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1.本部と東支部
しおりを挟むノアはアンディバラ・ロゴニスタ王国の王都東支部の冒険者ギルドの職員として働いている。
長い国名はアンディバラとロゴニスタが併合したためで、旧ロゴニスタの多くの土地は魔物に襲われ人が住めるものではなくなった。
ノアも土地を追いやられた一人だ。
十二年前に魔物の氾濫が起こり、住んでいた村は襲われ命からがら生き延びた。
そして、当時現役の冒険者だったランドルフに運よく拾ってもらい流れるままに王都にきた。
拾ってもらった恩として少しでも彼の役に立てればと雑用をこなし、ランドルフが東支部のギルド長に抜擢されると同時働き出したため現在は立派なギルド職員だ。
武術関係の技巧は身につかなかったが、長年ランドルフに冒険者としてのノウハウを教えてもらったことで知識も増え、もともと物覚えがよく計算が早かったこともあり受付事務はノアに向いていた。
そのため東支部でそれなりの役割はこなせるようになったと自負している。
本来なら気持ち的に余裕をもって過ごせていたはずだが、ここ数年本部ギルドの横やりに悩まされていた。
今日も本部ギルド職員のトレヴァーがノアのカウンターの前にやってきて絡んでくる。
「ノアはいつまでここにいるつもりだ? せっかくバイロンさんが誘ってくれているのに可愛くないぞ」
バイロンとは本部のギルド長のことである。
蛇みたいな男でランドルフとは反りが合わず、ある時からノアも目を付けらえるようになりしつこくねちっこく絡まれていた。
トレヴァーはそんなバイロンの腰巾着あり、何度もノアの仕事の邪魔をしにここに顔を出す。
本部はここより冒険者が多く集まり忙しいはずなのに、嫌がらせ要因なのか毎度暇だなとノアは嘆息した。
「男に可愛さを求められてもねぇ。それに僕はここが気に入っているんです。余計な横やりさえなければもっと居心地がいいはずなんですが」
これ見よがしに溜め息をつき、ちらっとトレヴァーを見る。もちろんお前らのことだよと嫌味を込めてだ。
「はあ? 俺らが何かしたっていうのかよ」
「僕は誰がなんて言っていませんが? すぐにそうやって反応するということは心当たりでもあるのでしょうか?」
イライラしながら声を上げたトレヴァーをじっと見つめると、彼は怒りで顔が赤くなった。
トレヴァーはすぐに感情を表に出すのでわかりやすい。
「ちっ。そんなわけないだろう。困っているなら助けてやろうと思っただけだ」
「そう。なら助けてくれます? 現在目の前の男が仕事の邪魔をしてきて困っているんですよ」
混んでいない時間帯とはいえ、毎回毎回騒ぎ立てられて営業妨害だ。
笑顔を張り付けながら蔑むような目で見ると、トレヴァーは声を荒げた。
「俺が邪魔だって言うのか?」
「そっちは知りませんがこちらは勤務中です。それで邪魔をしていないと思っているのでしたら感覚がおかしいですよ。それで今日は何ですか?」
無視すればさらに絡んでくるから相手をしているが、この時間は憂鬱でしょうがない。
トレヴァーが意気揚々と東支部に来る時は、必ずこちらの気分が悪くなるようなネタを引っ提げてくる。
聞く気はないが、聞かないと帰らないのでさっさと今日の用件を言ってどっか行ってほしい。
一分一秒でも一緒にいる時間が短くなるようにとノアは話を促した。
気分の悪い時間に内心憤りながら、それを見せずににっこりと微笑んだ。
こんな相手に自分の感情が乱されていると知られるのは業腹なので、絶対表に出してやらない。トレヴァーのバックにはバイロンがいるので、ねちっこい相手に隙は見せるべきではない。
「バイロンさんはなんでこんなヤツがいいんだ。俺だったらウォルトのほうが綺麗だしそっち誘うけどな」
「気持ち悪い想像しないでくれる? 顔も見るのも嫌なのにその頭の中は石しか入っていないのかな。僕は頭が悪い人は好きじゃないんだ」
名を呼ばれた同僚のウォルトが顔を嫌そうに歪め、嫌悪感をあらわにして言い捨てる。
ノアと同じような細見で小柄な体形だが茶色の髪に瞳と典型的な王国民の色を持つノアとは違い、ウォルトは黒目黒髪の儚げな雰囲気を持つ美人だ。
年齢はノアより二つ下の二十二歳。ノアもはっきり言うほうだけれど、ウォルトは儚げな見た目と違い言葉はドストレートで遠慮なく相手を叩きのめす。
しかも、武術の心得もあるのでトレヴァーなんかに負けない。
「はぁ?」
「やるの? 僕に勝てると思う?」
「……いや。俺は喧嘩しにきたわけではないからな」
勝てないとわかっているので、すぐにトレヴァーはノアへと視線をやった。
ノアは冷めた眼差しで見返すと、視線の意味に気づいたトレヴァーの眉がぴくりと跳ね上がった。
――卑怯な男だ。
ノアも口に出して言いたいけれど、力でやられると負けるのが目に見えているのである程度流すようにしていた。
相手を怒らせすぎて一人の時を狙われたら困る。
それがわかっているから、ウォルトも過剰に介入しないようにしてくれている。まだギルドで相対するほうがましだ。
だけど、言いたいことが言えず表情も取り繕うことも増え、トレヴァーの顔を見るたびにストレスが溜まる。
「くそっ。お前らマジでむかつく。いつまでも澄ました顔をしていられると思うなよ」
そこでトレヴァーは煽るようにカウンターをばしばしと叩き、にやりと笑った。
今、この建物内にギルド長もランク冒険者もいないことがわかっていての行動である。とことん卑怯な男だ。
「それで? 話があるなら話してもらえますか?」
「ちっ。以前、ここにいたアランという冒険者だが、怪我をして使いものにならなくなってな。少し前までここに拠点を置いていたし伝えておいてやろうと思って」
「それは親切ですね。彼はどのような状況で怪我を?」
下卑た笑みを浮かべた顔を叩きたいのを我慢する。
相手の思惑通りに問うてしまったが、何があったのか聞かずにはいられない。
「B級クエストの依頼に参加した際に、ワイバーンの群れに襲われ怪我をした」
「彼はC級になりたてだったはずです。条件を満たせばB級クエストは受けられるとはいえまだ早い。それはギルドが止めるべき案件では?」
「そいつが行くと言って駄々をこねたんでな。自己責任だ。ここではノアが担当だったんだろ? 意気消沈して田舎にすぐに帰っていったし知らないと思って俺がわざわざ教えにきたんだ」
絶対、嘘だ。言葉巧みに煽って半ば無理やり受けさせたのだろう。
成功したら報酬は渡すつもりであっただろうが、失敗したら捨て駒扱いだ。
以前からやりたい放題の本部ギルドに、しかも前途有望が冒険者の未来をそんな形で潰したトレヴァーたちのやり口には反吐が出る。
黙っていると、トレヴァーが愉悦に満ちた笑みを浮かべた。
「悔しいか?」
「そうですね。彼がそのままここにいれば、冒険者を諦めることもなかったと思うので」
「新人の未来をつぶしたくなければノアが本部に移ってこればいい。それだけの話だ」
「最低」
あまりにもやり方がひどくて心の奥底から出た言葉に、トレヴァーが勝ち誇ったように口の端を引き上げた。
ノアが感情を出したのが楽しいのだろう。とことん性格が悪い。
「別に選んだのは彼だ。知っているだろう? ギルドは仕事を斡旋できるが特例ではない限り強制することはできない」
「……っ」
ノアはカウンターの下でこぶしを握った。さすがに笑顔ではいられない。
きっ、とウォルトを睨みつけ、ノアは出口のほうに視線をやった。
「用件が終わったならもういいでしょう? 出口はあちらなのでお間違えなく」
「急かすなよ。まあ、今日はこれで帰るとするか。バイロンさんもいつまでも待ってはくれない。早く決断するほうが身のためだな」
去り際にも嫌な言葉を吐いたトレヴァーが帰るのを見送る。
それからぎこちないながらも少しずつ通常業務に戻ったが、ノアの心は就業時間になっても平常に戻らず悔しさと虚しさと憤りを抱えたままだった。
このままでは寝られないと同じく腹立ちを抱えていたウォルトと飲みに出て、そこで飲みすぎ見知らぬ男と一夜をともにすることになるとはこの時は考えもしなかった。
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