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12.事件かいどく
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「えー。結構な騒ぎになりますぜ」
辟易した態度を声に乗せる法助。今までにも何度かこういう再検屍のに踏み切られたことがあった。その度に、何やかやと悶着があるのが常だった。
「特に、高岩の旦那がどういう対応をされるやら。この案件はあの人の担当ですから」
「ふーむ。わずかとは言え曲がりなりにも先輩だしな。顔を立てるには……当人に選んでもらうとするか」
ため息と微苦笑を織り交ぜた顔つきになり、堀馬は腰を上げた。
「銀が変色しなかったからと言って、毒が用いられなかったとは限らん。より詳しく検めるには、別の方法が必要となる」
ありがたいことに、およしの遺体はまだ番所に安置されていた。橋元屋の主が気っぷのいいところを見せて弔う意思はあるようなのだが、葬儀を執り行うにしても親族に連絡し、都合が付いてからになるためだ。
「何だと。そのような方法、虎の巻に出ておったか」
「高岩殿ならじきに思い出すでしょう。知識というのは使わないと、錆び付きがちですからな」
言いながら、堀馬は法助に用意させた飯粒を手に取った。指先ほどの大きさに丸め、死人の口の中に入れる。
「飯だの鶏だのと聞いたときは、鍋でもやるのかと思ったぞ」
「このような場で冗談は止しましょう。さて……こうして置いておくと、口中に毒が残っていた場合、飯粒に移る。そいつを鶏に食わせて、絶命するようであればこのおよしも毒を服した可能性が高い。そして毒が出たのであれば、学者先生か医師に詳しく診てもらって、毒の出所を特定する。毒が何か分かれば、おのずと真の咎人が何者であるかも見えてくる」
「……堀馬さんの言い種から、何を考えているのか、おおよその察しは付いているつもりだ。もしも、大工の一松の仕業ではないとなれば、わしはどうすればいい?」
「だからそこは最初に言ったように、手柄は差し上げる。鶏の調達が遅れたことにすればいい」
「そこはいいんだが、一松を誤って捕らえてしまった形になるのが、よろしくないであろう」
「何とでも理由付けはできる。たとえば、こんなのはどうだろう。真の咎人が一松をも狙う目(※「可能性」の意)ありと踏んで、逮捕の形を取って匿った。誰にも訳を話さずにいたのは、真の咎人に話が漏れて台無しになるのを防ぐためだった、と」
「なるほど」
そうこうする内に、時間が経った。丸めた米粒を死人の口から再び取り出すと、それを二つに割って、二羽の鶏それぞれに食わせる。
結果は一目瞭然。二羽とも程なくしてふらつき始め、やがて倒れると相前後して絶命してしまった。
「これで毒死した可能性が一気に強まったな」
死んだ鶏を真に目を白黒させる高岩をよそに、堀馬は満足げに首肯した。
可能な限り速やかに行われた検査により、毒は貝に由来する物であろうとの判定が出た。貝毒か否かを真っ先に調べてくれるよう、専門家へ依頼する際に付言したのはもちろん堀馬である。およし殺しが国安の仕業であるとの仮説の下、川漁師にとって最も身近で、日常的な毒は何かと想像すると、魚や貝の類が一番に浮かんだ。体内に毒を溜め込む川魚は少ない上に、(日本人が)普通食べる部位には毒は及ばない。
一方、貝は身に毒を溜め込む場合がある。たちの悪いことに、火を通しても毒の成分は弱まりはしない。ただ、通常現れる症状は貝毒の種類にも拠るが、舌などの痺れ、あるいは嘔吐、腹痛程度で死亡例は多くはない。
最終的には物証が決め手になった。遺体に一旦、大量の水を含ませたのちに押し出し、胃の中に残存していた物を調べた結果、貝の身が見付かったのである。
辟易した態度を声に乗せる法助。今までにも何度かこういう再検屍のに踏み切られたことがあった。その度に、何やかやと悶着があるのが常だった。
「特に、高岩の旦那がどういう対応をされるやら。この案件はあの人の担当ですから」
「ふーむ。わずかとは言え曲がりなりにも先輩だしな。顔を立てるには……当人に選んでもらうとするか」
ため息と微苦笑を織り交ぜた顔つきになり、堀馬は腰を上げた。
「銀が変色しなかったからと言って、毒が用いられなかったとは限らん。より詳しく検めるには、別の方法が必要となる」
ありがたいことに、およしの遺体はまだ番所に安置されていた。橋元屋の主が気っぷのいいところを見せて弔う意思はあるようなのだが、葬儀を執り行うにしても親族に連絡し、都合が付いてからになるためだ。
「何だと。そのような方法、虎の巻に出ておったか」
「高岩殿ならじきに思い出すでしょう。知識というのは使わないと、錆び付きがちですからな」
言いながら、堀馬は法助に用意させた飯粒を手に取った。指先ほどの大きさに丸め、死人の口の中に入れる。
「飯だの鶏だのと聞いたときは、鍋でもやるのかと思ったぞ」
「このような場で冗談は止しましょう。さて……こうして置いておくと、口中に毒が残っていた場合、飯粒に移る。そいつを鶏に食わせて、絶命するようであればこのおよしも毒を服した可能性が高い。そして毒が出たのであれば、学者先生か医師に詳しく診てもらって、毒の出所を特定する。毒が何か分かれば、おのずと真の咎人が何者であるかも見えてくる」
「……堀馬さんの言い種から、何を考えているのか、おおよその察しは付いているつもりだ。もしも、大工の一松の仕業ではないとなれば、わしはどうすればいい?」
「だからそこは最初に言ったように、手柄は差し上げる。鶏の調達が遅れたことにすればいい」
「そこはいいんだが、一松を誤って捕らえてしまった形になるのが、よろしくないであろう」
「何とでも理由付けはできる。たとえば、こんなのはどうだろう。真の咎人が一松をも狙う目(※「可能性」の意)ありと踏んで、逮捕の形を取って匿った。誰にも訳を話さずにいたのは、真の咎人に話が漏れて台無しになるのを防ぐためだった、と」
「なるほど」
そうこうする内に、時間が経った。丸めた米粒を死人の口から再び取り出すと、それを二つに割って、二羽の鶏それぞれに食わせる。
結果は一目瞭然。二羽とも程なくしてふらつき始め、やがて倒れると相前後して絶命してしまった。
「これで毒死した可能性が一気に強まったな」
死んだ鶏を真に目を白黒させる高岩をよそに、堀馬は満足げに首肯した。
可能な限り速やかに行われた検査により、毒は貝に由来する物であろうとの判定が出た。貝毒か否かを真っ先に調べてくれるよう、専門家へ依頼する際に付言したのはもちろん堀馬である。およし殺しが国安の仕業であるとの仮説の下、川漁師にとって最も身近で、日常的な毒は何かと想像すると、魚や貝の類が一番に浮かんだ。体内に毒を溜め込む川魚は少ない上に、(日本人が)普通食べる部位には毒は及ばない。
一方、貝は身に毒を溜め込む場合がある。たちの悪いことに、火を通しても毒の成分は弱まりはしない。ただ、通常現れる症状は貝毒の種類にも拠るが、舌などの痺れ、あるいは嘔吐、腹痛程度で死亡例は多くはない。
最終的には物証が決め手になった。遺体に一旦、大量の水を含ませたのちに押し出し、胃の中に残存していた物を調べた結果、貝の身が見付かったのである。
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