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2.過ぎたこと
しおりを挟むノアは見知らぬ男と一夜を過ごし、なんとか痛む下半身を押して帰り着いた。
毎日見る年季の入った木の扉を開け、ほっと息をつく。
「ふぅっ……。やっと帰ってこれた」
こじんまりした借家だが、ノアだけの城だ。
親切な老夫婦に安く借りることができ、大通りから一本それただけでずいぶん静かなここは気に入っていた。
上着をハンガーにかけ、シャツのボタンを外しながら視線をソファへとやったが意識して引きはがす。
疲れたので横になりたいが、あちこちに感じる見ず知らずの男の感触を消すのが先だろう。
綺麗に身体は拭いてくれたようだけれど、お尻の奥やいつもと違う匂いが体中に張り付いているようで落ち着かない。
重い身体でシャワールームへと向かい、服を脱いだところで驚きすぎて掴んでいたシャツが手からぱさりと落ちる。
「ぎゃっ」
最初は胸にぽつっと赤みがあるなと思っただけだったが、シャツのボタンを外して全体に視線を移動し、変な声が出た。
見間違いではないよなと何度も見返し、目の錯覚ではないと突き付けてくる事実に思わず天を仰いだ。
「うわぁ、いったいどんな夜を過ごしたの?」
ぽつぽつなんてそんな可愛らしい言葉では言い現わせられないほど、肌を吸われた痕が身体のあちこちにあった。
まるで病気のような赤みは、一夜の相手にやりすぎではないだろうかと二重の驚きだ。
全部脱ぎ捨てて、衝撃に動揺が収まらないままシャワーのヘッドに手をかけた。
しばらく湯を流しながらそれらを眺めていたが、乱暴されたわけではなくむしろ愛された形跡はじわじわと身体を火照らせる。
「あああぁ~」
落ち着かなくて、意味もなく声が出た。そうしていないと、胸のそわそわに堪えられそうにない。
がしがしと伸びっぱなしだった耳下まである茶色の髪を乱し、一生懸命昨夜の記憶を漁る。
昨晩はたくさん溜めに溜めた怒りを吐き出し、ウォルトと別れ一人になると今度は自分の無力さに押しつぶされそうになった。
本部のギルド長であるバイロンにノアは新人育成と計算能力が高いことに目を付けられ、しつこく勧誘を受けていた。
バイロンは非常に強欲で、なんでも自分のものにしたがる。
以前から東支部のギルド長であるランドルフと反りが合わなかったこともあり、そこにノアが東支部で活躍すると目をつけられ嫌がらせが悪化した。
アランを含め、大事に育てていた冒険者を何度も汚い手で横取りされてきた。
しかもだ。まだ若い冒険者は粗削り。調子に乗って怪我をする者もおり、身一つで生計を立てている冒険者に大きな怪我は致命的だ。
どこのギルドを利用しようが冒険者の自由だから、本部の待遇に靡いたのならそれはそれだ。
こちらは強制できないので、彼らの意志であれば別に問題はなかった。
最終的にアランが王都での利用を本部に鞍替えしたのは事実だけれど、ランドルフとノアが目をつけられているからこそ彼も目をつけられたのだと思うと苦い思いがあった。
それは昨日に始まったことではないけれど、度重なる嫌がらせや卑怯な手にむかつきが収まらない。
ギルドが困っているのに、その困る要因に自分も含まれている事実。何とかしたいのにずっと守られたままの自分にも腹が立った。
無茶をすれば悲しむ相手がいるからと気持ちを抑えているが、虚しさから逃れられない。
薄ら雲に隠れた半月は一層物寂しさを感じさせるもので、吐き出しようのない渇いた笑いが漏れ、少し遠回りしてから帰るかと夜道を歩いた。
その帰る道中で、女性陣に囲まれた男とすれ違った。
ずいぶんと目の引く美丈夫だった。
放つ雰囲気もだが、一線を画している空気に思わず見てしまう。
男は一言も話さないのに女性たちが一生懸命この後一緒にどうかと誘っていて、彼くらいのレベルになると女性は放っておかないのだなとぼんやりとそんな感想を抱きながらすれ違った。
その際に視線が合い、吸い込まれそうなほど綺麗で力強い瞳だなぁと印象的な双眸に酔った頭でも鮮明に刻まれた。
でもそれだけだった。だが、そのまま歩いていたら、突如後ろからがしりと腕をとられた。
女性を断るダシにされて、無事女性を追い払った男はお礼に奢るからとやけに熱心に誘われた。
そう。それからその男と一緒に店に入り……、その後のこと思い出し顔から火が出るかと思うくらい熱くなった。
この身体中の痕が物語っているように、冷たいと思えるような男から終始甘く口説かれて誘われるまま抱かれた。
まるで長年離れていた恋人との久々の逢瀬のように、終始執着を見せられ隅々まで食べられた。
何度も何度も求められ、奥に男の精をたくさん受けた。
そういえば奥まで綺麗にしてくれたのか、魔法が使われたのか、尻の奥からは男の白いものは出てこない。
具体的なあれこれを思い出し、はぁぁっと壁に手をついた。
魔道具を調整して温度を下げ頭上から浴びてみるけれど、時間が経てば経つほど気持ちがふわふわとした。
荒くれ者が多いギルドで受付をしているので、猥談も日常的に聞こえその手の話は慣れっこだ。
冒険者たちの一部は突っ込めて出すもの出せたらと即物的な話を平気で語る者もいるし、同意の上ならどのような形でもその人の勝手である。
ノア自身も生きて笑っていられるのならそれでいいと思うほうなので、酔っていたとはいえ身体を許したのは自分だし被害者ぶるつもりもない。
「そういえば、頭撫でられたな」
寝ていると思っている相手にとても優しい手つきだった。
この歳になって頭を撫でられることはないのでちょっと新鮮で、このキスマークだらけの身体を見た後では思い出すとむずむずする。
濃密な夜を思わせる形跡と記憶にちょっと、いや、だいぶ気持ちの処理の仕方に困った。困ったと思いながら、ノアの頬は緩んだ。
これまでの経験や認識を覆すような経験で、一夜限りとはいえ愛されたのだとわかるこれは悪い気はしない。
「あのまま出ていって本当によかったのかな……」
いろいろ思い出し、ぽつりと言葉が漏れた。
その場限りだとしてもこんなに情熱的だったのなら、挨拶ぐらいやっぱりしておけばよかったかもしれないと思ったが今さらだ。
さっきまではうまく思考が回らず、初めてのこととしでかしたことから逃げるように部屋を後にしたけれど、情事を思い出すと自分が薄情のように思えてくる。
でも、あれが彼の夜の通常だとしたら、特別だなんて思いあがるなと切り捨てられそうだ。
思い出した彼のノアを見る視線は違って見えたが、女性を見る目がひどく冷たかったので事後に関しては甘さを捨てたほうがいいタイプだろう。
「……まあ、考えても仕方がないか」
他にやりようがあったかもしれないが、一夜限りだからこれでいいと思い直した。
気が抜けると身体全体が熱っぽく怠いし、やはりお尻の違和感がどうしても気になる。
今日は幸い休みだ。
本当なら買い出しを予定していたが一日だらだらすることに決めて、ベッドにいそいそと入り込み数分しないうちにノアは眠りについた。
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