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第7話|すれ違う想い、交差する運命(勇者視点)
しおりを挟む──リュシアン殿に、会えない。
その異変に気づいたのは、あのやりとりから三日が過ぎた朝のことだった。
目を覚ましたとき、胸の奥に言葉にできない不安が広がっていた。
重たげな雲が垂れ込めた空を見上げ、それから何気なく視線を庭に移す。
彼の姿は、どこにもない。いつもだったらこの時間、庭を歩いていることが多いはずだ。
綺麗な銀の髪が風に揺れて──
そんな幻想が、ふっと浮かんでは静かに霧のように消えていく。
……おかしい。
どんなに忙しい日でも、これまでは毎日、顔を合わせられていたのに。
胸の奥がざわついた。
そして、ある可能性を思い浮かべる。
もしかして──俺が何か、怒らせてしまったんじゃないか。
会いたくないと思うほどに。
言葉にした途端、不安が大きくなった気がした。
あの日、調子に乗って“姫様“なんて呼んでしまった時、翌朝には何事もなかったように笑ってくれていた。
実は怒っていたとしたら……?
あれは、間違いなく俺が悪かった。
あの勘違いは、今思い出しても、痛すぎて頭を抱えたくなる。
天使が男だったと知ったとき、確かに衝撃はあった。
でも、それ以上に、その勘違いが本人にバレたあの気まずさ。
俺のせいで、リュシアン殿にいらぬ恥をかかせてしまった。
どうしたらいいのかわからず、慌てふためく俺を、リュシアン殿は、どんな顔で見ていたのだろうか。
怒りを通り越して、呆れてしまったのかもしれない。
せっかく、最近あんなに嬉しそうな笑顔を見せてくれるようになったのに。
いや、諦めちゃダメだ。
手遅れになる前に、なんとかして会おう。そして、謝る。
きちんと謝って、俺はまたあの天使スマイルが見たいんだ。
社畜で使い慣れた俺の土下座では、価値がないかもしれないから、好物のプレゼントも添えて。
とにかく誠意を伝えよう。
──そう決めた、その矢先だった。
「勇者様、こちらを……」
差し出されたのは、王印の封が押された重厚な文書だった。
目を通した瞬間、手が震える。
──褒美の変更通達。
書かれていたのは、信じ難いほど冷酷な一文だった。
「第三王子リュシアン・セレスタイトに代わり、第一王女マリアベル・セレスタイトを授与する」
……何を言っているんだ。
俺はそんな変更を頼んだ覚えはない。
リュシアン殿以外を褒美に欲しいなんて、一言も言っていない。
……もしかして、リュシアン殿が、自分から俺を拒んだのか?
胸がざわめく。嫌な想像が浮かび、いてもたってもいられず侍女を呼び止めた。
「リュシアン殿は今どこに? 話をさせてくれ、どうしても、直接――!」
きっと怒っているんだ。俺のことを嫌いになってしまったのかもしれない。
もしかすると、もう二度と会えなくなるかも――
焦りに押されて声を荒げる俺を前に、侍女の表情が翳る。
視線を伏せ、小さな声で、震えるように告げた。
「……殿下は、罪に問われ、地方の街へ左遷されました」
「……は?」
耳に届いたはずの言葉が、頭に入ってこない。
罪──? リュシアン殿が?
「な、何の罪なんだよ……っ」
心がざわめき、頭の中が真っ白になった。意味がわからない。
詰め寄る俺に、侍女は苦しげに視線をそらし、言い淀む。
「それは……その……」
口ごもるその様子が、ますます胸騒ぎを強くする。
あの時、三日前――彼とのやりとりのあとに感じた、あの気まずさとよく似ていた。
……まさか。
「俺の……せい、か……?」
思わず、声が震えた。
あのときの言葉が、誰かに聞かれていた?
そして、それが……誤解された?
