【12話完結】自分だけ何も知らない異世界で、婚約者が二人いるのですが?

キノア9g

文字の大きさ
5 / 12

第5話:夢の欠片と隠された記憶

しおりを挟む

 冷たい岩肌が目の前に迫る。
 その圧迫感に、胸がきりきりと痛む。

 轟音とともに、巨大な岩が空を切り裂いて落ちてくる。
 それが、僕を押し潰すかのように迫る。

 動かなければいけないのに、体が動かない。
 足が、震えている。──恐怖が全身を支配している。

 ──怖い。
 目の前が揺れ、まるで世界そのものが崩れていくかのようだ。

 どこからか、叫び声が響く。
 必死に、僕の名を呼んでいる。
 その声には、僕を救おうとする必死の気持ちが込められていた。

「レオン!!」

 知っている声だった。
 けれど、誰の声なのか思い出せない。
 その声の主の顔さえも、どこか遠い場所に消えてしまったようで。

 視界がさらに歪み、全てが崩れ落ちる──

 ◇

「──ッ!!」

 突然、ガバッと体を起こした。
 息が荒く、胸が激しく上下する。

 額には冷や汗が滲んでいる。
 心臓が激しく鼓動を刻んでいた。

「……夢、なのか……?」

 いや、この感覚はただの夢ではないような気がする。
 足元に響く振動、耳をつんざく轟音、皮膚をかすめる冷たい風──全てが異様にリアルで、まるで自分がその場にいるかのようだった。

 これは、僕が経験したことじゃないのか?
 それなら、どうして記憶を失ったのだろうか?

「……怖い……」

 無意識に零れた言葉に、自分で驚く。
 こんなにも怖いと思うことが、なぜか信じられないような気がした。

 その瞬間、背後から腕が強く抱きしめられた。

「レオン、大丈夫だ」

「……ルシアン?」

 振り返ると、ルシアンが肩をぎゅっと抱き寄せていた。
 普段の冷静な彼ではなかった。
 彼の顔は青ざめ、目には心配と不安が滲んでいる。

「……っ、大丈夫だから」

 僕の背中を優しく、しかし震えた手でさすっている。

「怖い夢を見たんだろう?でももう平気だ。私がいる」

 その声は、どこか必死だった。
 何かを隠すような、いや、何かを恐れるような響きがあった。
 まるで、僕が「何か」を気づいてしまうことを恐れているかのように。

「ルシアン……?」

「もう大丈夫だから」

「……でも、僕──」

「何も思い出さなくていい」

 遮るように、強く言われた。

 ルシアンの指が僕の頬に添えられ、強く握られる。
 その青い瞳が、まるで僕の奥底まで覗き込むように見つめてきた。

「……私がそばにいる。それだけで納得してくれないか?」

 低く囁かれ、心臓が跳ねた。
 だが、それ以上に気になったのは、ルシアンの手の震えだった。

(どうして、こんなに動揺しているの?)

 さっきの夢──いや、あれは記憶かもしれないものを見たときよりも、ルシアンのほうが、何かに怯えているように見えた。

 なぜ?
 何を、そんなに恐れているのだろうか?

(もしかして……ルシアンは、僕が何を見たのか知っているのか?)

 疑問が頭の中を渦巻く中、部屋の扉がノックされ、続いて声が聞こえた。

「……入るぞ」

 カイルの声だった。

 部屋に入ってきたカイルは、僕とルシアンの様子を見て、すぐに何かを察したようだ。

「……悪いが、話は聞こえていた」

 カイルはそう言って、ルシアンに冷徹な視線を向ける。

「そろそろ話すべきではないか?」

「……」

 ルシアンの指先が、わずかに震えた。

「レオンは何も覚えていないようだが、“何か”を感じ取っている。
 昨日のことも、今の夢も、偶然ではない」

 カイルの言葉に、ルシアンの表情が一瞬強張った。

「……いいや、まだ」

 静かだが、強い拒絶。
 その声には、深い決意が感じられた。

「……ルシアン」

「レオンはまだ、思い出さなくていい」

「それはお前の都合だろう」

「……っ!」

 カイルの冷静な言葉が、ルシアンの胸を深く抉るように響いた。

「ルシアン、これはお前だけの問題じゃない。レオンのことを思うなら──」

「私はレオンのことを思っている!」

 ルシアンの声が、初めて怒りに震えた。

「だから……まだ、話せない」

 そう言った彼の顔には、深い苦悩が刻まれていた。
 僕はその表情を見て、何も言えなくなった。

 ルシアンが隠しているものが、あまりにも重いもののように思えて。

「……なら、せめてレオンには知らせておくべきだ。お前が『何かを隠している』ということだけでも」

 カイルの言葉に、ルシアンは拳を握りしめた。

「……好きにしろ」

 その呟きには、どこか諦めの色が濃く漂っていた。

 ◇

 カイルは僕の横に静かに座り、真剣な目を向けてきた。

「レオン、お前に知っておいてほしいことがある」

「……何ですか?」

「ルシアンは、間違いなくお前を大切に思っている。だが──お前に隠していることがあるのも事実だ」

「……」

「お前が記憶を失ったのは、事故のせいじゃない」

「……え?」

「それ以上は、今はまだ言えない」

 カイルは一度目を伏せ、それからゆっくりと僕を見つめた。

「……でも、いつか必ず話す」

 その言葉に、僕は唇を噛んだ。
 (僕の記憶喪失は、さっき夢に見た事故のせいじゃない……?)

