35 / 66
20.直感②
しおりを挟むノア自身が死の恐怖を感じたことがあるし、大切な仲間たちと永遠の別れをたくさん経験した。
それ以上の恐怖はないと思っていたけれど、それらとまた質の違った恐怖は放置しておけない。
「なぜ、いつも邪魔ばかりするんだ」
オルコック侯爵が、忌々しいと指輪を唯一していない中指をがしがしと噛む。血をだらだらと垂らしながらのその異様さは目を逸らしたくなるものだ。
そもそも侯爵とは初対面なので、ノアはこの男をどのように見ていいのかわからない。
少なくとも相手のほうはノアを誰かと重ねているのはわかったので、そこからはっきりさせていくしかない。
「邪魔しているつもりも何も、初対面ですよね?」
言いがかりはよしてくれと告げると、ぎろりと睨まれた。
「その話し方も思い出すからやめろ」
「思い出すって誰をですか?」
「お前の母親だ。俺の姉でもある。そんなに似ているのにお前は出自を知らないのか?」
「僕は手がかりとなるようなものを何も身に付けずに捨てられていたので、母親どころか父親のこともどちらも何も知らないです」
あと、それが本当なら目の前の男と血の繋がりがあるということだ。
茶色の髪と瞳が同じでもよくある色であるし、どうとでも捉えられるけれどかなり嫌だ。
それに今になって両親の何かを示されても、それがどうしたとしかいいようがない。
ノアは孤児院で育ち、今では二度と会うことはできなくなってしまったが彼らがノアの家族だ。
「まさか本当に何も知らないのか?」
「はい。なので、僕があなたの姉の子である証明もできないですよね? 向けられているものが検討違いの可能性もあり迷惑でしかないのですが」
本当に関係があるのだとしても、なかったとしても、ノアにとって迷惑でしかない。
「嘘だ。能力は受け継いだはずだ。絶対何かを隠しているはずだ。こんなにも中指がうずくんだ。お前が姉の子であることはこの中指が証明している」
「…………」
異様に中指を気にする姿に、ノアは気持ち悪くて口を閉じた。
あと、中指で証明されてもこっちは「なにそれ?」である。
何か執念に取りつかれているらしいが、聞いても無駄だし会話を交わすのも意味がない。本当のところはわからないし、わかったとしても何も生まれない。
だったら、侯爵も完全に切り離すように動くしかない。
本部ギルド長もだが、どうして知らないところでややこしい相手が絡んでくるのか。
心底うんざりする。
ノアを抱いていたブラムウェルの腕に力がこもる。
話を聞きだしたいノアの意志を優先しながらも、絶対離さないぞといった動きにまたしてもノアは勇気をもらった。
「最強でなければならないんだ。お前の力を渡せ」
「そもそも差し出せる類いのものなのですか?」
力があるかどうかもわかない。あっても封印されているかもといったのは侯爵だ。
何より、簡単に譲渡可能なものなのかもわからない。
オルコック侯爵の指輪から赤黒いものが再び漏れ出だし、ノアはまたあれが来るのかとぐっと歯を食いしばり身構えた。
だけど、さぁっと青い光が取り巻き、一瞬でそれらが断ち切られる。
どうやらブラムウェルは剣を一振りしてあっさりといなしたらしい。
「精神系だな。それ以上ノアに近づくとその腕を切る」
ひと振りでぶらんと侯爵の右腕が肘から下おかしな形で揺れる。
切らずともすでに使い物にならない腕にノアは唖然と口を開けた。
――これほどまでとは。
強いのは知っていたが、圧倒的な強さを目の当たりにすると自分があれこれ考えていたことが無駄なように感じてしまう。
高ランク冒険者の強さを目の当たりにして、ノアはまじまじと折れた侯爵の腕を見た。
「ぐあぁぁっ。何をする! だが、もう遅い!」
その言葉と同時に、ノアががくんと身体の力が抜ける。
もしかしたら、さっきのが今ので増幅されたとか? 魔法のことはわからないが、何かしらがノアの中を暗く重く包んでいく感覚がする。
「くそっ。ノア」
「だい、じょう、ぶ。そ、のまま、抱いてい、て」
先ほどの気味の悪いものが体内に巡ったが、ブラムウェルからの気がノアの思考を正常化してくれる。
『困った時ほど自分自身を見つめ信じなさい。そうすればおのずとノアの進みたい道が見えるはずだから』
今は亡き院長の言葉を思い出す。
これも困った時というのだろうか……。困ってはいるもののちょっと違うような気もするが、どうしようもない時だからこそ自分の直感を信じるしかない。
ノアはふぅっと息を吐き出し、内側へと気を巡らした。
920
あなたにおすすめの小説
殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?
krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」
突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。
なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!?
全力すれ違いラブコメファンタジーBL!
支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
僕は人畜無害の男爵子息なので、放っておいてもらっていいですか
カシナシ
BL
僕はロローツィア・マカロン。日本人である前世の記憶を持っているけれど、全然知らない世界に転生したみたい。だってこのピンク色の髪とか、小柄な体格で、オメガとかいう謎の性別……ということから、多分、主人公ではなさそうだ。
それでも愛する家族のため、『聖者』としてお仕事を、貴族として人脈作りを頑張るんだ。婚約者も仲の良い幼馴染で、……て、君、何してるの……?
女性向けHOTランキング最高位5位、いただきました。たくさんの閲覧、ありがとうございます。
※総愛され風味(攻めは一人)
※ざまぁ?はぬるめ(当社比)
※ぽわぽわ系受け
※番外編もあります
※オメガバースの設定をお借りしています
聖女ではないので、王太子との婚約はお断りします
カシナシ
BL
『聖女様が降臨なされた!』
滝行を終えた水無月綾人が足を一歩踏み出した瞬間、別世界へと変わっていた。
しかし背後の女性が聖女だと連れて行かれ、男である綾人は放置。
甲斐甲斐しく世話をしてくれる全身鎧の男一人だけ。
男同士の恋愛も珍しくない上、子供も授かれると聞いた綾人は早々に王城から離れてイケメンをナンパしに行きたいのだが、聖女が綾人に会いたいらしく……。
※ 全10話完結
(Hotランキング最高15位獲得しました。たくさんの閲覧ありがとうございます。)
何もしない悪役令息になってみた
ゆい
BL
アダマス王国を舞台に繰り広げられるBLゲーム【宝石の交響曲《シンフォニー》】
家名に宝石の名前が入っている攻略対象5人と、男爵令息のヒロイン?であるルテウスが剣と魔法で、幾多の障害と困難を乗り越えて、学園卒業までに攻略対象とハッピーエンドを目指すゲーム。
悪役令息として、前世の記憶を取り戻した僕リアムは何もしないことを選択した。
主人公が成長するにつれて、一人称が『僕』から『私』に変わっていきます。
またしても突発的な思いつきによる投稿です。
楽しくお読みいただけたら嬉しいです。
誤字脱字等で文章を突然改稿するかもです。誤字脱字のご報告をいただけるとありがたいです。
2025.7.31 本編完結しました。
2025.8.2 番外編完結しました。
2025.8.4 加筆修正しました。
2025.11.7 番外編追加しました。
2025.11.12 番外編追加分完結しました。
ゲーム世界の貴族A(=俺)
猫宮乾
BL
妹に頼み込まれてBLゲームの戦闘部分を手伝っていた主人公。完璧に内容が頭に入った状態で、気がつけばそのゲームの世界にトリップしていた。脇役の貴族Aに成り代わっていたが、魔法が使えて楽しすぎた! が、BLゲームの世界だって事を忘れていた。
冤罪で追放された王子は最果ての地で美貌の公爵に愛し尽くされる 凍てついた薔薇は恋に溶かされる
尾高志咲/しさ
BL
旧題:凍てついた薔薇は恋に溶かされる
🌟2025年11月アンダルシュノベルズより刊行🌟
ロサーナ王国の病弱な第二王子アルベルトは、突然、無実の罪状を突きつけられて北の果ての離宮に追放された。王子を裏切ったのは幼い頃から大切に想う宮中伯筆頭ヴァンテル公爵だった。兄の王太子が亡くなり、世継ぎの身となってからは日々努力を重ねてきたのに。信頼していたものを全て失くし向かった先で待っていたのは……。
――どうしてそんなに優しく名を呼ぶのだろう。
お前に裏切られ廃嫡されて最北の離宮に閉じ込められた。
目に映るものは雪と氷と絶望だけ。もう二度と、誰も信じないと誓ったのに。
ただ一人、お前だけが私の心を凍らせ溶かしていく。
執着攻め×不憫受け
美形公爵×病弱王子
不憫展開からの溺愛ハピエン物語。
◎書籍掲載は、本編と本編後の四季の番外編:春『春の来訪者』です。
四季の番外編:夏以降及び小話は本サイトでお読みいただけます。
なお、※表示のある回はR18描写を含みます。
🌟第10回BL小説大賞にて奨励賞を頂戴しました。応援ありがとうございました。
🌟本作は旧Twitterの「フォロワーをイメージして同人誌のタイトルつける」タグで貴宮あすかさんがくださったタイトル『凍てついた薔薇は恋に溶かされる』から思いついて書いた物語です。ありがとうございました。
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
ユィリと皆の動画つくりました! お話にあわせて、ちょこちょこあがる予定です。
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる