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第5話:夢の欠片と隠された記憶
しおりを挟む冷たい岩肌が目の前に迫る。
その圧迫感に、胸がきりきりと痛む。
轟音とともに、巨大な岩が空を切り裂いて落ちてくる。
それが、僕を押し潰すかのように迫る。
動かなければいけないのに、体が動かない。
足が、震えている。──恐怖が全身を支配している。
──怖い。
目の前が揺れ、まるで世界そのものが崩れていくかのようだ。
どこからか、叫び声が響く。
必死に、僕の名を呼んでいる。
その声には、僕を救おうとする必死の気持ちが込められていた。
「レオン!!」
知っている声だった。
けれど、誰の声なのか思い出せない。
その声の主の顔さえも、どこか遠い場所に消えてしまったようで。
視界がさらに歪み、全てが崩れ落ちる──
◇
「──ッ!!」
突然、ガバッと体を起こした。
息が荒く、胸が激しく上下する。
額には冷や汗が滲んでいる。
心臓が激しく鼓動を刻んでいた。
「……夢、なのか……?」
いや、この感覚はただの夢ではないような気がする。
足元に響く振動、耳をつんざく轟音、皮膚をかすめる冷たい風──全てが異様にリアルで、まるで自分がその場にいるかのようだった。
これは、僕が経験したことじゃないのか?
それなら、どうして記憶を失ったのだろうか?
「……怖い……」
無意識に零れた言葉に、自分で驚く。
こんなにも怖いと思うことが、なぜか信じられないような気がした。
その瞬間、背後から腕が強く抱きしめられた。
「レオン、大丈夫だ」
「……ルシアン?」
振り返ると、ルシアンが肩をぎゅっと抱き寄せていた。
普段の冷静な彼ではなかった。
彼の顔は青ざめ、目には心配と不安が滲んでいる。
「……っ、大丈夫だから」
僕の背中を優しく、しかし震えた手でさすっている。
「怖い夢を見たんだろう?でももう平気だ。私がいる」
その声は、どこか必死だった。
何かを隠すような、いや、何かを恐れるような響きがあった。
まるで、僕が「何か」を気づいてしまうことを恐れているかのように。
「ルシアン……?」
「もう大丈夫だから」
「……でも、僕──」
「何も思い出さなくていい」
遮るように、強く言われた。
ルシアンの指が僕の頬に添えられ、強く握られる。
その青い瞳が、まるで僕の奥底まで覗き込むように見つめてきた。
「……私がそばにいる。それだけで納得してくれないか?」
低く囁かれ、心臓が跳ねた。
だが、それ以上に気になったのは、ルシアンの手の震えだった。
(どうして、こんなに動揺しているの?)
さっきの夢──いや、あれは記憶かもしれないものを見たときよりも、ルシアンのほうが、何かに怯えているように見えた。
なぜ?
何を、そんなに恐れているのだろうか?
(もしかして……ルシアンは、僕が何を見たのか知っているのか?)
疑問が頭の中を渦巻く中、部屋の扉がノックされ、続いて声が聞こえた。
「……入るぞ」
カイルの声だった。
部屋に入ってきたカイルは、僕とルシアンの様子を見て、すぐに何かを察したようだ。
「……悪いが、話は聞こえていた」
カイルはそう言って、ルシアンに冷徹な視線を向ける。
「そろそろ話すべきではないか?」
「……」
ルシアンの指先が、わずかに震えた。
「レオンは何も覚えていないようだが、“何か”を感じ取っている。
昨日のことも、今の夢も、偶然ではない」
カイルの言葉に、ルシアンの表情が一瞬強張った。
「……いいや、まだ」
静かだが、強い拒絶。
その声には、深い決意が感じられた。
「……ルシアン」
「レオンはまだ、思い出さなくていい」
「それはお前の都合だろう」
「……っ!」
カイルの冷静な言葉が、ルシアンの胸を深く抉るように響いた。
「ルシアン、これはお前だけの問題じゃない。レオンのことを思うなら──」
「私はレオンのことを思っている!」
ルシアンの声が、初めて怒りに震えた。
「だから……まだ、話せない」
そう言った彼の顔には、深い苦悩が刻まれていた。
僕はその表情を見て、何も言えなくなった。
ルシアンが隠しているものが、あまりにも重いもののように思えて。
「……なら、せめてレオンには知らせておくべきだ。お前が『何かを隠している』ということだけでも」
カイルの言葉に、ルシアンは拳を握りしめた。
「……好きにしろ」
その呟きには、どこか諦めの色が濃く漂っていた。
◇
カイルは僕の横に静かに座り、真剣な目を向けてきた。
「レオン、お前に知っておいてほしいことがある」
「……何ですか?」
「ルシアンは、間違いなくお前を大切に思っている。だが──お前に隠していることがあるのも事実だ」
「……」
「お前が記憶を失ったのは、事故のせいじゃない」
「……え?」
「それ以上は、今はまだ言えない」
カイルは一度目を伏せ、それからゆっくりと僕を見つめた。
「……でも、いつか必ず話す」
その言葉に、僕は唇を噛んだ。
(僕の記憶喪失は、さっき夢に見た事故のせいじゃない……?)
なら、いったい何が──?
ルシアンは、何を隠している?
そして僕は、何を思い出してはならない?
疑問は深まり、ルシアンは沈黙したまま僕を見つめ続けた。
その青い瞳の奥には、計り知れない感情が秘められていた。
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