【16話完結】スパダリになりたいので、幼馴染に弟子入りしました!

キノア9g

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第2章 スパダリ修行は夜も忙しい!?〜嫉妬と媚薬と婚約騒動〜

第13話:媚薬ととろける理性(前編)

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 北の塔での一件以来、俺とシリル様の距離感は、以前にも増してバグっていた。

「リアン、こっちへ」
「はい」
「……ん。補給完了」

 執務中だろうが移動中だろうが、隙あれば抱き寄せられ、匂いを嗅がれ、体温を確認される。
 以前のような「からかい」の空気はない。
 シリル様の目は常に真剣で、俺が視界から消えると即座に「リアンはどこだ」と低い声で捜索願いが出される始末だ。

 俺も、もう抵抗しなかった。
 あの塔で見た、シリル様の涙。
 『心臓を抉り取られた気分だった』という言葉。
 それが嘘偽りのない本音だと知ってしまったからだ。

(俺が側にいることで、師匠が安心するなら……それでいい)

 俺は「筆頭補佐官」という名の「精神安定剤」として、彼の過剰なスキンシップを受け入れていた。
 だが、そんな平穏を、あの王女が見過ごすはずがなかった。


 ◇◇◇

 その日の午後。
 エリス王女から「お詫びのお茶会」の招待状が届いた。

「……断る」
「まあまあ、師匠。手紙には『先日のお詫びをして、明日には帰国します』と書いてありますよ」

 シリル様は手紙を一瞥し、鼻で笑った。

「あの女が素直に帰るとは思えないな」
「でも、最後くらいは顔を立ててあげましょうよ。外交問題になっても困りますし」

 俺はシリル様をなだめた。
 俺だって、頬を叩かれた相手に会いたいわけではない。
 だが、俺は補佐官だ。公爵家の利益を考えれば、波風を立てずに王女を送り出すのが最善手だ。

「……君がそう言うなら。ただし、私の側を離れるなよ」
「はい、もちろんです」

 こうして俺たちは、エリス王女の待つサンルームへと向かった。


 ◇◇◇

 サンルームには、豪勢なティーセットが用意されていた。
 エリス王女は、しおらしい白のドレスに身を包み、深々と頭を下げた。

「シリル様、そしてリアン様。先日は大変失礼なことをいたしました。深く反省しております」
「…………」

 シリル様は無言だ。
 俺は慌てて、「いえ、お気になさらず」とフォローを入れた。
 エリス王女は涙ぐんだ瞳で俺たちを見つめ、震える声で言った。

「明日、わたくしは国へ帰ります。最後にせめて、わたくしの故郷の最高級茶葉で、お詫びの一杯を淹れさせてくださいませ」

 彼女は自らティーポットを手に取った。
 侍女を下がらせ、自分の手で淹れる。それはロズタリア王国において、最大級の謝罪と敬意の表れだという。

 コポコポと美しい琥珀色の液体がカップに注がれる。
 甘く、どこか妖艶な花の香りが漂った。

「どうぞ、シリル様。ロズタリア王家秘蔵の『夢見の薔薇茶』ですわ。滋養強壮と、心を安らげる効果がございますの」

 差し出されたカップ。
 しかし、シリル様は手を出さなかった。
 腕を組み、冷ややかな視線でカップを見下ろしているだけだ。

「……毒が入っているかもしれないものを、飲むわけにはいかないな」

 直球すぎる発言。
 場の空気が凍りついた。エリス王女の顔が引きつる。

「ひ、ひどいですわ! わたくしが毒など……!」
「信用がないんだよ、君には」

 シリル様は取り付く島もない。
 これでは話が進まない。王女様も泣き出しそうだ(演技かもしれないが)。
 俺はため息を一つつき、一歩前に出た。

「シリル様、失礼ですよ」
「リアン」
「俺が毒味をします。それなら文句ないでしょう?」

 これは、補佐官としての正当な業務だ。
 主君の飲み物を先に確かめる。毒だけでなく、温度や味の確認も含めて。
 俺が飲んで安全だと分かれば、シリル様も一口くらいは飲んでくれるだろう。そうすれば、この気まずいお茶会も円満に終わる。

「待て、リアン。君が飲む必要はない」
「大丈夫ですよ。目の前で淹れてくれたんですから、変なものが入ってるはずありません」

 俺はシリル様の制止を笑顔でかわし、テーブルの上のカップ――シリル様のために淹れられたその一杯を手に取った。

「では、失礼して」

 エリス王女が一瞬、息を呑んだのが見えた。
 だが、止める間もなかった。
 俺はカップに口をつけ、一口、二口と飲んだ。

「……うん、美味しいです。薔薇の香りが強くて、少し甘みがありますね」

 毒の味はしない。痺れもない。
 ただ、喉を通る時にカッと熱くなるような、強いアルコールに似た感覚があった。

「ほら、安全ですよ師匠。……殿下、素晴らしいお茶ですね」
「あ……」

 エリス王女は、なぜか顔面蒼白になっていた。
 指先が震えている。

(あれ? なんでそんなに青ざめてるんだ?)

 不思議に思った直後だった。

 ドクン。
 心臓が、大きく跳ねた。

「っ……?」

 視界がぐらりと歪んだ。
 強烈な目眩。
 足元の力が抜け、俺はテーブルに手をついた。

「リアン!?」

 シリル様が即座に俺の体を支えてくれた。
 その腕の感触が、やけに熱い。
 いや、熱いのは俺だ。
 体の奥底、へその下あたりから、マグマのような熱が湧き上がってくる。

「は、ぁ……なん、だこれ……」

 息が荒くなる。
 暑い。苦しい。
 服が肌に擦れるだけで、ピリピリとした電流が走る。
 目の前のシリル様の顔が、二重三重にぶれて見える。

「ししょ……あつい……」
「リアン、しっかりしろ! 苦しいのか?」

 シリル様の焦った声が、水の中にいるように遠く聞こえる。
 でも、彼の匂いが鼻腔をくすぐると、脳みそがとろけそうになった。
 もっと触れてほしい。もっと近くに。
 理性が、本能に塗り替えられていく。

「毒か……!?」

 シリル様が俺を抱き寄せながら、鋭い視線をテーブルに向けた。
 そして、俺が飲み干したカップを手に取り、残った数滴の匂いを嗅いだ。
 その瞬間、シリル様の顔色が変わり――そして、今まで見たこともないほどの激怒の形相へと変貌した。

「……『魅了のアロマ』か」
「ひっ!?」

 エリス王女が悲鳴を上げて後ずさった。
 魅了のアロマ。それは闇ルートで取引される、極めて強力な違法媚薬だ。
 対象の理性を飛ばし、最初に見た相手に強烈な発情と従属心を植え付ける、禁断の薬。

「ち、違いますの! それはシリル様に……!」
「私に飲ませて、既成事実でも作るつもりだったか」

 シリル様の声は、低く、静かで、それが余計に恐ろしかった。
 周囲の空気が振動している。魔力が暴走寸前だ。
 サンルームのガラスに、ピキピキと亀裂が入っていく。

「愚かな……。私の大事な半身に、よくもそんな汚らわしいものを」

 シリル様は、俺を片腕でしっかりと抱きかかえたまま、エリス王女を見下ろした。
 その目は、人間を見る目ではなかった。
 害虫を駆除しようとする、無慈悲な執行人の目だ。

「衛兵!」

 雷のような怒号が響いた。
 すぐに武装した衛兵たちがなだれ込んでくる。

「こいつを捕らえろ! 私の補佐官への傷害、および違法薬物使用の現行犯だ!」
「なっ、離して! わたくしは王女よ! 他国の兵が触れていいと……」
「黙らせろ」

 シリル様の一言で、衛兵たちは容赦なくエリス王女を取り押さえた。
 外交問題? 全く気にしている様子がない。
 シリル様の態度は明確だった。
 『リアンを傷つけた者は、この世に存在してはならない』

「地下牢に放り込んでおけ。ロズタリア王には私が直接ねじ込む。……二度と日の光が拝めると思うな」

 連行されていくエリス王女の絶叫が遠ざかっていく。
 だが、今の俺には、そんなことはどうでもよかった。

「あ、ぅ……ししょお……」

 俺はシリル様のシャツを握りしめ、荒い息を吐いた。
 限界だ。
 理性の堤防が決壊寸前だ。
 目の前にいる「大好きな人」に、触れたくて、愛されたくて、どうにかなりそうだ。

「助け、て……へんに、なる……」

 涙目で訴えると、シリル様は痛ましげに顔を歪めた。
 そして、俺を強く抱きしめ直した。

「すまない、リアン。私がついていながら……」

 彼の冷たい手が、火照った俺の頬に触れる。
 気持ちいい。もっと触って。

「んぅ……」
「……っ!」

 俺が無意識に彼の掌に頬を擦り寄せ、指を甘噛みすると、シリル様の喉がゴクリと鳴った。
 彼のアイスブルーの瞳に、昏い、情欲の火が灯るのを見た。

「……リアン。この薬は、時間経過では抜けない」
「え……?」
「解毒剤はない。……熱を、外に出すしかないんだ」

 シリル様は俺を横抱き(お姫様抱っこ)に抱え上げた。
 その力強い腕の中で、俺は彼の首にすがりついた。

「ししょ、どこ行くの……?」
「寝室だ」

 シリル様は、早足で廊下を進んでいく。
 すれ違う使用人たちが、異様な雰囲気を察して道を空ける。

「我慢しなくていい。……全部、私に預けなさい」

 耳元で囁かれたその声は、薬よりも甘く、俺の頭を痺れさせた。
 寝室の重い扉が開かれ、そして閉ざされる。
 カチャリ、と鍵がかかる音がした。

 広いベッドに降ろされた俺は、熱に浮かされた視線でシリル様を見上げた。
 彼はネクタイを緩め、上着を脱ぎ捨てた。
 いつも完璧な師匠が、今は獣のように乱れている。
 その姿が、どうしようもなく魅力的で、俺は無意識に手を伸ばしていた。

「シリル、さま……」

 名前を呼んだ瞬間、彼が覆いかぶさってきた。
 もはや「師弟」でも「主従」でもない。
 ただの「男」としての顔をしたシリル様が、俺の唇を塞いだ。
 とろけるような口づけ。
 それは、長く、熱い夜の始まりの合図だった。
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