問い詰め続ける俺に、ようやく侍女の口から小さく告げられた。
「“勇者様を欺き、誑かした”との罪に問われたそうです」
頭の奥が、カッと熱くなった。
あまりに理不尽で、馬鹿馬鹿しくて、怒りで全身が震える。
そんなはずがない。
あの人が、誰かを騙すなんて――
リュシアン殿は、誰よりも誠実で、清らかで、優しい人なのに。
誤解したのは、俺の方だった。
“姫様”なんて、勝手に決めつけて。困らせたのは、俺なのに。
なのに、罪を問われたのは彼の方だなんて。
「王子なのに、どうして……どうして、いつもあの人ばかりが……」
頭の中に浮かぶのは、あの日の笑顔。
儚げに、でも確かに微笑んでいた、あの優しい顔。
誰よりも傷つき、誰よりも孤独だった人。
どうして、彼ばかりが、こんな仕打ちを受けなきゃならないんだ。
喉の奥がつまって、苦しかった。
それでも、どうしようもなく、こぼれた言葉はただ一つだった。
「……会いたい……」
◇◇◇
侍女が部屋を出たあと、俺は彼と出会った日のことを思い出していた。
俺が倒れてベッドで目を覚ましたとき、そっと差し伸べられた優しい手。
熱にうなされた夜、ふわりと掛けてくれた毛布。
陽だまりのような笑顔。
何気ないひと言にさえ、優しさが滲んでいた。
小さな仕草ひとつひとつが──今もこの胸の奥に、焼きついている。
性別なんて、そんなものは、もうどうでもいい。
だって、好きになったのは“リュシアン殿”だからだ。
女性だと思ったから惚れたわけじゃない。
真っ直ぐで、あたたかくて、どこまでも優しい。そんな彼だから──俺は、惚れたんだ。
それなのに、守れなかった。
あんなに近くにいたのに、気づけなかった。
俺のせいで、彼を追い詰めてしまった。
──どうして、もっと早く、気づけなかった。
後悔が、胸を締め付ける。
このままじゃ、本当にもう二度と会えないかもしれない。
そんなの、絶対に──耐えられない。
気づいたときには、俺はもう、無我夢中で動き出していた。
「リュシアン殿の居場所を教えてください!」
王の謁見を求め、王宮の広間へと押しかけた。
だが、騎士たちに阻まれ、王の前まで踏み込むことすら叶わなかった。
「──勇者様にお教えできることは、何もありません」
にべもない拒絶。
国の英雄? 救世主?
そんな肩書きは、今の俺には、何の意味もなかった。
けれど──彼に会うためなら、俺は何だってする。
数日後。
改めて正式に謁見を申し出た俺は、王の前で跪き、静かに言い放った。
「変更は必要ありません。リュシアン殿と、その赴任先ごと──すべてを、俺の褒美として賜りたい」
広間がどよめいた。
王は険しい眼差しで俺を見下ろし、低く吐き捨てる。
「……拒否する」
それを、待っていた。
俺は顔を上げ、はっきりと宣言した。
「──ならば、力尽くで奪うまで。俺からリュシアン殿を奪うのならば、たとえ誰であろうと──容赦はしない」
剣に手をかけた瞬間、空気が変わった。
体内の魔力を解き放ち、意志を剥き出しにする。
王の顔色が、明らかに強張った。
国中が英雄と讃えた、異能の力を持つ“勇者”を、ここで敵に回すわけにはいかない──ようやく、それを悟ったのだろう。
沈黙ののち、王は渋々と頷いた。
「……好きにするがいい」
勝ち取った。
たったひとりの、大切な人を──この手で。
◇◇◇
すぐに馬を用意させた。
夜の闇を裂き、ただひたすらに馬を走らせる。
リュシアン殿のいる、遠い町へと──ただ一直線に。
絶対に、迎えに行く。
もう二度と、あの手を離さない。
何があっても、今度こそ守り抜く。
夜空に散る星々の下、
馬蹄の音だけが、孤独な夜に──鋭く、力強く響いていた。
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