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第三章 雨降って、地固まる?
44. ――召喚勇者は恐怖の――
しおりを挟むルビーは、馬車に乗せられていた。
手足は縄で縛られており、猿ぐつわを嚙まされているため、逃げ出すことも声を上げることもできない。
「このままスコット領内へ入ってしまえば、もう安心ね」
「さすがは、母上。連れ込んでしまえば追っ手も来れず、あとはどうにでもなります」
ルビーの隣に座る中年女性は「ホホホ……」と笑い、向かい側にいるアーチーは馬車の窓から何度も後ろを確認したあと、ルビーへ下種な笑みを向ける。
トーアル村を手に入れるために彼らがここまでするとは、ルビーたちは想像もしていなかった。
王命があるから大丈夫だと、油断していた隙をつかれたかたちだ。
「さて、これからアーチーとルビーさんが懇意の仲だと噂を流すのだけれど……」
「母上、そんなまどろっこしいことをしなくても、さっさと既成事実を作ってしまったほうが早いかと?」
「それは、手紙を書かせるための最終的な手段よ。なんせ、国王陛下の命令に背くかどうかギリギリのことをやっているのだから、事は慎重に進めなくてはね」
とりあえず、すぐにでもアーチーの手にかかることはないようで、ルビーはホッとする。
母子はルビーがおとなしくしているのをいいことに、これからの相談を始めた。
領内に着いたところで、ルビーにゴウドへ手紙を書かせる……しばらくの間、スコット領でアーチーと過ごす、と。
その間に、母親が社交界で二人が仲睦まじいとの話を拡散させる。
王命では、村への無用な手出しは禁じられているが、本人の意思ならば問題にはならない。
そして、噂が広まったころにルビーを村へ帰し、再度、正式に求婚する作戦だ。
今ごろ村ではルビーが行方不明となり大騒ぎとなっているはずだが、連れ去ったのがアーチーたちであるとは発覚していない。
手紙を受け取った時点でゴウドが国王へ訴えても、無理やり連れ去った証拠はなく、反対に手紙がある。
そのころには貴族の間で噂話が広がっており、二人は公認の仲となっていることだろう。
「おまえに髪留めを贈ったやつも、噂を耳にすれば求婚を取り下げるだろうな……クックック」
結果として、アーチーとの間に何もなくても、男と二人きりで何日も過ごしたという事実が問題となる。
年頃の男女が一緒にいて、何もないわけがない……そう考える者は多い。
自身の身の潔白を訴えようにも証明のしようがなく、アーチーは噂話を否定も肯定もしないだろう。
ルビー本人が無理やり連れ去られたと訴えたとしても、同意の上だったと証言される可能性が高い。
万が一ルビーの身に何かあった場合、王命に基づき国へ訴えれば確実にアーチーとスコット家を断罪することはできるだろう。
その為には、自分の被害を事情聴取の場で洗いざらい話す必要がある。
しかしそれは、相手を罰すると同時に、自分自身も世間から同情と好奇の目を向けられることになるのだ。
おそらく母子は、それもわかっている。
◇
二頭立ての馬車は、速度を落とすことなく進んで行く。
この計画に加担した配下の者たちは先を行く馬車に乗っており、後ろの馬車にはアーチー母子とルビーのみ。
道中に機会があれば馬車から逃げ出すこともルビーは諦めていないが、同時に別の決意も固めていた。
――――それは、自ら命を絶つこと
こんな男に辱めを受けるくらいなら、その前に……そんなルビーの決死の覚悟も知らず、母子は馬車の中で居眠りを始めた。
ルビーは必死で縄を解こうとするが、やはりびくともしない。
(私が死んだら、父さんは悲しむわね……)
いざという時、心残りなのは唯一の肉親であるゴウドを残して先に逝くこと。
トーアル村の発展を見届けられないこと。
それから……
(こんなことになるのなら、気持ちだけでも伝えておけばよかったわ……)
もし自分が「好き」と告げたなら、黒髪・黒目のあの人はどんな反応をしたのだろうか。
以前泣いたときのように、驚いて慌てふためくか、それとも、困ったような表情を浮かべるのだろう。
想像しただけで、ルビーはクスッと笑ってしまった。
『何かあったら、すぐに呼んでくれ。俺が助けてやるから』
年上には見えない少々幼い顔をした彼が、いつか伝えてくれた頼もしい言葉。
(カズキ、助けて!)
薄暗くなった窓の外へ目を向けたルビーは、赤く光る火の玉が馬車の上空を通り過ぎていくのを目撃する。
次の瞬間、大きな爆発音がし、地面が揺れた。
◇
大音量に馬が驚き、馬車が大きく揺れて急停止する。
衝撃でルビーは前の座席へ飛んでいきそうになったが、なぜか柔らかいもので覆われたため、壁へ衝突することもケガをすることもなかった。
不意打ちをくらった母子は激しく体を打ち付け、悲鳴を上げている。
ルビーを覆った柔らかいものは黒い塊で、尻尾があり、大きい顔があり、太い脚も見えた。
(もしかして……トーラなの?)
トーラが洞窟の中では黒い姿で登場していることは、ルビーも知っている。
彼の正体がSランク級の魔獣だと他の村人へ気付かれないよう、和樹が毛の色を黒く染めたためだ。
そんなトーラが、馬車に収まる大きさで中に入り込み、ルビーを衝撃から守ってくれた。
≪ルビー嬢、すぐに縄を解いてやろう≫
(アンディもいるの!?)
天井から顔を出したアンディは青白い炎を出し手足の縄を焼き切ったが、不思議と熱さは感じなかった。
体が自由になったルビーは、猿ぐつわを外し急いで馬車から逃げ出す。
サイズが小さくなった猫型トーラと、アンディも浮遊しながらあとに続く。
外に出たルビーが目にしたのは、配下たちと戦う和樹の姿だった。
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