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武人祭
閑話 実家帰り
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遅めですが、あけましておめでとうございます!(*」゚∀゚)」
今年もよろしくお願いします!(*´∀`*)
――――
とある一軒家。
そこはどこにでもあるような平凡な家に、どこにでもいそうな平凡な夫婦が住んでいた。
「なぁ、母さん。この服はどうかな?」
一人の体格がいい赤い髪の男性が、パーティーにでも赴く時のようなタキシードを着ていた。
それを見た桃色髪の女性は、眉をひそめて唸った。
「そうねぇ……あなたには似合ってるけれど、場違い感があるわね。だってただの学校行事よ?しかも息子は中等部、試合自体には出ないでしょう?」
呆れて溜め息を吐く男性の妻。その反応に、旦那の方はガクリと肩を落とす。
「そうか……じゃあ、どんなものがいいんだろうか?」
「いつものでいいと思いますよ。どうせ、貴族様たちと違って私たちの服装なんて気にする必要なんてないんですから……あっ、穴の空いたものはやめてくださいね?」
女性が指を差して男性がその方向に目を移すと、自らの上着に穴が空いてしまっていた事に気付く。
「たしかにこれはさすがにマズいか。何か他になかったか……」
「無いなら新しい服を買いに行きましょう」
少し楽しげに言う女性に、男性は腕を組んで唸る。
「だが、そんな余裕ないだろ?息子の晴れ舞台でもないのに、そんなわざわざ買うなんて……」
「大丈夫よ、カイトがタダで住み込みできる場所見付けたって言って、寮の費用が浮いた事ですし……それに晴れ舞台じゃなくても、それで恥を掻くのはあの子なんだから」
女性がクスクスと笑い、男性も『そうだな』と同意して苦笑する。
すると、扉から大きくノックする音が聞こえる。
「あら、誰か来たのかしら?」
女性は立ち上がり、ノックされた扉を開ける。そこには……
「ただいま、母さん」
「カイ、ト……?」
赤と黒の長髪を垂らし、微笑むカイトの姿がそこにあった。
「おぉ、カイトか!おかえり……って、なんだ、その髪?」
男性も女性の横に駆け寄ると、カイトの変化した髪の色を気にする。
「ただいま、父さん。これはまぁ、色々あって……というか、父さんこそ何その服?どこかのパーティーにでも呼ばれたの?」
「ああいや、これは……」
さすがに学校主催の祭りに着て行くつもりだったとは言えず、どう答えればいいか迷う父親。
「……まぁ、いいや。それより中に入れてくれない?」
「それもそうね、学園での積もった話も聞きたいし!」
母親に促されて、中に入るカイト。
住み慣れた我が家に帰ってきたカイトは、リビングで荷物を下ろして椅子に座る。
その正面に父親が座り、後から母親が水を三人分持って来た。
「でもどうしたんだ、突然?夏休み前に寮の退出手続きをした事を伝えに帰ってきたと思ったら、夏休み中は帰って来ず……そしたら今度は普通の休みに帰って来るなんてな」
「何か辛い事でもあったの?」
不思議そうにする父親と心配する母親。二人の顔を見て、カイトは苦笑いをする。
「辛くないってわけじゃないけど、それだけで帰って来ないよ。ただ丸一日休暇を貰ったから、久しぶりに帰ってきたってだけ」
「「……」」
カイトの言葉を聞いた二人は、黙って彼を見つめる。
「えっと……何?」
「いえ……ずいぶん雰囲気が変わったなぁって」
「ああ、それに体付きも変わったか?いや、一ヶ月でそこまで変わるものか……」
首を捻る父親を他所に、母親は嬉しそうに笑う。
学園が長期休暇へ入る前に帰省した時は、ほとんど滞在せずに伝える事だけ伝えてアヤトたちのもとへ行ってしまっていたカイト。
帰省したのは一ヶ月前だが、カイトたちがこうやって一家団欒を満喫したのは本当に久しぶりだった。
その後も他愛もない会話を続け母親が作った料理を食べていると、自然とアヤトの話題へと移り変わっていた。
「カイトに師匠かぁ……」
感慨深そうに呟く父親。すると次には、ニヤリと意地悪な笑みを浮かべる。
