【8話完結】帰ってきた勇者様が褒美に私を所望している件について。

キノア9g

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第1話|勇者帰還と衝撃の褒美要求

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 大理石の床に立ち並ぶ兵士たちの甲冑が、朝陽に白く輝いている。
 厳かに鳴り響くファンファーレの中、私は王座の横に控え、静かに目を伏せていた。

 今日、魔王を討ち滅ぼした勇者一行が帰還する。
 父である国王陛下の隣に立つ役目を、末子である私が仰せつかったのは、ただの「数合わせ」だと誰もが思っていただろう。
 この国の第三王子──私、リュシアン・セレスタイトは、誇れる力もなければ、特筆すべき功績もない。
 顔立ちだけは母譲りに整っているらしいけれど、それは、嘲笑混じりに「顔だけ王子」と呼ばれる理由にしかならなかった。

 扉が開く音が、荘厳な空気を切り裂いた。
 陽光に照らされた大扉の向こうから、きらめく甲冑と、風をまとった気配がこちらに流れ込んでくる。
 目を挙げた私の視界に、まず映ったのは──

 堂々たる鎧に身を包んだ兄上、カイル・セレスタイト(第二王子)。
 凛々しく胸を張り、群衆の喝采を受けている。
 そして、その隣に立つ青年の姿を、私はひたと見つめた。

 ややくたびれたローブに、乱れた黒髪。
 決して華やかではないが、ただそこにいるだけで周囲の空気を変える、不思議な存在感。
 彼が──篠原悠真(しのはら ゆうま)。
 異世界から召喚され、命がけで戦った、私たちの勇者様だ。

 彼と目が合った瞬間、胸の奥が熱くなった。
 無事に生きて、帰ってきてくれた──その事実が、たまらなく嬉しかった。

 魔王討伐の旅がどれほど過酷だったか、私には想像もできない。
 けれど、彼は、出発前と変わらない優しい目をしていた。
 いや、ほんの少しだけ広がった肩幅と、肩越しに漂う知らない年月が、確かに彼の中にあった。
 それでも、私に向けてくれるその瞳は、変わらずまっすぐで。
 私は、ひそやかに、けれど心から微笑んだ。

(悠真様……本当に、よく帰ってきてくれた)

 彼に向ける気持ちは、ただ敬意と、胸いっぱいの安堵だった。

 王座の間が静まり返る中、国王陛下が重々しく口を開いた。

「勇者よ、よくぞ魔王を討ち果たしてくれた。国を代表し、心より感謝を述べよう」

 陛下の言葉に、悠真様は深く頭を下げた。
 その仕草はどこかぎこちなく、ぎこちないがゆえに、胸を締め付けられる。
 無理をして笑うでもなく、威張るでもない。
 与えられた感謝を、まるで重みごと、真っ直ぐに受け止めていた。
 それが、彼らしかった。

「褒美を取らせよう。望むものを言ってくれ。金か、爵位か、それとも──」

 一瞬、陛下は意味深に微笑み、姉上──マリアベル・セレスタイト姫(第一王女)をちらりと示した。
 姉上は、微動だにせず、美しい立ち姿を保っている。
 国一番の才色を誇る姫君。
 悠真様が姉上を選んでも、誰もが納得するだろう。
 それなら──いい。
 彼が、心から幸せになれるなら。

 だが。

 悠真様は、静かに、けれど確かな声音で告げた。

「──第三王子、リュシアン・セレスタイト殿を、褒美として賜りたい」

 その言葉が放たれた瞬間、世界から音が消えた。
 何かが砕ける錯覚にとらわれた。現実感が、霧散する。

「……は?」

 思わず、間抜けな声が漏れた。
 周囲のすべての視線が、まるで一斉に突き刺さるように、私へと向けられる。

(待って、待って、待って。今、私、なにか聞き間違えた?)

 目を見開き、信じられない思いで周囲を見渡す。
 王族たちも、重臣たちも、姉上すらも、ぽかんと口を開けている。
 唯一、悠真様だけが、真剣な顔で私を見ていた。

 どうして──?

 胸が高鳴る。
 不安と、戸惑いと、ほんのひとかけらの、信じたくなるようなぬくもりとともに。

 お金も爵位も、国一番の姫も──すべてを蹴って、悠真様は、よりによって何の取り柄もない「顔だけ王子」を。
 この私を、望んだのだ。

「悠真殿、聞き違いではないのか?」

 陛下が、珍しく動揺を隠せない声を出す。
 側近たちも、口には出さぬまま、不快げに眉をひそめた。

 だが悠真様は、静かに、けれど一寸のためらいもなく頷いた。

「第三王子を、どうしても」

 その眼差しは、少しも揺れていなかった。
 胸の奥が、ざわざわと波打つ。
 現実感のない胸の高鳴りと、どうしようもない混乱が、いっせいに押し寄せる。

 わけもわからないまま、私は、掠れる声で問いかけていた。

「……な、なぜ、私を……?」

 けれど悠真様は答えない。
 ただ、まっすぐに、私だけを見つめていた。
 誰よりも大切なものを見るような、誰にも譲れない何かを抱きしめるような、そんな瞳で。

 わからない。
 わからないけれど──

 視線を受け止めた瞬間、胸の奥に熱が宿った。
 あまりに眩しくて、あまりに怖くて、私はふるえるまつげを伏せた。

 そして、ふと──
 確かに覚えている、二ヶ月前の記憶がよみがえる。

 誰にも手を差し伸べられなかった異世界の勇者に、思わず手を伸ばしたあの日。
 私たちの、始まりの日。

 ──あれは、きっと、運命だった。

 過ぎ去ったはずの日々が、静かに胸を叩いた。
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