「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g

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第6章 俺たちは『反逆者』じゃなくて、『イカパーティー』がしたい

第46話:絶叫のクラーケン・フェスティバル

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 会場の空気は、最高潮に張り詰めていた。
 深海離宮と化した庭園には、重厚なパイプオルガンのBGMが鳴り響いている。
 恐怖に震えるゲストたちを前に、どこからともなくセバスチャンの低い美声が響き渡った。

「――皆様。長らくお待たせいたしました」

 姿は見えないが、その抑揚のない語り口は、厳粛な裁判の開廷を告げるかのようだ。

「これより、クライス伯爵家主催、特別晩餐会――『第一回・深淵の肉塊を喰らい尽くす儀(フェスティバル)』を執り行います」

 ドォォォォォン……!

 効果音と共に、魔法のスポットライトが会場中央を照らし出した。

 そこにいたのは、司会者ではない。
全身を覆う厚手の純白ローブ(日焼け保護用)の上から純白のエプロンを身に着け、両手に巨大なミスリル製のヘラを構えた料理人――ルシアンだ。

 彼は四畳半ほどもある超巨大鉄板の前に立ち、不敵な笑みを浮かべている。

「準備はいいですか、皆様! 今日はとびっきりのフルコースを用意してますよ!」

 ルシアンはヘラをカチカチと鳴らしてアピールした。あくまで調理担当としての挨拶だ。

 しかし、ゲストたちの顔色はサッと青ざめる。
「喰らい尽くす儀……?」「あのヘラ、処刑用の武器じゃねぇか……?」というヒソヒソ声が漏れるが、ルシアンは気にせず隣のパートナーへ合図を送った。

「火加減頼むぞ、旦那様!」
「ああ。任せてくれ」

 ルシアンの隣には、同じくエプロン姿のオルドリンが控えている。
 彼はバサァッ! とマントを翻して前に出ると、真剣な眼差しで鉄板を見据えた。
 今日、この瞬間のために「屋台の火力調整」という、無駄に高度かつ局所的な特訓をしてきたのだ。

「ターゲット確認。……特注鉄板」

 オルドリンが杖を向ける。
 調理の点火に、空間が歪むほどの魔力が練り上げられていく。

「――穿て、紅蓮の顎(あぎと)。『焦熱地獄(インフェルノ・フレア)』!!」

 ドォォォォォンッ!!

 鉄板の下から、真紅の火柱が立ち上った。
 ドラゴンのブレスをも凌駕する超高熱源だ。鉄板が一瞬で赤熱し、周囲の空気が陽炎となって揺らぐ。
 最前列のゲストたちが「熱ッ!?」「やはり処刑だぁぁ!」と悲鳴を上げたが、オルドリンの美技はここからが本番である。

「……温度上昇を確認。冷却、開始。――『絶対零度(アブソリュート・ゼロ)』」

 パキィィィィン……!

 今度は、全てを凍てつかせる極大の冷気が叩き込まれた。
 熱と冷気の衝突。物理法則を無視した魔力操作により、鉄板の温度は一瞬にして「最適温(二百度)」へと固定される。

 シュゴオオオオオッ……!!

 凄まじい水蒸気が上がり、会場全体が真っ白な霧に包まれた。
 視界が遮られる中、ルシアンの声が響く。

「ナイス温度調整! さあ、ジャンジャン焼くぞー!」

 ジュワァァァァァァァァ……ッ!!

 豪快な音が響き渡る。
 霧が晴れていくと共に、会場の空気が一変した。
 それまで場を支配していた「死の恐怖」をねじ伏せるような、暴力的かつ魅惑的な香りが爆発したのだ。

 焦げたソースの甘辛い匂い。
 焼ける小麦粉と油の香ばしさ。
 そして何より、新鮮なクラーケンの肉から溢れ出す、濃厚な海鮮の旨味を含んだ湯気。

「……ッ!? な、なんだこの匂いは……」

 冒険者のガリルが鼻をひくひくさせた。
 ルシアンは二本の巨大ヘラを見事な手際で操り、投石機の弾丸のようなサイズがある巨大な球体を次々と転がしていく。

「お待たせしました! クライス家特製、超巨大『クラーケン焼き(たこ焼き)』! そして隣で焼いているのが、イカスミを練り込んだ『暗黒焼きそば』です!」

 見た目は黒くて禍々しい。大きさも規格外だ。
 だが、その匂いは間違いなく「極上の飯」のものである。
 ゲストたちの顔に浮かんでいた絶望が、困惑へ、そして徐々に「食欲」へと塗り替わっていく。

 ここで再び、セバスチャンの実況が入った。

「もちろん、ただのお食事会ではありません。本日のメインイベントは『大食い大会』。制限時間一時間以内に、最も多く食べた者が勝者となります」
「えっ、大食い?」
「なお、優勝者には豪華景品をご用意いたしました」

 セバスチャンが合図をすると、ワゴンにかかった布がサッと取り払われた。
 そこには、黄金のボトルと、銀色に輝く武具が並べられていた。

「『オルドリン賞』は、旦那様秘蔵の『最高級ヴィンテージワイン一年分』……もしくは、『当主の権限で叶えられる願い一つ』」

 会場がどよめいた。
 願い一つ。それはつまり、伯爵家の財力と権力を一度だけ使えるということだ。

「そして『ルシアン賞』は、『ドワーフ特注・ミスリル製フルオーダー武器防具セット』でございます」

 ガタッ!

