最強の異世界やりすぎ旅行記

萩場ぬし

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武人祭

さらなる異臭

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 吹き飛ばされたあたしの体は水切りをするように何度も地面をバウンドし、メアたちから少し離れた場所でようやく止まる。

 「フィーナ!?」
 「うっ……ぐぅ……!」
 「ウヴォ!?」

 何が起きたかは理解できずにいたけれど、衝撃による痛みが遅れて体に襲ってくる。
 同じ頃、ランカは顔面から地面に勢いよく落ちてしまい、奇声に近い悲鳴を上げていた。

 「いたた……な、なんなんですか、一体?」

 痛みで起き上がるランカの声。
 あたしも痛みに耐えつつ顔を上げると、カエルが太く長いピンク色の舌をあたしの近くまで出し伸ばしていた。
 嘘でしょ……あたしたちからあいつまでの距離がどれだけあると思ってんのよ!?
 カエルの大きさから遠近感がわかり難いが、少なくとも一、二キロはあるはずだ。なのにその距離を一瞬で届かせてくるなんて……!
 ミーナは同じディープフロッグって言ってたけど、絶対に別種に分けた方がいいと思った。切実に。

 「っ……たく、いったいわね……!」

 叫ぶのと同時に気合を入れて立ち上がり、カエルを睨み付ける。
 痛い。痛くないわけがない。でも……

 「まだまだ……あいつの拳に比べたら、撫でられたものよね」

 普段日頃から殴り飛ばされてる光景を思い出して、フッと笑ってしまう。
 ズキズキと痛む脇腹を押さえていた手を離し、大カエルに向けて複数の魔法を撃ち込む。
 あたしが使える適性は火、水、風、土。その四種を球体状にしたものを放つ。
 ド、ド、ド、ドと四つ全て命中し、効果があったのはそのうちの土と火。水は吸収されて風は当たった瞬間に消えた。
 ならばとその系統の魔術を短く詠唱し構成する。

 「――『巨人の炎腕えんわん』」

 あたしが唱え終わると地面から巨大な土の片腕が出来上がり、全体に炎を纏う。
 その腕を遠隔操作して動かし、カエルに向かって殴り付けた。

 『……ゲロッ』

 さすがに食らうとマズいと判断したのか、大カエルは出した舌を引き戻しながらかなり高くまで跳躍して回避する。
 それでも射程内なので、さらに追撃させた。
 と、大カエルは再び口を開けて舌を出し、あたしに狙いを定めてくる。
 術者を倒せば魔術が消えると思ってる?意外と知能があるのね。

 「任せろっ!」

 避けようかとも思ったけど、その前にあたしとの間にメアが立ち塞がる。
 その手にはいつの間にか刀が握られており、髪もほのかに光って魔人化していた。さっきからそうだけど、こいつ……人目をはばからな過ぎじゃない?
 とは思ったが、助かるので口には出さない。
 メアの持つ刀からは黒い炎が吹き出し、大カエルの舌を一刀両断するとその炎が伝い上り始める。
 そのまま大カエルまで燃やす……かと思いきや、黒い炎が自身に到達する前に舌をまるでトカゲの尻尾のように自ら切り離した。

 「――えい」

 リナの小さな呟き。
 同時に空に飛んでいた大カエル矢が直撃し、その矢から紐のようなものが溢れ出して瞬時に拘束する。
 アレは前に試合で使ってた拘束用の……?

 『ゲ、ゲロ――』

 ぐるぐる巻きになって身動きができなくなった大カエルは、巨大な腕に直撃する。
 大カエルは文字通り潰れたカエルの声を出し、呆気なく叩き潰された。

 「す、凄い!アヤトさんもだけど、あの距離を当てるリナさんも……皆さんもやっぱり強いんですね!」
 「そりゃあ、まぁ……あんな人から色々教わってるんだもんね……」

 ジェイが爛々とした目をあたしたちに向け、マヤは呆れた様子で溜息をついていた。
 そしてあたしは、マヤの言った言葉に苛立ちを覚える。

 「ちょっと!たしかにあたしはアヤト肉体的に鍛えてもらってるけど、魔術は自力で覚えたんだからそこんとこ勘違いしないでよ!?」
 「『肉体的に鍛えてもらってる』って、なんかエロ――」

 ふざけたことを言いかけたメアの頭を、勢いよく叩いて阻止する。
 「おいおい、恥ずかしがんなよ」と反省の色もなくニヤニヤ笑うメアを見て、なんでこいつの頭はこんなにも花畑なのだろうと思う。
 ……って、なんか臭うわね?

 「うっ!何よ、この臭い……!?」
 「シャーッ!」
 「「っ!?」」

 漂う異臭。するとさっきまで酔いどれ状態だったミーナが突然、メアの背中で奇声を上げて尻尾や耳の毛を逆立てる。臭いで正気に戻ったっぽい……正気かどうか知らないけど。

 「ど、どうしたミーナ!?」
 「く……くさ……ウッ!」

 起きたと思ったミーナが、その臭さにガクッと再び意識を失ってしまう。
 この瞬間あたしたちは、本当に亜人でなくてよかったと心の底から安堵していた。

 「とにかく、この臭いをどうにかしないと……あのカエルが潰れたせいよね?」
 「はとおほいまふよだと思いますよ?あのはえるカエルほうとうくさはっはへふし相当臭かったですし

 ランカが鼻を摘みながら言ってるせいで聞き取り難い。だけどなんとなく言いたいことがわかる。
 ま、あんな臭い奴の中身が臭くないわけないものね。
 とりあえず、この臭いだけでもどうにかしないと……

