12 / 66
12、侯爵家の敵
しおりを挟む* * *
夜になり、ようやく館の主が帰還した。使用人達が出迎える気配があり、自室にいたフィアリスも部屋の外へ出た。
廊下を、前の方からジュードが歩いてくる。
背が高く筋肉質な体。鋼のように鍛えられていて、その体つきだけで相手を圧倒する。
険しい目つきは揺るぎない。どこを見ているのかわからず、その瞳に何が映っているのか判然としなかった。
いつもこの人はこうだ。近寄りがたい。他人を近づけさせようとしない。家族さえもだ。
孤高の侯爵、ジュード・リトスロード。
いつも冷えた空気をまとい、無用なものを拒んでいる。
いつから彼はこうなのか、フィアリスは知らなかった。どうも先代の家令の時からそうだったらしいとは聞いているが。
「お帰りですか。遅かったですね」
歩み寄って微笑むと、ジュードも足を止めた。
「大物がいたからな。少々時間がかかった。近頃はどうも数が多い。原因を調べねばなるまい」
「具合はいかがですか?」
フィアリスよりずっと前の方を見ていた目が、そこでフィアリスに焦点が結ばれる。真実彼の目にフィアリスが映っているかは疑問だが。
「あの程度の魔物相手に、怪我でも負うと思うか?」
そう言われるとフィアリスとしてはつらいものがある。何せ自分は昨晩、くだらない怪我をしたばかりだからだ。とても言えない。もっとも、服を脱いだら尋ねられるだろうから白状しなくてはならないだろうが。
「いえ、そうではなくて。別の『具合』です」
「……大して変わりない」
「ならよいのですが」
相変わらず、愛想も素っ気もない。礼をしてフィアリスは下がった。
途中行き会ったノアから聞いたところによると、ジュードはこれからエヴァンを連れて夜間の駆除に出かけるらしい。
息子の腕を見るためという理由もあるらしいが、戻って来て早々出て行くとはまた忙しない。一体食事はいつとっているというのだろう。フィアリスは少し心配になった。
(私もエヴァンみたいに、あの方の口元にスプーンでも差しだそうかな?)
怒りはしないが、絶対に食べないだろう。
微苦笑をにじませると、フィアリスはバルコニーからリトスロード親子が出て行く様子を見守った。
仲が良好とは言えない二人だが、一応エヴァンは父の侯爵を敬っているし(心底からはともかく)、問題はないはずだ。
談話室をのぞいてみると、レーヴェがだらしない格好でソファーに座り、葉巻をふかしていた。異国から取り寄せたそれは、妙に甘ったるい煙を立ちのぼらせている。
フィアリスはレーヴェの前の席に腰を下ろした。
「で? 王都の方はどうだったんだ?」
「ああ……」
館の中ではエヴァンに聞かれるかもしれなくて話しにくかった。ジュードに報告したことを除けば、まだ誰にも説明していない。
レーヴェになら話してもいいだろう。幸いエヴァンも出かけている。
「あまり収穫はなかったね。目的は達成できたんだけど。公爵家はやっぱり曲者だ」
リトスロード侯爵家には敵がいる。
勿論よく思っていない貴族は多いだろう。上流社会にも魑魅魍魎は跋扈し、足の引っ張り合いは多く、優れた地位の人間が失脚するのを望む輩はいつだって存在する。
ただリトスロードが一目置かれる存在というのは間違いなく、表立って敵意を見せる家はほとんどない。
ただ、例外がウェイブルフェン公爵家だった。当主のウェイブルフェン公爵は王都で魔術院の院長を務めている名の知れた魔術師である。
現在は国政に積極的に介入していないが、裏で暗躍しているともっぱらの噂だ。
ファイエルト国には三つの古い貴族があり、一つがリトスロード侯爵家、もう一つが騎士一族エデルルーク家、そしてもう一つがウェイブルヴェン公爵家だ。この三つの家はファイエルトの建国より昔から大陸に存在している名家である。
リトスロードは荒野一帯の土地の名前としても知られていて、氏族の家名がそのままつけられていたのである。国が始まる前から、彼らはそこの守護者であった。
一方ウェイブルフェンは遙か昔に「王家の兄」として契りを交わしたと伝えられる一族で、昔から国の中枢にいた。
どの辺がどう気にくわないのかは本人達でないからわからないが、とにかくウェイブルフェンはリトスロードを疎ましく思っている。今のところ証拠は一つもつかんでいないものの、ことあるごとに仕事などの妨害行為をされていた。
リトスロード侯爵の方はウェイブルフェンになど興味がない。会って口をきいたのも数えるほどしかなく、眼中にはない。
だから基本はほうっておくという姿勢をとっていた。
しかし長男クリストフと次男ルドルフは父親のように平然とはしていられなかった。何度も何度も嫌がらせを受け、特に次男のルドルフが限界だったらしい。
「ルドルフが密偵を送りこんだんだったな」
とレーヴェが言う。彼もそこまでは知っていたらしい。
「そうだね。密偵に選ばれた彼は優秀な男だったんだけど……」
「あの家が相手じゃ、誰であろうがちとキツいな」
ウェイブルフェンの家の者は揃いも揃って奸智にたけた厄介なのだ。そもそもが王家に代わって粛正などの負の部分を請け負ってきた一族である。下手に関わると深みにはまる。
それを承知していてジュードも手を出さないよう言いつけていたのだが、息子のルドルフは独断で自分の手の者を使わせた。
たまたま王都に居合わせたフィアリスがそれを聞きつけ、密偵のジルトという男を奪還するために動いたのだった。
ジルトはルドルフの腹心であったし、リトスロード家の機密情報をいくつも知っている。利用されればたまらない。
洗脳されても困るし、頭を開いて情報を取り出されても困るのだ。悪辣な手段を好むウェイブルフェンならその程度のことはやりかねない。血も涙もなく、己の利益になるのなら赤子の心臓だって持っていく。あくまで噂ではあるが、噂というものは多くの場合、真実を内包している。
長く反目しあっている家に属していれば得る情報も少なくないので、然もありなん、と頷いてしまう。
「お前もよく無事に帰って来れたな。あそこの好色な息子の手にかかってよ」
「ついでに土産でも持って帰ろうと欲を出したせいで長引いてしまったけどね」
笑うフィアリスを見て、レーヴェは眉をしかめた。大量の煙を口から吐き出している。
全く、自分から仕掛けたこととはいえ、王都での出来事は思い出したいものではなかった。
31
あなたにおすすめの小説
ぼくが風になるまえに――
まめ
BL
「フロル、君との婚約を解消したいっ! 俺が真に愛する人は、たったひとりなんだっ!」
学園祭の夜、愛する婚約者ダレンに、突然別れを告げられた少年フロル。
――ああ、来るべき時が来た。講堂での婚約解消宣言!異世界テンプレ来ちゃったよ。
精霊の血をひく一族に生まれ、やがては故郷の風と消える宿命を抱えたフロルの前世は、ラノベ好きのおとなしい青年だった。
「ダレンが急に変わったのは、魅了魔法ってやつのせいじゃないかな?」
異世界チートはできないけど、好きだった人の目を覚ますくらいはできたらいいな。
切なさと希望が交錯する、ただフロルがかわいそかわいいだけのお話。ハピエンです。
ダレン×フロル
どうぞよろしくお願いいたします。
何も知らない人間兄は、竜弟の執愛に気付かない
てんつぶ
BL
連峰の最も高い山の上、竜人ばかりの住む村。
その村の長である家で長男として育てられたノアだったが、肌の色や顔立ちも、体つきまで周囲とはまるで違い、華奢で儚げだ。自分はひょっとして拾われた子なのではないかと悩んでいたが、それを口に出すことすら躊躇っていた。
弟のコネハはノアを村の長にするべく奮闘しているが、ノアは竜体にもなれないし、人を癒す力しかもっていない。ひ弱な自分はその器ではないというのに、日々プレッシャーだけが重くのしかかる。
むしろ身体も大きく力も強く、雄々しく美しい弟ならば何の問題もなく長になれる。長男である自分さえいなければ……そんな感情が膨らみながらも、村から出たことのないノアは今日も一人山の麓を眺めていた。
だがある日、両親の会話を聞き、ノアは竜人ですらなく人間だった事を知ってしまう。人間の自分が長になれる訳もなく、またなって良いはずもない。周囲の竜人に人間だとバレてしまっては、家族の立場が悪くなる――そう自分に言い訳をして、ノアは村をこっそり飛び出して、人間の国へと旅立った。探さないでください、そう書置きをした、はずなのに。
人間嫌いの弟が、まさか自分を追って人間の国へ来てしまい――
イケメンに育った甥っ子がおれと結婚するとか言ってるんだがどこまでが夢ですか?
