【16+4話完結】虚な森の主と、世界から逃げた僕〜転生したら甘すぎる独占欲に囚われました〜

キノア9g

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第7話:『月夜に溶ける純粋(こい)~その瞳に宿る、僕の愛しい世界~』

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 外界との繋がりが完全に断たれてから、どれくらいの時が流れただろう。

 森の奥の邸宅で、蓮とゼルフィードは誰にも邪魔されない、穏やかな日々を重ねていた。貴族社会のしがらみも、あの重苦しい重圧も、今では遠い昔の出来事のように霞んで見える。

 ゼルフィードの蓮への溺愛は、日を追うごとに深まっていった。彼は蓮の全てを肯定し、相変わらずその小さな望みすらも瞬時に叶えようとする。

 蓮が少し疲れた様子を見せれば、すぐに柔らかなクッションと温かな毛布を用意してくれる。蓮が少し寂しそうにすれば、何も言わずそっと抱きしめて、その冷たい指先で優しく髪を撫でてくれる。

 その過剰なまでの寵愛は、これまで誰からも求められることのなかった蓮の心を、完全に満たすものだった。蓮はそれに、心からの幸福を感じていた。

 そして。

 蓮の心の中には、ゼルフィードへの「特別な気持ち」が日増しに募っていく。それは、家族との決別を選んだ時に芽生えた、あの漠然とした感情の正体だった。

 ゼルフィードの行動一つ一つに、胸が高鳴るようになった。彼が近くにいるだけで、心が満たされる。彼の冷たい指が肌に触れると、全身に不思議な電流が走るような——甘い痺れにも似た、特別な感覚を覚える。彼の低く響く声を聞くたびに、胸の奥で何かが熱く疼くのを感じるようになった。

(やっぱり、これは……)

 蓮は、自身の感情の揺らぎに戸惑いつつも、それが「恋」であるという自覚へと、ゆっくりと、しかし確実に変化していくのを感じていた。

 ゼルフィードの無感情に見える瞳の奥に、自分への狂おしいほどの渇望が見えるたび、蓮の心は震えた。この人を失いたくない。この温かい——実際には冷たいはずなのに、なぜか心地よい——腕から離れたくない。

 そんな強い思いが、蓮の中で芽生え始めていた。

 ある日の夜。

 空には煌々と輝く満月が浮かんでいた。

 邸宅の大きな窓から差し込む月の光は、銀色に近い青白い光となって室内を照らし出し、すべてを幻想的で神秘的な世界に変えている。夜気には微かに森の香りが混じり、静寂の中にも生命の息づかいが感じられた。

 ゼルフィードは、蓮を抱きかかえ、いつものように書斎の窓辺のソファに座っていた。蓮は彼の胸に顔を埋め、規則正しく刻まれるその鼓動を聞いている。

 不思議なことに、彼の体温は低いはずなのに、こうして寄り添っていると、世界で一番温かい場所のように感じられる。

 静寂が流れる。

 穏やかで、満ち足りた時間。

 そんな中で、ゼルフィードがゆっくりと顔を上げた。

 彼の美しい紫の瞳が、月光を受けて神秘的に輝いている。これまでになく深く、強い光を湛えて——まるで宝石のように煌めくその視線に、蓮は思わず息を呑んだ。今夜の彼は、いつもとどこか違って見える。

 そして、ゼルフィードが、ゆっくりと口を開いた。

 彼の声は、いつもの冷静さとは違って、僅かに震えていた。

「蓮……」

 その一言が、蓮の心臓を強く掴む。いつもとは違う、感情の込められた呼び方に、胸の奥が熱くなった。

「長い間、俺は灰色の世界で生きてきた」

 ゼルフィードの言葉は、訥々と、しかし魂を揺さぶるような響きを持っていた。月光に照らされた彼の横顔は、まるで大理石の彫刻のように美しく、しかし今は確かに生きた感情が宿っている。