「じゃあ、ちょっと腕試しと行くか?」
「え……」
「ちょっと!」
父親の提案にカイトが戸惑い、母親が睨む。
「まぁまぁ、母さんも息子の成長が見たいと思わないか?」
「それはそうたけど……それとこれとじゃ話が――」
「いや、いいよ」
止めようとする母親を遮って、カイトは当たり前のように承諾する。
「おっ、話がわかるじゃないか!お前、昔はよく『お父さんみたいな強い人になりたい』って言ってたもんな~……そのお師匠さんがどれだけカイトを強くしてくれたか、拝見したいね」
父親からすればからかって言ってたつもりだったが、カイトは特に喜怒哀楽を示さずに頷いた。
カイトと両親は外へ行き、近くの椅子に母親は腰掛けて彼らは剣を手にする。
カイトたちが住む場所は大きくない村で、人も少ない。ゆえに二人が剣を持って外に出ても注目する者は少なかった。
するとカイトが持っている剣を見た父親は、訝しげな表情になる。
「ありゃ?それって、ずいぶん昔に俺がプレゼントした剣じゃねえか……もう錆びるし、刃も潰れて使い物にならないんじゃないか?」
「この方が怪我し難くくて、丁度いいと思うんだけど」
カイトの言葉に、一瞬キョトンとする父親。
「ははっ、一丁前に怪我させる心配とはな。よしっ、先手をやる!来いっ!」
それは父親が我が子を抱擁するかのように、両手を横に広げる。
カイトは剣を無造作に構え、深呼吸を整える――――
☆★☆★
俺は父を前に剣を構える。
師匠に教わった事の一つ、体を半身にし、剣は頬の高さで真横に浮かせて遊んでいる左手を剣先に当てない程度に添える。
右足を後ろに下げ、いつでも強く踏み込めるようにしておく。
心配そうに俺を見る母さんの姿が視界の隅に映るが、すぐに父さんだけに意識を集中させる。
最近は師匠たちばかりと手合わせしていたから忘れがちだけど、父さんが強いのはたしかだ。
俺たちが住んでいるこの村に魔物が襲ってきた時、父さんが率先して倒した。しかも十頭いる狼を一人で。
子供の頃見た父さんの背中はとても大きく、それが世界の全てのように感じた。
だけど俺も成長し、天井の見えない強さを持つ師匠にも出会えた。
弟子になって僅か一ヶ月……だけど、内弟子となってその期間で色んな事を学び、詰め込んだ。
天狗になってはいけないと師匠に叩きのめされ、同じ弟子であるメアさんやミーナさんを相手にして連敗してきた。
ならば父さんは?俺が昔憧れ続けた父さんと、どれだけ打ち合えるか、試したくなった。
さっきは『怪我をさせてはいけないから』と言ってしまったが、慢心してるわけじゃない。
ただ、この人を師匠と思って本気でやるだけだ。
先手をくれると言った父。しかし、俺がどれだけ強くなったかを俺は知りたい。
だから――
「……ふっ!」
俺は後ろ下げている足に力を込め、一歩を踏み出す。
そして父さんと空けた距離を一気に詰めた。
「なっ!?」
父さんが驚いた顔をして、体勢を崩す。
そこに剣を横薙ぎに一閃。ここは本気ではなく、少し手を抜いて遅くした。
恐らく、というか、絶対に父さんは俺を下に見ている。だから、せめてこの一撃で決めないために。
案の定、俺の攻撃をギリギリで防いだ父さん。やっぱり遅めて正解だった。
後ろに跳んで下がり、父さんの様子を窺う。ずいぶんと驚いた表情で引きつった笑いを浮かべていた。
「ダメだよ、父さん。俺は息子だけど、もうただの子供じゃないんだから」
そう言って、潰れた剣先を父さんに向ける。
子供である事には変わりない。
でも、力のない子供と侮られるのは嫌だし、その隙を突いて父さんに勝っても嬉しくない。
すると、その俺の言葉に父さんと母さんは口を開けて唖然とし、父さんが鼻で笑った。
「そうか……本当に強くなったんだな、カイトは。それじゃあ、父さんもちょっと本気出すか」
父さんは嬉しそうにしながら今持っている剣を手放し、剣と同じサイズの木の棒を取り出した。
そうか、父さんも同じ考えなんだな……
本気を出すからこそ、極力怪我をさせないように刃のないものを選び構える。
ただ、木の棒は些かやり過ぎなんじゃ……?
