9 / 66
9、好きになっていただきます
しおりを挟む
館に戻ると早々にレーヴェは中へと入っていく。レーヴェの馬も預かって、フィアリスはエヴァンと共に厩舎に向かった。
二人で馬の手入れをする。厩番もいるにはいるが、ここは使用人の数も少ないので、様々な仕事を手分けしてやらなければならなかった。むしろフィアリスは率先してこの賢く愛らしい仲間達の世話を焼く。
屍の馬なので疲れを知らず、餌も必要ない。けれどやはり労ってやりたいし、ブラシをかけるのは欠かさなかった。
「フィアリス、今日は怪我はありませんでしたか」
「ないよ。君がほとんどやっつけてくれたじゃないか。見事な仕事ぶりだったよ」
心の底から誇らしく思って、フィアリスは微笑む。そんなフィアリスの顔を見て、エヴァンは眩しそうに目を細めた。
「ところで、昨日のことについては、どう思っていらっしゃいますか」
「昨日……」
目が泳ぐ。昨日と言えばあの口づけと告白の件だろう。
どうと問われても答えに窮する。何せフィアリスにとっては「困った」という感想しかないからだ。未だにに困ったままでいる。照れたエヴァンが何もなかったかのようにそのことについて触れてこないで風化すればいいと思っていた。
一度言ったことは二度と撤回しないというような気迫を感じる。そんなところに男気を見せなくてもいいのだが。
「君は……その……ちょっと混乱しているんじゃないかな。身近にいる人間というのは親近感を抱くものだし、その情愛を恋愛感情みたいにとらえてしまっているのかもしれない。君が私に告白しようと思ったのは、ひょっとして私が怪我をしたと聞いたからかな?」
「はい」
「だったらやはり混乱しているんだよ。心配で苛々して、この感情はなんだろう、もしかして、恋愛対象として好きってことなんじゃないだろうか。と、まあ、そんな感じで思いこんでいるんだよ」
「違います」
エヴァンはきっぱりと否定した。何一つ入りこむ余地はないような毅然とした響きのある声で。
「あなたのことが好きなんです。ずっと好きでした。ただ、言えずにいた。言えばあなたに迷惑がられるとわかっていたからです」
わかっていたならそのままでいてほしかったなぁ、とフィアリスは口には出さずに嘆く。
「けれど、あなたが負傷したと聞いて、考えを改めました。愛しい人が傷つくことが、こんなにも恐ろしいと思わなかった。あなたはある部分においては非常に鈍感な方だ。はっきり言わなければわかってくれない。だから気持ちを告げることに決めました。気のせいでも勘違いでもない。あなたを愛している」
この顔でこれほど真剣な愛の告白をされたなら、普通の令嬢なら卒倒するかもしれない。
フィアリスも軽い目眩を覚えた。覚悟していた以上に本気らしく、聞けば聞くほど弱ってしまう。
エヴァンはまだ十代で、抱く愛も苛烈で情熱的だろう。それがどうして自分に向かってしまったのかと、ため息をこらえられなかった。
「よくよく考えなさい、エヴァン。君は思い違いをしているとしか私は言いようがないよ」
「あなたの気持ちは? 私をどう思っていますか?」
何故か、一瞬、フィアリスは言い淀んでしまった。エヴァンの澄んだ緑の瞳から放たれるものに気圧されて。
しかしすぐに、自分を取り戻して年長者らしく笑う。
「君は私の可愛い弟子。それだけだよ。それ以上でも以下でもない」
不満げにエヴァンは顔をしかめる。傷つけたくはないが仕方がなかった。
この問題を引きずっても良いことは何一つない。エヴァンには早く思い直してほしいかった。
「…………そうですか」
エヴァンは自然に歩み寄ると、おもむろにフィアリスの手をとった。
そして、持ち上げると、指先に口づけをした。
「…………っ!」
思わぬ行為に、フィアリスはびくりと肩を振るわせた。
