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第4話:嘘と真実
しおりを挟む「……僕の婚約者は、どちらか一人のはず」
その確信は、じわじわと形を成していた。
異世界の常識を受け入れたとしても、貴族の婚約は基本的に家同士の決定である以上、僕の婚約者が二人いるというのはおかしい。
それに、カイルとルシアンの間に流れるあの張り詰めた空気──まるで互いに何かを隠しているような態度。
何かがおかしい。
僕の知らない「真実」が、この屋敷の中にある気がしてならなかった。
「本当に……何も思い出せないのか?」
カイルが静かに問いかける。
窓から差し込む光が彼の輪郭を鋭く際立たせ、その深い緑の瞳がまっすぐに僕を見つめていた。
「……思い出せるものなら、とっくに思い出しています」
苦笑しながらそう返すと、カイルの表情がわずかに曇る。
「そうか……」
彼の視線が一瞬だけ迷うように揺れた。
まるで、何かを言いかけてやめたように見えた。
「……?」
「いや、何でもない」
カイルはそれ以上何も言わなかった。
だが、彼の態度は明らかに不自然だった。
僕に思い出してほしいのか、それとも──
(何か、思い出してはならないことがあるとか?)
疑問が浮かんだ瞬間、背後からそっと肩に手が添えられた。
「レオン」
低く、優しい声。
ルシアンだった。
「思い出さなくても、もういいんだよ」
「……え?」
振り返ると、彼は微笑んでいた。
けれど、その笑みはどこか寂しげだった。
「無理に思い出そうとしなくても……君は、今のままでいい」
そう言いながら、僕の手を握りしめる。
「ルシアン……?」
「私がそばにいる。だから……大丈夫」
ルシアンの手は、細くてしなやかで、けれどどこか不安げに震えていた。
まるで、僕に何かを悟られたくないかのように。
(……何かを隠している)
確信に近い感覚が、胸の奥に広がっていく。
ルシアンの優しさは、本当に「優しさ」だけなのか?
なぜ、彼はそんなに必死な顔をしている?
それに──
(「もう思い出さなくていい」……?)
まるで、僕が思い出してはいけない理由があるかのような言い方だった。
カイルもルシアンも、どこか僕に対して「遠慮」しているように見える。
それは僕が記憶を失っているせいなのか、それとも……
(僕は、知らなくてはならない)
この世界の真実を。
そして──僕の本当の婚約者が、誰なのかを。
しかし、その真相に近づこうとすればするほど、ルシアンの表情は曇っていくのだった。
夜。
考えごとをしていたせいか、気づけば僕は食事を取るのも忘れていたらしい。
そんな時、コンコンと扉を叩く音がした。
「入っていいか?」
カイルだった。
「……どうぞ」
扉が開くと、彼の手には皿が乗ったトレイがあった。
そこに並べられていたのは、小ぶりな焼き菓子とハーブティー。
「お前、よく食事を忘れる癖があるだろう?」
「……え?」
「甘いものが好きだった。特に、蜂蜜を使った菓子には目がなかったはずだ」
カイルがトレイを机に置き、カップを僕の手に持たせる。
それだけで、ほんのりとした温かさが指先から伝わってきた。
「……僕、本当にそんな感じだったんですか?」
「そうだった」
迷いなく言い切るカイルの声には、妙な温かみがあった。
それが心にじんわりと染み込んでいく。
「……ありがとうございます」
小さく礼を言うと、カイルは「気にするな」とでも言うように目を細めた。
そして、ふと何かを思い出したように顔を上げる。
「そういえば、昔から夜更かしの後はこうやって髪をぐしゃぐしゃにしてたな」
「えっ、ちょっ──!」
カイルの大きな手が、僕の髪をわしゃわしゃと撫でる。
無造作なその仕草に、思わず顔が熱くなる。
「……懐かしいな」
静かに呟いたカイルの声には、ほんの少しだけ寂しさが混じっていた。
翌朝、まだ寝ぼけていた僕は、突然、柔らかい感触に包まれた。
「……え?」
視界に広がったのは、白金の髪と、ルシアンの穏やかな微笑みだった。
「……っ、え、ルシアン!? なんで!?」
「おはよう」
すぐ目の前で囁かれ、心臓が跳ねる。
「いや、おはようじゃなくて……な、なんでこんな近くに──」
「だって、ずっと一緒に寝てたじゃないか」
「……は?」
「覚えてないのか? 昔はよく、私の膝の上で寝てたんだよ」
ルシアンの指が、僕の頬をそっと撫でる。
「……昔みたいに、甘えてくれてもいいんだよ?」
甘く囁かれた言葉に、僕の思考は完全に停止した。
(……っ、何なんだこの人たちは!!)
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