。
男子たちは全員、「彼女に近づいたら俺たちが消し炭になる」という確信を持っている。
そんな高嶺の花が……俺に話しかけてきた!?
クラス中がざわつき始める。
「なぁ、飯田ってなんかやらかしたのか?」「いや、むしろ何か握ってるんじゃないか?」と、早くも噂が飛び交っている。
俺は一歩引きつつ、恐る恐る聞いた。
「え、えっと……なんで俺?」
すると麗華は、涼しい顔でこう答えた。
「あなたに用があるの。」
男子たちが一斉に「終わったな」という顔をしたのを横目に、俺は生まれたての子鹿みたいに足を震わせながら立ち上がった。
石井がこっそり耳打ちしてきた。
「飯田殿、もし生きて帰れたら、感想聞かせて欲しいでこざる……。」
おい、もう死ぬ前提で話すな!
でも、俺も同じ気持ちなんだよ!!
こうして俺は、人生初の高嶺の花との二人きりの会話に挑むため、屋上へと向かうことになった――。
――――――――――――
「昨日の話、聞いたわ。」
突然、麗華がそう切り出してきた。
え?昨日の話?何のことだ?
俺は首をかしげながら尋ねた。
「昨日の話?」
麗華は一瞬だけじっと俺を見つめる。
その鋭い瞳が「この男、何をとぼけているんだ」とでも言いたげだ。
そして、冷静に言葉を絞り出した。
「惚けないで。あなた、昨日雪女の妖怪と接触したでしょ?」
――――はぁぁぁっ!?
俺は全身が硬直した。
なんでそれを知ってんだよ!?
あの夜、呪術師どもを一掃して美少女を助けた話だろ?
でも、俺は何とか平静を装いながら言葉を返した。
「え、なんで知ってんだ!?」
麗華はため息をつき、さらに冷たい声でこう言い放った。
「……私も呪術師だからよ。」
――――――えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?
呪術師!?お前もかよ!!
異世界帰りの俺に、現実で呪術師が絡んでくるなんて……もうなんだよこの世界!?
俺が驚愕して固まっていると、麗華はさらに続けた。
「あなたが何者なのかはわからない。でも、一つだけ忠告しておくわ。」
彼女の瞳が鋭く光る。その視線はまさに容赦のない真剣そのものだった。
「私に、その雪女を差し出しなさい。それがあなたのためでもあるわ。」
――差し出せって!?
俺の脳内が爆発した。
いやいやいや!
せっかく助けたあの美少女を、こんな冷血呪術師に渡すわけねぇだろ!
俺は即座に全力で拒否した。
「雪華は俺のハーレムメンバーになるんだから、差し出せるわけだろ!!」
その瞬間、麗華の表情が凍りついた。
いや、まじで「氷点下」みたいな冷たさになった。
目の前の麗華が、「は?」という声とともに眉をピクッと動かす。
「……は?」
短くも圧のあるその一言に、俺の背中を冷たい汗が伝う。
だが、ここで引き下がる俺じゃない!
異世界帰りの俺力全開で、堂々と胸を張りながらこう言い放った。
「そうだ!雪女は俺の大事なハーレムメンバーなんだよ!!!」
その瞬間――麗華の瞳がさらに冷たく光り、その場の空気が一気に凍りついた気がした。
あ、やべぇ。これ絶対怒らせたやつだ。
麗華はゆっくりと近づいてきて、俺の胸倉を掴むと、低い声で言った。
「もう一度だけ聞くわ。……その『ハーレム』って何?」
いや、説明しても絶対理解してくれねぇだろ!
でもここで黙るのも男が廃る――俺は気合を入れて言い放つ。
「と……とにかく雪華はお前なんかに渡さねぇぞ!」
麗華の眉がピクリと動く。
その表情は「ほう、反抗するのね?」とでも言いたげだ。
「飯田君。」
麗華は一歩前に出ながら、冷静な口調で続ける。
「これは貴方を思って言っているのよ?」
――いやいや、絶対自分の都合じゃねぇか!?
俺は内心でツッコみながらも、次の言葉を待つ。
「妖怪を匿う、そのリスクは呪術師ではない貴方にはわからないでしょうけど、物凄く危険なの。」
危険――?
その単語に、さすがの俺もちょっとだけ怯む。
「危険……?」
俺が小声で繰り返すと、麗華は面倒そうにため息をつきながら言った。
「貴方に話しても意味ないでしょうけどね、呪術師にもいろんなタイプがいるのよ。特に過激なのが『殲滅派』と『崇拝派』。」
「殲滅派?崇拝派?」
麗華は冷たい目で俺を見下ろしながら説明を続ける。
「殲滅派は妖怪を無条件に滅ぼす連中。崇拝派は妖怪を神のように祀りながら利用する連中。どちらも危険極まりない存在よ。」
――なんだよそれ!?そんな奴らがこの世界をウロウロしてんのかよ!?
俺の顔が青ざめる中、麗華はさらに畳みかけてきた。
「貴方、彼らに目をつけられたら死ぬわよ?」
――マジか!?
俺は一瞬怯みそうになったが、ここで引くわけにはいかない。
だって雪華を守るって決めたんだから!
麗華はさらに冷たい声で追い打ちをかけてきた。
「私は彼らと違って、妖怪に危害は加えないと約束するわ。だから、大人しく差し出しなさい。」
麗華の瞳が冷ややかに光る。
「私もクラスメイトから死人が出たら寝覚めが悪いもの。」
――クラスメイトの心配するフリして、めっちゃ脅してきてるじゃねぇか!?でも、俺だって負けてられない!
俺は震える膝を奮い立たせて叫んだ。
「い、嫌だ!!」
その言葉に麗華が一瞬目を見開く。
だが俺は気にしない!むしろここからが本番だ!
「俺は俺のハーレムを作るんだ!!!」
「……は?」
麗華の眉が再び動く。
「目指せハーレム王!なるぜハーレム王!!それが俺の生き方なんだよ!」
俺は拳を握りしめて天に突き上げる。
麗華は目を閉じて深く息を吐いた。
「……そう。わかったわ。」
え、意外と話通じた!?
俺が少し安堵した瞬間――
「その『ハーレム』とやらを、物理的に解体してあげる。」
――え!?今なんて言った!?
気づけば麗華の拳が、俺の胸元に迫っていた……。
そして気がついた時には、俺は青空を見上げていた。
――――――――え?
青空が広がる空を見上げながら、俺の頭の中は混乱そのものだった。
風が俺の髪をサラリとなびかせる……いや、そんなドラマチックな状況じゃない!
――――――――え?これ、押し倒された?
胸元には黒いもやのようなものが絡みついていて、まるで生きているように蠢いている。
俺の身体は地面にぴったり貼りついて、動かそうにもまったく動かない。
――――待て、なんだこれ!?
その状態で、俺を見下ろす伊集院麗華の表情――冷静そのもの。
だが、薄く微笑むその顔には確かな余裕があった。
「な、何をした!?」
俺は精一杯の声を絞り出すが、麗華はまったく動じない。
「何って?」
彼女はその黒いもやを指さし、どこか楽しそうに答えた。
「呪術で拘束しているだけよ。」
「拘束ぅぅぅ!?」
思わず声を張り上げる俺。だって、これって一種の反則だろ!?
「呪術って、普通もっと準備とか詠唱とか必要なんじゃないのかよ!?」
麗華はため息をつきながら、どこか呆れたように続ける。
「呪文……?あぁ、私は呪文を使わずに呪術を扱えるから。」
え、ずるくね!?他の呪術師達は詠唱の時間が必要だったのに!?
でも、彼女の次の言葉がさらに俺を追い詰めた。
「伊集院家の呪術師を、その他の呪術師と同じに考えない方がいいわよ?伊集院家は呪術師の名門。鳥丸家、黒瀬家と並んで日本最大の呪術師の家系の一角だもの。」
――なんだその圧倒的バックボーンは!?
俺は全力でツッコみたい気持ちを押し殺しながら、彼女の次の言葉に耳を傾ける。
「さぁ、早く雪女を渡すと言いなさい。痛い目に遭いたくないでしょ?」
その冷酷な笑みに、俺は震えた。いや、ビビったわけじゃないぞ。
これは、そう――ハーレム王としての試練だ!
俺は地面に押しつけられたまま、静かに深呼吸した。
――やるしかねぇ!
胸の奥から熱い力を感じ取る。そうだ、俺には「俺力」があるんだ!
俺力フルスロットル!!
けれど、俺力を高めるには欠かせない儀式がある。
それは――自画自賛タイム!
俺は目を閉じ、自分を全力で褒め始めた。
「俺は無敵だ!」
「俺は最高にカッコいい!!」
「俺はこの世界で一番のハーレム王になる男だぁぁぁぁ!!!」
麗華の顔が一瞬で引きつるのが視界の端で見えた。
いや、引きつるどころじゃない。口元がピクピク震えてる。
「……あの、飯田君……なにしてるの?」
麗華が冷たい声で尋ねる。だが俺は動じない。むしろさらにテンションを上げた!
「俺は異世界を救った男だ!!」
「俺は努力の天才だ!!!」
「俺は最高の彼氏候補だ!!!――あ、雪華にとってな!」
麗華の目がどんどん冷たくなっていく。
しかし――俺は今、俺力をフルチャージしている最中だ!邪魔されるわけにはいかない!!
体中に青白い光がほとばしり、髪が逆立つ。
俺の周りの空気が震え始めた。
「ぐぐぐぐ……!」
俺の体に巻きついていた闇の拘束が、ゆっくりと剥がれ落ち始めた!
麗華の顔が驚愕に染まる。
冷静沈着な彼女が、まるで目の前でSF映画でも見ているような顔をしている。
「――え?拘束を破るですって……?」
拘束を完全に振り払った俺は、一気に地面を蹴って彼女の背後に回り込む。
その動きに麗華の目が驚きで見開かれる。
「――――――え?」
その一言を最後に、俺の手刀が彼女の首筋に触れる。
軽やかな衝撃音とともに、彼女は呆然とした表情のまま、その場に崩れ落ちた。
俺は息を整えながら、気絶した麗華を見下ろして呟く。
「伊集院家がどうだか知らねぇけど――"俺力"の前には通用しねぇんだよ!」
周囲に気を配りながら、俺は麗華を安全な場所に移し、心の中でひとり呟いた。
――これ、あとで絶対面倒なことになるよな……。
ハーレム王への道、波乱しかないぜ!
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