「それならそれで構いません。これから私のことを好きになっていただきます。諦めません。もう、我慢をするつもりはないので」
硬直したままのフィアリスを置いて、エヴァンは去って行ってしまった。
昨日ケーキを渡された時はあれほど子供っぽく怒っていたというのに、この豹変ぶりはどうだろう。口づけをきっかけに、ふっきれてしまったのだろうか。
「ああ、もう……本当に……困ったなぁ。困った弟子だ……」
手を頬に当ててフィアリスはぶつぶつ呟く。
こんなことで心を乱されるわけにはいかない。所詮若い男の子の気の迷いなのである。どれほど迫られても躱すのみだ。
逃れて逃れて――そうすれば熱も冷めるに決まっている。若者は移り気だ。
「まさかこんなことになるなんて思わないじゃないか」
一人厩舎の前に残ったフィアリスは、黒い馬達に愚痴を言う。馬は熾火のように赤く光る瞳をフィアリスに向けるだけで、当然だが沈黙していた。
二人で馬の手入れをする。厩番もいるにはいるが、ここは使用人の数も少ないので、様々な仕事を手分けしてやらなければならなかった。むしろフィアリスは率先してこの賢く愛らしい仲間達の世話を焼く。
屍の馬なので疲れを知らず、餌も必要ない。けれどやはり労ってやりたいし、ブラシをかけるのは欠かさなかった。
「フィアリス、今日は怪我はありませんでしたか」
「ないよ。君がほとんどやっつけてくれたじゃないか。見事な仕事ぶりだったよ」
心の底から誇らしく思って、フィアリスは微笑む。そんなフィアリスの顔を見て、エヴァンは眩しそうに目を細めた。
「ところで、昨日のことについては、どう思っていらっしゃいますか」
「昨日……」
目が泳ぐ。昨日と言えばあの口づけと告白の件だろう。
どうと問われても答えに窮する。何せフィアリスにとっては「困った」という感想しかないからだ。未だにに困ったままでいる。照れたエヴァンが何もなかったかのようにそのことについて触れてこないで風化すればいいと思っていた。
一度言ったことは二度と撤回しないというような気迫を感じる。そんなところに男気を見せなくてもいいのだが。
「君は……その……ちょっと混乱しているんじゃないかな。身近にいる人間というのは親近感を抱くものだし、その情愛を恋愛感情みたいにとらえてしまっているのかもしれない。君が私に告白しようと思ったのは、ひょっとして私が怪我をしたと聞いたからかな?」
「はい」
「だったらやはり混乱しているんだよ。心配で苛々して、この感情はなんだろう、もしかして、恋愛対象として好きってことなんじゃないだろうか。と、まあ、そんな感じで思いこんでいるんだよ」
「違います」
エヴァンはきっぱりと否定した。何一つ入りこむ余地はないような毅然とした響きのある声で。
「あなたのことが好きなんです。ずっと好きでした。ただ、言えずにいた。言えばあなたに迷惑がられるとわかっていたからです」
わかっていたならそのままでいてほしかったなぁ、とフィアリスは口には出さずに嘆く。
「けれど、あなたが負傷したと聞いて、考えを改めました。愛しい人が傷つくことが、こんなにも恐ろしいと思わなかった。あなたはある部分においては非常に鈍感な方だ。はっきり言わなければわかってくれない。だから気持ちを告げることに決めました。気のせいでも勘違いでもない。あなたを愛している」
この顔でこれほど真剣な愛の告白をされたなら、普通の令嬢なら卒倒するかもしれない。
フィアリスも軽い目眩を覚えた。覚悟していた以上に本気らしく、聞けば聞くほど弱ってしまう。
エヴァンはまだ十代で、抱く愛も苛烈で情熱的だろう。それがどうして自分に向かってしまったのかと、ため息をこらえられなかった。
「よくよく考えなさい、エヴァン。君は思い違いをしているとしか私は言いようがないよ」
「あなたの気持ちは? 私をどう思っていますか?」
