【8話完結】帰ってきた勇者様が褒美に私を所望している件について。

キノア9g

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第7話|すれ違う想い、交差する運命(勇者視点)

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 ──リュシアン殿に、会えない。

 その異変に気づいたのは、あのやりとりから三日が過ぎた朝のことだった。

 目を覚ましたとき、胸の奥に言葉にできない不安が広がっていた。
 重たげな雲が垂れ込めた空を見上げ、それから何気なく視線を庭に移す。
 彼の姿は、どこにもない。いつもだったらこの時間、庭を歩いていることが多いはずだ。

 綺麗な銀の髪が風に揺れて──
 そんな幻想が、ふっと浮かんでは静かに霧のように消えていく。

 ……おかしい。
 どんなに忙しい日でも、これまでは毎日、顔を合わせられていたのに。

 胸の奥がざわついた。
 そして、ある可能性を思い浮かべる。

 もしかして──俺が何か、怒らせてしまったんじゃないか。
 会いたくないと思うほどに。

 言葉にした途端、不安が大きくなった気がした。

 あの日、調子に乗って“姫様“なんて呼んでしまった時、翌朝には何事もなかったように笑ってくれていた。
 
 実は怒っていたとしたら……?

 あれは、間違いなく俺が悪かった。
 あの勘違いは、今思い出しても、痛すぎて頭を抱えたくなる。

 天使が男だったと知ったとき、確かに衝撃はあった。
 でも、それ以上に、その勘違いが本人にバレたあの気まずさ。

 俺のせいで、リュシアン殿にいらぬ恥をかかせてしまった。

 どうしたらいいのかわからず、慌てふためく俺を、リュシアン殿は、どんな顔で見ていたのだろうか。

 怒りを通り越して、呆れてしまったのかもしれない。
 せっかく、最近あんなに嬉しそうな笑顔を見せてくれるようになったのに。

 いや、諦めちゃダメだ。
 手遅れになる前に、なんとかして会おう。そして、謝る。
 きちんと謝って、俺はまたあの天使スマイルが見たいんだ。
 社畜で使い慣れた俺の土下座では、価値がないかもしれないから、好物のプレゼントも添えて。
 とにかく誠意を伝えよう。

 ──そう決めた、その矢先だった。


「勇者様、こちらを……」

 差し出されたのは、王印の封が押された重厚な文書だった。

 目を通した瞬間、手が震える。

 ──褒美の変更通達。

 書かれていたのは、信じ難いほど冷酷な一文だった。

「第三王子リュシアン・セレスタイトに代わり、第一王女マリアベル・セレスタイトを授与する」

 ……何を言っているんだ。

 俺はそんな変更を頼んだ覚えはない。
 リュシアン殿以外を褒美に欲しいなんて、一言も言っていない。

 ……もしかして、リュシアン殿が、自分から俺を拒んだのか?

 胸がざわめく。嫌な想像が浮かび、いてもたってもいられず侍女を呼び止めた。

「リュシアン殿は今どこに? 話をさせてくれ、どうしても、直接――!」

 きっと怒っているんだ。俺のことを嫌いになってしまったのかもしれない。
 もしかすると、もう二度と会えなくなるかも――

 焦りに押されて声を荒げる俺を前に、侍女の表情が翳る。
 視線を伏せ、小さな声で、震えるように告げた。

「……殿下は、罪に問われ、地方の街へ左遷されました」

「……は?」

 耳に届いたはずの言葉が、頭に入ってこない。

 罪──? リュシアン殿が?

「な、何の罪なんだよ……っ」

 心がざわめき、頭の中が真っ白になった。意味がわからない。

 詰め寄る俺に、侍女は苦しげに視線をそらし、言い淀む。

「それは……その……」

 口ごもるその様子が、ますます胸騒ぎを強くする。
 あの時、三日前――彼とのやりとりのあとに感じた、あの気まずさとよく似ていた。

 ……まさか。

「俺の……せい、か……?」

 思わず、声が震えた。

 あのときの言葉が、誰かに聞かれていた?
 そして、それが……誤解された?