と、考えもそこそこに、父さんが斬り……いや、殴りかかってきた。
「ハッ!」
気合いを入れた一撃を放つ父さん。俺はそれを剣で受ける。
「っ!?」
ズンッと体中にのしかかる衝撃。予想よりも剛力な父さんの一振りに、思わず膝を突いてしまう。
「……これを耐えるか!」
父さんが嬉しそうに言う。我が子が自分の力を受け止めてもらえるのが、そんなに嬉しいのだろうか?
だけど、俺もやられるだけじゃない。もっと父さんを喜ばせてやろう!
「お……オォォォッ!」
「……っ!これは!?」
俺を押さえ込もうとする父さんの力を、全身に力を入れて押し返そうとする。
少しずつ、ゆっくりではあるが、確実に押し返せていた。
「くっ……ふっ!」
しかし父さんもまた、負けじと力を込めてくる。
少し俺が押されている鍔迫り合いが十秒近く続き、最後の力を振り絞って父さんを押し飛ばした。
「まさか、息子に力負けする時が来ようとはな……」
「何が『力負け』だよ……俺は両手で剣を持ってたのに対して、あんたはずっと片手で振ってるじゃないか」
俺がそう言うと、父さんは眉をひそめて訝しげな表情をする。
「お前、その話し方……」
「ん、何だ?」
「……いや、なんでもない。だが本当に成長したな、カイト」
父さんが慈しむような微笑みを、俺に向けてきた。
しかしそれも束の間、父さんの雰囲気が変わる。
さっきまでの息子に対する態度ではなく、魔物と対峙した時のような鋭い敵意。
これは俺を、一人の男として認めてくれたという事でいいのだろうか……
「母さんも見てるしな、俺も情けないところを見せられんのよ」
……どうやら、ただ見栄を張りたいだけだったようだ。
母さんとはいえ、女の人にいいところを見せたいというのはわからないでもないけど、息子相手にそれは大人気ないのではないだろうか。
まぁ、どちらにしろ、本気でやってくれるというのなら是非もない。
「行くぞ、カイト!」
「ああっ!」
父さんが勢いよく走り出し、俺は受け身に徹した。
走りながら父さんは木の棒を振り上げ、俺に向けて力強く振り下ろす。
目に見えて容易に受け止めたそれはさっきよりも重く、だが俺も気合いを入れていたので、少し体が沈んだ程度で止められた。
これはあまり何度も耐えられるものじゃないな。
すると父さんは鍔迫り合いになる前に再び剣を振り上げ、片手を離しつつ流れるように横薙ぎをする。
片手だからさっきよりも威力は弱い。でも剣撃自体が弱いわけじゃない。
だから師匠と日頃やっている手合わせを思い出すんだ……!
「ふっ……!」
少し姿勢を低くし、俺の剣を斜めに構えて父さんの攻撃を滑らせて流す。
そのまま懐に入り込む。
「まずは一撃……!」
「っとと!?」
刃の潰れた剣で、父さんの腹部を一閃。
決まった……かと思いきや、父さんも体を捻らせて回避していた。
その後は会話もなく、数撃打ち合った。
俺が打ち込んだものを父さんは真正面から受け止め、父さんの打ち込んだものを俺は受け流す。
ただの力勝負では勝ち目は薄いので、師匠から教わった技術を生かして戦う。
このまま押し切れるか……そう思った時、父さんの姿が眼前から消えた。
「はぁっ!」
すると、父さんの声が後ろから聞こえる。いつの間に!?
