侯爵様の愛人ですが、その息子にも愛されてます

muku

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25、意識されてない

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 * * *

「あの干し肉は最高じゃない? 味がいいね。遠出する時はまた持って来よう。エヴァンもああいうのは好きでしょう。ね、今度頼んで、もっと準備してもらおうよ」
「………………」

 黒い馬で空を走るのはなかなか爽快だ。沈み始めた赤い陽が、空と大地を華やかに染めあげる。冷えた風に当たると身も心も引き締まり、頭が冴える気がしてくる。
 今日も魔物の駆除へと出かける中、フィアリスは携行食として持ってきた干し肉が旨かったことに上機嫌だった。

 遠出でなくても、何が起きて足止めされるかわからないので食料は最低限携行するように心がけている。近頃館の料理係は、その携行食作りに凝っていた。日持ちするものと言えば焼き菓子や果実を乾燥させて他の材料と練ったものなどもあるが、やはり栄養があるのは肉である。

 料理係は今回のものは自信がある、完璧であり、絶対皆さんに満足してもらえると豪語していた。確かに旨い牛肉だった。調味料に秘密があるらしく、硬すぎないため食べやすい。これなら普段から口にしたいし、酒肴としても絶品だろう。

 フィアリスは我慢出来ずに馬上でつまんでしまった。その味に感動しきりだった。
 隣に並んでいるエヴァンは、手綱を握ったまま虚ろな目をフィアリスに向けている。

「どうしたの、エヴァン。元気がないね」
「………………本当に意識されてないのか……」
「え? 何か言った?」
「なんでもないです」

 エヴァンはやや速度を落として後ろに下がる。風のせいでエヴァンの呟きの内容は聞こえなかったが、昨晩あんなことがあったのにまるで普段と態度が変わらないから戸惑っているのだろう。

 そこはエヴァンにも勘違いしてもらっては困る。自分は花も恥じらう処女ではないし、口づけの一つや二つでずっと煩悶はしないのだ。切り替えは得意な方だ。
 昨日一晩は、体の方が若干悩まされたが。

「お、侯爵様はあちらで暴れておいでだぞ」

 レーヴェがエヴァンの隣に並んだ。
 遠くの方から轟音が響いてくる。先ほどまでは光の柱が見えていたが、地下の迷宮に潜ってジュードは魔物を倒しているらしかった。

 どれだけ倒しても湧いて出てくる。迷宮はある程度の区域に分かれており、それぞれに強い魔物がいる。いわゆるそこを仕切る親玉だ。

 その区域主エリアボスを倒せば瘴気が薄まり、一帯に出現する魔物の量を減らすことが可能だ。そうやっていくつかの区域は無害にしてきた。だが、また区域主が出て瘴気が発生する場合もあり、簡単にはいかない。

 ジュードはここのところの魔物大量発生の原因を特定しようと動き、駆除もいつも以上に精力的に行っているが、状況は良くならなかった。

「まー、相変わらずすごい威力の魔法だな。肌までビリビリくるぜ」

 レーヴェは笑う。
 ジュードの強さは並外れている。エヴァンも強いが、未だ父には及ばない。

「父上が剣にはめているのは二級石だったな」

 エヴァンは音のした方に顔を向ける。

「二級石であれだけの力を引き出せるのはリトスロード侯爵だけだな」
「一級石をはめれば、もっとすごい力を使えるんだろう」
「一級石は国宝だ。あまりにも影響の強すぎる地下迷宮を封印するのにいくつか使われた他はもう存在しないと言われている。盗難を防ぐために、どこに使われたかも伝えられていないしな。それに、あったとしても扱いきれないぜ、そんなもん。なんだお前、一級石が欲しいのか?」
「……石があれば父上にもかなうかもしれない」
「身内に勝ってどうすんだよ。お前はそれで十分だ」

 エヴァンは三人兄弟の中で一番才能がある。それは誰しも認めるところだし、誇っていいことだ。
 それでも父親に追いつきたい、追い越したいと焦るのは、年頃の青年なら自然なことなのかもしれなかった。

「お前はそのままでいいし、侯爵の力は少し……妙だからな」

 声を落としたレーヴェの言葉を、フィアリスの耳は捉えていた。
 しかし、聞こえなかったふりをする。
 また遠くで地響きが鳴る。いつだってあの人は一人で動く。

 人手が多ければそれだけはかどるだろうに、フィアリス達が申し出ても退けてしまう。
 ほうっておいたら、一睡もせず、倒れるまで働いてしまうのではないだろうか。

(私でもそれを、変えることはできなかった……)

 根気よく話し続けていたが、その言葉どれ一つとして、彼は受け取ってくれなかったように思われる。
 そうして磨耗していく侯爵を、誰もが心配することしかできなかったのだった。
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