何故か、一瞬、フィアリスは言い淀んでしまった。エヴァンの澄んだ緑の瞳から放たれるものに気圧されて。
しかしすぐに、自分を取り戻して年長者らしく笑う。
「君は私の可愛い弟子。それだけだよ。それ以上でも以下でもない」
不満げにエヴァンは顔をしかめる。傷つけたくはないが仕方がなかった。
この問題を引きずっても良いことは何一つない。エヴァンには早く思い直してほしいかった。
「…………そうですか」
エヴァンは自然に歩み寄ると、おもむろにフィアリスの手をとった。
そして、持ち上げると、指先に口づけをした。
「…………っ!」
思わぬ行為に、フィアリスはびくりと肩を振るわせた。
「それならそれで構いません。これから私のことを好きになっていただきます。諦めません。もう、我慢をするつもりはないので」
硬直したままのフィアリスを置いて、エヴァンは去って行ってしまった。
昨日ケーキを渡された時はあれほど子供っぽく怒っていたというのに、この豹変ぶりはどうだろう。口づけをきっかけに、ふっきれてしまったのだろうか。
「ああ、もう……本当に……困ったなぁ。困った弟子だ……」
手を頬に当ててフィアリスはぶつぶつ呟く。
こんなことで心を乱されるわけにはいかない。所詮若い男の子の気の迷いなのである。どれほど迫られても躱すのみだ。
逃れて逃れて――そうすれば熱も冷めるに決まっている。若者は移り気だ。
「まさかこんなことになるなんて思わないじゃないか」
一人厩舎の前に残ったフィアリスは、黒い馬達に愚痴を言う。馬は熾火のように赤く光る瞳をフィアリスに向けるだけで、当然だが沈黙していた。
31
あなたにおすすめの小説
ぼくが風になるまえに――
まめ
BL
「フロル、君との婚約を解消したいっ! 俺が真に愛する人は、たったひとりなんだっ!」
学園祭の夜、愛する婚約者ダレンに、突然別れを告げられた少年フロル。
――ああ、来るべき時が来た。講堂での婚約解消宣言!異世界テンプレ来ちゃったよ。
精霊の血をひく一族に生まれ、やがては故郷の風と消える宿命を抱えたフロルの前世は、ラノベ好きのおとなしい青年だった。
「ダレンが急に変わったのは、魅了魔法ってやつのせいじゃないかな?」
異世界チートはできないけど、好きだった人の目を覚ますくらいはできたらいいな。
切なさと希望が交錯する、ただフロルがかわいそかわいいだけのお話。ハピエンです。
ダレン×フロル
どうぞよろしくお願いいたします。
何も知らない人間兄は、竜弟の執愛に気付かない
てんつぶ
BL
連峰の最も高い山の上、竜人ばかりの住む村。
その村の長である家で長男として育てられたノアだったが、肌の色や顔立ちも、体つきまで周囲とはまるで違い、華奢で儚げだ。自分はひょっとして拾われた子なのではないかと悩んでいたが、それを口に出すことすら躊躇っていた。
弟のコネハはノアを村の長にするべく奮闘しているが、ノアは竜体にもなれないし、人を癒す力しかもっていない。ひ弱な自分はその器ではないというのに、日々プレッシャーだけが重くのしかかる。
むしろ身体も大きく力も強く、雄々しく美しい弟ならば何の問題もなく長になれる。長男である自分さえいなければ……そんな感情が膨らみながらも、村から出たことのないノアは今日も一人山の麓を眺めていた。
だがある日、両親の会話を聞き、ノアは竜人ですらなく人間だった事を知ってしまう。人間の自分が長になれる訳もなく、またなって良いはずもない。周囲の竜人に人間だとバレてしまっては、家族の立場が悪くなる――そう自分に言い訳をして、ノアは村をこっそり飛び出して、人間の国へと旅立った。探さないでください、そう書置きをした、はずなのに。
人間嫌いの弟が、まさか自分を追って人間の国へ来てしまい――
イケメンに育った甥っ子がおれと結婚するとか言ってるんだがどこまでが夢ですか?