 なら、いったい何が──?

 ルシアンは、何を隠している?

 そして僕は、何を思い出してはならない?

 疑問は深まり、ルシアンは沈黙したまま僕を見つめ続けた。
 その青い瞳の奥には、計り知れない感情が秘められていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

追放オメガ聖帝の幸せな結婚〜クールなスパダリ騎士に拾われて溺愛されるまで〜

あきたいぬ大好き(深凪雪花)
BL
ノルディーナ王国の聖帝サーナは、教皇のありもしない嘘のせいで聖宮から追放されてしまう。 行く当てがないサーナが国境に向かうと、そこで隣国ルミルカ王国の騎士であるムーシュと出会う。ムーシュから諸事情により偽装結婚を提案されて、サーナは期限付きの偽装結婚ならばよいと承諾し、一時的に保護してもらうことに。 異国暮らしに慣れていく中で、やがてムーシュから溺愛されるようになり……?

転生DKは、オーガさんのお気に入り~姉の婚約者に嫁ぐことになったんだが、こんなに溺愛されるとは聞いてない!~

トモモト ヨシユキ
BL
魔物の国との和議の証に結ばれた公爵家同士の婚約。だが、婚約することになった姉が拒んだため6男のシャル(俺)が代わりに婚約することになった。 突然、オーガ(鬼)の嫁になることがきまった俺は、ショックで前世を思い出す。 有名進学校に通うDKだった俺は、前世の知識と根性で自分の身を守るための剣と魔法の鍛練を始める。 約束の10年後。 俺は、人類最強の魔法剣士になっていた。 どこからでもかかってこいや! と思っていたら、婚約者のオーガ公爵は、全くの塩対応で。 そんなある日、魔王国のバーティーで絡んできた魔物を俺は、こてんぱんにのしてやったんだが、それ以来、旦那様の様子が変? 急に花とか贈ってきたり、デートに誘われたり。 慣れない溺愛にこっちまで調子が狂うし! このまま、俺は、絆されてしまうのか!? カイタ、エブリスタにも掲載しています。

果たして君はこの手紙を読んで何を思うだろう?

エスミ
BL
ある時、心優しい領主が近隣の子供たちを募って十日間に及ぶバケーションの集いを催した。 貴族に限らず裕福な平民の子らも選ばれ、身分関係なく友情を深めるようにと領主は子供たちに告げた。 滞りなく期間が過ぎ、領主の願い通りさまざまな階級の子らが友人となり手を振って別れる中、フレッドとティムは生涯の友情を誓い合った。 たった十日の友人だった二人の十年を超える手紙。 ------ ・ゆるっとした設定です。何気なくお読みください。 ・手紙形式の短い文だけが続きます。 ・ところどころ文章が途切れた部分がありますが演出です。 ・外国語の手紙を翻訳したような読み心地を心がけています。 ・番号を振っていますが便宜上の連番であり内容は数年飛んでいる場合があります。 ・友情過多でBLは読後の余韻で感じられる程度かもしれません。 ・戦争の表現がありますが、手紙の中で語られる程度です。 ・魔術がある世界ですが、前面に出てくることはありません。 ・1日3回、1回に付きティムとフレッドの手紙を1通ずつ、定期的に更新します。全51通。

あと一度だけでもいいから君に会いたい

藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。 いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。 もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。 ※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります

【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。

桜月夜
BL
 前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。  思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

あなたのいちばんすきなひと

名衛 澄
BL
亜食有誠(あじきゆうせい)は幼なじみの与木実晴(よぎみはる)に好意を寄せている。 ある日、有誠が冗談のつもりで実晴に付き合おうかと提案したところ、まさかのOKをもらってしまった。 有誠が混乱している間にお付き合いが始まってしまうが、実晴の態度はいつもと変わらない。 俺のことを好きでもないくせに、なぜ付き合う気になったんだ。 実晴の考えていることがわからず、不安に苛まれる有誠。 そんなとき、実晴の元カノから実晴との復縁に協力してほしいと相談を受ける。 また友人に、幼なじみに戻ったとしても、実晴のとなりにいたい。 自分の気持ちを隠して実晴との"恋人ごっこ"の関係を続ける有誠は―― 隠れ執着攻め×不器用一生懸命受けの、学園青春ストーリー。

来世はこの人と関りたくないと思ったのに。

ありま氷炎
BL
前世の記憶を持つ、いずる。 彼は前世で主人だった三日月と、来世で関わらない事を願った。 しかし願いは叶わず、幼馴染として生まれ変わってしまった。

【完結】オーロラ魔法士と第3王子

N2O
BL
全16話 ※2022.2.18 完結しました。ありがとうございました。 ※2023.11.18 文章を整えました。 辺境伯爵家次男のリーシュ・ギデオン(16)が、突然第3王子のラファド・ミファエル(18)の専属魔法士に任命された。 「なんで、僕?」 一人狼第3王子×黒髪美人魔法士 設定はふんわりです。 小説を書くのは初めてなので、何卒ご容赦ください。 嫌な人が出てこない、ふわふわハッピーエンドを書きたくて始めました。 感想聞かせていただけると大変嬉しいです。 表紙絵 ⇨ キラクニ 様 X(@kirakunibl)

処理中です...