木の棒が振られているのが、視界のギリギリで見えていた。
俺の負け――
【ダメだ】
今年もよろしくお願いします!(*´∀`*)
――――
とある一軒家。
そこはどこにでもあるような平凡な家に、どこにでもいそうな平凡な夫婦が住んでいた。
「なぁ、母さん。この服はどうかな?」
一人の体格がいい赤い髪の男性が、パーティーにでも赴く時のようなタキシードを着ていた。
それを見た桃色髪の女性は、眉をひそめて唸った。
「そうねぇ……あなたには似合ってるけれど、場違い感があるわね。だってただの学校行事よ?しかも息子は中等部、試合自体には出ないでしょう?」
呆れて溜め息を吐く男性の妻。その反応に、旦那の方はガクリと肩を落とす。
「そうか……じゃあ、どんなものがいいんだろうか?」
「いつものでいいと思いますよ。どうせ、貴族様たちと違って私たちの服装なんて気にする必要なんてないんですから……あっ、穴の空いたものはやめてくださいね?」
女性が指を差して男性がその方向に目を移すと、自らの上着に穴が空いてしまっていた事に気付く。
「たしかにこれはさすがにマズいか。何か他になかったか……」
「無いなら新しい服を買いに行きましょう」
少し楽しげに言う女性に、男性は腕を組んで唸る。
「だが、そんな余裕ないだろ?息子の晴れ舞台でもないのに、そんなわざわざ買うなんて……」
「大丈夫よ、カイトがタダで住み込みできる場所見付けたって言って、寮の費用が浮いた事ですし……それに晴れ舞台じゃなくても、それで恥を掻くのはあの子なんだから」
女性がクスクスと笑い、男性も『そうだな』と同意して苦笑する。
すると、扉から大きくノックする音が聞こえる。
「あら、誰か来たのかしら?」
女性は立ち上がり、ノックされた扉を開ける。そこには……
「ただいま、母さん」
「カイ、ト……?」
赤と黒の長髪を垂らし、微笑むカイトの姿がそこにあった。
「おぉ、カイトか!おかえり……って、なんだ、その髪?」
男性も女性の横に駆け寄ると、カイトの変化した髪の色を気にする。
「ただいま、父さん。これはまぁ、色々あって……というか、父さんこそ何その服?どこかのパーティーにでも呼ばれたの?」
「ああいや、これは……」
さすがに学校主催の祭りに着て行くつもりだったとは言えず、どう答えればいいか迷う父親。
「……まぁ、いいや。それより中に入れてくれない?」
「それもそうね、学園での積もった話も聞きたいし!」
母親に促されて、中に入るカイト。
住み慣れた我が家に帰ってきたカイトは、リビングで荷物を下ろして椅子に座る。
その正面に父親が座り、後から母親が水を三人分持って来た。
「でもどうしたんだ、突然?夏休み前に寮の退出手続きをした事を伝えに帰ってきたと思ったら、夏休み中は帰って来ず……そしたら今度は普通の休みに帰って来るなんてな」
「何か辛い事でもあったの?」
不思議そうにする父親と心配する母親。二人の顔を見て、カイトは苦笑いをする。
「辛くないってわけじゃないけど、それだけで帰って来ないよ。ただ丸一日休暇を貰ったから、久しぶりに帰ってきたってだけ」
「「……」」
カイトの言葉を聞いた二人は、黙って彼を見つめる。
「えっと……何?」
「いえ……ずいぶん雰囲気が変わったなぁって」
「ああ、それに体付きも変わったか?いや、一ヶ月でそこまで変わるものか……」
首を捻る父親を他所に、母親は嬉しそうに笑う。
学園が長期休暇へ入る前に帰省した時は、ほとんど滞在せずに伝える事だけ伝えてアヤトたちのもとへ行ってしまっていたカイト。
帰省したのは一ヶ月前だが、カイトたちがこうやって一家団欒を満喫したのは本当に久しぶりだった。
その後も他愛もない会話を続け母親が作った料理を食べていると、自然とアヤトの話題へと移り変わっていた。
「カイトに師匠かぁ……」
感慨深そうに呟く父親。すると次には、ニヤリと意地悪な笑みを浮かべる。
「じゃあ、ちょっと腕試しと行くか?」
「え……」
「ちょっと!」
