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4.噂の冒険者
しおりを挟む休憩を終え昼からの業務を再開した。
夕刻になると引き上げてきた冒険者がぼちぼちと顔を出し始め、ノアは三か月前に入ってきた新人冒険者のワイアットが取ってきた素材の鑑定と今後の方針のアドバイスをしていた。
「ノアさんの助言は役に立つものばかりで助かります」
「そう? 少しでもお役に立てていたならよかったよ」
三か月が経ちある程度仕事が認められると、必要ならギルド職員のメイン担当を決めることもできるのだが、数日前にノアは彼の指名を受け正式に担当となったばかりだ。
ワイアットはもう十分一人でもやっていける力はあるが、少しでもミスを減らしたいと毎回丁寧に仕事をこなし質問をしてくる。
ぐんぐん知識を吸収していく彼を、素直な弟ができたような気持ちで見守っていた。
そんないつもと変わりのない時にそれは起こった。
ざわざわと落ち着かない雰囲気に、ワイアットが鋭い眼光を外に向けた。
「どうしたのですか?」
「あっ。すみません。外が騒がしくて。せっかく教えていただいているのに」
声をかけると、ワイアットは先ほどの鋭さは消してノアを見てにこにこと笑みを浮かべた。
新人の中でもぐんと突き抜けた才能を持つ彼だが、初回にノアが担当したことで指名されるほど慕ってくれている。
そして、ノアの前だと右も左もわからなかった時の気持ちに戻るのか、途端心もとないと瞳が揺れるワイアットにノアはにこりと笑う。
十八歳だというこの青年は体格もよく、ノアの教えを守り無茶もせず着実に功績を残している。
話をよく聞き慕ってくれる彼を、ノアも冒険者の中でも気にかけていた。
中途半端に本部ギルドに目をつけられて使い捨てにされないよう、彼には一昨日のことを含めこれまでのことを話している。
「外で何かあったのでしょうか?」
「何かもめているようですが、実力差ははっきりしているようなので問題ないでしょう」
「外の様子がそこまではっきりわかるのですか。ワイアットはすごいですね」
事務系のノアは外が騒がしいくらいしかわからないが、強い者は同じく強者をかきわける力があるという。
十八になるまで何をしていたのかはわからないが、そもそもの素材がよい。
一年以内にD級にいければ冒険者としてそこそこやっていけるというレベルだが、ワイアットはその上のC級に昇級するのではないだろうか。
「話を戻しますが、ギルドでの教えを守ってえらいですよ。冒険者を始めたばかりだとレベル上げを焦って怪我をしてしまう方が多いので、ワイアットのように着実に依頼を丁寧にこなしてくれるのはありがたいです」
「本当ですか? ノアさんに少しは貢献できてますか?」
「はい。おかげで僕の評価も上がっていますね」
「だったら、今度俺と」
順調に強くなっていく姿は頼もしいと笑みを浮かべると、ワイアットはこくりと唾を飲み真剣な表情で何か言おうとした。
だけど、それはギルドの扉が開かれ入ってきた第三者の声に遮られる。
「見つけた」
そこまで大きくないのに低く通る声がにその場を支配する。
何事かとワイアットから声の主へと視線を向けると、ドアに輝くような金の髪の二人が立っていた。爽やかな笑顔を浮かべる男と、なぜかこちらを睨んでいる髪の長い男。
「あっ」
思わず声が漏れた。説明されなくてもわかる。
金髪の二人組が座っており彼らの放つ空気は明らかに他とは違った。
隙のない佇まいに余裕のある雰囲気。今まで見てきた冒険者の中で飛びぬけた手練れだとそこにいるだけでわかる。
そして、何よりその瞳の色を見て、彼らが噂の『黄昏の獅子』の二人であることを理解した。
視線を外したくても外せない。
それもそのはず、そのうちの一人がノアと一夜をともに過ごした男だった。
――ああ、やってしまった。
ウォルトに話を聞いたときに完全に他人事だと思ったけれど、笑えないことにどうやら彼が捜していたのは自分だったようだ。
というか睨まれているようなと、その眼差しに狼狽する。
受付カウンターから距離があるのに、通る声も誰を見ているのかわかる視線も異常だ。
だけど、なぜ睨まれているのかと首を傾げ目の前のワイアットに視線を向けると、ものすごいスピードでこちらに駆け寄ってきた長い髪を結った男に顎を掴まれた。
視線と視線が絡み合う。
男はエメラルドの瞳をきゅっと細めノアを射抜きながら、形のいい唇を動かした。
「さっそくよそ見?」
「はっ?」
突拍子もない言葉に瞬きを繰り返すと、男はぐいっと鼻が触れ合うほどまで顔を近づけられた。
その際に、さらりと髪がノアの顔にかかる。
「えっと」
「とぼけるつもり?」
ああ、こんな顔だったなと間近にある顔をまじまじと見た。
素面で見るのは初めてだがやはりかなりの美形なので、実力もあるとなるとそれは騒ぐよなとそんなことをのんびりと考える。
「ノアさん」
焦るワイアットの声に感心している場合ではないと、後ろに下がり距離を取った。だけど、その分腕が伸びたので掴まれていることには変わらない。
どうやら逃してくれるつもりはないようだ。
このような形で再会しては仕方がないと気持ちを落ち着かせるように一度瞼を伏せる。
距離が少しでも空いたことによしとして、まずは怒っている相手をなだめるほうが先だ。
「そういうつもりではないのですが、今勤務中ですので」
「……そうか」
男の意図はわからないけれど、あの晩に関することはこの場で言ってもらっては困る。
余計なことは言わないでと真っ向から視線を受け止めると、男が口の端をふっと上げた。
ちょっとした変化だ。だけど、たったそれだけでずいぶんと印象が変わる。
――びっ、くりした。
怒っているのかと思ったが、そういうわけではないのかもしれない。
唐突すぎて頭が回らなかったが、輝くような金の髪に鮮やかな透き通った緑の瞳。
何よりこの声は記憶の中にあるものと変わりなく、一夜をともにした男であることは確定した。
だけど、名のある冒険者がわざわざ一夜の相手に絡んでくること自体が理解できない。
記憶にある男とあの朝の様子からして、不興を買ったとは思えない。
そもそもだ。初めての男が『黄昏の獅子』のブラムウェルという事実についていけない。
うーんと長い睫毛が影を落とすブラムウェルの美麗な顔を目に留め考えていると、ブラムウェルが身体を乗り出し上からノアの首元をちらっと見た。
情事の痕はシャツで隠れているはずだが咄嗟に手で隠すと、ブラムウェルがすぅっと目を眇めた。
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