 【なら、僕が手伝ってあげようかー?】

 突如として、あたしの頭の中にそんな声が響いてくる。
 このボーッとしたような間の抜けた少年の声、誰かはわかる。
 アヤトが護衛としてあたしたちの中に置いている精霊王の一人だ。たしかあたしの中にいるのは……キース?そんな名前だったはず。

 【酷いなー、僕の名前を忘れちゃったのー?まぁ、合ってるけどー】

 ……あたしの心を覗かないでほしいんだけど。

 【しょうがないよー、ある程度は聞こえちゃうんだからー。だからって言って、知らない子たちの前で姿を晒すわけにもいかないしねー。だからこっそりとー……ね?】

 その声はどこか楽しげに聞こえた。
 あんたら精霊王なんて奴らがが手を出していいの……?

 【戦闘とか直接手を出すわけじゃないし、いいんじゃないー?】

 全身の力が抜けるような呑気で適当な言葉を投げかけてくるキース。
 まぁ、手を貸してくれるってんならありがたいわ。
 するとさっきまで穏やかな風が、追い風の強風へと変わる。

 「きゅ、急に強い風が……!」
 「あっ、でも今の風で臭いが薄らいだようですよ?」

 強風で臭いが飛ばされたことに気付くランカ。

 「偶然か?」
 「……まぁ、いいんじゃない?結果オーライってことで」

  とりあえず自然に起きたことにしておく。精霊王の力を借りたなんてジェイたちの前で言えるわけないしね。

 「何はともあれ、あのクソカエルの素材を持ち帰るわよ……はぁ、冒険者登録するのに必要なのは雑魚のでいいのに、なんでこんな奴を苦労して相手してるのかしらね」
 「ご、ごめんなさい……」

 何を思ったのか、ジェイが肩を落として落ち込む。もしかして、今のあたしの言葉が自分に向けられたものだと思ってる?

 「なんであんたが謝んのよ」

 眉間にシワを寄せて聞くと、ジェイがヒッと悲鳴を上げて目どころか顔を逸らす。

 「だって……僕がこんなこと言い出さなければ――」
 「男のクセにウジウジうっさいわね!」

 あたしが一喝すると、目を瞑って肩が跳ねるジェイ。まるで叱られた子供みたいね……怒鳴ったのは確かだけど。

 「やるって決めたのはあたしなの!しかもあんなデカいカエルが出るなんて誰も知らなかったし、わからなかったんだから仕方ないわよ……だからそんなことで一々卑屈にならないでよね?」
 「フィーナさん……ごめんなさ――」
 「ほら、謝らない!何でもかんでも頭下げればいいっていうその場しのぎの行動なんて、人を苛立たせるだけよ……」

 なんでこんな説教じみたことを言ってるのかしら……って、なんかいつもこんなこと思ってる気がするわ、最近……
 あたしってそんなに説教臭い女だったのかしら?
 ……まぁ、いいわ。他にカエルや魔物が出てくる気配はないし、あの大カエルの素材をさっさと剥ぎ取って帰りたいわ……
 素材を……取って……
 視線を大カエルに移す。そこには異臭が湯気となって表れている大カエルの死骸がある。
 今の強風はあくまで充満していた臭いを吹き飛ばしただけというで、その体から発している臭い自体を消しているわけじゃない。
 せっかく残った素材なのに……あの臭さに耐えながら剥ぎ取らなきゃいけないの?
 そう思っただけでゲンナリとしてしまう。かと言って、今から他の魔物を探しに行くのも面倒だし……ええい、女は度胸!

 「ジェイって言ったかしら?たしかあんた、カエル対策に臭い消しの何かかってたわよね?」
 「え……あっ、はい!」

 出せと言う前に、液体の入った瓶を差し出してくれるジェイ。なんかカツアゲしてる気分だわ……
 ま、いいわ。どうせ貰う気でいたし。

 「効くかどうかわかんないけど、あの死んでるカエルにぶっかけてみましょ。消えるまではいかなくても、少しは薄らぐでしょ……メアはミーナを背負ったままここにいなさい」
 「おー……」

 鼻を摘んでやる気のない返事をするメアを横目に、あたしはジェイから受け取った臭い消しの瓶を片手に持ってあたしは大カエルに近付く。
 今も強風が吹いているが、大カエルに近付くにつれて臭いが漂い濃くなっていき、顔をしかめてしまう。
 く、臭い……こんなのをミーナが嗅いだら、確実に死ぬわね。
 あたしも死にそうなんだけど……これで染み付いた臭いって、洗って落ちるものなのかしら……?
 ……最悪、シャードかアヤトに泣き付くしかない。
 臭い女なんて、死んでも思われたくないもの。
 かなり悪臭が臭う距離まで近付いたところで、大カエルの死骸に液体を振りかける。

 「……やっぱりダメか」

 臭いが強過ぎて効果がない。無駄になちゃったわね……

 「っていうか、こんな臭いカエルのやつなんて素材になるのかしら……?」

 もはや根本的な問題にツッコミたくなってきていた。
 いや、あたしがこいつに手を付けたくない言い訳なんだけど……って言っても、臭いがキツくても貴重な素材であることには変わりない。
 仕方ないと今度こそ覚悟を決めて、大カエルの潰れた死骸の中で無事な部位や臓器を取り出す。

 「うっく……本当に臭いわね……あっ」

 臭いに耐えながら肉を掻き分けていくと、あるものを見付けたあたしは思わず声を漏らす――
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