父親の提案にカイトが戸惑い、母親が睨む。
「まぁまぁ、母さんも息子の成長が見たいと思わないか?」
「それはそうたけど……それとこれとじゃ話が――」
「いや、いいよ」
止めようとする母親を遮って、カイトは当たり前のように承諾する。
「おっ、話がわかるじゃないか!お前、昔はよく『お父さんみたいな強い人になりたい』って言ってたもんな~……そのお師匠さんがどれだけカイトを強くしてくれたか、拝見したいね」
父親からすればからかって言ってたつもりだったが、カイトは特に喜怒哀楽を示さずに頷いた。
カイトと両親は外へ行き、近くの椅子に母親は腰掛けて彼らは剣を手にする。
カイトたちが住む場所は大きくない村で、人も少ない。ゆえに二人が剣を持って外に出ても注目する者は少なかった。
するとカイトが持っている剣を見た父親は、訝しげな表情になる。
「ありゃ?それって、ずいぶん昔に俺がプレゼントした剣じゃねえか……もう錆びるし、刃も潰れて使い物にならないんじゃないか?」
「この方が怪我し難くくて、丁度いいと思うんだけど」
カイトの言葉に、一瞬キョトンとする父親。
「ははっ、一丁前に怪我させる心配とはな。よしっ、先手をやる!来いっ!」
それは父親が我が子を抱擁するかのように、両手を横に広げる。
カイトは剣を無造作に構え、深呼吸を整える――――
☆★☆★
俺は父を前に剣を構える。
師匠に教わった事の一つ、体を半身にし、剣は頬の高さで真横に浮かせて遊んでいる左手を剣先に当てない程度に添える。
右足を後ろに下げ、いつでも強く踏み込めるようにしておく。
心配そうに俺を見る母さんの姿が視界の隅に映るが、すぐに父さんだけに意識を集中させる。
最近は師匠たちばかりと手合わせしていたから忘れがちだけど、父さんが強いのはたしかだ。
俺たちが住んでいるこの村に魔物が襲ってきた時、父さんが率先して倒した。しかも十頭いる狼を一人で。
子供の頃見た父さんの背中はとても大きく、それが世界の全てのように感じた。
だけど俺も成長し、天井の見えない強さを持つ師匠にも出会えた。
弟子になって僅か一ヶ月……だけど、内弟子となってその期間で色んな事を学び、詰め込んだ。
天狗になってはいけないと師匠に叩きのめされ、同じ弟子であるメアさんやミーナさんを相手にして連敗してきた。
ならば父さんは?俺が昔憧れ続けた父さんと、どれだけ打ち合えるか、試したくなった。
さっきは『怪我をさせてはいけないから』と言ってしまったが、慢心してるわけじゃない。
ただ、この人を師匠と思って本気でやるだけだ。
先手をくれると言った父。しかし、俺がどれだけ強くなったかを俺は知りたい。
だから――
「……ふっ!」
俺は後ろ下げている足に力を込め、一歩を踏み出す。
そして父さんと空けた距離を一気に詰めた。
「なっ!?」
父さんが驚いた顔をして、体勢を崩す。
そこに剣を横薙ぎに一閃。ここは本気ではなく、少し手を抜いて遅くした。
恐らく、というか、絶対に父さんは俺を下に見ている。だから、せめてこの一撃で決めないために。
案の定、俺の攻撃をギリギリで防いだ父さん。やっぱり遅めて正解だった。
後ろに跳んで下がり、父さんの様子を窺う。ずいぶんと驚いた表情で引きつった笑いを浮かべていた。
「ダメだよ、父さん。俺は息子だけど、もうただの子供じゃないんだから」
そう言って、潰れた剣先を父さんに向ける。
子供である事には変わりない。
でも、力のない子供と侮られるのは嫌だし、その隙を突いて父さんに勝っても嬉しくない。
すると、その俺の言葉に父さんと母さんは口を開けて唖然とし、父さんが鼻で笑った。
「そうか……本当に強くなったんだな、カイトは。それじゃあ、父さんもちょっと本気出すか」
父さんは嬉しそうにしながら今持っている剣を手放し、剣と同じサイズの木の棒を取り出した。
そうか、父さんも同じ考えなんだな……
本気を出すからこそ、極力怪我をさせないように刃のないものを選び構える。
ただ、木の棒は些かやり過ぎなんじゃ……?