 問い詰め続ける俺に、ようやく侍女の口から小さく告げられた。

「“勇者様を欺き、誑かした”との罪に問われたそうです」

 頭の奥が、カッと熱くなった。

 あまりに理不尽で、馬鹿馬鹿しくて、怒りで全身が震える。

 そんなはずがない。
 あの人が、誰かを騙すなんて――

 リュシアン殿は、誰よりも誠実で、清らかで、優しい人なのに。

 誤解したのは、俺の方だった。
 “姫様”なんて、勝手に決めつけて。困らせたのは、俺なのに。

 なのに、罪を問われたのは彼の方だなんて。

「王子なのに、どうして……どうして、いつもあの人ばかりが……」

 頭の中に浮かぶのは、あの日の笑顔。
 儚げに、でも確かに微笑んでいた、あの優しい顔。
 誰よりも傷つき、誰よりも孤独だった人。
 
 どうして、彼ばかりが、こんな仕打ちを受けなきゃならないんだ。

 喉の奥がつまって、苦しかった。

 それでも、どうしようもなく、こぼれた言葉はただ一つだった。

「……会いたい……」


 ◇◇◇


 侍女が部屋を出たあと、俺は彼と出会った日のことを思い出していた。

 俺が倒れてベッドで目を覚ましたとき、そっと差し伸べられた優しい手。
 熱にうなされた夜、ふわりと掛けてくれた毛布。

 陽だまりのような笑顔。
 何気ないひと言にさえ、優しさが滲んでいた。
 小さな仕草ひとつひとつが──今もこの胸の奥に、焼きついている。

 性別なんて、そんなものは、もうどうでもいい。

 だって、好きになったのは“リュシアン殿”だからだ。
 女性だと思ったから惚れたわけじゃない。
 真っ直ぐで、あたたかくて、どこまでも優しい。そんな彼だから──俺は、惚れたんだ。

 それなのに、守れなかった。
 あんなに近くにいたのに、気づけなかった。
 俺のせいで、彼を追い詰めてしまった。

 ──どうして、もっと早く、気づけなかった。

 後悔が、胸を締め付ける。
 このままじゃ、本当にもう二度と会えないかもしれない。

 そんなの、絶対に──耐えられない。

 気づいたときには、俺はもう、無我夢中で動き出していた。



「リュシアン殿の居場所を教えてください!」

 王の謁見を求め、王宮の広間へと押しかけた。

 だが、騎士たちに阻まれ、王の前まで踏み込むことすら叶わなかった。

「──勇者様にお教えできることは、何もありません」

 にべもない拒絶。

 国の英雄? 救世主?
 そんな肩書きは、今の俺には、何の意味もなかった。

 けれど──彼に会うためなら、俺は何だってする。



 数日後。
 改めて正式に謁見を申し出た俺は、王の前で跪き、静かに言い放った。

「変更は必要ありません。リュシアン殿と、その赴任先ごと──すべてを、俺の褒美として賜りたい」

 広間がどよめいた。
 王は険しい眼差しで俺を見下ろし、低く吐き捨てる。

「……拒否する」

 それを、待っていた。

 俺は顔を上げ、はっきりと宣言した。

「──ならば、力尽くで奪うまで。俺からリュシアン殿を奪うのならば、たとえ誰であろうと──容赦はしない」

 剣に手をかけた瞬間、空気が変わった。
 体内の魔力を解き放ち、意志を剥き出しにする。

 王の顔色が、明らかに強張った。
 国中が英雄と讃えた、異能の力を持つ“勇者”を、ここで敵に回すわけにはいかない──ようやく、それを悟ったのだろう。

 沈黙ののち、王は渋々と頷いた。

「……好きにするがいい」

 勝ち取った。
 たったひとりの、大切な人を──この手で。


 ◇◇◇


 すぐに馬を用意させた。

 夜の闇を裂き、ただひたすらに馬を走らせる。
 リュシアン殿のいる、遠い町へと──ただ一直線に。

 絶対に、迎えに行く。
 もう二度と、あの手を離さない。
 何があっても、今度こそ守り抜く。

 夜空に散る星々の下、
 馬蹄の音だけが、孤独な夜に──鋭く、力強く響いていた。

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