神の威を借る狐

崎田毅駿

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2.告白とその後

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 その年の夏、サークルの合宿のとき。
 最終日の夜、夕食は打上げと称して宴会状態になった。
 未成年にも関わらず、雰囲気に流されてしこたまアルコール類を飲まされた僕ら一回生は、大まかに言って二つのグループに分かれた。
 一つは、多少の酒では酔いもせず、先輩と一緒になって騒いでる奴ら。
 もう一つは酒に免疫がまるでなくて、簡単に参ってしまった一団。
 僕は酒に弱くはないのだが、あえて後者に属した。何故なら、桜と一緒にいたかったから。
 僕と桜はサークルのメンバーには内緒で、宿泊所をこっそりと抜け出た。
 山の中だけあって、すぐ近くに林がある。酔い覚ましの名目で、僕らはそちらへ向かった。
 空には月が浮かんでいたが、雲がかかって、その光はぼんやりしたものになっていた。明るすぎず、暗すぎもせず。
「寒いのか?」
 桜がぶるっと震えたように見えて、僕は声をかけた。
「ううん。熱っぽいぐらい……かな」
 火照っているらしく、頬に手を当てる桜。
「身体が冷えるとまずいぜ。ほら、これ、羽織れよ」
 引っかけていた紺のジャケットを、桜の肩に乗せてやる。
 桜は無言で、しかし嬉しそうにうなずいた。
「……風が出て来たな」
 嘘ではなかった。木々がざわざわ鳴っている。
「気持ちいい」
「そりゃいいけど……ちょっとまともすぎる。どこか風をしのげる場所……」
 辺りを見回すと、立派な大木がすぐ目に着いた。
 僕は桜を促し、その木陰に入った。そして二人並んで、しゃがみ込む。
「なあ、桜」
 肝心な話を持ち出すまで、いくつか話題を経たに違いない。だが、今となっては、僕は何も覚えちゃいない。
「ん?」
 ゆるゆると首を動かし、こちらを向いた桜。
「その……変な言い方かもしれないけど……俺のこと、どう思う?」
「……」
 桜はとろんとしていた目をしっかり開き、しばらく見つめ返してきた。
 僕は視線を外し、前を向いた。それでも目玉は右横にいる桜を追う。
「や、やっぱり、変かな。唐突だし」
 沈黙が重苦しくて、作り笑いを声にしかけたそのとき――桜が答えた。
「反対に、徳間君はどう思ってる?」
 見れば、桜の目は再びとろんとしてきていた。
「どう思うって……」
 僕はかなり慌てていた。こういう切り返しを全く予想できていなかったのは、我ながら浅薄だった。
 しかし最初の問いかけを発した時点で、腹を決めていたんだ。もう後戻りはできない。僕の踏ん切りは、意外と早かった。
「俺は、いや僕は、おまえが好きだ」
「そう。じゃ、一緒だね」
 僕が返事を待つ緊張感を味わう間もなく、その言葉は耳に届いた。
 あまりにあっさりしていて、疑ってしまう。
「そ、それは、本気か?」
「うん。酔っ払ってても、真剣に答えたよ」
 僕の驚き顔がよほどおかしいのだろう。桜はくすくす笑っていた。

 仲のよさが公認されたのだろうか、秋の学祭を始めとするサークル活動では、僕と桜はよく組まされるようになった。
 そうなると当然、関係も急速に深まる……とは行かなかった。
 言ってしまえば、僕も桜も疎かった。恋人同士という関係やあり方に。
 焦りはなかった。一段一段、ゆっくりと進められたらいいと思っていた。それはきっと、桜も同じだったろう。
 だが、年が明けてしばらく経って、のんびりかまえていられない事件が起こった。振り返るだけでも嫌な思い出なので、できる限り簡潔に書きたい。
 やはりサークルの活動で、スキー旅行に出かけたときのことだ。
 僕がちょっと離れた隙に、桜が男達に絡まれてしまったのだ。
 折しもナイターに切り替わり、辺りは白とオレンジ色とが入り混じったような光で照らされていた。
 そんなゲレンデの中、数人に囲まれている桜を見つけた。どうやら相手は社会人らしい。立派な体格の奴も二人ほどいる。皆、口々に桜にからかいの言葉を投げ、にやにやしているのが分かった。
 僕は近寄って、やめてくれと言った。
「おまえ、まさか彼氏か? 格好つけんな」
 あざけり混じりのお決まりの言い返しに加え、肩を小突かれた。
 この段階になっても僕はこらえていた。桜をこの連中の外へ助け出すまでは、じっと我慢するしかないと思った。
 僕は無言を決め込んだ。人の輪を破り、つかつかと桜に歩み寄り、その手を取って、行こうとする。
 背後から、乱れた足音が急に聞こえ、連中が向かってくると知れた。
 僕は桜の背を押し、逃がしてやってから、向き直った。
 あとはもう、覚えていない。多勢に無勢、時間の経過とともにぼこぼこにやられた。
 桜が呼んだのか、他の誰かが知らせたのかは分からないけれど、やってきた警察官達の手でようやく騒ぎが収まったのは、向こうが絡んできてから三十分近く過ぎていたと思う。
 その後、色々面倒な処理手続き等があったが、それはどうでもいい。
 この一件で僕らは、少なくとも僕は、桜とのつながりを強くしておきたいと感じた。
 機会はスキー場にいる内に訪れた。
 あちこち怪我を負って、部屋で休んでいた僕を、桜が見舞いに来てくれた。
 これ自体は、大したことじゃない。
 大事なのは、このとき、僕らは初めて口づけをしたという点なのだ。前歯がぶつかり合って、頭がきーんとしたけど、記念すべき日になったのは間違いない。
 僕が告白してから、五ヶ月ほどが過ぎ去っていた。

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