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21.記憶
しおりを挟むずっと孤児院で過ごしていたため、物心ついたころには両親がいないことも含めそこまでおかしなことだとは思っていなかった。
それが普通だった。
自分と似たような境遇の子ばかり、親なしだからといって村でいじめられるようなことはない。
あくまで想像だが、ごく普通の一般家庭と同じように些細なことで喧嘩して怒られながらものびのびと過ごしていた。
親はいないけれど仲間がいる。院長たち大人がいる。村人がいる。
精神的な絆や困ったときに助け合うのは血の繋がりだけがすべてではないことを教えてくれた場所でもあった。
定期的に外から上等な服を着た子供がやってきて、一定期間過ごしたらまたいなくなることは多々あった。彼らは孤児というよりは、事情があって預かっていたのだろう。
それに、ずっと過ごしていた仲間ももらわれていくこともあった。
孤児院は誰でも受け入れる。だけど、養子の申し出に対しては、院長が首を縦に振らないと進まない。
ノアも何度か話はあったが、結局院長の許可が下りず話は流れていった。
院長曰く、孤児院にたどり着けた子供はその時点で身分など関係なく平等。
権力を振りかざす相手には院長はとても冷たく、孤児院にとってどんなにいい条件を提示されようとも絶対孤児たちを渡さなかった。
天運は必ずあり、ノアを含めた孤児たちもその天運に導かれて村にやってきて必要な時期がきたら村から出ていくらしい。
だから、もらわれる機会を逸した孤児たちは悲観していなかった。院長の采配がすべて。
よくわからなかったが、天運とやらに逆らい抗ったところで親もいない力もない孤児に何ができただろうか。
村を出たら魔物に襲われる可能性もあり、何より金を稼ぐこともできず飢え死にするのは見えている。そもそも不満などないのだから、出ていくことなど考えもしない。
ただ、いずれは村を出ることになるのだろうと漠然とノアは思っていた。
子供の時はあの場所がすべてであり、そのあり方に疑問に思うことはなかった。
不思議な村に不思議な孤児院。
そう思うのは、ノアが外に出て世界を知ったからだ。あのまま村にいれば、何もわからなかっただろう。
そういえば、外部から来た子の中でこれでもかと非常に懐かれた子がいたことを思い出す。
それまでに見たこともない美しい子供で、そしてものすごく気難しかった。
院長たち大人や孤児院の誰に対しても壁を作り、乱暴することもないが常に一人でいようとする。
院長も困り、孤児院の子たちに懐かれている同じ子供のノアなら心を開くのではないかと彼の世話を任された。
話しかけても無視をされる。
全員が敵だと思っているような威嚇と距離の取り方に長引けば長引くほど反感を買い、周囲と折り合いをつけるのに苦労した。
そして、すぐにどこかに隠れようとするので世話係を任せられたノアはほとほと困った。
女の子と見間違うような容姿であったが、彼はそのことを厭っているようなので容姿については触れないように気をつけた。
だけど、ある時からその子が異常に懐くようになった。
相変わらず周囲と距離は取ろうとするのに加え、ノアが誰かと話そうものなら嫉妬して拗ねてしまう。もしくはがっつりと身体をくっつけてきて離れようとしない。
あまりにもの落差。何がきっかけで懐かれたのだったか……
思い出そうとして、そういえば綺麗な子だということは覚えていても髪の色など何も思い出せないことに気づく。
その子だけではない。院長も家族のように大事に思っていた孤児院の子供たちもだ。
とても大事な場所だったこと、大事な人たちだったことは心が覚えている。
笑んだ口元だとか、些細な喧嘩などは覚えているのに、どうして明確に思い出せずおぼろげなのだろうか。
ノアは記憶がいいほうだ。だから、ギルドでも重宝され仕事にも活かせている。
――おかしい。
悲しいとか、魔物の氾濫で何があったのかちゃんと覚えているのに、それぞれの顔が思い出せない。家族というのなら、もっと思い出があってもいいのにノアの記憶にあるものはほんの少しに感じる。
それに気づき、ノアは初めて自分の異常さに気づき眉をしかめた。
「ノアっ。しっかりして」
ゆさゆさと揺すられて、ノアは目を開く。
そういえば、侯爵の指輪から漏れる赤黒いものに襲われてブラムウェルに抱いていてと言ったまま意識を内側に向けたのだった。
しっかりと抱かれたまま、ノアはじっとブラムウェルを見た。
相変わらず目鼻立ちがはっきりとした綺麗な顔だ。鮮やかな緑色の瞳を見てどこか懐かしい気持ちを覚えた。
「もしかして、僕たち子供の時に出会ったことがある?」
「思い出したの?」
ノアが発した言葉に、ブラムウェルはぱっと表情を明るくしたが続いて少し心配そうな、それとは別の感情も入り交じったような顔した。
揺れる眼差しにのぞき込まれ、確かに自分たちは出会っているようだと確信する。
「ごめん。当時の記憶が曖昧で。曖昧だったことに気づいたばかりだから、まだなんとなくなんだけど」
「そっか。記憶のことはランドルフギルド長に聞いているから無理に思い出さなくてもいい」
「ランドルフが?」
なるほど。記憶と封印。
ノアはいろいろ忘れていることがあるようだ。
「ああ。ノアの心が壊れそうになっていたと聞いた。だから、ノアが覚えていなくても構わない。大事なのは再会してこれからがあることだから」
「……そっか」
魔物の氾濫後、一時期、眠れなかったことと関係しているのかもしれない。
まだまだ記憶があやふやだけど、どうやらブラムウェルにもランドルフにも話を聞かなければならないことは多そうだ。
だが、まずは侯爵や本部ギルドのことだ。
そう思って周囲に視線をやりノアは絶句した。
「えっ? どうなっているの?」
そこには先ほどよりもさらに苦悶の表情を浮かべ呻く男たちがうずくまっていた。
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