 ガリルをはじめとする冒険者たちが、弾かれたように席を立った。
 その目から恐怖の色は完全に消え失せ、代わりにギラギラとした欲望の炎が宿る。

「ミ、ミスリルのフルオーダーだと……!?」
「金貨何千枚分の価値だ……?」
「やる……! やるぞ! 毒だろうが呪いだろうが、胃袋で溶かしてやる!」


 ◇◇◇

 鉄板の前で、俺――ルシアンは満足げにその様子を眺めていた。
 よし、掴みは完璧だ! みんなのやる気スイッチが入ったぞ。

「……解せぬ」

 隣でヘラを握るオルドリンが、不満げに鼻を鳴らした。

「何がだよ」
「なぜ、私の『願い一つ』よりも、君の『武器セット』の方で冒険者たちが盛り上がるんだ。私の提示したワインは、一瓶で家が買える代物だぞ」
「彼らにとっては、家より明日の冒険で生き残るための装備の方が大事なんだって。……ほら、機嫌直して」
「ふん……まあいい。君の考案したイベントが盛り上がっているのは、悪い気分ではない」

 オルドリンは腕を組み、まんざらでもなさそうに頷いた。
 よしよし、旦那様の機嫌も上々だ。
 このままスムーズに開始できる――そう思った、その時だった。

「やあ、素晴らしい景品だね! 私も参加していいかな?」

 パチパチパチ、と優雅な拍手と共に、爽やかな声が近づいてきた。
 見れば、人垣を割って入ってきたのは、この国の第二王子アレクセイだ。いつの間にか上着を脱ぎ、袖をまくり上げてやる気満々のポーズをとっている。

 「えっ、殿下!?」「嘘だろ、なんでここに第二王子が……!?」
 ゲストたちがギョッとして道を開ける中、彼は事もなげに鉄板の前へとやってきた。

「殿下……? 王族のあなたが参加するような催しじゃ……」
「何を言うんだい。こんなに楽しそうな祭り、見てるだけなんて無理だよ」

 殿下は鉄板の近くまで歩み寄ると、ジュウジュウと音を立てるクラーケン焼きを、目を輝かせて覗き込んだ。

「それに、この香ばしい匂い。王宮のシェフでも出せない香りだ。ルシアン君の考案した料理、ぜひとも一番に味わわせてもらいたい」
「一番……?」

 ピクッ、とオルドリンの眉が跳ねた。
 殿下に悪気はない。純粋な好奇心と、友人としての親愛だ。
 だが、うちの激重な旦那様には、それが宣戦布告に聞こえたらしい。

「……断る」

 オルドリンは、アレクセイ殿下と鉄板の間に割って入るように立ちはだかった。
 その背中から、ゆらりと冷気が立ち上る。

「おや?」
「ルシアンの手料理を『一番』に味わい、そして『一番多く』平らげるのは、夫であるこの私です。……王族だろうと、その座は譲りません」

 オルドリンはギラギラとした瞳で宣言した。
 殿下はきょとんとした後、「おや、ライバル登場だね」と嬉しそうに笑った。

「受けて立とうか。こう見えて、胃袋の大きさには自信があるんだよ」
「望むところです。……セバスチャン! 私の席を用意しろ! 参加者はゲスト全員、そして主催者である我々夫婦も含む!」

 オルドリンの怒号に近い指示が飛ぶ。
 え、俺たちも食うの? 俺は調理係なんだけど!?

「ちょ、オルドリン! 俺たちが抜けたら誰が焼くんだよ!」
「問題ない! セバスチャン、例の部隊を投入しろ!」
「御意。――総員、配置につきなさい」

 セバスチャンが指を鳴らすと、控えていたメイドたちが一斉に躍り出てきた。
 彼女たちは手慣れた様子で予備のヘラを構えると、俺たちの代わりに鉄板の前に立つ。
 「すでに第一陣は山のように焼き上がっております」と報告する姿は、歴戦の戦士のようだ。

「強引だなオイ!」

 呆れる俺の耳元で、オルドリンはニヤリと笑い、誰にも聞こえない声量で囁いた。

「ルシアン。私が殿下に勝ち、優勝したら……特別な褒美を用意してもらう」
「……は?」
「私の景品と同じく、『妻の権限で叶えられる願い一つ』だ……主に夜についてのな。私が勝ち取ってみせる」
「ちょ、勝手な景品を増やすなよ!」

 俺の抗議などどこ吹く風。
 オルドリンの背中には、先ほどまでの「プライド」に加え、「煩悩」という名のどす黒くも熱い炎が燃え盛っていた。
 ……ダメだこの人、願いのために本気で勝ちを狙ってる。

 俺が顔を赤くしてさらに文句を言おうとする間もなく、セバスチャンが手早く俺たちの席も用意し、控えていたメイドたちがヘラを受け取りにやってきた。さすがは精鋭メイド隊、巨大ヘラの扱いも手慣れたものだ。

 オルドリンはすでに臨戦態勢だ。誤解を解くとか、ゲストをもてなすとか、そういう目的は頭から消え去り、「殿下に勝ち、願いを叶えてもらう権利を得る」ことしか考えていない。

 まあ……いいか。
 殿下も楽しそうだし、ゲストのみんなも「伯爵様も参加するなら毒はないはずだ!」と安心したみたいだし。

「わかったわかった。じゃあ、俺もちょっとだけ付き合うよ」

 俺も腹を括って席につく。目の前には、山のように積み上げられたクラーケン焼きと焼きそば。
 ゲストたちもナイフとフォーク、あるいはマイ武器を構えている。

 セバスチャンが手を挙げた。
 誰もが、目の前の「敵(ごちそう)」を睨み据える。

「制限時間は一時間です! ……レディー、ゴー!!」

 開始のゴングが高らかに鳴り響いた。
 王都史上類を見ない、伝説の「クラーケン大食いバトル」の幕が開いた。
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