侯爵様の愛人ですが、その息子にも愛されてます

muku

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12、侯爵家の敵

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 * * *

 夜になり、ようやく館の主が帰還した。使用人達が出迎える気配があり、自室にいたフィアリスも部屋の外へ出た。
 廊下を、前の方からジュードが歩いてくる。

 背が高く筋肉質な体。鋼のように鍛えられていて、その体つきだけで相手を圧倒する。
 険しい目つきは揺るぎない。どこを見ているのかわからず、その瞳に何が映っているのか判然としなかった。
 いつもこの人はこうだ。近寄りがたい。他人を近づけさせようとしない。家族さえもだ。

 孤高の侯爵、ジュード・リトスロード。
 いつも冷えた空気をまとい、無用なものを拒んでいる。
 いつから彼はこうなのか、フィアリスは知らなかった。どうも先代の家令の時からそうだったらしいとは聞いているが。

「お帰りですか。遅かったですね」

 歩み寄って微笑むと、ジュードも足を止めた。

「大物がいたからな。少々時間がかかった。近頃はどうも数が多い。原因を調べねばなるまい」
「具合はいかがですか?」

 フィアリスよりずっと前の方を見ていた目が、そこでフィアリスに焦点が結ばれる。真実彼の目にフィアリスが映っているかは疑問だが。

「あの程度の魔物相手に、怪我でも負うと思うか?」

 そう言われるとフィアリスとしてはつらいものがある。何せ自分は昨晩、くだらない怪我をしたばかりだからだ。とても言えない。もっとも、服を脱いだら尋ねられるだろうから白状しなくてはならないだろうが。

「いえ、そうではなくて。別の『具合』です」
「……大して変わりない」
「ならよいのですが」

 相変わらず、愛想も素っ気もない。礼をしてフィアリスは下がった。
 途中行き会ったノアから聞いたところによると、ジュードはこれからエヴァンを連れて夜間の駆除に出かけるらしい。

 息子の腕を見るためという理由もあるらしいが、戻って来て早々出て行くとはまた忙しない。一体食事はいつとっているというのだろう。フィアリスは少し心配になった。

(私もエヴァンみたいに、あの方の口元にスプーンでも差しだそうかな?)

 怒りはしないが、絶対に食べないだろう。
 微苦笑をにじませると、フィアリスはバルコニーからリトスロード親子が出て行く様子を見守った。

 仲が良好とは言えない二人だが、一応エヴァンは父の侯爵を敬っているし(心底からはともかく)、問題はないはずだ。
 談話室をのぞいてみると、レーヴェがだらしない格好でソファーに座り、葉巻をふかしていた。異国から取り寄せたそれは、妙に甘ったるい煙を立ちのぼらせている。

 フィアリスはレーヴェの前の席に腰を下ろした。

「で? 王都の方はどうだったんだ?」
「ああ……」

 館の中ではエヴァンに聞かれるかもしれなくて話しにくかった。ジュードに報告したことを除けば、まだ誰にも説明していない。
 レーヴェになら話してもいいだろう。幸いエヴァンも出かけている。

「あまり収穫はなかったね。目的は達成できたんだけど。公爵家はやっぱり曲者だ」

 リトスロード侯爵家には敵がいる。
 勿論よく思っていない貴族は多いだろう。上流社会にも魑魅魍魎は跋扈し、足の引っ張り合いは多く、優れた地位の人間が失脚するのを望む輩はいつだって存在する。

 ただリトスロードが一目置かれる存在というのは間違いなく、表立って敵意を見せる家はほとんどない。
 ただ、例外がウェイブルフェン公爵家だった。当主のウェイブルフェン公爵は王都で魔術院の院長を務めている名の知れた魔術師である。

 現在は国政に積極的に介入していないが、裏で暗躍しているともっぱらの噂だ。
 ファイエルト国には三つの古い貴族があり、一つがリトスロード侯爵家、もう一つが騎士一族エデルルーク家、そしてもう一つがウェイブルヴェン公爵家だ。この三つの家はファイエルトの建国より昔から大陸に存在している名家である。

 リトスロードは荒野一帯の土地の名前としても知られていて、氏族の家名がそのままつけられていたのである。国が始まる前から、彼らはそこの守護者であった。
 一方ウェイブルフェンは遙か昔に「王家の兄」として契りを交わしたと伝えられる一族で、昔から国の中枢にいた。

 どの辺がどう気にくわないのかは本人達でないからわからないが、とにかくウェイブルフェンはリトスロードを疎ましく思っている。今のところ証拠は一つもつかんでいないものの、ことあるごとに仕事などの妨害行為をされていた。

 リトスロード侯爵の方はウェイブルフェンになど興味がない。会って口をきいたのも数えるほどしかなく、眼中にはない。
 だから基本はほうっておくという姿勢をとっていた。

 しかし長男クリストフと次男ルドルフは父親のように平然とはしていられなかった。何度も何度も嫌がらせを受け、特に次男のルドルフが限界だったらしい。

「ルドルフが密偵を送りこんだんだったな」

 とレーヴェが言う。彼もそこまでは知っていたらしい。

「そうだね。密偵に選ばれた彼は優秀な男だったんだけど……」
「あの家が相手じゃ、誰であろうがちとキツいな」

 ウェイブルフェンの家の者は揃いも揃って奸智にたけた厄介なのだ。そもそもが王家に代わって粛正などの負の部分を請け負ってきた一族である。下手に関わると深みにはまる。
 それを承知していてジュードも手を出さないよう言いつけていたのだが、息子のルドルフは独断で自分の手の者を使わせた。

 たまたま王都に居合わせたフィアリスがそれを聞きつけ、密偵のジルトという男を奪還するために動いたのだった。
 ジルトはルドルフの腹心であったし、リトスロード家の機密情報をいくつも知っている。利用されればたまらない。

 洗脳されても困るし、頭を開いて情報を取り出されても困るのだ。悪辣な手段を好むウェイブルフェンならその程度のことはやりかねない。血も涙もなく、己の利益になるのなら赤子の心臓だって持っていく。あくまで噂ではあるが、噂というものは多くの場合、真実を内包している。
 長く反目しあっている家に属していれば得る情報も少なくないので、然もありなん、と頷いてしまう。

「お前もよく無事に帰って来れたな。あそこの好色な息子の手にかかってよ」
「ついでに土産でも持って帰ろうと欲を出したせいで長引いてしまったけどね」

 笑うフィアリスを見て、レーヴェは眉をしかめた。大量の煙を口から吐き出している。
 全く、自分から仕掛けたこととはいえ、王都での出来事は思い出したいものではなかった。
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