と、考えもそこそこに、父さんが斬り……いや、殴りかかってきた。
「ハッ!」
気合いを入れた一撃を放つ父さん。俺はそれを剣で受ける。
「っ!?」
ズンッと体中にのしかかる衝撃。予想よりも剛力な父さんの一振りに、思わず膝を突いてしまう。
「……これを耐えるか!」
父さんが嬉しそうに言う。我が子が自分の力を受け止めてもらえるのが、そんなに嬉しいのだろうか?
だけど、俺もやられるだけじゃない。もっと父さんを喜ばせてやろう!
「お……オォォォッ!」
「……っ!これは!?」
俺を押さえ込もうとする父さんの力を、全身に力を入れて押し返そうとする。
少しずつ、ゆっくりではあるが、確実に押し返せていた。
「くっ……ふっ!」
しかし父さんもまた、負けじと力を込めてくる。
少し俺が押されている鍔迫り合いが十秒近く続き、最後の力を振り絞って父さんを押し飛ばした。
「まさか、息子に力負けする時が来ようとはな……」
「何が『力負け』だよ……俺は両手で剣を持ってたのに対して、あんたはずっと片手で振ってるじゃないか」
俺がそう言うと、父さんは眉をひそめて訝しげな表情をする。
「お前、その話し方……」
「ん、何だ?」
「……いや、なんでもない。だが本当に成長したな、カイト」
父さんが慈しむような微笑みを、俺に向けてきた。
しかしそれも束の間、父さんの雰囲気が変わる。
さっきまでの息子に対する態度ではなく、魔物と対峙した時のような鋭い敵意。
これは俺を、一人の男として認めてくれたという事でいいのだろうか……
「母さんも見てるしな、俺も情けないところを見せられんのよ」
……どうやら、ただ見栄を張りたいだけだったようだ。
母さんとはいえ、女の人にいいところを見せたいというのはわからないでもないけど、息子相手にそれは大人気ないのではないだろうか。
まぁ、どちらにしろ、本気でやってくれるというのなら是非もない。
「行くぞ、カイト!」
「ああっ!」
父さんが勢いよく走り出し、俺は受け身に徹した。
走りながら父さんは木の棒を振り上げ、俺に向けて力強く振り下ろす。
目に見えて容易に受け止めたそれはさっきよりも重く、だが俺も気合いを入れていたので、少し体が沈んだ程度で止められた。
これはあまり何度も耐えられるものじゃないな。
すると父さんは鍔迫り合いになる前に再び剣を振り上げ、片手を離しつつ流れるように横薙ぎをする。
片手だからさっきよりも威力は弱い。でも剣撃自体が弱いわけじゃない。
だから師匠と日頃やっている手合わせを思い出すんだ……!
「ふっ……!」
少し姿勢を低くし、俺の剣を斜めに構えて父さんの攻撃を滑らせて流す。
そのまま懐に入り込む。
「まずは一撃……!」
「っとと!?」
刃の潰れた剣で、父さんの腹部を一閃。
決まった……かと思いきや、父さんも体を捻らせて回避していた。
その後は会話もなく、数撃打ち合った。
俺が打ち込んだものを父さんは真正面から受け止め、父さんの打ち込んだものを俺は受け流す。
ただの力勝負では勝ち目は薄いので、師匠から教わった技術を生かして戦う。
このまま押し切れるか……そう思った時、父さんの姿が眼前から消えた。
「はぁっ!」
すると、父さんの声が後ろから聞こえる。いつの間に!?
木の棒が振られているのが、視界のギリギリで見えていた。
俺の負け――
【ダメだ】
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