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第三章 雨降って、地固まる?
51. 新たな名産品が誕生してしまった……
しおりを挟む俺とルビーは、新たに立ち上げた『イケス』の様子を確認するために池へ向かっていた。
最近は、以前にも増してルビーと行動をともにすることが多い。
あんな事件があって、ゴウドさんは娘を一人で行動させることに慎重になっている。
ルカさんやエミネルさんたちが移住してきて、この村はかつてないほど強者に守られてはいるが、温泉の噂を聞きつけた他国からの観光客も徐々に増えてきており、油断はできない。
なにより、ルビーが俺と一緒だと安心なのだとか。
事件後も変わらず明るく振る舞ってはいるが、誘拐され心に傷は負っているわけで、俺が傍にいることでルビーの心の平穏が保たれるのであれば、喜んで協力したいと思う。
◇
池の周囲には柵が張り巡らされ、誤って転落しないよう安全対策が取られている。
その周りで、孤児院から来た子供たちが賑やかに働いていた。
ここは壁の外側だから、傍には交代で警護担当が付き添っている。
「みんな、調子はどう? 魚は育っている?」
「あっ、ルビーさんとカズキさんだ!」
「見て見て! こんなに数が増えたんだよ!!」
子供たちが、得意げに見せてくれる。
どれどれ……本当だ!
やっぱり、魚が住みやすい環境になったんだな。
これから美味しい魚が食べられるようになるかと思ったら、つい涎が……でも、俺は池の反対側には絶対に目を向けない。
なぜなら、あそこには……
◇◇◇
吸血虫の駆除問題は、エミネルさんによってあっさりと解決した。
池の中の生き物を駆除するなら、雷攻撃が一番早いですよと教えてくれたのだ。
たしかに、水は電気を通すから一網打尽にすることができる。
しかも、彼は威力を微調節してわずかながら生息していた魚など他の生物を全滅させることなく、すべてを気絶させるようにしたのだ。
池に雷が落ちたあと、いろんな生物が浮かび上がってくる。
その中から吸血虫だけを網で掬い取っていたのだが、もうびっくりするくらいの数で、俺はもう少しで『集合体恐怖症』になる寸前だった。
あの絵面はトラウマ級、マジで放送禁止になるレベル。
もう二度と見たくない光景だ。
引き上げたものを早々に地中深くに埋めようとしたら、エミネルさんに慌てて止められた。
「カズキ殿、これを乾燥させたものは滋養強壮の薬となるのですよ。埋めてしまうなど、もったいないです!」
エミネルさんによると、エミネル侯爵領では昔からよく知られた物なのだとか。
「王都の高級薬店では、上級ポーションと並び高値で取引される物ですから、ぜひ村の売店で売りましょう!」と力説されてしまう。
まだここに来て日は浅いのに、村の利益をきちんと追求するあなたは『村人の鏡』ですね。
尊敬に値します。
でも俺は…………もう、吐き気に耐えられそうにありません。
向こうの世界で大都会に生まれた『都会っ子』でもないのに、役立たずで本当にごめんなさい。
息も絶え絶えになんとか頑張ってアイテムボックスに入れて持ち帰り、つい先日スコット領から移住してきたばかりの子供たちへ後を託すことにしたのだった。
◇
数日後、トーアル村産『吸血虫薬』は村の売店で販売が開始される。
王都での販売価格より安いこともあり、売れ行きは好調。
あの気持ちの悪い虫にこんな価値があったんだなと驚いていたら、さらに驚愕すべきことが決定される。
温泉に続き、吸血虫の価値を認識したドレファスさんが、「村の池で、魚と分けて養殖しましょう!」と言い出したのだ。
エミネルさんも「それは、良い考えですね!」と賛同し、速やかに計画は実行される。
そして……
◇◇◇
「吸血虫のほうは、どう?」
「あっちも増えているよ。魚と一緒に出荷すればいいかなと、思っているんだけど……」
皆のまとめ役である十三歳の子が、計画表を見せてくれた。
孤児院で基本的な読み・書き・計算は習っていたそうで、きちんと管理ができている。
この国では十歳までが義務教育らしいから、その年齢の子たちは村の学校へ通い、終わってから仕事を手伝うことが決められた。
ルカさんたちは「有り難いな」と感謝していたけど、村の未来を担っていく大切な子たちだからね。
リラたちは、一緒に学ぶ仲間が増えて嬉しそうだった。
「そうね。一緒に出荷すれば、エミネルさんにお願いするのも一度で終わるし」
雷操作を持っているのがエミネルさんだけだから、どうしても彼に頼らざるを得ないのが現状だ。
⦅おぬしがあやつの血を取り込めば、すぐにスキルが取得できるのにのう……吸血虫に血を吸ってもらって、それを飲みこめばよいだけじゃのに⦆
マホーは、絶対にそう言うと思っていたぞ。
でも、俺はそんな気持ちの悪いことはしないし、そもそも、急に雷操作ができるようになったらおかしいだろう?
それに、解体作業と同じで、アレが無数に浮かび上がる光景は二度と直視できないの!
⦅おぬしは、もっと貪欲になるべきなのじゃ。せっかくの『チート能力』が、宝の持ち腐れじゃわい⦆
俺から言わせれば、マホーが貪欲すぎるんだよ……。
まあ、だからあんなにスキルをいっぱい持っていたんだろうけど。
◇
池の視察を終えたルビーが次に向かったのは、村の治療院。
ここでは、ルカさんの妹アニーさんが働いている。
「ルビーちゃん、カズキくん、いらっしゃい!」
アニーさんは、今日も元気いっぱいだ。
年齢は俺たちより少し上の二十一歳だそうだが、お兄さんと同じ銀髪に紫色の瞳を持つ所謂クールビューティー系のカッコいいお姉さんタイプ。
非常にはきはきとした物言いで、一緒に働いているジェイコブさんは「治療院が明るくなった」と喜んでいた。
今の時間はジェイコブさんは学校へ行っているから、ここにいるのはアニーさんとお手伝いの女性だけ。
「アニーさん、こんにちは。今日は、患者さんの数は多い?」
「ううん、全然いないわよ」
Aランク冒険者パーティー『漆黒の夜』のメンバーであるアニーさんは、回復スキルを持っているためずっと回復役をしていた。
その経験を活かして、村では回復術士として働くことが決まる。
これは、「これからは危険な冒険者ではなく、別の道を歩んでほしい」というルカさんの意向が強く反映されたかたちだ。
今まではスコット伯爵のもとで冒険者活動を強制されていたが、村では職業を選択できる自由がある。
唯一の肉親を心配するルカさんの気持ちは、ゴウドさんに通じるものがあるよな。
特に妹さんだし。
そんなお兄さんの気持ちに応え治療院で働き始めたアニーさんだったが、別の危険が待ち構えていた。
それは、ルビーも遭遇したアーチーのような口説き男たちの存在だ。
「それで、いつもの方々は……」
「もちろん、速やかにお帰りいただいたわ。『営業の邪魔です!』って、叩き出しておいたから」
大したケガでもないのにやって来る男たちに最初は笑顔で対応していたアニーさんだったが、ある出来事がきっかけでブチ切れたことがある。
アニーさん目当てで毎日村にやって来る連中は、王都ではそこそこ名の知れた商会の子息たちで、彼女も村の評判に傷を付けてはならないと我慢をしていたのだそう。
しかし、治療院の中だけでなく外でもしつこく声をかけてくるやつらに辟易していた。
そこを通りかかったドレファスさんが見かねて止めに入ったところ、「おっさんは引っ込んでろ!」と突き飛ばされたのだとか。
これにはさすがのアニーさんも怒り心頭で、きっちりお返しをしたようだ。
アニーさん自身は元Bランクの冒険者だから、弱いはずがないよな。
「あ~私もルビーちゃんみたいに、お守りが欲しいわ……紺と緑の色石が入った髪留めを」
紺と緑の色石が誰のことを指しているのか、俺は知っている。
紺色の髪に緑色の瞳…ドレファスさんだ。
これまで自分より強い人(ルカさん)たちに守られたことは何度もあったアニーさんだが、その逆はなかったそうで、ルビーいわく「ときめいてしまった」らしい。
「でも、結構、年が離れているよな?」と言ったら、「ドレファスさんは、まだ二十四歳よ」と聞いてびっくり!
ずっと三十過ぎだと思っていてごめんなさい!!と、心の中で謝っておいた。
ちなみに、ブチ切れられた男たちだったが、その後も怯むことなく村にやって来る。
怒った顔も、可愛かったから……だそうな。
変なのに絡まれて、ホント美人さんって大変だな。
「この国では、髪留め(求婚)の前の段階で身に着けるようなものはないんですか? たとえば、『自分には、心に決めた相手がいます』と他者へ表明できるような何か……」
「う~ん、特にそういった物はないわね」
「カズキの国には、そういう物があるの?」
「左手のこの指(薬指)に指輪をしていたら、贈られるような相手がいるんだなって暗黙の了解みたいなのはあったかな。だから、自分で買った指輪をわざとここに着ける人もいるって聞いたことがある」
飾りのないシンプルなものなら結婚指輪で、ダイヤなら婚約指輪、それ以外でも彼から贈られた物なんだと、だいたいの人がそう認識していたよな。
「この国でも、おしゃれで指輪をする人は男女問わずいるわ。でも、人差し指にすることが多いかしらね。だから、それはいいかも! さすがに髪留めは相手から貰いたいけど、指輪なら……そうだ! ルビーちゃん、今度の休日に王都まで一緒に行かない?」
「いいわね。私も、ちょうど買いたい物があるし」
「じゃあ、決まり! ねえ、カズキくんも、どう?」
「俺は、遠慮しておきます。お二人で、楽しんできてください」
女性二人のお出かけにお邪魔するなんて野暮なこと、俺はしないよ。
同性同士の内緒話もあるだろうし、アニーさんが一緒なら俺がいなくても安心だ。
それに、先日の事情聴取は大丈夫だったけど、なるべく王都には近づかないほうがいいような気がする。
俺がシトローム帝国から捜索されている件がどうなっているのか、わからないし……
⦅……でも、ここまでは済まぬ。いずれは、決着させねばならぬ問題じゃぞ?⦆
うん、わかっている。
今は、ただ時間稼ぎをしているに過ぎないことを。
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