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19、無償の愛
しおりを挟む「久しぶり、エヴァン」
「フィアリス!」
フィアリスが再び荒野に建つリトスロードの館にやって来たのは、十六を過ぎた頃だった。
相変わらずの美しさ、いや、その美しさにはより磨きがかかっている。玉顔は神々しいほどで、全身には柔らかい光をまとっているかのようだ。すらりと伸びた細い脚や腕。以前より大人びたフィアリスは、より完全な形に近づいていた。
自分はまだ九年程度しか生きていないが、この先彼より美しい人間に会うことなんてないだろう、と幼いエヴァンは子供ながらに感嘆していた。
「そんなに見つめられると、穴が開いてしまうな。恥ずかしいよ」
フィアリスはぽかんとしたままのエヴァンの頬を、そっと両手で包みこんだ。
侯爵から与えられた仕事は、三男エヴァンの護衛と家庭教師だった。歳も近いし、懐いているようだし、適任だろうとのことだ。
「これからはずっと、うちにいるの? フィアリス」
「そうだよ。君の先生になったんだ。ああ、なんて嬉しいんだろう!」
喜ぶフィアリスを見て、エヴァンも喜んだ。
フィアリスは自分のことが好きで、自分もフィアリスのことが好きなのだ。
家族の中の誰よりも、フィアリスが与えてくれる愛は柔らかくて優しくて、温かかった。そんな彼が、ずっといてくれるだなんて!
エヴァンにとって、フィアリスは希望だった。
教師としてフィアリスは丁寧にエヴァンにものを教え、魔法の授業も順序よくわかりやすく、無理なく教えた。
歩調を合わせ、手を取って根気よく導くように。躓けば支えて、励ました。絶対にフィアリスは呆れず、投げ出さず、蔑ろにしない。
丁寧に丁寧に、エヴァンに知識を与え、広げさせ、育んだ。
魔物駆除の実践として、弱い魔物を連れてくるとフィアリスがエヴァンの目の前で倒して見せた。
「フィアリスは何でも知っていて、強くて、最高だなぁ」
にこにこしながらそう褒めるエヴァンに、フィアリスはくすぐったそうにしながら苦笑した。
「私なんてまだまだ若輩だよ。君の教師をしながら、私自身も勉強する日々だ」
フィアリスは自分の身の上話をほぼしなかった。孤児で家族はいないということだけは聞いている。
きっと辛い目に合ってきただろうに、笑顔を絶やさず、誰にだって優しかった。彼に笑顔を向けられると、心が温まった。まさに陽光だった。エヴァンはいつもそちらを向く。そこには必ずフィアリスがいて、自分だけを見てくれている。
「レーヴェ、あなたは厳しすぎるんじゃないかな。エヴァンはまだ子供なんだ」
「魔物が子供だからって手加減してくれるか? そんなお優しい魔物がいるなら是非お会いしたいもんだ。さあ、立てエヴァン。死にたくないなら、歯を食いしばってでも動け」
フィアリスが家庭教師になってから数年後、レーヴェがもう一人の教師となった。今までいた家令が亡くなり、新たにやって来たノア・アンリーシャと共に館に住むことになった。
レーヴェはふざけた男だが、稽古では一切手を抜かなかった。子供だろうが容赦はしない。
レーヴェの言うことは正しかった。リトスロードは普通の貴族ではない。国の盾であり、常に危険にさらされる。魔物を倒し続け、人々を救い、資源を守り、休む暇などありはしない。強靱な精神と肉体がなければ、すぐに命を刈り取られる。
国は平和だが、リトスロードはいつも戦場にいるも同然だった。
「レーヴェ、もう十日もこんな具合じゃないか。お願いだから、今日くらい……」
「口を出すな。大体、いちいち見に来るんじゃねえよ。剣術はお前関係ないだろうが」
エヴァンは剣を取り落とし、地面に突っ伏したまま肩を震わせていた。
どこもかしこも痛かった。痛くないところなんてない。体がバラバラになってしまいそうだった。
泣きたくないのに涙が出る。
嫌だ、痛い、つらい、苦しい……。どうしてこんな目にあわなくちゃならないんだ!
(誰か助けて!)
すると、心の中の悲鳴を聞きつけたかのように、誰かがエヴァンをそっと抱き起こした。
「うんうん、なになに……?」
フィアリスはエヴァンが何も言わないのに、口元に耳を近づけて頷いてみせる。それから体を抱え上げてしまった。
「レーヴェ、エヴァンはお腹が痛いんだって。どうも食あたりらしいね。私が今朝稽古の前にこっそりあげたお菓子が悪くなってたみたいだ。これはエヴァンのせいじゃないから仕方ない。私のせいだ。薬をあげて部屋で休ませなくちゃね」
「ふざけんな、魔物が食あたりを配慮してくれると思うのか!」
「そりゃそうだけど、これは稽古でしょ? 実際の駆除の時には食べ物に気をつければいい。エヴァンが今立ち上がれないのは私のお菓子のせいなんだから。今日はおしまいにしよう。明日から頑張ればいい。お説教したいなら、後で私が聞くからね」
そう言って、フィアリスはその細腕でエヴァンを抱えたまま館へと歩き出してしまった。
「甘過ぎんだよ!」
レーヴェの怒鳴り声が追いかけてきたが、フィアリスは聞き流す。
エヴァンは菓子なんてもらっていなかったし、腹具合も問題なかった。全てフィアリスの嘘だ。エヴァンを助けるための。
エヴァンはなんだか情けなくなって、涙が止まらなくなってしまった。
「そんなに痛いの? レーヴェも君のことをいじめてるわけじゃないから、どうかこらえて……」
「違う。情けないんだ」
「情けない?」
すぐ音をあげてしまう自分が嫌いになりそうだった。リトスロード家の男として、強くならなければいけないというのはよくわかっているのに、ちっとも強くなれない。
みっともなく這いつくばって、気づけば声に出さず悲鳴をあげている。
「私は弱い。弱虫だ……」
「何を言っているの。頑張っているじゃないか。最初なんてこんなものだよ」
「こんな弱い自分、大嫌いだ……!」
フィアリスに醜態を見られたくないのに、結局甘えてしまっている。泣いてるところまで見られてしまっている。
フィアリスはそれでも愛想を尽かさずに微笑んで、土で汚れたエヴァンに頬を寄せた。
「じゃあその分、私はエヴァンのことを好きになろう。君が自分を許せない分、私が君を許すよ」
――フィアリス。
あなたががそばにいてくれてよかった。
エヴァンは愛を心の中にとどめておけないまま日々を過ごしていたのだ。自信がなくて自分を愛せない。無力な自分はきっと期待もされないし愛されない。
心細さは真っ当な愛をつかんでおけずに、与えられても手放した。
それを、フィアリスが丹念に、与え続けてくれたのだ。無償の愛を。崩れかけた心を補修するように。
まろやかで気持ちの良い愛情を注いでくれた。
手放そうとすることを叱りもせずに、手放した以上のものを彼がくれる。言葉で、温もりで、眼差しで。
嗚咽が漏れそうになるのをこらえて、エヴァンはフィアリスにしがみついた。
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