最強の異世界やりすぎ旅行記

萩場ぬし

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武人祭

閑話 お金の魔力

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 「っ!」

 頭の中で響く声。それはまるで師匠の声のようだった。
 次の瞬間、体が勝手に動く。
 間に合わないと思っていた剣を握っている手が素早く動き、木の棒を受け止めて、下にしていた刀身をそのまま地面へ突き刺す。
 父さんが驚きで硬直してる間に剣の柄を台に乗り出し、顔面へ膝蹴りを食らわせた。

 「――っ!?」

 それは見事、顎にヒットして父さんがよろめく。
 そこを追撃して――

 「そこまで!」

 と、そこで突然母さんが制止する声が上がる。
 叱られた時のような怒鳴り声を聞いた俺は、今まさに二撃目を放とうというところでピタリと止まり、父さんも唖然とした顔で俺と母さんの顔を交互に見る。

 「この勝負はカイトの勝ち!それ以上やったら、今晩はご飯抜きにしますからね!」

 母はまるで同年代の少女のように、頬をぷくりと可愛く膨らませてそう言った。
 しばらくすると、父さんも俺に蹴られた顎を擦りながら、微笑みを浮かべて起き上がろうとする。

 「わかってるよ、母さん。参った……これは本当にカイトの勝ちだな。結構本気だったのに、まさか息子から一発貰うとは……我が子の成長は早い」

 自分の顔が蹴られたにも関わらず、そう言って気にせず陽気に笑う父さん。
 そんな態度を見た母さんは、頭に手を当てて呆れ気味に溜め息を吐いた。

 「……気が済んだのなら、早くお家に入ってちょうだい。私、あんまり目立つのは好きじゃないんだから……」
 「「目立つ?」」

 俺と父さんの疑問の声が重なる。
 気付くと周囲には人だかりができており、この村に住んでいる者のほとんどが出てきたのではないかと思うくらいだった。
 この手合わせは、完全に見世物となっていたのだ。
 俺たちはお互いを見て苦笑し、尻もちを突いてしまっている父さんに俺は手を伸ばした。

 「ごめん、父さん。やり過ぎた」

 俺の謝罪に父さんは、首を振りながら手を取る。

 「いいや、むしろ嬉しいくらいさ。いい師匠を見つけたな」

 その言葉を聞いた俺は、自分が褒められた時より嬉しく感じた気がして、自然と口角が上がっていたのに気が付く。
 父さんが起き上がったところで、観戦していた村の人たちから拍手を送られ、パラパラと解散していった。
 ……暇だったのかな?

 「その師匠って人、また今度でいいから連れてきてくれるか?」
 「うん……って、父さんたちも学園の武人祭に来るんだよね?」

 父さんたちが同時に頷く。

 「まぁな。たとえ息子が出場しなかったとしても、学園がどんな様子かってのを見るいい機会だしな」
 「そうよ。それに丁度いいから、カイトが普段仲良くしてくれているお友達も見てみたいし!その時にそのお師匠さんを紹介してくれるかしら?」
 「え?あ、うん……」

 父さんと母さんの期待に、ある不安を思い浮かべる。
 師匠の馬鹿げた強さや態度?周りにいる人たちの個性的な性格?
 違う、一番危惧すべきはチユキさんだ。
 彼女は人の目を気にせず、所構わずくっ付いてくる。
 そんなところを両親に見られれば、どんなリアクションをするかなど想像に難くない……
 今でもまだ納得していないのに、その上親公認となってしまうなんて……それはなんとしてでも阻止したい!
 なんて考えてると、ふと父さんの言葉が気になった。

 「そうだ、大会の出場の事なんだけど……」
 「ん、どうした?その師匠の人が出るのか?」
 「いや……むしろ俺が出る事になりそう……多分」

 俺がそう言うと二人の動きが固まり、静かになったその場には遠くで農作業をしている音が鮮明に聞こえてきた。
 そして十秒前後経過した頃、静止していた両親が動き出す。
 二人は互いを抱き合い、喜んだ。

 「まぁ、まだ決まったわけじゃないけど……前に学園でやった模擬戦で優勝したから、多分ってだけの話なんだけど……」
 「優勝したのなら尚更だ!ああ、母さん、やっぱりうちの息子は息子だった!」

 ごめん、興奮し過ぎて父さんが何言ってるかわかんない。
 何、うちの息子は息子って。自慢の息子って言いたいんだろうけど、その言い方だと何の成績も残せなかったら息子じゃないみたいに聞こえるよ?

 「あらあら、それじゃあ、カイトもこれからモテるようになるだろうし、今夜はお赤飯かしら?」
 「いや、母さん……それは早――」

 なぜだかその先を口にしようとした瞬間、チユキさんとリナの姿が頭に浮かんだ。
 いや、リナはわかるよ?絶賛片想い中だもの。
 でもなんでチユキさんが……ああ、普段から刷り込まれてるから自然と出てきたのか。恐ろしいな……

 「――いよ、さすがに……」
 「「……」」

 俺が途中で言葉に詰まらせてしまったせいで、父さんたちがニヤニヤと腹の立つ笑みを浮かべてこっちを見ていた。
 クッ、誤魔化し切れなかったか……

 「いやー、息子にそんな相手がいたとはな!」
 「本当にお赤飯炊いちゃおうかしら♪」

 冗談なのかよくわからない事を言いながら二人は家の中に入り、俺も溜め息を吐きつつ後に続いた。

 ――――

 お赤飯というのはやはり冗談で、普通のご飯が出てきた。俺だけちょっと遅めの昼食だ。
 正直言ってしまうと、師匠たちと食べるものと比べると乏しくはあるけれど、でも母さんが作ってくれるものはそれと比べても劣らず美味しい。
 その一つである焼き魚を口に入れたところで、ある事を思い出す。

 「あっ、そうだ。師匠から母さんたちに渡してほしいものがあるって言われてたのがあったんだった」

 そう言って持ち帰ったカバンからジャラジャラと音を立てる袋を取り出して、二人の前に置いた。

 「これは……?」

 父さんが疑問の声を零しながらその袋に手を伸ばそうとすると、緩んでいた隙間から金貨が一枚転がり落ちる。

 「……え?これは……?」

 それを見て固まって動かなくなってしまった父さんの代わりに、母さんが落ちた金貨を拾う。
 最近は師匠が当たり前のように稼いでくるから金銭感覚がおかしくなりそうだったけど、この袋を目の前に出された時は今の父さんたちと同じリアクションを取っていたもんな。もちろんリナも同じ感じだった。
 そしてようやく動き出した父さんが袋の口を開くと、銀貨と金貨がギッシリ詰まっていた。

 「それは師匠から。迷惑料とかなんとか色々言ってたけど、とりあえず俺の頑張りに対する報酬だって」
 「報酬って……何に対する!?」

 ホントそれな、と思う。
 俺なんて師匠に修業を付けてもらってる以外があるとしたら、魔族大陸で魔物を倒した事とそこで殺されかけた事と未成年冒険者になった事とガーストの王様のとこに会いに行ったりした事とか……
 あれ?こう考えると結構色々してるな、俺。
 むしろここに生きて立ってる事が不思議なくらいじゃないか?
 そう考えると、もう苦笑いで返すしかできなかった。

 「ねぇ、カイト?」
 「ん?」

 母さんに呼ばれてそっちを見ると、赤らめた頬に手を当ててほっこりした姿があった。

 「そのお師匠さんって人……母さんに紹介してくれないかしら?」
 「「母さん!?」」

 父さんと声が見事に重なる。
 何、紹介って!?
 アレだよね、弟子の親としてって事だよね?なんだか母さんの顔が女のソレになってるけど、俺の思い違いだよね!?
 でもどっちにしても見たくなかったよ、母さんのそんな顔なんて!

 「冗談よ。でも――」

 母さんは表情を変えないまま、言葉を続けた。

 「懇意にはしてもらいなさい♪」

 その言葉を放った下心丸出しの母さんから、父さんは引きつった笑いをして視線を思いっ切り外していた。
 この時、こういう人の事を逞しいと言うのか……なんと表現すればいいか迷う。
 ……お金というのは、人を惑わす魔力を秘めていると俺は思い知った。
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