ギルド職員は高ランク冒険者の執愛に気づかない

Ayari(橋本彩里)

文字の大きさ
4 / 66

3.黄昏の獅子

しおりを挟む
 
 次の日、ノアは身支度を済ませいつも通りにギルドに出勤した。
 徐々に身体のほうの違和感も気にならなくなり、半日を終え休憩時間を一緒に取っていたウォルトが通りにあるパン屋のサンドウィッチを頬張りながら口を開いた。

「そう言えばさ、昨日の朝、黄昏の獅子が東支部ここに顔を出したよ」
「そうなんだ? 本部ではなくこっちに?」

 がめつい本部ギルドが金と名声を運ぶ実力者に声をかけていないわけがないだろうが、彼らはその誘いに乗らなかったようだ。
 東支部で育てた優良冒険者を何度も強引に取られてきたので、思惑が外れた本部ギルドのことを考えるとちょっぴり胸がすく。

「なんでもこっち側の宿をとったようだね。彼らにとっては手続きできたら本部も支部もかわらないんじゃないかな」
「確かに彼らの動きは名声よりも利便性重視だからそう言われたら納得」

 ここ最近、実力はほぼS級なのではと言われるA級冒険者二人組が目ぼしい辺境のダンジョンを攻略し、やっと王都にくると話題が持ちきりだった。
 『黄昏の獅子』と通り名で呼ばれる彼らは、国境付近のダンジョンの攻略をメインにしていた。

「利便性か。あれこれ伝手を使って彼らとの接触を試みただろう本部ギルドもざまぁだよね。一昨日のことがあったから、彼らがここに顔を出した時思わずガッツポーズしちゃったよ」
「その気持ちわかるな。黄昏の獅子には意図なんてないだろうけどね。それがまたいいよね。それにしてもずっと辺境で活躍していた冒険者だから王都にいると言われてもぴんとこないけど、僕も拝見できるのが楽しみだよ」

 最初は彼らの通り名だった『黄金の獅子』は、見た目と強さからつけられた。
 そして、二人が正式にパーティを組む時にそのままパーティ名として使用された。理由は考えるのが面倒だったからというのまで噂で回ってきている。

 二人とも金髪の美丈夫の魔剣士。
 彼らが通ったあとには、赤く染まった魔物の血が残っていることからきたと言われている。

 剣の力も魔法の威力もずばぬけており、二十二歳の碧眼のマーヴィンと二十一歳の鮮やかな緑色の瞳のブラムウェル。
 ほかのジョブの助けを必要としないほど、彼らは圧倒的な力を有していた。

 彼らが活躍するたびにギルド職員、冒険者たち、特に異性には人気で必ず話題に出すほどの有名人だ。
 なので、ノアも顔は知らないが特徴と年齢くらいは知っている。

「こっちで依頼受けるって言ってたから近いうちに見れるんじゃないかな。噂通りの美丈夫で、女性職員たちの間では誰が担当するのか昨日からずっと話し合いが行われているよ」
「ははっ。拠点を決めていないから王都にずっといるとは限らないし、実力者は担当を指名ができるからこちらで決めたところで仕方がないのにね」

 新人相手ならこちらからメインの担当を決めることもあるが、名のある冒険者はほぼ相手の意向に沿うことになる。
 活躍する彼らの担当は当然仕事の量が増えるし、その土地で長く活動する場合は自分に合った者を見つけて担当を決めるのが定番だ。

 たまたま並んだ場所で担当していた者がそのまま継続することもあるし、仕事を評価されて抜擢されることもある。
 理由は様々だがこちらが騒いで決めたとしても、思い通りになるわけではない。

「まあ、それくらい彼女たちは舞い上がってるんだよ。実力と容姿が優れた相手と少しでも接点を持ちたいと考えるのはわからないでもないけどね」
「そうだね。何がなんでも担当したいとまでは思わないけれど、どんな人たちなのかは僕でも興味あるよ」

 ノアも彼らの活躍を楽しみに聞いていた一人である。

「だよね。僕も昨日遠くから見ただけだけど、周囲が騒ぐのもわかる人たちだったよ。それはもうギルド全体が色めきだって収拾つけるのが大変だったよ。見ることができたよりも、いつか見られるなら初日は休みだったらよかったって思った。サンドラなんか今日は朝から女性職員の中で一人出遅れたとずっと僕が責められてたんだよ。シフト決めたのは僕じゃないのに」
「それは大変だったね」

 サンドラは上級志向の女性で、冒険者相手だったらB級以上しか相手にしたくないと公言している。そんな彼女がA級冒険者と出会う初日を逃したのは悔しかっただろう。
 疲れた顔をして溜め息をつくウォルトを労うため、休憩用に忍ばせていたチョコレートを数個そっと差し出した。

「甘いもの食べて疲れとばそっか」
「ありがとう」

 さっそく包装を開けるウォルトを見ながら、ノアもコーヒーカップに口つける。
 黒髪黒目の美人顔のウォルトは、その見た目に反してよく食べる。

「ノアといると和むよねぇ。ギルドでもノアがいるのといないのでは空気違うから、僕は全部のノアと同じ勤務日にしたいよ」
「そう? 僕もウォルトといると心強いよ」

 吸い込まれるようにウォルトの口の中に消えていくチョコレートを眺めながら、ノアは笑う。
 一昨日のようなことがあった後でも、同僚にいてほしいと言われるのは嬉しい。
 馥郁たる香りにほっと息をついていると、同じく息をついたノアがそういえばと声を上げた。

