神の威を借る狐

崎田毅駿

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3.報告前の葛藤

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 そこからまたいくばくかの停滞があったものの、春を迎え、僕の自宅の近くにあるマンションに、桜が下宿を変えたその日に、僕達は結ばれた。
 これに関して付け足すべきことは、さしてない。
 ああ、一つだけ。
 お互いの――僕あるいは桜の――身体的理由によって、子供ができることはないと分かっていたから、学生の身分でも安心して行為に及べた。その意味では、ラッキーだったかもしれない。

 僕の家と、桜のマンション。僕らは頻繁に行き来した。
 僕がマンションに出向いて、一緒に料理を作ってみたこともあったし、我が家の食卓に、桜が四人目として加わったこともあった。
 でも、僕は家族に言い出せないでいた。桜と付き合っていることを。同じサークルに入っている子、気の合う友達としか説明せずに済ましてきた。
 ひょっとしたら、父や母も勘づいているのかもしれない。何て言ったって、子にとって親は人生の大先輩なのだから。
 それでも無論、自宅では関係に及ばないようにしていた。両親がいるときは言うまでもなく、両親が揃って出かけたときでさえ、僕らは注意に注意を重ね、せいぜいキスをするにとどめておいた。
 ここまで書けば説明の必要はないも同然だが、僕らが肉体関係を結ぶのは、一所に決まっていた。桜のマンションの一室だ。
 都合のいいことに、その建物の壁や床、天井は防音の行き届いた造りになっており、また外部の人間の出入りのチェックにもうるさくない。行き来する度に管理人部屋の前を通らなくてはならないのだけは、いくらか嫌な気分をしたが、慣れてしまえばどうってこともなくなった。
 そんな関係が二年も続くと、当たり前のように将来のことが頭をよぎるようになった。
「一緒になれるかな」
 就職活動も山場を過ぎた頃、僕は桜に聞いてみた。
「うん。なりたいね、洋介」
 相手の返答は簡単明瞭だった。
 この時点において、僕はまだ両親に桜のことを話していないし、桜もまた、僕のことを家族に知らせてはいなかった。
 厳格な親は、決して僕らの結婚を認めてくれないだろう。悲しいことながら、そんな確信めいた物を抱いていたのだ。
「社会人になってからの方がいいかな」
 どちらからともなく出された意見に、僕らは縛られた。
「仕事を持って、きちんと金を稼げるようになってからなら、親父達も認めてくれるかもしれない」
「でも、卒業してすぐという訳にも行かない……」
 桜の言葉ももっともだ。
 話し合い、熟慮した結果、僕達は来るべき日を四年後に見据えることとした。
 社会人になって三年が経つ頃には、さらに安定した状態になっているはず。社会的地位も、その基盤は固まっているだろう。
 四年が過ぎれば、堂々と桜を紹介できる。そう信じた。

 僕は大手と中堅の狭間に位置するような印刷会社に、桜は業界十指に入るとされる保険会社に勤め始めて、二年以上が過ぎていた。
 予定より一年は早かったが、僕らは僕らの気持ちと関係とを互いの両親に伝ることに決めた。
 まず先に、僕の両親に桜を正式に紹介しようと思った。こういう順番になったのは、単に僕の家の方が近場にあった。ただそれだけ。
 近いから、特に休みを取らなくても、土日を利用して充分間に合う。そのはずなのに、桜は渋っているようだった。
「再来週の土曜日はどうだろう?」
「うん……難しい。ちょっと忙しいから」
「またか。この前もそう言ったよな。じゃあ、その次の土曜か日曜は。あ、その前に祭日もある」
「……」
 机に肘を立て、ため息をつく桜に、僕は腹が立った。
「どうしたんだ? 気持ちに踏ん切りがつかないみたいだけど、僕の両親と会うのがそんなに緊張することか?」
「……初めてじゃないから、何度もお会いしてるから、それは大丈夫だと思う」
「だったら、何なんだよ、さっきから。この話題は早く終わってほしいみたいな、暗い顔をしてるぞ」
「……ごめんなさい」
「謝られてもなあ。親父やお袋に正式に紹介されるのが、嫌なのか? 今の関係を黙って続けたいってこと?」
「そ、そうじゃないけれど……」
「けれど?」
 あとから思い直すと、僕の追及は執拗だった。
 それに気付かされたのは、相手の涙がきっかけだった。
「責めないで」
 桜は涙を浮かべさえして、ぽつりと答えた。
「そ、そんなつもりじゃ……泣くなよ、おい」
「正直言って……恐い。あなたをあなたのご両親から奪うことになるのが」
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