江戸の検屍ばか

崎田毅駿

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13.後始末

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「まさか、おいらの捕ったシジミで苦しんで死ぬなんて思いも寄らず、気が動転してしまいました」
 およしの口内から貝の毒が出たと告げると、国安が観念するのは早かった。
「およしには、大工のいい人がいると聞いていて、そいつと一緒になりたいからとおいらの誘いを断り続けていたんです。あとになって知りましたが、その大工には真反対のこと、つまり川漁師のいい人がいる云々と言って、誘いを断っていたようで……。でもそのときは知らなかったから、逆恨みで大工の奴に罪を被せてしまえと、そこいらの物をかき集めて、謀を巡らせた次第です」
「頭のてっぺんに釘を打つという奇抜な方法は、『無冤録述』からいただいたのかな」
 詰めの取り調べを行うのは、高岩であるのは言うまでもない。さも、最初っからお見通しだったぜという態度で、容疑者と相対している。
「そのような名かどうかは存じ上げませんが、物の本に書かれた、死の原因をごまかす方法として耳にしておりました」
「案だけ誰かから授かったのではないな?」
「滅相もない。端からしまいまでおいら独りでやったことです」
 単独犯であることや空き家に運び込んだ経緯についても概ね、堀馬の推測が当たっていた。
「あの外れの空き家を選んだのには、何か理由があるのか。早めに見付けてもらいたいのなら、そこいらの水辺に放り込んでも事足りそうだが」
※ちなみに、江戸時代、江戸において溺死したと思しき遺体が見付かった場合、そのまま沖へとつき流すことが法律として定められていたという。
「そんなの、無理でございます。川はおいらの働き場なんで。恐ろしくて恐ろしくて。魚や貝も口にできなくなってしまいます」
 後日、国安のそんな供述を伝え聞いた堀馬は、「思いの外、臆病者だったのだな」と半ば呆れ気味にこぼした。定時の見廻りの最中である。
「およしにシジミを振る舞ったのは、相手に貝合わせを連想させるためだったと言ったそうですし、物は知っている男だったんだと思いますよ。博奕も比較的冷静な張り方をしていたと」
 同道した岡っ引きの法助が、国安を哀れんで多少の擁護をする。けれども堀馬は肩をすくめた。
「それだけのおつむがありながら、病死で済むところを大ごとにしちまったのやら」
「殺しも検屍も、ばかでなければ務まらないってところですかね」
「誰がばかだ。――いや、国安もシジミではなく、もっと大きな貝を使えば想いは伝わったかもしれんな」
「まさかそんな」
「あれを見ろ」
 堀馬はとある方向を指差した。法助が視線を向けると、そこにあるは魚介類を扱う店。貝類では、大きな殻のアオヤギが目立っている。
「今の時分、旬の貝と言えばアオヤギ、別名ばか貝があるってのに、わざわざ小さなシジミを選ぶなんて、ばかでなければできまい」

 終わり


参考文献
・『中国人の死体観察学』(宋慈 著/徳田隆 訳/西丸與一 監修 雄山閣)
・『棠陰比事』(桂万栄 編/駒田信二 訳 岩波文庫)
・『法医学事件簿』(上野正彦 中公新書ラクレ)
・『死体は告発する 毒物殺人検証』(上野正彦 角川文庫)
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