藤吉めぐみ
BL
会社員の巽は、二年前から甥の灯希(とき)と一緒に暮らしている。
小さい頃から可愛がっていた灯希とは、毎日同じベッドで眠り、日常的にキスをする仲。巽はずっとそれは家族としての普通の距離だと思っていた。
そんなある日、同期の結婚式に出席し、感動してつい飲みすぎてしまった巽は、気づくと灯希に抱かれていて――
「巽さん、俺が結婚してあげるから、寂しくないよ。俺が全部、巽さんの理想を叶えてあげる」
……って、どこまで夢ですか!?
執着系策士大学生×天然無防備会社員、叔父と甥の家庭内ラブ。
伯爵家次男は、女遊びの激しい(?)幼なじみ王子のことがずっと好き
メグエム
BL
伯爵家次男のユリウス・ツェプラリトは、ずっと恋焦がれている人がいる。その相手は、幼なじみであり、王位継承権第三位の王子のレオン・ヴィルバードである。貴族と王族であるため、家や国が決めた相手と結婚しなければならない。しかも、レオンは女関係での噂が絶えず、女好きで有名だ。男の自分の想いなんて、叶うわけがない。この想いは、心の奥底にしまって、諦めるしかない。そう思っていた。
王女が捨てた陰気で無口で野暮ったい彼は僕が貰います
卯藤ローレン
BL
「あなたとの婚約を、今日この場で破棄いたします!」――王宮の広間に突然響いた王女の決別宣言。その言葉は、舞踏会という場に全く相応しくない地味で暗い格好のセドリックへと向けられていた。それを見ていたウィリムは「じゃあ、僕が貰います!」と清々しく強奪宣言をした。誰もが一歩後ずさる陰気な雰囲気のセドリック、その婚約者になったウィリムだが徐々に誤算が生じていく。日に日に婚約者が激変していくのだ。身長は伸び、髪は整えられ、端正な顔立ちは輝き、声変わりまでしてしまった。かつての面影などなくなった婚約者に前のめりで「早く結婚したい」と迫られる日々が待っていようとは、ウィリムも誰も想像していなかった。
◇地味→美男に変化した攻め×素直で恐いもの知らずな受け。
異世界転移してΩになった俺(アラフォーリーマン)、庇護欲高めα騎士に身も心も溶かされる
ヨドミ
BL
もし生まれ変わったら、俺は思う存分甘やかされたい――。
アラフォーリーマン(社畜)である福沢裕介は、通勤途中、事故により異世界へ転移してしまう。
異世界ローリア王国皇太子の花嫁として召喚されたが、転移して早々、【災厄のΩ】と告げられ殺されそうになる。
【災厄のΩ】、それは複数のαを番にすることができるΩのことだった――。
αがハーレムを築くのが常識とされる異世界では、【災厄のΩ】は忌むべき存在。
負の烙印を押された裕介は、間一髪、銀髪のα騎士ジェイドに助けられ、彼の庇護のもと、騎士団施設で居候することに。
「αがΩを守るのは当然だ」とジェイドは裕介の世話を焼くようになって――。
庇護欲高め騎士(α)と甘やかされたいけどプライドが邪魔をして素直になれない中年リーマン(Ω)のすれ違いラブファンタジー。
※Rシーンには♡マークをつけます。
悪辣と花煙り――悪役令嬢の従者が大嫌いな騎士様に喰われる話――
ロ
BL
「ずっと前から、おまえが好きなんだ」
と、俺を容赦なく犯している男は、互いに互いを嫌い合っている(筈の)騎士様で――――。
「悪役令嬢」に仕えている性悪で悪辣な従者が、「没落エンド」とやらを回避しようと、裏で暗躍していたら、大嫌いな騎士様に見つかってしまった。双方の利益のために手を組んだものの、嫌いなことに変わりはないので、うっかり煽ってやったら、何故かがっつり喰われてしまった話。
※ムーンライトノベルズでも公開しています(https://novel18.syosetu.com/n4448gl/)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる