29 / 66
29、王都へ
しおりを挟む
* * *
馬車に揺られる中、フィアリスは眉を下げて向かいに座る人物を見つめていた。
「一人で行けると言ったはずだけど」
「父の許可は得ています」
「どうして許すかな、ジュード様も……」
荷物の入った鞄を抱えて、フィアリスは何度目かのため息をついた。
王都の魔術院から貸し出された貴重な資料と魔道具を返却するために、フィアリスは王都へ向かうことになったのだ。紛失すれば大事のものなので、誰かに任せるわけにもいかない。
それに同行すると言って聞かなかったのがエヴァンだ。冗談じゃない、とフィアリスはどうにか説得しようと試みた。
だがそこは意固地なエヴァンである。行くと決めたら引こうとしない。
黙って出てきてはまた彼を傷つけるからと話してしまったのが失敗だった。ものを返しに行って、戻ってくるだけなのだ。同行など必要ない。
「ねえ、エヴァン……大した用事じゃないんだよ。待っていてくれないかな」
「いえ、ついて行きます」
「君の好きなシードケーキを買ってくるから……」
「今度またそうやって私のことを子供扱いしたら、本当に子供のように振る舞うから覚悟してて下さいよ。子供の頃みたいに、あなたがどこへ行くのもひっついていきます。館の中でもね!」
今のエヴァンならやりかねない、と辟易する。というかすでにひっつかれてはいないだろうか。
それでもフィアリスには希望があった。王都に出向くなら、ジュードの許可を得なければならない。こんな馬鹿馬鹿しい用向きで、貴重な働き手が二人も留守にするわけにはいかないと判断するに決まっている。
だがジュードの答えは「行くがいい」だった。
駆除にはエヴァンも必要でしょう、とフィアリスは慌てたが、レーヴェもいるしノアもいる、だから問題はないとのことだ。
それはそうなのだが、エヴァンが来る意味がないことについては何もないのだろうか。
まさかあなたの息子に迫られていて、躱すのが大変だからなるべく二人きりにさせないで下さいなどとは言えなかった。
そういうわけでフィアリスはエヴァンと共に、王都を目指す羽目になったのであった。
天駆ける黒い馬を使えばもっと早く着くが、王都にそんな禍々しいと思われそうな馬で行くわけにもいかない。リトスロードにとっては大切な仲間だが、都会では理解がなく眉をひそめられるに決まっている。地道に地面を馬車で行く他なかった。
王都にたどり着くと、宿屋へ向かう。まずは荷物を下ろして、王宮の近くにある魔術院へ向かうのだ。
「私が道具を返却してきてもいいですよ。あなたは宿屋で待っていればいい」
「エヴァン、自覚があるか知らないけど、君はどうかしているよ。私をまるで十かそこらの女の子みたいな扱いをするじゃないか」
「心配なんです」
「私は君より王都の地面を踏んだ回数が多いんだよ。暮らしていたこともあるしね。君はここの地理に詳しいわけ?」
「全然わかりません」
ずるっとこけそうになってしまう。
リトスロードの一族は王宮に出仕していないし、特別な用事がない限りやって来ない。ジュード・リトスロードは特に人目を引く有名人なので、もし王宮でも訪問すれば相当周囲をざわつかせるだろう。
エヴァンは幼い頃に連れてこられて王と謁見した。もうかなり前の話で、それからは数回しか訪れていないからわからなくて当然だろう。
恥じることなくわからないと言い切るから笑ってしまった。幼い頃は誰かの後ろに隠れたがる子だったのに、見違えるように立派になったのは喜ばしいことだ。
フィアリスはエヴァンと共に宿屋を出ると、フードをかぶって歩いた。魔術師は大体そのようにして街中では顔を隠す。
エヴァンは腰に剣を帯びていて、歩きながら時折警戒するように周囲に視線を投げていた。
リトスロード家の者であることを示すものはわかりやすく身につけていないが、見る者が見ればすぐに知れるだろう。
襲撃される可能性はさすがに低いが、警戒するに越したことはない。フィアリスも注意しながら歩いた。
何事もなく魔術院に到着する。白い石造りの、尖塔が目立つ優美で格調高い建物だった。ここが王都の学問の中心である。
素質のある者が魔術師としての基礎を学ぶ他、著名な魔術師や学者が研究職についている。国内のみならず外国からも学究の徒が集っていた。
フィアリス達はカウンターへと歩み寄った。
解呪の薬を作るために必要な壷と、呪われた短剣、地下の迷宮から発掘されてここへ保管されている魔物の骨の一部など。
それから呪術や病に関する本などを返却する。
フィアリスは受付で担当官を呼んでもらい、手続きを済ませてさっさと帰るつもりでいた。
「ところで、それは何のために借りたんですか?」
受付係が下がるとエヴァンが疑問を口にする。
「私が調べたいことがあってね。私程度の身分じゃ借りられないから、ジュード様にお願いしたんだけど」
などと話をしていると、背後に気配を感じた。
書類を持ってやって来た担当官が、緊張した様子で背筋をのばす。
「い、院長」
馬車に揺られる中、フィアリスは眉を下げて向かいに座る人物を見つめていた。
「一人で行けると言ったはずだけど」
「父の許可は得ています」
「どうして許すかな、ジュード様も……」
荷物の入った鞄を抱えて、フィアリスは何度目かのため息をついた。
王都の魔術院から貸し出された貴重な資料と魔道具を返却するために、フィアリスは王都へ向かうことになったのだ。紛失すれば大事のものなので、誰かに任せるわけにもいかない。
それに同行すると言って聞かなかったのがエヴァンだ。冗談じゃない、とフィアリスはどうにか説得しようと試みた。
だがそこは意固地なエヴァンである。行くと決めたら引こうとしない。
黙って出てきてはまた彼を傷つけるからと話してしまったのが失敗だった。ものを返しに行って、戻ってくるだけなのだ。同行など必要ない。
「ねえ、エヴァン……大した用事じゃないんだよ。待っていてくれないかな」
「いえ、ついて行きます」
「君の好きなシードケーキを買ってくるから……」
「今度またそうやって私のことを子供扱いしたら、本当に子供のように振る舞うから覚悟してて下さいよ。子供の頃みたいに、あなたがどこへ行くのもひっついていきます。館の中でもね!」
今のエヴァンならやりかねない、と辟易する。というかすでにひっつかれてはいないだろうか。
それでもフィアリスには希望があった。王都に出向くなら、ジュードの許可を得なければならない。こんな馬鹿馬鹿しい用向きで、貴重な働き手が二人も留守にするわけにはいかないと判断するに決まっている。
だがジュードの答えは「行くがいい」だった。
駆除にはエヴァンも必要でしょう、とフィアリスは慌てたが、レーヴェもいるしノアもいる、だから問題はないとのことだ。
それはそうなのだが、エヴァンが来る意味がないことについては何もないのだろうか。
まさかあなたの息子に迫られていて、躱すのが大変だからなるべく二人きりにさせないで下さいなどとは言えなかった。
そういうわけでフィアリスはエヴァンと共に、王都を目指す羽目になったのであった。
天駆ける黒い馬を使えばもっと早く着くが、王都にそんな禍々しいと思われそうな馬で行くわけにもいかない。リトスロードにとっては大切な仲間だが、都会では理解がなく眉をひそめられるに決まっている。地道に地面を馬車で行く他なかった。
王都にたどり着くと、宿屋へ向かう。まずは荷物を下ろして、王宮の近くにある魔術院へ向かうのだ。
「私が道具を返却してきてもいいですよ。あなたは宿屋で待っていればいい」
「エヴァン、自覚があるか知らないけど、君はどうかしているよ。私をまるで十かそこらの女の子みたいな扱いをするじゃないか」
「心配なんです」
「私は君より王都の地面を踏んだ回数が多いんだよ。暮らしていたこともあるしね。君はここの地理に詳しいわけ?」
「全然わかりません」
ずるっとこけそうになってしまう。
リトスロードの一族は王宮に出仕していないし、特別な用事がない限りやって来ない。ジュード・リトスロードは特に人目を引く有名人なので、もし王宮でも訪問すれば相当周囲をざわつかせるだろう。
エヴァンは幼い頃に連れてこられて王と謁見した。もうかなり前の話で、それからは数回しか訪れていないからわからなくて当然だろう。
恥じることなくわからないと言い切るから笑ってしまった。幼い頃は誰かの後ろに隠れたがる子だったのに、見違えるように立派になったのは喜ばしいことだ。
フィアリスはエヴァンと共に宿屋を出ると、フードをかぶって歩いた。魔術師は大体そのようにして街中では顔を隠す。
エヴァンは腰に剣を帯びていて、歩きながら時折警戒するように周囲に視線を投げていた。
リトスロード家の者であることを示すものはわかりやすく身につけていないが、見る者が見ればすぐに知れるだろう。
襲撃される可能性はさすがに低いが、警戒するに越したことはない。フィアリスも注意しながら歩いた。
何事もなく魔術院に到着する。白い石造りの、尖塔が目立つ優美で格調高い建物だった。ここが王都の学問の中心である。
素質のある者が魔術師としての基礎を学ぶ他、著名な魔術師や学者が研究職についている。国内のみならず外国からも学究の徒が集っていた。
フィアリス達はカウンターへと歩み寄った。
解呪の薬を作るために必要な壷と、呪われた短剣、地下の迷宮から発掘されてここへ保管されている魔物の骨の一部など。
それから呪術や病に関する本などを返却する。
フィアリスは受付で担当官を呼んでもらい、手続きを済ませてさっさと帰るつもりでいた。
「ところで、それは何のために借りたんですか?」
受付係が下がるとエヴァンが疑問を口にする。
「私が調べたいことがあってね。私程度の身分じゃ借りられないから、ジュード様にお願いしたんだけど」
などと話をしていると、背後に気配を感じた。
書類を持ってやって来た担当官が、緊張した様子で背筋をのばす。
「い、院長」
40
あなたにおすすめの小説
ぼくが風になるまえに――
まめ
BL
「フロル、君との婚約を解消したいっ! 俺が真に愛する人は、たったひとりなんだっ!」
学園祭の夜、愛する婚約者ダレンに、突然別れを告げられた少年フロル。
――ああ、来るべき時が来た。講堂での婚約解消宣言!異世界テンプレ来ちゃったよ。
精霊の血をひく一族に生まれ、やがては故郷の風と消える宿命を抱えたフロルの前世は、ラノベ好きのおとなしい青年だった。
「ダレンが急に変わったのは、魅了魔法ってやつのせいじゃないかな?」
異世界チートはできないけど、好きだった人の目を覚ますくらいはできたらいいな。
切なさと希望が交錯する、ただフロルがかわいそかわいいだけのお話。ハピエンです。
ダレン×フロル
どうぞよろしくお願いいたします。
何も知らない人間兄は、竜弟の執愛に気付かない
てんつぶ
BL
連峰の最も高い山の上、竜人ばかりの住む村。
その村の長である家で長男として育てられたノアだったが、肌の色や顔立ちも、体つきまで周囲とはまるで違い、華奢で儚げだ。自分はひょっとして拾われた子なのではないかと悩んでいたが、それを口に出すことすら躊躇っていた。
弟のコネハはノアを村の長にするべく奮闘しているが、ノアは竜体にもなれないし、人を癒す力しかもっていない。ひ弱な自分はその器ではないというのに、日々プレッシャーだけが重くのしかかる。
むしろ身体も大きく力も強く、雄々しく美しい弟ならば何の問題もなく長になれる。長男である自分さえいなければ……そんな感情が膨らみながらも、村から出たことのないノアは今日も一人山の麓を眺めていた。
だがある日、両親の会話を聞き、ノアは竜人ですらなく人間だった事を知ってしまう。人間の自分が長になれる訳もなく、またなって良いはずもない。周囲の竜人に人間だとバレてしまっては、家族の立場が悪くなる――そう自分に言い訳をして、ノアは村をこっそり飛び出して、人間の国へと旅立った。探さないでください、そう書置きをした、はずなのに。
人間嫌いの弟が、まさか自分を追って人間の国へ来てしまい――
イケメンに育った甥っ子がおれと結婚するとか言ってるんだがどこまでが夢ですか?
