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第3話|隠された才能と、できた距離
しおりを挟む春を迎えたばかりの王城は、やわらかな陽光に満ちていた。
白い花が咲き誇る中庭からは、風に乗ってかすかな花の香りが漂い、回廊には冬の名残を惜しむようなひんやりとした空気が流れている。
けれど、私の胸の内には、まだ冬の冷たさが残っていた。
それは、きっと──
今日、彼の本当の力が明らかになるから。
異世界から現れた勇者様の能力を、正式に検査する機会を得ることができたのだ。
何度も国王陛下に掛け合い、周囲の反対を押し切って、ようやく実現した場だった。
それは、勇者様にとっても、私にとっても──この世界での運命を左右する、大切な瞬間だった。
「勇者様、どうか……」
思わず、手を組んで祈っていた。
彼には、力があると信じている。
誰よりも強い、心の力を持った人だと。
能力検査の広間は、重厚な石造りの壁に囲まれていた。
高い天井には紋章が刻まれ、赤絨毯の玉座へと続いている。
しかし今、その豪奢な空間は、張り詰めた沈黙に凍りついていた。
私も、胸の奥で小さな鼓動が早鐘を打つのを止められない。
勇者様の肩越しに水晶を見つめながら、祈るような気持ちで歯を噛みしめる。
勇者様は、緊張を隠しきれない面持ちで水晶に手を置いた。
その指は、驚くほど細く、骨ばって見えた。
元の世界で、どれほど過酷な日々を過ごしていたのか──
そんな想像が胸を締めつける。
だからこそ、どうか。
彼が、この世界で受け入れられますように。
彼に、希望を。
そんな祈りが、神に届いたのだろうか。
瞬間、水晶が──爆ぜるように光を放った。
眩い閃光は、まるで星が砕け散るかのように広間を満たし、天井の紋章までも白く染めた。
光の粒が舞い、無風の中、衣の裾がふわりと浮かんだ。
あまりの神々しさに、誰もが言葉を失った。
「な、なにを──!?」
「ば、馬鹿な……ッ!」
怒鳴るような声が、あちこちから上がる。
光に顔をしかめ、目を細めながら、驚愕に固まる貴族たち。
検査官たちも、資料を取り落とし、狼狽えた様子で互いに顔を見合わせた。
ざわめきが、広間を震わせる。
肌にびりびりと伝わる魔力の波に、思わず肩をすくめた。
──能力検査とは、魔力の総量、身体能力、戦闘適性といった要素を、魔法水晶を通じて数値化し、適性を測るものだ。
一般的な兵士でさえ百にも満たないことが多いのに──
勇者様の結果は、桁違いの異常値だった。
魔力量、身体能力、戦闘適性──
すべてが王国の基準を遥かに凌駕し、計測限界を超えて警告のルーンが煌めいていた。
「これが、勇者……!」
誰かが呆然と呟く。
そして次の瞬間、広間の空気は、手のひらを返すように変わった。
「さすが異世界の勇者様だ!」
「これなら魔王を倒せるぞ!」
「我らが救世主だ!」
次々と、賞賛の声が上がる。
先ほどまで冷たい視線を投げていた者たちでさえ、今は競うように媚びる笑顔を勇者様に向けていた。
誇らしさと、安堵。
それから、ひとしずくの──寂しさ。
胸の奥で、ふたつの想いがせめぎ合う。
きっと、これから勇者様は忙しくなる。
国王陛下に呼ばれ、貴族たちに囲まれ、賛美される日々が始まる。
それは、嬉しいことだ。
彼が、この世界で認められるのだから。
──けれど。
「勇者様は、お疲れでしょう。どうぞこちらへ」
麗しい侍女たちが、やわらかな笑みを浮かべながら、彼を囲む。
私は思わず、勇者様に声をかけようと一歩踏み出した。
だが、侍女のひとりが、まるで邪魔者を見るように、そっと私の前に立ちふさがる。
言葉はなかった。
けれど、その瞳に浮かぶ静かな拒絶に──足が止まった。
私は勇者様が侍女に連れられて行くその後ろ姿を、ただ見送ることしかできなかった。
直接声をかけたかった。
「おめでとうございます」と、誰よりも近くで伝えたかった。
だけど、距離は、残酷なほどあっけなく開いていった。
それでも。
勇者様はふと、こちらに振り返った。
一瞬だけ、目が合う。
黒曜石のような瞳に、戸惑いと、ほんの少しの寂しさが滲んでいる気がした。
私は、微笑んだ。
精一杯の、笑顔で。
「……よかった、ですね。勇者様が……ちゃんと、認められて」
本当に、よかった。
あなたの能力が、人間性が、間違えられずに済んだのだから。
そう、心から思っていた。
なのに──なぜだろう。
胸の奥が、きゅっと痛む。
手を伸ばしても、もう届かない。
そんな気がして。
それでも。
たとえ遠く離れても、勇者様が幸せになれるなら。
──だって私は、知っているから。
倒れた勇者様に寄り添い、共に過ごしたあの時間。
不器用に笑う笑顔。
ふとした瞬間に見せる、脆さ。
苦しくても、誰にも弱音を吐かなかった強さ。
──私は、あなたを知っているから。
私なんかが、足を引っ張るわけにはいかないから。
──本当に、それだけなのに。
夕暮れに染まりゆく中庭を、ひとり歩きながら、そっと息をついた。
ひとひら、風に乗って花弁が舞った。
淡い空に溶けるその小さな欠片を、ただ、見上げていた。
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