「そうそう。今朝からサンドラに捕まって忘れてたんだけどさ。黄昏の獅子は昨日ギルドに活動報告しに来たんだけど、その時に人捜しをしているって言ってて」
「人捜し?」

 意外な内容に首を傾げると、ウォルトが真面目な顔で頷いた。

「どうして捜しているかまでは聞いてないけれど、僕のような身長体型で茶色の髪と瞳の華奢な青年と聞いて、僕はノアが浮かんだのだけど心当たりある?」
「ないよ。それに茶色の髪に瞳なんてほとんどの人がそうだから。そもそも黄昏の獅子の顔も知らないし」
「だよねぇ。悪い意味で捜している感じではなかったし、真剣そうだったからちょっと気になって」

 人捜しね。
 そういえば、一夜をともにした男性も金髪だったし細見ではあったが筋肉質な体形は冒険者の可能性もある。

 ――……まさかね。

 そこでノアは首を振った。
 夜の相手に困らないであろう有名な冒険者が自分と一夜を過ごし、ましてやいなくなったから捜すなんてあり得ない。

 もしくはよほど反感を買ったかだが、宿代は置いてきたし後腐れはないはずだから捜される理由はノアにはない。
 一瞬浮かんだ疑問に、自分ではないなとあっさりとノアは記憶から消去した。


しおりを挟む
感想 21

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?

krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」 突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。 なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!? 全力すれ違いラブコメファンタジーBL! 支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。

僕は人畜無害の男爵子息なので、放っておいてもらっていいですか

カシナシ
BL
 僕はロローツィア・マカロン。日本人である前世の記憶を持っているけれど、全然知らない世界に転生したみたい。だってこのピンク色の髪とか、小柄な体格で、オメガとかいう謎の性別……ということから、多分、主人公ではなさそうだ。  それでも愛する家族のため、『聖者』としてお仕事を、貴族として人脈作りを頑張るんだ。婚約者も仲の良い幼馴染で、……て、君、何してるの……? 女性向けHOTランキング最高位5位、いただきました。たくさんの閲覧、ありがとうございます。 ※総愛され風味(攻めは一人) ※ざまぁ?はぬるめ(当社比) ※ぽわぽわ系受け ※番外編もあります ※オメガバースの設定をお借りしています

聖女ではないので、王太子との婚約はお断りします

カシナシ
BL
『聖女様が降臨なされた!』 滝行を終えた水無月綾人が足を一歩踏み出した瞬間、別世界へと変わっていた。 しかし背後の女性が聖女だと連れて行かれ、男である綾人は放置。 甲斐甲斐しく世話をしてくれる全身鎧の男一人だけ。 男同士の恋愛も珍しくない上、子供も授かれると聞いた綾人は早々に王城から離れてイケメンをナンパしに行きたいのだが、聖女が綾人に会いたいらしく……。 ※ 全10話完結 (Hotランキング最高15位獲得しました。たくさんの閲覧ありがとうございます。)

ゲーム世界の貴族A(=俺)

猫宮乾
BL
 妹に頼み込まれてBLゲームの戦闘部分を手伝っていた主人公。完璧に内容が頭に入った状態で、気がつけばそのゲームの世界にトリップしていた。脇役の貴族Aに成り代わっていたが、魔法が使えて楽しすぎた! が、BLゲームの世界だって事を忘れていた。

何もしない悪役令息になってみた

ゆい
BL
アダマス王国を舞台に繰り広げられるBLゲーム【宝石の交響曲《シンフォニー》】 家名に宝石の名前が入っている攻略対象5人と、男爵令息のヒロイン?であるルテウスが剣と魔法で、幾多の障害と困難を乗り越えて、学園卒業までに攻略対象とハッピーエンドを目指すゲーム。 悪役令息として、前世の記憶を取り戻した僕リアムは何もしないことを選択した。 主人公が成長するにつれて、一人称が『僕』から『私』に変わっていきます。 またしても突発的な思いつきによる投稿です。 楽しくお読みいただけたら嬉しいです。 誤字脱字等で文章を突然改稿するかもです。誤字脱字のご報告をいただけるとありがたいです。 2025.7.31 本編完結しました。 2025.8.2 番外編完結しました。 2025.8.4 加筆修正しました。 2025.11.7 番外編追加しました。 2025.11.12 番外編追加分完結しました。

BLゲームのモブに転生したので壁になろうと思います

BL
前世の記憶を持ったまま異世界に転生! しかも転生先が前世で死ぬ直前に買ったBLゲームの世界で....!? モブだったので安心して壁になろうとしたのだが....? ゆっくり更新です。

婚約破棄と国外追放をされた僕、護衛騎士を思い出しました

カシナシ
BL
「お前はなんてことをしてくれたんだ!もう我慢ならない!アリス・シュヴァルツ公爵令息!お前との婚約を破棄する!」 「は……?」 婚約者だった王太子に追い立てられるように捨てられたアリス。 急いで逃げようとした時に現れたのは、逞しい美丈夫だった。 見覚えはないのだが、どこか知っているような気がしてーー。 単品ざまぁは番外編で。 護衛騎士筋肉攻め × 魔道具好き美人受け

処理中です...