藤吉めぐみ
BL
会社員の巽は、二年前から甥の灯希(とき)と一緒に暮らしている。
小さい頃から可愛がっていた灯希とは、毎日同じベッドで眠り、日常的にキスをする仲。巽はずっとそれは家族としての普通の距離だと思っていた。
そんなある日、同期の結婚式に出席し、感動してつい飲みすぎてしまった巽は、気づくと灯希に抱かれていて――
「巽さん、俺が結婚してあげるから、寂しくないよ。俺が全部、巽さんの理想を叶えてあげる」
……って、どこまで夢ですか!?
執着系策士大学生×天然無防備会社員、叔父と甥の家庭内ラブ。
伯爵家次男は、女遊びの激しい(?)幼なじみ王子のことがずっと好き
メグエム
BL
伯爵家次男のユリウス・ツェプラリトは、ずっと恋焦がれている人がいる。その相手は、幼なじみであり、王位継承権第三位の王子のレオン・ヴィルバードである。貴族と王族であるため、家や国が決めた相手と結婚しなければならない。しかも、レオンは女関係での噂が絶えず、女好きで有名だ。男の自分の想いなんて、叶うわけがない。この想いは、心の奥底にしまって、諦めるしかない。そう思っていた。
王女が捨てた陰気で無口で野暮ったい彼は僕が貰います
卯藤ローレン
BL
「あなたとの婚約を、今日この場で破棄いたします!」――王宮の広間に突然響いた王女の決別宣言。その言葉は、舞踏会という場に全く相応しくない地味で暗い格好のセドリックへと向けられていた。それを見ていたウィリムは「じゃあ、僕が貰います!」と清々しく強奪宣言をした。誰もが一歩後ずさる陰気な雰囲気のセドリック、その婚約者になったウィリムだが徐々に誤算が生じていく。日に日に婚約者が激変していくのだ。身長は伸び、髪は整えられ、端正な顔立ちは輝き、声変わりまでしてしまった。かつての面影などなくなった婚約者に前のめりで「早く結婚したい」と迫られる日々が待っていようとは、ウィリムも誰も想像していなかった。
◇地味→美男に変化した攻め×素直で恐いもの知らずな受け。
異世界転移してΩになった俺(アラフォーリーマン)、庇護欲高めα騎士に身も心も溶かされる
ヨドミ
BL
もし生まれ変わったら、俺は思う存分甘やかされたい――。
アラフォーリーマン(社畜)である福沢裕介は、通勤途中、事故により異世界へ転移してしまう。
異世界ローリア王国皇太子の花嫁として召喚されたが、転移して早々、【災厄のΩ】と告げられ殺されそうになる。
【災厄のΩ】、それは複数のαを番にすることができるΩのことだった――。
αがハーレムを築くのが常識とされる異世界では、【災厄のΩ】は忌むべき存在。
負の烙印を押された裕介は、間一髪、銀髪のα騎士ジェイドに助けられ、彼の庇護のもと、騎士団施設で居候することに。
「αがΩを守るのは当然だ」とジェイドは裕介の世話を焼くようになって――。
庇護欲高め騎士(α)と甘やかされたいけどプライドが邪魔をして素直になれない中年リーマン(Ω)のすれ違いラブファンタジー。
※Rシーンには♡マークをつけます。
悪辣と花煙り――悪役令嬢の従者が大嫌いな騎士様に喰われる話――
ロ
BL
「ずっと前から、おまえが好きなんだ」
と、俺を容赦なく犯している男は、互いに互いを嫌い合っている(筈の)騎士様で――――。
「悪役令嬢」に仕えている性悪で悪辣な従者が、「没落エンド」とやらを回避しようと、裏で暗躍していたら、大嫌いな騎士様に見つかってしまった。双方の利益のために手を組んだものの、嫌いなことに変わりはないので、うっかり煽ってやったら、何故かがっつり喰われてしまった話。
※ムーンライトノベルズでも公開しています(https://novel18.syosetu.com/n4448gl/)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる