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18、美しい人
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そこにいたのは、とても美しい人だった。
母が病で亡くなり、幼いエヴァン少年は途方に暮れて泣きじゃくっていた。十と十二上の兄は泣くのをこらえて貴族令息らしく毅然としていたが、まだ七つのエヴァンにはとても真似できなかった。
父、ジュード・リトスロードの存在は、エヴァンにとって恐怖の対象でしかない。笑いもせず、大きな声で怒りもしない。いつも厳しい顔をして、感情には起伏がなく、まるで恐ろしい彫像のような人だ。
彼は何も蔑ろにしていなかったが、何一つ慈しもうとしなかった。一切を拒絶していたのだ。
唯一、そんな父の表情をわずかでも和らげられるのは、母だけだった。
父が笑わない分、母が笑った。父の凍てついた感情は決して溶けることがなかったが、母の笑顔は彼の凍った瞳の表面に、温かい陽光のように触れて潤いを与えていた。
「お父様は立派な人よ。どうか恐れないで。あの方は潔癖で厳しすぎるのよ。お父様を愛してあげてちょうだいね……」
母はよくそう言ってエヴァンを撫でた。父の心を安らげてやれないことに度々無力感を覚えていたであろうが決して心を折ることなく、甲斐甲斐しく夫を支えていた。
誰にでも優しくて、清らかな魂を持った母。いつだってその胸にエヴァンを抱きしめて、安息を与えてくれた。
そんな母が永遠にこの世から失われてしまったのだ。
エヴァンは三兄弟の中で最も繊細で、精神も脆かった。だから母が亡くなったと父から知らされた時、あまりの絶望で「しんでしまいたい」とすら思った。
――しんでしまって、母上のところにぼくも行きたい。
誰も自分の気持ちなんてわかってはくれない。まるで暗い海に一人ぼっちで放り出されたかのような孤独感に襲われた。
エヴァンは泣いて泣いて、もどしてしまってもまだ泣いた。
「……だいじょうぶ?」
聞き慣れない声に顔を上げると、見知らぬ人が立ってこちらをのぞきこんでいた。
その人があんまり美しいので、エヴァンは一瞬泣きじゃくるのもやめて見入ってしまった。
金色の髪がきらきらしている。肌は透き通るような白。顔は作り物のように整っていた。
男か女かもわからない。ただただ美しいということしかわからない。人間離れしているから、妖精でも現れたのかと思ったくらいだった。
それが、当時十四歳のフィアリス少年だった。
物語に出てくる妖精か女神のように美しい。あんまり泣きすぎて頭がぼんやりして、幻でも見ているのだろうか。
「君は、侯爵家のご子息だね。可哀想に。悲しいね。どうして奥様が亡くなられなくてはならないんだろう。私が助けて差し上げられたらよかったのに」
誰だか知らない綺麗な少年は、部屋の隅にいたエヴァンをそっと抱き寄せた。
「君の悲しみは君にしかわからないかもしれないけど、君が疲れて眠るまで、私にこうさせてはくれないかな」
温かい。部屋の隅で縮こまっている間に、随分と自分の体は冷え切ってしまっていたようだ。
体の温もりが伝わってきて、またエヴァンは泣けてきた。
(母上。どうしていなくなってしまったのですか)
涙が止まらなかった。
大事な人がいなくなるということは、こんなにも心細いものなのか。喪失感は体から染み出して、辺り一帯を暗闇に変えてしまう。
怖くて、必死にエヴァンは目の前の人にすがりついた。
そんな中、ちらりと頭をかすめたことがある。
(このきれいな人は、すごく悲しい目をしている。こんな悲しい目を、ぼくは一度も見たことがない……)
見知らぬ人でも警戒しなかったのは、彼の瞳の中に見つけた悲しみに、自分の悲しみが共鳴したからかもしれなかった。
* * *
母が亡くなった晩に父がどこからか連れて来た少年は、フィアリスだと紹介された。
紹介はされたものの、どういういきさつで連れて来られたのかがわからない。が、説明を求められる雰囲気でもなかった。
リトスロード侯爵家はエリイシア夫人を失って喪に服している最中。余計な話をするのは許されていない。ジュードも前よりさらに口を開かなくなり、押し黙っていた。
少ない説明によれば、フィアリスは孤児で、魔術師としての才能があるらしく、ジュードが面倒を見てやることになったのだそうだ。
身綺麗になったフィアリスは、目もくらむほどの美しさだった。人間を見て眩しさを感じたのは、エヴァンも初めてで驚いた。
しかしすぐに一緒に暮らすことになったわけではない。いくらか館にはとどまっていたが、そのうちフィアリスは魔術師として勉強をするため、どこかよそに行かされた。
王都にもいたそうだし、リトスロードの別邸にもいた。別邸にはジュードが通って、直々にフィアリスに魔法を教えたらしい。
リトスロード侯爵は剣の腕は国内で右に出るものなし、魔法の才能も攻撃魔法に限っては一番だと言われていた。
聞くところによるとフィアリスは、美貌以上に魔法の才能が驚異的であったという。
王都の魔術院に通う、一握りの優秀な魔術師が二年かかって覚えることを三ヶ月で習得したそうだ。座学の方も完璧で、初歩的な文字の読み書きしかできなかったはずが、あっという間に一通りの学問をおさめてしまった。
わずか二年で、フィアリスはどこに出しても恥ずかしくないほどの技術と教養を身につけた青年に成長した。
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