藤吉めぐみ
BL
会社員の巽は、二年前から甥の灯希(とき)と一緒に暮らしている。
小さい頃から可愛がっていた灯希とは、毎日同じベッドで眠り、日常的にキスをする仲。巽はずっとそれは家族としての普通の距離だと思っていた。
そんなある日、同期の結婚式に出席し、感動してつい飲みすぎてしまった巽は、気づくと灯希に抱かれていて――
「巽さん、俺が結婚してあげるから、寂しくないよ。俺が全部、巽さんの理想を叶えてあげる」
……って、どこまで夢ですか!?
執着系策士大学生×天然無防備会社員、叔父と甥の家庭内ラブ。
伯爵家次男は、女遊びの激しい(?)幼なじみ王子のことがずっと好き
メグエム
BL
伯爵家次男のユリウス・ツェプラリトは、ずっと恋焦がれている人がいる。その相手は、幼なじみであり、王位継承権第三位の王子のレオン・ヴィルバードである。貴族と王族であるため、家や国が決めた相手と結婚しなければならない。しかも、レオンは女関係での噂が絶えず、女好きで有名だ。男の自分の想いなんて、叶うわけがない。この想いは、心の奥底にしまって、諦めるしかない。そう思っていた。
王女が捨てた陰気で無口で野暮ったい彼は僕が貰います
卯藤ローレン
BL
「あなたとの婚約を、今日この場で破棄いたします!」――王宮の広間に突然響いた王女の決別宣言。その言葉は、舞踏会という場に全く相応しくない地味で暗い格好のセドリックへと向けられていた。それを見ていたウィリムは「じゃあ、僕が貰います!」と清々しく強奪宣言をした。誰もが一歩後ずさる陰気な雰囲気のセドリック、その婚約者になったウィリムだが徐々に誤算が生じていく。日に日に婚約者が激変していくのだ。身長は伸び、髪は整えられ、端正な顔立ちは輝き、声変わりまでしてしまった。かつての面影などなくなった婚約者に前のめりで「早く結婚したい」と迫られる日々が待っていようとは、ウィリムも誰も想像していなかった。
◇地味→美男に変化した攻め×素直で恐いもの知らずな受け。
異世界転移してΩになった俺(アラフォーリーマン)、庇護欲高めα騎士に身も心も溶かされる
ヨドミ
BL
もし生まれ変わったら、俺は思う存分甘やかされたい――。
アラフォーリーマン(社畜)である福沢裕介は、通勤途中、事故により異世界へ転移してしまう。
異世界ローリア王国皇太子の花嫁として召喚されたが、転移して早々、【災厄のΩ】と告げられ殺されそうになる。
【災厄のΩ】、それは複数のαを番にすることができるΩのことだった――。
αがハーレムを築くのが常識とされる異世界では、【災厄のΩ】は忌むべき存在。
負の烙印を押された裕介は、間一髪、銀髪のα騎士ジェイドに助けられ、彼の庇護のもと、騎士団施設で居候することに。
「αがΩを守るのは当然だ」とジェイドは裕介の世話を焼くようになって――。
庇護欲高め騎士(α)と甘やかされたいけどプライドが邪魔をして素直になれない中年リーマン(Ω)のすれ違いラブファンタジー。
※Rシーンには♡マークをつけます。
悪辣と花煙り――悪役令嬢の従者が大嫌いな騎士様に喰われる話――
ロ
BL
「ずっと前から、おまえが好きなんだ」
と、俺を容赦なく犯している男は、互いに互いを嫌い合っている(筈の)騎士様で――――。
「悪役令嬢」に仕えている性悪で悪辣な従者が、「没落エンド」とやらを回避しようと、裏で暗躍していたら、大嫌いな騎士様に見つかってしまった。双方の利益のために手を組んだものの、嫌いなことに変わりはないので、うっかり煽ってやったら、何故かがっつり喰われてしまった話。
※ムーンライトノベルズでも公開しています(https://novel18.syosetu.com/n4448gl/)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる