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第四章 いよいよ、あの問題と向き合うときが来た
70. 彼女が、それをやった理由(わけ)
しおりを挟む和樹がアンディたちの目の前から姿を消したのは、あっという間の出来事だった。
≪父上!!≫
「あなたのお父上には、元の世界に帰っていただいたわ。これが、本来あるべき姿ですからね」
≪……おまえ、自分が何をしたかわかっているのか?≫
「もちろん、わかっているわ。わたくしはただ、我が一族を再び脅かそうとする存在を排除しただけ」
アンディの冷静な問いかけに、レイチェール・ワッツは淡々と答えた。
トーラは事情が理解できず、和樹が消えた辺りの匂いをクンクンと嗅いでいる。
≪父上…いや勇者が、おまえの一族に一体何をすると言うのだ?≫
「わたくしから『宮廷魔導師団長』の地位を奪いに来たのよ。先の勇者が、わたくしの先祖の『軍団長』の地位を奪ったように」
ワッツ家は、シトローム帝国がシトロエンデ帝国の時代から続く名家だ。
代々宮廷に仕える優秀な人材を輩出し、歴代の皇帝に忠誠を誓ってきた名門中の名門。
そんな家で生まれ育ったレイチェールは魔法の才があり、当然のごとく宮廷魔導師の中では最高位の筆頭(師団長)を目指すべく努力を重ねてきた。
先祖が先の勇者との地位争いに敗北し、その息子や孫たちにも勝利できず、一族は長らく不遇の時代を迎える。
そんな中、その状況を打破しようと大きく舵を切る者が一族の中に現れた。
剣の腕ではなく、魔法に一縷の望みをかけたのだ。
魔力量の多い家系の者と婚姻を結び、徐々に魔導師として頭角を現す者まで現れ始める。
こうして、一族の悲願だった名門家へと返り咲いたのだった。
名門に復活したワッツ家がまず行ったのは、長年に渡る積もり積もった一族の恨みを晴らすこと。
それは、先祖から地位を奪った敵…ソネザキ家への復讐だ。
ソネザキ家はもともと武道に実直な家だったこともあり、貴族間の腹の探り合いや根回しなどとは無縁の家系。
ワッツ家の画策と、優秀だった当主が跡取りを残す前に流行り病でなくなったことも影響し、ソネザキ家は没落。
今回の勇者召喚で注目されるまで、先の勇者の子孫の家だということもすっかり忘れ去られていた。
「勇者が召喚されたらしいと噂に聞いたときも、わたくしは別に気にも留めなかった。どうせまた、剣の腕に秀でた者なのだろうと。それなのに、剣士ではなく魔法使い。しかも、まだ弟子の立場なのに宮廷魔導師のわたくしより遥かに優れているなんて……」
親善試合で戦い敗北したが、レイチェールは上辺だけは平然を装う。
しかし、内心は悔しさでいっぱいだった。
ところが、次の試合で見せた勇者の圧倒的な能力に愕然とする。
副軍団長相手に魔法だけで渡り合い、彼は勝利までしたのだ。
しかも、二十歳の若さで氷魔法まで使えるというおまけつき。
自分との対戦時には、かなり手加減をされていた。
それに気付いたレイチェールには、屈辱感だけが残る。
自分程度の実力では模擬戦の相手も務まらぬ……師団長の言った通りだった。
「噂を耳にした父は、わたくしに『勇者を魅了せよ』と言ったわ。それほどの魔法の才がある人物は、ぜひ我が一族が取り込むべきだと」
勇者が四つも年下ということもあり心境は複雑だったが、一族がこれからも繁栄していくためには仕方ないと割り切り、お披露目パーティーではいつものように女の武器を使う。
これまでのように、自分の美貌に靡かぬ男はいない……はずだった。
≪ハハハ! 父上が、おまえ程度の女に惹かれるわけがなかろう。身の程をわきまえよ≫
笑止千万とばかりに、アンディは鼻で笑う。
その表情には、心からの侮蔑がありありと見て取れた。
≪いろいろと御託を並べていたが、結局のところ、先祖とおまえの私怨を晴らすためにしたことか。何百年も経っておるのに、まったく執念深い一族だな≫
「わたくしだけでなく、ご先祖様たちまでも侮辱するとは……子供といえども、許さない!」
≪私は、事実を述べたまでだ。おまえの先祖は勇者と恋仲だった皇女に横恋慕し、自分から『皇女』と『軍団長の地位』をかけて勇者へ決闘を申し込み敗れた。勇者に奪われたなどと……言いがかりも甚だしい≫
「嘘よ! ご先祖様がそんなくだらないことで、一族の品格を貶めたというの……」
≪ただ、おまえの先祖は正々堂々と戦って敗れたそうだ。おまえみたいに飲み物に媚薬を混入させたり、騙し討ちなどせずにな≫
毒草駆除の日にトーラが和樹の飲み物をこぼしたのは、臭いで異物混入を察知したため。
上位貴族の子息としての教育を受けていたアンディは、そんなこともあろうかとトーラに事前にお願いをしていたのだ。
和樹は勘違いをしていたが、トーラは膝の上で常に主を守っていた。
警戒していたのは主に毒物に対してだったが、媚薬も排除できたのは幸い。
両親の逸話は、ソネザキ家について調べるためアンディが夜な夜な皇宮書庫や禁書庫へ忍び込み、資料を読み漁っているときに知った内容だ。
「わたくしが媚薬を使用した証拠はないわ。それに、過去の事実がどうだったかなんて、今のわたくしたちには知る由もないもの。では、そろそろあなたにもお帰りいただくわ。あなたが帰るべき場所へね」
アンディの足元に現れたのは、拘束の魔法陣。
神々しい光が、アンディを捕らえて離さない。
「わたくしは、神聖魔法の使い手でもあるのよ。そんなわたくしの前にわざわざ姿を現すなんて、強力なアンデッドとはいえ、所詮は子供ね」
レイチェールは余裕の笑みを浮かべながら、詠唱を始める。
和樹への不意打ちを狙っていたため、送還魔法は事前に魔力をこめ、詠唱の途中まで仕掛けておいた。
しかし、レイチェールのレベルでは詠唱の事前準備ができる魔法は一つまで。
仕方なく、アンディのほうは魔法陣で捕らえている間に唱えているのだ。
「昔、学園の書物で読んだことがあったのよ。あなたって、隣国の王城に何百年と住み着いていたアンデッドなのでしょう? 『黒髪に、水色の瞳』、『青地に金の刺繍が施された、貴族のような恰好』、『美少年』、すべてが一致するわ」
詠唱を発動の手前で止めて、レイチェールはアンディへ視線を送る。
アンディは、先ほどの場所からは一歩も動かずにいた。
「三百年ほど前に封印されたとあったけど、そんなあなたがどうして勇者を父上と呼び、行動をともにしていたのかしら?」
≪知りたいのであれば、教えてやるぞ≫
挑戦的なまなざしを向けたレイチェールへ、顔色ひとつ変えないアンディ。
「すごい! この魔法陣に捕らわれているのに、まだ話すことができるのね? でも、残念だけど時間切れ。あなたが次に生まれ変わるときは、あの勇者の本当の子供になっているといいわね。『アンデッド、浄化!!』」
詠唱と同時に、魔法陣の中が光り輝く。
無数の光線が上からは降り注ぎ、下からは湧き出る……まるで、光の噴水のように。
しばらくして収まったときには、魔法陣とアンディの姿は消えていた。
「ふう…さすがに、魔力を使い過ぎたわ。じゃあ、あとは召喚獣を元の持ち主に返すだけね」
トーラに近づくレイチェールが手に持っているのは、魔道具。
彼の首に傷を付けた、あの忌々しい魔力封じの首輪だ。
トーラは、じりじりと後退していく。
本来であれば、レイチェールなど本気のトーラにかかれば瞬殺することも可能。
しかし、和樹と交わした『人には危害を加えない』との約束を、トーラはしっかりと守っている。
レイチェールへケガをさせないよう猫型に姿を変え、部屋中を逃げ回り抵抗を試みた。
奥の部屋から出入り口へ向けて逃走を開始するが、倒れている者たちに阻まれ、中々前へ進むことができない。
「魔獣の分際で、わたくしに盾突こうとするのね。だったら、考えがあるわ」
レイチェールが放ったのは、数個の火球。
トーラの気遣いに対し、仇をなす行為だ。
「捕捉するのに、多少のケガは付きものね。あとでポーションで治すから、問題ないわ」
俊敏な動きで躱したトーラだったが、逃れた先にも火球が届く。
当たれば大ケガ間違いなしの、威力の強いものだ。
最早これまでか……
覚悟を決めたトーラだったが、手前で火球は消滅する。
見れば、レイチェールの両手が腕まで凍っていた。
≪トーラ、待たせてすまぬ。ケガはないか?≫
そっとトーラを抱きかかえたのは、もちろんアンディ。
入念に体を確認すると、ホッと息を吐いた。
≪足に少々かすり傷があるようだが、無事で良かった。大事な弟に大ケガを負わせたとあっては、父上に会わせる顔がないからな……≫
「あ、あなた、なんで浄化されていないのよ! あれをまともに受けて、無傷だったアンデッドはいないのよ!!」
≪さすがの私でも、まともに受けたら危なかったやもしれぬ。しかし、当たらなければなんの意味もない≫
浄化魔法の威力は素晴らしかったと、アンディは褒め称える。
でも、三百年前に自分を浄化した魔法使いのほうが、格が上だったとも。
≪あの者は私を捕えるために強力な魔法陣を展開させたから、逃れることができなかった。しかし、その分浄化魔法が弱まり、私はどうにか難を逃れた。だが、おまえのは魔法陣がまるでなっていない。あんなもので私を捕えようなど、数百年早いな≫
「そんな……」
自尊心をへし折られ膝から崩れ落ちたレイチェールの後ろで、扉が勢いよく開く。
「アンディ殿、勇者様をお連れしました!」
≪父上!!≫
ザムルバとジノムに肩を借りながら、和樹は戻ってきた。
気を失うほどではないが、魔力が底を尽きかけている。
「ただ…いま」
床に座り込んだ和樹は、かなり辛そうだ。
それでも、一人と一匹の無事を確認し笑顔を見せた。
魔法陣から早々に逃げ出したアンディは、別室に和樹の気配を感じ部屋を離れる。
自分では動くことができない和樹を救助してもらうべく、ザムルバへ助けを求めに行っていたのだった。
ちょうど一緒に魔道具を運んでいたジノムと共に、ザムルバがここまで連れてきたというわけだ。
アンディから話を聞いた二人は、顔を青ざめさせた。
まさか、魔導師団副師団長が国の許可も無く勝手に勇者送還儀式を行うなど、前代未聞のこと。
しかも、魔法陣を盗み出し、侍女たちを眠らせるという大胆な犯行。
幸い勇者は自力で帰ってきたが、そうでなければ、今ごろ大騒動になっていただろう。
「ともかく、まずは勇者様を部屋へお連れし……」
「あはは! まったく、一体どうなっているんだよ!! 全然話が変わっているじゃねえか!!!」
突然、ジノムが大声で叫ぶ。
笑いながら辺り構わず喚き散らす彼に、ザムルバはジノムの気が触れたのかと思った。
「ジノム、少し落ち着け!」
「これが、落ち着いていられるか! どいつもこいつも、『モブ』のくせに勝手なことばかりしやがって!!」
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