ギルド職員は高ランク冒険者の執愛に気づかない

Ayari(橋本彩里)

文字の大きさ
1 / 66

プロローグ どなたか存じませんが

しおりを挟む
 
 寝苦しさにころりと寝返りを打とうとしたノアは、思ったように身体が動かないことに違和感を覚えた。
 続いて喉が張り付くように渇いていることを意識し、そこでようやく目を覚ます。

 目を開けたのに視界が塞がれた状態に、何事かと身体を動かすことは諦めて腕をぱたぱたと上下させた。
 そこでぺたりと手のひらに張り付く感触にぎょっとしながら、恐々と顔を動かした。

「んんっ」

 自分ではない低い声にぐっと視線を凝らす。
 そこにはなぜか裸の男が寝ており、知らぬ誰かの存在にノアは目を見開き動けない理由を理解する。
 自分より太い腕がノアの細腰に回され身動きできなかったようだ。

 息を殺し相手の様子をうかがう。
 小柄な自分よりも一回りも大きな身体。張りのある筋肉が無駄なくついているが、ごつごつしているわけではない。

 美しい身体だとこんな状況でも思わず見惚れてしまうのは、どうしても筋肉がつきにくい体質でひょろっとした体型のせいだろう。
 まだ十代の頃はなんとかなるとあれこれ試してみたが、二十四歳になった今は何をしても無駄だと悟り諦めた。

 ただ、筋肉に憧れはあるがごりごりの筋肉マッチョは自分とは現実離れしすぎるので、ノアにとって目の前の男はまさに理想の体型だ。
 再び男の寝息が聞こえる。
 そっと息を吐きだし、絡みついた腕は無理だとしてももう少し距離を取れないかとノアは身体を動かした。

「つぅ……」

 動こうとした途端、身体がきしみあり得ない場所の痛みに顔をしかめる。
 お尻に何かが挟まった感覚にもしかしてと視線を下げ、見える範囲の視界がすべて肌色なのに絶句した。

 ――まさか!?

 そんなことはあり得ないとぺちぺちと自身の身体を触ってみるが、その手は直接肌に触れ当然のことながら服は存在しない。
 何より初めてのことだけれど、お尻の違和感は男といたしてしまった事実を物語っていた。

 相手は誰かと手がかりを求めるように男を凝視する。
 知らない人だ。そもそも王都は人も多く常に出入りしているので、覚えていない可能性もある。

 ノアの一般的な茶色い髪ではなく、男の金の髪は朝日を浴びてきらきらと輝く。
 目を引くような髪色もさることながら鼻が高さや骨格のラインと顔立ちが整っており、間違いなく今までで見た中で上位に入る美貌だ。
 男の長い睫毛がふるりと揺れ、ふいに昨晩のことが脳裏によぎる。

「あっ」

 思わず声に出して、慌てて口を閉じる。

 ――思い出した!

 昨夜、帰宅途中で目の前の男が女性たちに声をかけられていたところに出くわし、通り過ぎるだけのはずだったのになぜか男に腕を取られ捕まった。
 女性の誘いを躱すわすために声をかけられただけのはずなのに、どうしてこうなってしまったのか。

「…………」

 あまりのことに頭がこんがらがってうまく思い出せないが、いたしてしまったものは仕方がない。
 少しずつ昨夜のことを思い出していると、肩に顔を埋めるように抱き直される。
 直接触れる肌や男の長い髪にぴくりと身体を動かしそうになって、必死で抑え込んだ。

「……んっ」

 どれくらいそうしていたか。男が起きそうな気配がして、見知らぬ相手と朝を迎えるなんて初めてでどんな対応していいかわからずノアは咄嗟に目をつぶり寝ているふりをした。
 ごそごそと身体を起こし、そこで男の動きがぴたりと止まる気配がした。

 温もりが離れ身体がすうすうするが、気づかれてはならないと寝たふりを続ける。
 目をつぶっていても、じっとノアに視線が向けられているのがわかる。

 ――もしかして起きていることに気づかれた?

 ドキドキしながら、もし話すことになったらどのような態度をとるのが正解なのかと考える。
 うーんと考えている間に、男はノアの髪にそっと触れ指の腹でわしゃわしゃと頭を撫でるとベッドから下りそのままバスルームへと消えていく。
 シャーと勢いよく水が流れる音がして、そっと目を開ける。

「どうしよう」

 シーツをたぐり寄せ、記憶の補完をと必死に昨夜の記憶を掘り起こした。
 昨夜は職場の同僚で友人でもあるウォルトと仕事終わりに飲みに出て、二人して腹立ちまぎれにあれこれ酒を飲みまくった。それから……

 その次を思い出そうとしたが、そこまでの記憶にノアは頭を抱えた。
 昨日はかなり嫌なことがあって飲まずにいられなかった。そして確実に飲みすぎた。

「まあ、仕方がないよね」

 ノアは王都東支部の冒険者ギルドに勤務しているのだが、ここ最近本部ギルドの嫌がらせがひどくてストレスが溜まっていた。
 改めて昨日のギルド内であった出来事を思い出し、眉をしかめる。

 ――最悪!

 頭を抱えていた手に残った爪痕に唇を噛みしめた。
 平常心、平常心、と息を深く吸って吐いてと繰り返し気持ちを落ち着かせる。
 ちょっと投げやりになっていたが、見ず知らずの相手と一夜をともにするとは自分でも信じられない。

 ノアの容姿は悪くもないが飛び抜けてよいわけでもない。どちらかというと童顔なので良くも悪くも声をかけられやすい。
 冒険者を相手にするので血気盛んな彼らに性別関係なく性的な誘いで声をかけられることはあるが、それはモテるからではなく手近な場所にいて話しかけやすいからだ。

 彼らにとっては挨拶のような、できればワンチャンあればラッキー程度のものだ。
 積極的に口説かれるなんてことはないし、ノアははいはいと適当に躱してきた。

 今までの彼女はどれも長続きしなかったけれど商いをしている娘ばかりだった。
 彼女たちにとっては威圧感もなく、ギルドで働きあらゆる方面に知識のあるノアが最初は頼りに見えるし手に届きやすいと思われ告白されることは多かった。

 ノアも一人は寂しいこともあり付き合ってみるが長続きはしないし、どうにも最後は同じような理由で振られてしまう。
 まあ、それは置いておいて。

「はぁ。しばらくお酒は控えよう」

 自分の性的思考は女性だとばかり思っていたのだけれど、いくら鬱憤が溜まっていてちょっとやけになっていたからといって、自分が男性と夜を過ごすことになるとは信じられない。
 生きていると何が起こるかわからないものだ。お酒の力とはなんて怖いのか。

 大きな溜め息とともに、思いっきり頭をぶつけたい衝動にかられる。
 ノアは再び頭を抱えた。

「ああ~、まいったなぁ」

 あと、いつバスルームから出てくるかわからない男のことが気になって、ゆっくり思考どころではない。
 ノアは大きく息を吐き、のろのろと立ち上がった。

 うぅーんと左右に頭を振り現実逃避してみるが、自分は全裸のまま。
 股関節も変な感じだし、お尻の異物感も消えてくれないので現実だと突きつけてくる。

 はっ、と小さく息をついた。
 互いに何も生み出さない、通りすぎの事故のようなもの。記憶に留めておく必要はない。

 そこまで考えてノアは気を取り直した。
 慣れない痛みはあるけれど、少しずつ思い出した記憶の断片から無理矢理されたわけでもなさそうだ。

 性的対象に同性を考えたことはなく、しかもやられたほうだがそこまで忌避感はない。
 そもそも日ごろから職場で冒険者を相手にしているので、彼らの性に対しての奔放さを常に目のあたりにしこんなものかというのが実際のところ。

 男の初対面の印象は付きまとわれるのが嫌いで、後腐れのない関係を望むタイプのようだった。
 つまり、これはシャワーをしている間に出ていけということかもしれない。
 朝の明るい陽射しが差し込むなか、相手も冴えない男の俺を相手したと改めて向き合いたくないに違いない。

「どなたか存じませんが、一夜限り。これにてお先に失礼いたします」

 服をかき集め身に着けると見知らぬ一夜の相手がいるバスルームにぺこりと頭を下げ、ノアは痛む身体を叱咤しその場を後にした。


しおりを挟む
感想 21

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?

krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」 突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。 なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!? 全力すれ違いラブコメファンタジーBL! 支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。

僕は人畜無害の男爵子息なので、放っておいてもらっていいですか

カシナシ
BL
 僕はロローツィア・マカロン。日本人である前世の記憶を持っているけれど、全然知らない世界に転生したみたい。だってこのピンク色の髪とか、小柄な体格で、オメガとかいう謎の性別……ということから、多分、主人公ではなさそうだ。  それでも愛する家族のため、『聖者』としてお仕事を、貴族として人脈作りを頑張るんだ。婚約者も仲の良い幼馴染で、……て、君、何してるの……? 女性向けHOTランキング最高位5位、いただきました。たくさんの閲覧、ありがとうございます。 ※総愛され風味(攻めは一人) ※ざまぁ?はぬるめ(当社比) ※ぽわぽわ系受け ※番外編もあります ※オメガバースの設定をお借りしています

聖女ではないので、王太子との婚約はお断りします

カシナシ
BL
『聖女様が降臨なされた!』 滝行を終えた水無月綾人が足を一歩踏み出した瞬間、別世界へと変わっていた。 しかし背後の女性が聖女だと連れて行かれ、男である綾人は放置。 甲斐甲斐しく世話をしてくれる全身鎧の男一人だけ。 男同士の恋愛も珍しくない上、子供も授かれると聞いた綾人は早々に王城から離れてイケメンをナンパしに行きたいのだが、聖女が綾人に会いたいらしく……。 ※ 全10話完結 (Hotランキング最高15位獲得しました。たくさんの閲覧ありがとうございます。)

ゲーム世界の貴族A(=俺)

猫宮乾
BL
 妹に頼み込まれてBLゲームの戦闘部分を手伝っていた主人公。完璧に内容が頭に入った状態で、気がつけばそのゲームの世界にトリップしていた。脇役の貴族Aに成り代わっていたが、魔法が使えて楽しすぎた! が、BLゲームの世界だって事を忘れていた。

何もしない悪役令息になってみた

ゆい
BL
アダマス王国を舞台に繰り広げられるBLゲーム【宝石の交響曲《シンフォニー》】 家名に宝石の名前が入っている攻略対象5人と、男爵令息のヒロイン?であるルテウスが剣と魔法で、幾多の障害と困難を乗り越えて、学園卒業までに攻略対象とハッピーエンドを目指すゲーム。 悪役令息として、前世の記憶を取り戻した僕リアムは何もしないことを選択した。 主人公が成長するにつれて、一人称が『僕』から『私』に変わっていきます。 またしても突発的な思いつきによる投稿です。 楽しくお読みいただけたら嬉しいです。 誤字脱字等で文章を突然改稿するかもです。誤字脱字のご報告をいただけるとありがたいです。 2025.7.31 本編完結しました。 2025.8.2 番外編完結しました。 2025.8.4 加筆修正しました。 2025.11.7 番外編追加しました。 2025.11.12 番外編追加分完結しました。

BLゲームのモブに転生したので壁になろうと思います

BL
前世の記憶を持ったまま異世界に転生! しかも転生先が前世で死ぬ直前に買ったBLゲームの世界で....!? モブだったので安心して壁になろうとしたのだが....? ゆっくり更新です。

婚約破棄と国外追放をされた僕、護衛騎士を思い出しました

カシナシ
BL
「お前はなんてことをしてくれたんだ!もう我慢ならない!アリス・シュヴァルツ公爵令息!お前との婚約を破棄する!」 「は……?」 婚約者だった王太子に追い立てられるように捨てられたアリス。 急いで逃げようとした時に現れたのは、逞しい美丈夫だった。 見覚えはないのだが、どこか知っているような気がしてーー。 単品ざまぁは番外編で。 護衛騎士筋肉攻め × 魔道具好き美人受け

処理中です...