侯爵様の愛人ですが、その息子にも愛されてます

muku

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7、仕事

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 食事を終えた一同は着替えを済ませ、館の外へと向かう。

 フィアリスは魔術師らしくローブを着て杖を持ち、レーヴェとエヴァンは腰に剣を帯びている。二人とも魔法は使えるが、どちらも剣術の方が長けていた。

 駆除は機敏な動作が求められるので防具の類はあまりつけない。魔力がこめられた糸で織られた、特注の丈夫な外套をエヴァンは身にまとっている。一見するとごく普通の上着で、これから剣を振るうようには思えない。銀色の光沢が美しい、上等な衣服だ。

 厩舎から連れてきたのは真っ黒な馬だった。馬体は大きく、毛艶の良さは由緒正しい血統であることを示している。
 しかし熾火のような赤い瞳は普通の馬でない証であった。

 これは、死んだ馬に魔石を埋めこんだものだ。屍馬とも呼ぶ。もう生きてはいない。
 それだけ聞くと厭わしい存在に思えそうだが、長きに渡りリトスロード家に仕え、愛されてきた馬達である。

 馬達が望まないのなら、魔石は定着せずに屍馬にはならない。彼らは主人の願いに応えて、未だその身を捧げてくれているのだ。
 主人と馬の絆がなければ成立しない術である。

 広漠たる荒れ地。見渡す限り、目に引っかかるようなものすらない。
 とても貴族の館を建てるのには相応しくない死の土地だ。だというのに建てた理由は、この近辺が危険地帯であり、出撃するのに丁度良い場所だったからだ。ここを正式な住まい、本邸にしてしまうところがリトスロードらしい。

 このだだっ広い一帯を走り回るのは骨が折れる。足が必要なのだった。馬が要る。それも、特別な馬が。

「では、行こう」

 ひらりとフィアリスは馬にまたがった。細かく指示を出さずとも、馬は考えを読んだように賢く動く。
 先頭を走るのがエヴァン。それにレーヴェとフィアリスが続く。

 馬は徐々に駆ける速度を上げて――地面を離れた。同時に蹄が地面を叩く音も消える。
 魔石を宿した躯の馬は、空をも駆けることが可能なのだ。
 宙を捉えて、四つ脚が力強く動く。地を走るような振動はほとんどない。妙な浮遊感は、常人であれば慣れるまでかなりかかるだろう。

「見えたか、エヴァン」

 レーヴェが前を行くエヴァンに声をかけた。

「いた。……今日は多いな」
「ではフィアリスがいてくれて助かる」

 エヴァンは馬の高度を下げ、速度は上げていった。
 フィアリスも魔物を目視で確認した。あちらこちらに、何十体かの魔物達が集まっている。黒い禍々しい存在が蠢いていた。

「エヴァンは真っ直ぐ行け。俺はあちらを片づける」
「ああ」
「私はエヴァンより向こうの一団を」

 フィアリスが速度を上げようとしたところで、エヴァンと目が合った。
 どうもその目はまだ不安そうだったから、フィアリスは安心させるように微笑んで、そこを離れた。
 レーヴェが剣を抜きながら、馬から飛び降りる。滑るように着地をしつつ、魔物を剣で薙ぎ払った。

 触手だらけの気味が悪い形をしている。昼に出るのは珍しい、凶暴なやつだ。小さな村一つなら、数十分で壊滅状態にしてしまう。
 エヴァンもレーヴェのように着地して、剣を振る。一閃で魔物は消し飛ぶ。

 フィアリスは魔物の集団から少しだけ離れたところに飛び降りた。魔物達は敏感に獲物の気配を察知して、一瞬でフィアリスの方へと大挙して押し寄せる。ここが一番、魔物の数が多い場所で、魔物はまるで波のように獲物へと迫っていった。

 どんな種類かを確認して、一掃しても問題なさそうだと判断する。
 フィアリスは杖をかかげた。先端にはめられた石が光を放つ。

『砕け散れ!』

 旧い言葉の呪文。
 雷撃のような苛烈な光が、くまなく魔物を襲う。それに触れたものは、ほとんど形を残さず蒸発して消えた。あっという間の出来事だ。

 掃除が終わると、弟子はどうしただろう、とフィアリスは首をのばす。この仕事においてのエヴァンの腕は一流で、心配はしていないのだが。

 エヴァンは若い鹿のような軽やかさで走り回り、あえて魔物をぎりぎりまで自分の方へと引き寄せていた。
 そうして腰を落とし、また一閃。剣にはまった石が輝いた。

『消滅せよ!』

 魔法を発動させる呪文を口にすると同時に、黒い炎が魔物を吹き飛ばす。

「なあ、どうだ。エヴァンはなかなかのもんだろ」

 自分の方は片づけてきたのか、レーヴェがいつの間にやらフィアリスの隣に立っていた。

「あいつはほんとに、腕が確かだ。あの若さにして大体のことは極めやがった。全く、泣き虫エヴァンとは別人だな。俺が教えてきた奴らの中で、間違いなくエヴァンが、ぶっちぎりで一番強い」

 もう一人の師であるレーヴェは弟子をべた褒めする。彼は過大評価はしない。冷静に、心底そう感じているから言うのだろう。

 フィアリスは剣には詳しくないが、そんな自分にでもわかるほどの才能だった。
 剣筋はいい、とレーヴェは幼いエヴァンを励ましていたが、エヴァンは最初痣をつくっては泣いていたのだ。それがここまで成長するとは。

 魔法も剣術も、一通りのことは教えた。今後の向上は本人の研鑽次第だろう、と二人の師は意見を一致させている。

 黒い炎から生まれた熱風で、エヴァンの栗色の髪の毛先が揺らぐ。
 術を使うのも、剣を振るのも、迷いや躊躇いがない。立ち姿からは自信が溢れている。
 なんと頼もしい青年になったのだろう。

 彼の二人の兄も、リトスロード家の男らしく、強く成長していた。末弟のエヴァンはその二人をも凌駕する才能を持っているのだ。

「あー、デカくなったなー」

 レーヴェは腕を組み、うんうんと頷いていた。

「それに比べて……」

 と隣に立つフィアリスを見やる。

「お前さんは相変わらず小さくて華奢だなぁ」

 何故か嘆かれる。自分が大きいからそう見えるだけでは、と反論したくなった。

「そ、そんなに小さくないはずだけど……」
「いや小せぇよ。おまけに童顔だし。二十五には絶対見えない。エヴァンよりも年下に見られるぞ」

 そう言われると多少傷つく。わかってはいるのだが。
 顔の造りといい細身な体といい、まず初対面では女性に間違えられるフィアリスである。それも、小娘に。

 慣れてはいたのだが、エヴァンより年下に見えるとは、悲しくなってくる。
 フィアリスはエヴァンの師なのである。師は威厳がなくてはならない――はずだ。自分より若そうに見える師の言うことなど、聞かなくなるかもしれない。

「……レーヴェ。もう少し年相応の男に見えるにはどうしたらいいものかな」
「髭でも生やせば?」
「生えないんだよね……」

 生えたところでこの顔に髭では笑われるのではなかろうか。きっと似合わない。

「ほんっと、華奢だなー、細すぎんだよ。飯食ってるか?」

 レーヴェはフィアリスの手首をつかんで持ち上げる。

「一緒に食事とってるだろう」
「そういえばそうだ。お前結構食べる方だったな……」
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