16 / 66
16、家族だ
しおりを挟む* * *
平常心でいることが何より大切だとフィアリスは自分に言い聞かせた。
エヴァンが積極的に接してきたとしても、取り合わないようにしなければならない。いろんな意味で動揺してしまってはいるが、それで彼を勘違いさせてしまうわけにはいかないのだ。
だからいつも涼しい顔で、エヴァンの言うことを聞き流そう。
「フィアリス、おはようございます。私があなたを好きだということについて、よく考えてくれましたか」
「君ね……」
フィアリスはこめかみをおさえた。頭痛がしそうだ。
「朝の廊下で、そういうことを言うのはやめなさい」
朝一番、廊下で顔を合わせるなりこれだ。聞き流せなかった。
エヴァンは何が悪いのかという顔つきだ。
彼は人の心の機微に疎くもないし、常識もわきまえている。そして強引な性格でもなかったはずだ。我を通して周囲を困らせたことなどない。
だというのに怒濤の進撃とも言えるこの迫り方。あえてやっているのだろう。思うところがあって圧をかけているとしか考えられない。
「私は真剣だと言ったじゃないですか。朝だろうが昼だろうが夜だろうが、わかってもらえるまで何度でも言いますよ」
「あのねぇ、困るんだよ。そうやって君が迫るのを見たら、周りはどう思う? 私が教え子をたぶらかす悪い男だと後ろ指を指されるじゃないか……」
「この家でそんなことを言う者は誰もいませんよ」
だが一般世間ではそう捉えられるのだ。どこからどう伝わるかわからない。
自分のことはいいとして、エヴァンまで悪い噂を立てられてはたまらなかった。リトスロード家の大事な三男だ。
自分の評判を気にしていると言えば、エヴァンは優しい子なので控えてくれるかもしれない。
「だから、誰が聞いているかわからないところで危ないことを言うのはやめてくれないか」
「わかりました」
むっとしながら何故かエヴァンは顔を近づけてくる。そして耳元で囁いた。柔らかい吐息が耳朶にかかる。
「好きです」
「な…………っ」
顔を赤らめてフィアリスはエヴァンの襟元をつかんだ。低い声にぞくりとして、肌が粟だった。
本当に、からかわれているのではないだろうか。
「そういうことじゃない」
「聞こえないようにすればいいんでしょう? 私はあなたにさえ聞こえればいい」
「だから……」
「おいお前ら、廊下のど真ん中で仲良くすんな!」
至近距離で二人ひそひそ話していると、前と同じようにレーヴェが現れる。
「よけて通ればいいじゃないか」とエヴァンは不機嫌だ。
「なんで俺がお前らに遠慮しなくちゃなんねーんだよ」
狭い廊下ではないから横に寄れば通れなくはない。が、レーヴェも気をつかってよけて行くのが嫌なのだろう。彼は体が大きいから大股で歩くし、確かに行く手は多少塞がれている。
「ほらほら、エヴァン……」
エヴァンを引き寄せて場所を空けると、レーヴェは肩をすくめて通って行った。
(時間が経てば少しはおさまるかと思ったけど……)
エヴァンの背中を押して歩かせ、廊下を進む。もたもたしていると朝食が冷めてしまう。リトスロード家の朝食は早い。貴族でありながら肉体労働の多い仕事をこなしているし、仕事量も多いため、皆で集まってさっさと済ます習わしだ。
「おはようございます」
廊下の途中でノアが階上に向かって礼をするのが見えた。
視線を上げると、ジュードが階段を下りてくるところだった。朝でも昼でも、彼の顔つきは変わらない。寝起きでも変化がないから、はたして寝ていたのかどうか様子を見ても判断がつかなかった。いつも、髪の毛一筋乱れていないのだ。
「おはようございます」
フィアリスも微笑みながら朝の挨拶をする。
エヴァンは父に目礼をしただけで、声を出そうとはしなかった。
(さっきのやりとり、聞かれてなければいいんだけど……)
はっきり言って泥沼である。
フィアリスは相手にしないつもりだし、エヴァンだって一時の気の迷いだろう。けれど現在の関係は簡単に言えば、自分はジュードの愛人でありながらその息子のエヴァンに迫られているのだ。
せめてエヴァンとの関係だけはまともな状態に戻したいフィアリスだった。そうしなければ、安息は得られそうにない。
* * *
「父上」
食事が終わって席を立とうとするジュードをエヴァンが呼び止める。ジュードはエヴァンに何事かと目顔で問うた。
近頃ではエヴァンがジュードに声をかけるのは珍しい。
「今夜の駆除ですが、フィアリスを休ませてもらいたいのです」
「え?」
突然自分の名前が出たことに驚いて、フィアリスはぱちぱちと目をまたたかせた。
「いいだろう」
短い返事を残して、ジュードはさっさと部屋を出て行ってしまう。フィアリスが口をはさむ隙もなかった。
「何を言い出すの、エヴァン」
今夜の仕事に関して、フィアリスは相談ごとなど何一つエヴァンにしていないし、当然出るつもりでいた。
「あなたは今日、休んで下さい」
「だからどうして」
「休んでほしいからです。大体、戻って来てからちっとも体を休めようとしないじゃないですか。私には早く寝ろと言いますが、あなたは遅くまで調べ物をしていて睡眠だってろくにとらない。王都から戻ってきたばかりなんですよ? 休んで下さい。休まなくちゃ駄目だ」
どんどんエヴァンは強情になっていくようだ。フィアリスは腕を組んで教え子を見つめた。
一方レーヴェは、「ノア、茶ぁくれ」と完全に他人事である。仕事の割り当ての確認で食堂に来ているノアは、レーヴェの要求を黙殺している。給仕は彼の役目ではない。
「君は私の仕事まで取り上げようって言うの? 私は今や、君の師として教えることもほとんどないんだ。魔物の駆除くらいしか仕事がないじゃないか。それすらしなかったら、ただの穀潰しになっちゃうよ」
「少しも休めないって言うんですか?」
「休まなくても動ける時は動くものだ。私はね、リトスロード侯爵家に仕えている魔術師なんだよ。お客さんじゃない」
言うべきことは言わなくてはいけない。いつもより声の調子を低くして、真面目な調子で諭す。
エヴァンの方も真剣な顔はそのままだ。
「わかっています。あなたはお客さんではない。私の師であり、」
言葉を切り、とても大事そうに、エヴァンは次の言葉に力をこめた。
「私の家族だ」
それは、フィアリスの胸を優しく抉った。
息が一瞬詰まるほどだった。
――家族。
(違う)
家族ではない。エヴァンは貴族で、自分は下賤な人間だ。本来ならこの館に住まうことなど許されない。力があるから幸運にも置いてもらえているだけだ。
けれど、否定の言葉は声にならなかった。
心優しいエヴァン。君の言うことは間違っているけれど、気持ちだけは受け取ってもいいだろうか。
そうやってエヴァンから貰ったいくつもの言葉は、心の奥に大事にしまい込まれていて、フィアリスの生きる糧となっている。
「師匠はもう一人いるけどなー。俺のことはどう思ってくれてんだろうなー」
ぼそりと呟くレーヴェを、エヴァンは完全に無視している。
「いいですかフィアリス。私の気持ちを少しでいいので汲んで下さいませんか。あなたは私には一言も告げずに王都へ行ってしまった。それで重傷の報を聞いた私の心配は、どれほどのものだったと思います? あなたを休ませたいというのは私の我が儘ということでいいです。これしきの希望も聞いてくれないんですか?」
それについては悪かったと思わないでもない。子供扱いしているので、説明は不要だと判断したのだ。
状況が変わった後はレーヴェやノア辺りが適当に取り繕ってくれると丸投げしていたが、師として不誠実だったかもしれない。
フィアリスはため息をもらした。
「……わかったよ。君の言うこともたまには聞こう。ジュード様の許可も出たし、休ませていただこうか」
本音を言えば駆除でもしていた方が余程気が安まるのだが、エヴァンは納得しないだろう。
フィアリスが引き下がると、エヴァンは口元をわずかにほころばせた。そこにあどけなさを見つけて、フィアリスはこそばゆい気持ちになる。
純真そうな笑みは、なんとも言えず可愛らしい。普段へらへらしていないから、余計に特別なものに見えた。
「では、私があなたを甘やかすことを許可してもらえるんですね」
「うん、甘やか……、え? なんて?」
エヴァンはフィアリスの手をとった。
仕事を一日休むという話ではなかっただろうか。ちょっと嫌な予感がして、フィアリスは自分の発言を後悔し始めた。
41
あなたにおすすめの小説
ぼくが風になるまえに――
まめ
BL
「フロル、君との婚約を解消したいっ! 俺が真に愛する人は、たったひとりなんだっ!」
学園祭の夜、愛する婚約者ダレンに、突然別れを告げられた少年フロル。
――ああ、来るべき時が来た。講堂での婚約解消宣言!異世界テンプレ来ちゃったよ。
精霊の血をひく一族に生まれ、やがては故郷の風と消える宿命を抱えたフロルの前世は、ラノベ好きのおとなしい青年だった。
「ダレンが急に変わったのは、魅了魔法ってやつのせいじゃないかな?」
異世界チートはできないけど、好きだった人の目を覚ますくらいはできたらいいな。
切なさと希望が交錯する、ただフロルがかわいそかわいいだけのお話。ハピエンです。
ダレン×フロル
どうぞよろしくお願いいたします。
何も知らない人間兄は、竜弟の執愛に気付かない
てんつぶ
BL
連峰の最も高い山の上、竜人ばかりの住む村。
その村の長である家で長男として育てられたノアだったが、肌の色や顔立ちも、体つきまで周囲とはまるで違い、華奢で儚げだ。自分はひょっとして拾われた子なのではないかと悩んでいたが、それを口に出すことすら躊躇っていた。
弟のコネハはノアを村の長にするべく奮闘しているが、ノアは竜体にもなれないし、人を癒す力しかもっていない。ひ弱な自分はその器ではないというのに、日々プレッシャーだけが重くのしかかる。
むしろ身体も大きく力も強く、雄々しく美しい弟ならば何の問題もなく長になれる。長男である自分さえいなければ……そんな感情が膨らみながらも、村から出たことのないノアは今日も一人山の麓を眺めていた。
だがある日、両親の会話を聞き、ノアは竜人ですらなく人間だった事を知ってしまう。人間の自分が長になれる訳もなく、またなって良いはずもない。周囲の竜人に人間だとバレてしまっては、家族の立場が悪くなる――そう自分に言い訳をして、ノアは村をこっそり飛び出して、人間の国へと旅立った。探さないでください、そう書置きをした、はずなのに。
人間嫌いの弟が、まさか自分を追って人間の国へ来てしまい――
イケメンに育った甥っ子がおれと結婚するとか言ってるんだがどこまでが夢ですか?