「何を見ても、何に触れても、すべてが無意味で空虚だった」

 ゼルフィードの声に、かすかな震えが混じる。

 蓮は息を詰めて聞いている。

「だが……お前だけが、俺の世界に色をくれた」

 その言葉に、蓮の胸が熱くなった。

「お前なしでは、もう……虚ろなだけの世界に戻ってしまう」

 蓮は、ゼルフィードがこれまでどれほどの孤独の中で生きてきたのかを、改めて痛感した。彼にとって、蓮の存在は光であり、色彩であり、そして唯一の希望なのだ。

 胸が締め付けられるような切なさと、同時に自分がこれほど必要とされているという幸福感が、蓮の心を満たした。

「俺の全てを懸けて、お前を愛する」

 ゼルフィードの言葉は、まっすぐに蓮の心を貫いた。それは、これまで感じていた彼の重い執着が、紛れもない「愛」であると証明する、魂の底からの告白だった。

 彼の言葉には、蓮への圧倒的なまでの渇望と、長きにわたる孤独を癒してくれた蓮への、純粋で、しかし重く深い「愛」の表明が込められていた。

「だから……俺の唯一として、永遠に俺の傍にいてくれ」

 その言葉は、命令ではなく、切なる願いだった。

 普段は絶対的な力を持つ彼が、今は一人の男性として、愛する人への不安を露わにしている。蓮を失うことへの、彼の深い恐怖が透けて見えた。

 ゼルフィードの告白に、蓮は——。

 これまで心の中でくすぶっていた感情の正体と、彼への想いが確かに「恋」であるという確信を得た。視界がにじみ、熱いものが頬を伝う。胸の奥から込み上げてくる感情は、喜びと愛おしさと、そして彼への深い愛情だった。

(ああ、そうか……僕は、ゼルフィードさんを愛しているんだ)

 貴族社会で、誰にも必要とされず、ただ道具のように扱われることに怯えていた自分。ひ弱で、自己肯定感の低かった自分を、ゼルフィードは無条件に受け入れ、世界で一番大切な存在として愛してくれた。

 彼なしでは、自分もまた満たされない。彼こそが、自分の世界に色彩を与えてくれたのだ。この人がいなければ、自分もまた灰色の世界に戻ってしまう。

 蓮は、涙ながらにゼルフィードの告白を受け入れた。声が震えて、最初は言葉にならなかった。

「僕も……僕も、ゼルフィードさんを愛しています!」

 蓮の口から出たのは、これまで秘めていた、しかし紛れもない真実の言葉だった。声は涙で震えていたが、その想いは確かに彼に届いた。

「あなたがいない世界なんて、考えられないです……っ」

 声が震え、涙が止まらない。しかし、その涙は悲しみではなく、紛れもない幸福の涙だった。愛する人と想いが通じ合った喜びが、胸を満たしている。

「ずっと、ずっと、そばにいます。あなたを、僕の恋人として——僕の全てとして、愛させてください……!」

 蓮は、ゼルフィードの首に腕を回し、その体に強くしがみついた。

 この瞬間、二人の関係は、単なる庇護と依存を超え、明確な恋人同士としての絆で結ばれた。月光が二人を包み込み、まるで祝福しているかのように輝いている。

 ゼルフィードの瞳が、驚きと、そして深い喜びで大きく見開かれる。これまで見たことのない、純粋な幸福の表情が彼の顔に浮かんだ。

 彼は、蓮の涙に濡れた頬を両手で包み込むと、愛おしそうに親指でそっと涙を拭った。

「蓮……」

 もう一度、今度はより深い愛情を込めて名前を呼ぶと、そのまま唇を合わせた。

 その口付けは、ただのキスではなかった。

 冷たかったはずのゼルフィードの唇は、蓮の熱に触れて、まるで熱を帯びたかのように感じられた。それは、二人の魂が溶け合うような、永遠の契りを交わすような、深く、そして甘美な口付けだった。

 ゼルフィードの体から微かに発せられる冷気が、この時だけは、心地よい温もりを帯びているように錯覚するほど。

 唇が離れても、二人の視線は絡み合ったまま。

 蓮の表情は、これまでの不安や戸惑いとは無縁の、満ち足りた幸福感に輝いている。涙の跡が残る頬には、幸福の証であるかのように、微かな赤みが差していた。

 ゼルフィードの瞳には、蓮への限りない愛と、彼を得たことによる深い安堵が満ちていた。彼の虚ろだった世界は、今、蓮という色彩で満たされ、鮮やかに輝いている。

「愛している」

 ゼルフィードが、もう一度静かに囁く。その言葉は、これまでの彼からは想像できないほど優しく、愛に満ちていた。

「僕も、愛しています」

 蓮も、恥ずかしさを忘れて素直に答える。

 二人の間に流れる空気は、甘く温かく、愛に満ちていた。

 二人は、抱き合いながら静かに夜空を見上げた。満月は煌々と輝き、無数の星々が二人の誓いを祝福するように瞬いている。

 この森の奥、外界から隔絶された邸宅で、二人の「恋」は確かに成就した。

 これ以上ないほどの幸福な空気が、二人の間に流れる。それは、甘く、時に重く、しかし紛れもない「愛」という名の、至福の空間だった。

 月光に包まれた二人は、まるで永遠の時を約束したかのように、静かに寄り添い続けていた。
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