フィアンセは、婚約破棄されようと必死です

ゆきな

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43:ジュリアの涙

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ジュリアは走った。
ひたすらに、全力で。

床を蹴るたびに、足首が見えるほどドレスが翻る。
こんなところを見られるなんて、貴族の令嬢としてはとてもありえない。
しかし今はもう、そんなことはどうでも良かった。

拭いても拭いても、涙がこぼれ落ちては頬を濡らしていった。

思い出したくなんかないのに。
目を開けていても、チラチラと脳裏に、ダニエルが自分以外の女性とキスをしている場面が浮かんでくる。

「ひどいわよ、ダニエル……なんで……?」

ジュリアは呟くと、ふらふらっと足を止めた。
涙で前は見えないし、無理に動かし続けた足はもう力が入らない。

いつの間にか庭園に出ていたことに、ようやく気がついた。
冷たい風が、むき出しの肩を震えさせる。
ジュリアはあまりに自分が惨めで、情けなく思えて。
自らを抱きしめるように、凍え切った両肩に手を回すと、へなへなと座り込んでしまった。

「私のこと、大切にすると約束してくれたのに……。
あれは嘘だったの……?」

もちろん、彼女の他に誰もいないのだから返事などない。
それでも問いかけずにはいられなかったのである。

が、その時、ふと自分の名を呼ぶ声が聞こえた気がして、ジュリアは顔を上げた。
もしやダニエルが追いかけてきてくれたのかと思ったのだ。

心の底から謝罪してくれたら。
甘い言葉を囁いて、強く抱きしめてくれたなら。
もしかしたら、彼を許してしまうかもしれない。

そんなことを、ふと思ったのだったが

「ああ、良かった!
探しましたよ」

と、勢いよく走ってきたかと思うと、目の前で立ち止まり、大きく安堵の息を漏らしたのは、ダニエルではなくケインだった。

「急に走り出してしまうものだから、すっかり見失ってしまったじゃないですか!
ダメですよ、こんなに暗くて寒い所にいつまでもいては!
ほら、戻りましょう。
風邪をひいてしまいます」

優しく腕を引いてくるケインに、ジュリアは強く頭を横へ振った。

「放っておいて下さい。
風邪をひけるものならひきたいくらいなんです。
高熱にうなされて、全てを忘れられたらどんなに良いか、とすら思いますわ」

ははっと乾いた笑い声を上げると、ケインの顔が見る間に歪んだ。

「忘れてしまえばいいですよ、ダニエルのことなんて」

ケインに腕を強くひかれて、よろけたジュリアは、いつの間にかすっぽりと彼に抱きしめられていた。

「ケイン様……」
「今だけはダニエルのことは全部忘れて!
少しの間だけで良いですから、このままでいさせて下さい」
「で、でも……」

ジュリアは身をよじったが、ケインに抱きすくめられたまま動くことは出来なかった。
ケインの声はいつになく真剣で。
ジュリアの心をグラグラと揺さぶってくる。

「あなたのことが好きなんです。
僕なら、あなたに悲しい顔なんてさせません」

ダニエル以外の男性に触られるなんて嫌なはずなのに、徐々に体から力が抜けていくようだった。
気が緩んでしまったのか、止まっていた涙が再び溢れ出す。

ジュリアは何も言えなかった。
ただただ、嗚咽を漏らすことしか出来なかった。

しかしケインはそれを責めるでもなく、まるで子どもを寝かしつけるかのような優しい手つきで、背中を撫でてくれていた。
いつまでもいつまでも、彼女の気が済むまで涙を流し続けるのを、黙って見守ってくれていた。

そのおかげで、ようやく泣き止んだ時には、彼のぬくもりに安心感さえ覚えていたのである。
今はもう何も考えずに、この温かさに守られていたくて。
ジュリアは涙が乾いたあとも、しばらく彼の胸に頬を押し当てながら、暗闇に包まれた庭園をぼんやりと眺めていたのだった。

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