【16+4話完結】虚な森の主と、世界から逃げた僕〜転生したら甘すぎる独占欲に囚われました〜

キノア9g

文字の大きさ
19 / 20
2章

第16話:『新たなる誓い』

しおりを挟む

 「世界の管理者」が去った後の森には、今までとは違う、穏やかで清らかな空気が満ちていた。
 廃墟の隙間から芽吹いた花々が、風に揺れて甘い香りを放っている。
 それは、二人の愛が世界に許され、祝福された証のようだった。

 レンオリスは、ゼルフィードの腕の中から、空を見上げた。
 雲の切れ間から注ぐ朝陽が、眩しい。
 張り詰めていた緊張の糸がほどけ、深い安堵が胸に広がっていく。もう、誰も自分たちを引き裂く者はいない。

「……終わったんですね」

 レンオリスが呟くと、ゼルフィードは安堵の吐息と共に頷いた。

「ああ。……もう、誰も来ない」

 彼はレンオリスの肩を抱く腕に力を込めた。その手は微かに震えていて、彼がどれほどレンオリスを失うことを恐れていたかが伝わってくる。

「レンオリス。……本当に、いいのか?」

 ゼルフィードが、確認するように問いかけた。

「ここには何もない。屋敷のような贅沢な暮らしも、家族も、友人もいない。お前は……人間の世界における全てを捨てることになる」

 彼の紫の瞳が、レンオリスを真っ直ぐに見つめる。
 そこには、レンオリスを渇望する独占欲と、彼を不幸にしたくないという僅かな迷いが混在していた。

 レンオリスは、彼の冷たい頬にそっと手を添えた。

「僕が欲しいものは、全部ここにあります」

 迷いのない声だった。

「あちらの世界には、確かに『物』は溢れていました。でも、僕の心を満たすものは何一つなかった。……あなた以外には」

 レンオリスは微笑んだ。
 家族との思い出も、友人との語らいも、今の彼にとっては薄い霧の向こうの出来事のようだ。
 けれど、目の前のこの人が自分に向けてくれる眼差しだけは、鮮烈な熱を持って胸に迫ってくる。
 この温もりさえあれば、他には何もいらない。そう心から思えた。

「僕は、あなたと生きたいんです。ゼルフィードさん」

 その言葉を聞いた瞬間、ゼルフィードの瞳から迷いが消えた。
 彼はレンオリスを抱きしめ、その首筋に顔を埋めた。

「……もう、逃がさない」

 低く、甘い声が鼓膜を震わせる。

「お前が泣こうが喚こうが、二度とあちら側へは帰さない。最期の時まで、俺のそばにいてもらう」

「はい。……望むところです」

 レンオリスが答えると、ゼルフィードは顔を上げ、指を鳴らした。

 ——パチン。

 軽快な音が響くと同時に、周囲の景色が一変した。
 崩れかけていた石壁が修復され、砕けた窓には新しいガラスが嵌め込まれる。色褪せた柱は磨き上げられ、朽ちていた屋根が元通りに組み上がる。
 まるで時間を巻き戻したかのように、廃墟は瞬く間に、荘厳で美しい邸宅へと姿を変えた。
 ただ、以前と違うのは、庭に色とりどりの花が咲き乱れていることだ。

「……すごい」

 レンオリスが感嘆の声を漏らす。

「とりあえずの住処だ。気に入らなければ、何度でも作り直す」

 ゼルフィードは事もなげに言ったが、その表情は少し誇らしげだった。
 レンオリスは笑って首を横に振った。

「いいえ、とても素敵です。……ここが、僕たちの家なんですね」

「ああ。……俺たちの、家だ」

 『俺たち』という響きに、レンオリスの胸が温かくなる。
 二人は手を取り合い、新しく生まれ変わった邸宅へと足を踏み入れた。


 ◇◇◇

 その日の午後。
 レンオリスは、書斎の机に向かい、ペンを走らせていた。
 宛先は、バーンシュタイン伯爵家。父と、母と、兄へ。

 『お父様、お母様、お兄様へ。
  突然いなくなってしまい、申し訳ありません。
  僕は、自分の生きるべき場所を見つけました。
  誰かに決められた人生ではなく、自分で選んだ人生を歩みたいのです。
  どうか探さないでください。僕は今、とても幸せです』

 多くは語らなかった。彼らが心配することは分かっているが、詳細を伝えれば余計な混乱を招くだけだ。
 レンオリスは手紙を封筒に入れ、蝋で封をした。

「書けたか?」

 背後からゼルフィードが声をかけてきた。
 彼はレンオリスの肩に手を置き、手紙を覗き込む。

「……未練は、ないか?」

「ありません」

 レンオリスは立ち上がり、手紙を彼に手渡した。

「これが、貴族としての僕の最後の仕事です。……届けていただけますか?」

 ゼルフィードは無言で頷き、手紙を受け取った。
 彼が軽く息を吹きかけると、手紙は黒い蝶へと姿を変え、開かれた窓から空へと舞い上がっていった。
 蝶は森を抜け、街の方角へと消えていく。

 それを見送った瞬間、レンオリスの中で何かが完全に断ち切られた音がした。
 貴族レンオリスとしての役割は終わった。
 ここにいるのは、ただ一人の男を愛する、ただの「僕」だ。

 ゼルフィードが、窓を閉め、カーテンを引いた。
 外の光が遮られ、部屋の中が薄暗くなる。
 彼はレンオリスに向き直り、その手を取った。

「これで、お前は世界から消えたことになった」

 彼の紫の瞳が、妖しく輝く。

「もう誰もお前を知らない。お前を知っているのは、俺だけだ」

 その言葉は、恐ろしいほどの独占欲に満ちていた。
 けれど、レンオリスにはそれが心地よかった。世界から切り離され、彼だけのものになる。その閉塞感が、今のレンオリスには何よりの安心感だった。

「はい。……僕は、あなたのものです」

 レンオリスが答えると、ゼルフィードは耐えきれないように彼を抱き寄せた。


 ◇◇◇

 夜が訪れた。
 管理者が「特区」として隔離したこの森には、外界とは違う、静謐で濃密な時間が流れている。

 寝室のベッドに、二人は並んで座っていた。
 窓からは満月が見える。
 ゼルフィードは、レンオリスの銀色の髪を、愛おしそうに指で梳いていた。

「……不思議だな」

 彼がぽつりと呟いた。

「お前には記憶がないはずなのに……こうしていると、何も変わっていない気がする」

「僕もです」

 レンオリスは、彼の肩に頭を預けた。
 初めての場所、初めての夜のはずなのに、体が、心が、この温度を覚えている。
 緊張などなかった。あるのは、パズルのピースがカチリと嵌ったような、深い充足感だけ。

「ねえ、ゼルフィードさん。……教えてください」

 レンオリスは、彼の胸に手を当てた。

「僕たちは以前、どんな恋人同士だったんですか?」

 ゼルフィードの手が止まる。
 彼は少し考え込み、そして優しく微笑んだ。

「……お前は、よく笑う子だった。俺が与えるものを何でも喜んで、俺の虚無を埋めてくれた」

 彼はレンオリスの頬を撫でる。

「俺が寂しがると、すぐに気づいて抱きしめてくれた。……今のお前と同じようにな」

「そうですか……」

 レンオリスは目を閉じた。
 記憶はなくても、自分はやっぱり自分なのだ。彼を愛する気持ちは、記憶というデータを越えて、魂に刻まれている。

「俺は、過去のお前も愛していた。……だが」

 ゼルフィードが、レンオリスの顎を持ち上げ、視線を絡ませる。

「記憶をなくしても、また俺を見つけ出し、俺を選んでくれた今のお前を……それ以上に愛している」

 その言葉に、レンオリスの胸が熱くなった。
 過去の記憶がないことを、どこかで引け目に感じていた。彼が見ているのは「かつての僕」の幻影なのではないかと。
 けれど、彼は今ここにいる「僕」を見てくれている。

「ゼルフィードさん……」

「名前を呼んでくれ。……何度でも」

「ゼルフィードさん。……大好きです」

 レンオリスが囁くと、ゼルフィードは感極まったように彼を引き寄せ、唇を重ねた。

 触れ合う唇。
 冷たいけれど、甘く、とろけるような感触。
 それは、記憶を失ったレンオリスにとっての「ファーストキス」であり、二人が新しい関係を築き始めた「最初の口づけ」だった。

 心臓が早鐘を打ち、全身が熱くなる。
 ああ、知っている。この味も、この角度も、この息遣いも。
 脳は忘れていても、唇が、舌が、魂が覚えている。

「ん……っ」

 長い口づけの後、二人は息を切らして額を合わせた。
 ゼルフィードの瞳が、情熱で潤んでいる。

「これからは、新しい思い出を埋めていこう」

 彼はレンオリスの耳元で囁いた。

「過去の記憶などいらないくらい……俺の愛で、お前の全てを塗りつぶしてやる」

 それは、彼らしい傲慢で、最高に甘い愛の宣言だった。

「はい。……僕のこれからは、全部あなたのものです」

 レンオリスは、彼の首に腕を回した。
 貴族として生きるはずだった未来は捨てた。
 平穏も、常識も、全て手放した。
 その代わりに手に入れたのは、この世界でたった一人、自分を命がけで愛してくれる「片割れ」との永遠の時間。

 ゼルフィードが、レンオリスをベッドに押し倒す。
 絹のシーツに沈み込みながら、レンオリスは窓の外の月を見た。
 かつて、灰色の世界で孤独に震えていた自分はもういない。
 ここには色がある。温もりがある。愛がある。

 ——ここが、僕の本当の居場所。

 レンオリスは幸せに微笑み、愛する人の背中に強く腕を回した。
 外界から隔絶された森の奥。
 二人だけの楽園で、新しい恋人たちの夜が、静かに、そして熱く更けていく。

 それは、どんな理も引き裂くことのできない、永遠の愛の始まりだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

もふもふ守護獣と運命の出会い—ある日、青年は異世界で大きな毛玉と恋に落ちた—

なの
BL
事故に巻き込まれ、雪深い森で倒れていた青年・ユナ。 命の危険に晒されていた彼を救ったのは、白銀の毛並みを持つ美しい人狼・ゼルだった。 ゼルは誰よりも優しくて、そして――独占欲がとにかく強い。 気がつけばユナは、もふもふの里へ連れていかれる。 そこでは人狼だけでなく、獣人や精霊、もふもふとした種族たちが仲良く暮らしており、ユナは珍しい「人間」として大歓迎される。 しかし、ゼルだけは露骨にユナを奪われまいとし、 「触るな」「見るな」「近づくな」と嫉妬を隠そうとしない。 もふもふに抱きしめられる日々。 嫉妬と優しさに包まれながら、ユナは少しずつ居場所を取り戻していく――。

2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。

ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。 異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。 二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。 しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。 再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。

猫カフェの溺愛契約〜獣人の甘い約束〜

なの
BL
人見知りの悠月――ゆづきにとって、叔父が営む保護猫カフェ「ニャンコの隠れ家」だけが心の居場所だった。 そんな悠月には昔から猫の言葉がわかる――という特殊な能力があった。 しかし経営難で閉店の危機に……
愛する猫たちとの別れが迫る中、運命を変える男が現れた。 猫のような美しい瞳を持つ謎の客・玲音――れお。 
彼が差し出したのは「店を救う代わりに、お前と契約したい」という甘い誘惑。 契約のはずが、いつしか年の差を超えた溺愛に包まれて――
甘々すぎる生活に、だんだんと心が溶けていく悠月。 だけど玲音には秘密があった。
満月の夜に現れる獣の姿。猫たちだけが知る彼の正体、そして命をかけた契約の真実 「君を守るためなら、俺は何でもする」 これは愛なのか契約だけなのか……
すべてを賭けた禁断の恋の行方は? 猫たちが見守る小さなカフェで紡がれる、奇跡のハッピーエンド。

雪解けを待つ森で ―スヴェル森の鎮魂歌(レクイエム)―

なの
BL
百年に一度、森の魔物へ生贄を捧げる村。 その年の供物に選ばれたのは、誰にも必要とされなかった孤児のアシェルだった。 死を覚悟して踏み入れた森の奥で、彼は古の守護者である獣人・ヴァルと出会う。 かつて人に裏切られ、心を閉ざしたヴァル。 そして、孤独だったアシェル。 凍てつく森での暮らしは、二人の運命を少しずつ溶かしていく。 だが、古い呪いは再び動き出し、燃え盛る炎が森と二人を飲み込もうとしていた。 生贄の少年と孤独な獣が紡ぐ、絶望の果てにある再生と愛のファンタジー

【完結】テルの異世界転換紀?!転がり落ちたら世界が変わっていた。

カヨワイさつき
BL
小学生の頃両親が蒸発、その後親戚中をたらいまわしにされ住むところも失った田辺輝(たなべ てる)は毎日切り詰めた生活をしていた。複数のバイトしていたある日、コスプレ?した男と出会った。 異世界ファンタジー、そしてちょっぴりすれ違いの恋愛。 ドワーフ族に助けられ家族として過ごす"テル"。本当の両親は……。 そして、コスプレと思っていた男性は……。

【8話完結】夏だ!海だ!けど、僕の夏休みは異世界に奪われました。

キノア9g
BL
「海パンのまま異世界に召喚されたんですけど!?」 最高の夏を過ごすはずだった高校生・凛人は、海で友達と遊んでいた最中、突如異世界へと召喚されてしまう。 待っていたのは、“救世主”として期待される役割と、使命感の塊みたいな王子・ゼイドとの最悪の出会い。 「僕にあるのは、帰りたい気持ちだけ」 責任も使命も興味ない。ただ、元の世界で“普通の夏休み”を過ごしたかっただけなのに。 理不尽な展開に反発しながらも、王子とのぶつかり合いの中で少しずつ心が揺れていく。 ひねくれた自己否定系男子と理想主義王子のすれ違いから始まる、感情も魂も震える異世界BLファンタジー。 これは、本当は認められたい少年の、ひと夏の物語。 全8話。

異世界召喚チート騎士は竜姫に一生の愛を誓う

はやしかわともえ
BL
11月BL大賞用小説です。 主人公がチート。 閲覧、栞、お気に入りありがとうございます。 励みになります。 ※完結次第一挙公開。

発情期のタイムリミット

なの
BL
期末試験を目前に控えた高校2年のΩ・陸。 抑制剤の効きが弱い体質のせいで、発情期が試験と重なりそうになり大パニック! 「絶対に赤点は取れない!」 「発情期なんて気合で乗り越える!」 そう強がる陸を、幼なじみでクラスメイトのα・大輝が心配する。 だが、勉強に必死な陸の周りには、ほんのり漂う甘いフェロモン……。 「俺に頼れって言ってんのに」 「頼ったら……勉強どころじゃなくなるから!」 試験か、発情期か。 ギリギリのタイムリミットの中で、二人の関係は一気に動き出していく――! ドタバタと胸きゅんが交錯する、青春オメガバース・ラブコメディ。 *一般的なオメガバースは、発情期中はアルファとオメガを隔離したり、抑制剤や隔離部屋が管理されていたりしていますが、この物語は、日常ラブコメにオメガバース要素を混ぜた世界観になってます。

処理中です...