藤吉めぐみ
BL
会社員の巽は、二年前から甥の灯希(とき)と一緒に暮らしている。
小さい頃から可愛がっていた灯希とは、毎日同じベッドで眠り、日常的にキスをする仲。巽はずっとそれは家族としての普通の距離だと思っていた。
そんなある日、同期の結婚式に出席し、感動してつい飲みすぎてしまった巽は、気づくと灯希に抱かれていて――
「巽さん、俺が結婚してあげるから、寂しくないよ。俺が全部、巽さんの理想を叶えてあげる」
……って、どこまで夢ですか!?
執着系策士大学生×天然無防備会社員、叔父と甥の家庭内ラブ。
伯爵家次男は、女遊びの激しい(?)幼なじみ王子のことがずっと好き
メグエム
BL
伯爵家次男のユリウス・ツェプラリトは、ずっと恋焦がれている人がいる。その相手は、幼なじみであり、王位継承権第三位の王子のレオン・ヴィルバードである。貴族と王族であるため、家や国が決めた相手と結婚しなければならない。しかも、レオンは女関係での噂が絶えず、女好きで有名だ。男の自分の想いなんて、叶うわけがない。この想いは、心の奥底にしまって、諦めるしかない。そう思っていた。
王女が捨てた陰気で無口で野暮ったい彼は僕が貰います
卯藤ローレン
BL
「あなたとの婚約を、今日この場で破棄いたします!」――王宮の広間に突然響いた王女の決別宣言。その言葉は、舞踏会という場に全く相応しくない地味で暗い格好のセドリックへと向けられていた。それを見ていたウィリムは「じゃあ、僕が貰います!」と清々しく強奪宣言をした。誰もが一歩後ずさる陰気な雰囲気のセドリック、その婚約者になったウィリムだが徐々に誤算が生じていく。日に日に婚約者が激変していくのだ。身長は伸び、髪は整えられ、端正な顔立ちは輝き、声変わりまでしてしまった。かつての面影などなくなった婚約者に前のめりで「早く結婚したい」と迫られる日々が待っていようとは、ウィリムも誰も想像していなかった。
◇地味→美男に変化した攻め×素直で恐いもの知らずな受け。
異世界転移してΩになった俺(アラフォーリーマン)、庇護欲高めα騎士に身も心も溶かされる
ヨドミ
BL
もし生まれ変わったら、俺は思う存分甘やかされたい――。
アラフォーリーマン(社畜)である福沢裕介は、通勤途中、事故により異世界へ転移してしまう。
異世界ローリア王国皇太子の花嫁として召喚されたが、転移して早々、【災厄のΩ】と告げられ殺されそうになる。
【災厄のΩ】、それは複数のαを番にすることができるΩのことだった――。
αがハーレムを築くのが常識とされる異世界では、【災厄のΩ】は忌むべき存在。
負の烙印を押された裕介は、間一髪、銀髪のα騎士ジェイドに助けられ、彼の庇護のもと、騎士団施設で居候することに。
「αがΩを守るのは当然だ」とジェイドは裕介の世話を焼くようになって――。
庇護欲高め騎士(α)と甘やかされたいけどプライドが邪魔をして素直になれない中年リーマン(Ω)のすれ違いラブファンタジー。
※Rシーンには♡マークをつけます。
悪辣と花煙り――悪役令嬢の従者が大嫌いな騎士様に喰われる話――
ロ
BL
「ずっと前から、おまえが好きなんだ」
と、俺を容赦なく犯している男は、互いに互いを嫌い合っている(筈の)騎士様で――――。
「悪役令嬢」に仕えている性悪で悪辣な従者が、「没落エンド」とやらを回避しようと、裏で暗躍していたら、大嫌いな騎士様に見つかってしまった。双方の利益のために手を組んだものの、嫌いなことに変わりはないので、うっかり煽ってやったら、何故かがっつり喰われてしまった話。
※ムーンライトノベルズでも公開しています(https://novel18.syosetu.com/n4448gl/)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる