侯爵様の愛人ですが、その息子にも愛されてます

muku

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33、君とは寝ない

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 宿に到着し、どうにか寝台に身体を倒す。
 フィアリスが受けたのは、最低の一言に尽きる術だった。

 一晩中、性的欲求が酷く高まって苦しむものだ。どうにかおさめる方法はある。七度射精をすれば欲求は解消されるのだが、条件は男性器を挿入されて刺激を受けること。それ以外では決して抜けない。

 この呪術をかけられるとあまりの苦しさに、どうか犯してくれと叫ぶ者も少なくない。自白や拷問に使われていたもので、なおかつ自尊心も砕く。
 寝台に横たわる頃には、フィアリスも歯を食いしばり、ろくに喋られないほどになっていた。

 身体に何か触れる度に感じてしまって射精しそうになるのだが、どうしたって出すことができない。感覚だけがあって、実際に変化はない。逃がしようのない快楽に襲われ続け、気が変になりそうなくらいの苦しさだった。

「フィアリス」
「だい……じょうぶ、この術の効き目は十時間しかないから……、朝になれば……」

 時間が短いから作用も強烈なのだが。
 顔は上気しているし、全身には一向に力が入らない。
 エヴァンがこちらを見下ろしている。

 ただ見下ろしているだけなのに、それを意識するだけでぞわぞわと鳥肌が立ち、吐精してしまいそうになる。だというのに達することができない。
 頭が上手く働かなくて、ぼんやりしている。

「十時間ですよ」
「耐えられるよ、それくらい。隙を見せた私が悪いんだ……」

 情けない。
 近頃はこんな失態ばかりではないか。

 だが、怖かったのだ。エヴァンに自分の正体を知られることが。とっくに、ジュードの愛人だと知られているとしても。それでもあなたが好きだと言う彼に、幻滅されたくなかった。生々しい話を聞けば、いくらエヴァンだって気分を悪くするだろう。

(いっそ、誰か呼んでもらおうか。誰でもいい、突っ込んででくれさえすれば、この苦しみから解放されるんだから。あっという間だ。七度出せば、それで……)

 意識が朦朧としてくる。このままでは思わぬことでも口走ってしまうのではないだろうか。
 その時突然、エヴァンがフィアリスの手首をつかんだ。

「う、……ぁあっ!」

 触られただけで気絶しそうになるほどの快感が下半身へと走る。一瞬視界が霞んだ。こらえきれずに、はしたない声をもらしてしまう。

「エ、エヴァ……」

 エヴァンはベッドに上がりかけている。

「なにして……」
「私ではいけませんか」
「え?」
「私なら救える、今すぐ」
「……!」

 言わんとしていることに気づいて、フィアリスは顔を赤らめた。

「いけない」
「どうしてですか」
「私は……君とは寝ない」

 どれだけの男と寝たとしても。ギリネアスのような男に身体を許したとしても。
 性交なんて、なんでもないことだと割り切っていたとしても。
 エヴァンとは交わりたくなかった。こういう形で、まるで利用するように。こんな理由で繋がりたくない。

 仕方のないことだった、などと後で割り切れるはずがない。

「お願いだから、一人にしてくれないか。私は平気だから」
「しかしフィアリス」
「お願い。見られたくないんだ、君に、こんな……こんな、みっともないところを」

 フィアリスは敷布を握りしめた。
 これほど恥ずかしいことがあるだろうか。よりによって、一番見られたくない相手に見られてしまっている。

 乱れた息、潤んだ目、悩ましく動いてしまう身体。
 欲情して苦しむ自分に、相手をするなどとエヴァンに申し出をさせてしまったことが悔しい。

 ただ、性器を出し入れするだけ?
 違う。

 真実そう思っていたら、これほど拒むはずがない。品性以上の、道徳以外の、何か大切なものがそこには潜んでいる。単に快楽が伴うだけの行為ではなくて、相手によっては、関係性を変化させる重要な儀式めいた側面を持っている。

 だから。
 だからこんなにも苦しいんだ。あの子との行為を想像することが。

 頼みこむとエヴァンは部屋を出て行ってくれた。

(ごめんね、エヴァン。私のせいで……)

 それからは暗い部屋で、一人悶え続けるしかなかった。痛みの方がまだましだった。
 終始誰かに全身を撫で回されているような感覚に襲われる。絶頂未満の快楽が波のように迫ってきて、けれどそれは引いていく。

 頭がおかしくなりそうだった。
 早く達したい。楽になりたい。
 こらえようとしても、淫らなうめき声が漏れてしまって、誰も聞いていないのに羞恥で頬に熱が集まる。

(耐えろ……耐えろ……)

 どんなに苦しくたって死ぬわけではないし、時間が経てば解放されるのだから。
 けれど、あとどれくらいだろう? 何時間経った? 時間の感覚が、全くない。

 ――これは罰だ。私なんて、誰かの玩具にされる価値しかない。上でも下でも男のものをくわえて喜ぶ、生まれながらの男娼だ。それなのに、勘違いをしてしまったから……。
 ――私は、路傍に転がっている、石ころのような……。

「……リス、フィアリス」

 声が聞こえてうっすら目を開けると、エヴァンがそばにいた。
 ああ、やっぱり私のことを犯しにきたのかな、とフィアリスはまともに思考できなくなった頭で思う。考えはもうふわふわとして、綿雲のようにちぎれて散っていった。投げやりな感情に支配される。

 彼は私の身体を味わいたがっていたし――私の身体が欲しいんだ。
 それならそれでいいのかもしれない。見栄を張って、拒むんじゃなかった。
 石ころみたいな私に、拒否する権利なんてないんだから。あげられるものはみんな、捧げるべきなんだ。

 誰かに、いつだか言われた。お前は過剰に美しすぎて、男を欲情させる。存在が卑しい。抱かれるためだけに生まれたようなものだ、と。
 そうなのだとしたら、その役目を果たさなければならないんだろうか――。

「薬です。飲めますか」

 どこかで必要なものを入手して調合したのかもしれない。液体の入った器を差し出した。

「呪術を解く効果はありませんが、昂ぶった神経を鎮めます。少しは楽になるはずです。起き上がれますか」

 背中を手に差し入れられるが、フィアリスは呻いてかぶりを振った。体に全く力が入らない。
 するとエヴァンはフィアリスの頭の横に手をついて、覆いかぶさるような格好になった。
 薬を口に含んで、顔を近づける。

「……っ」

 口移しで薬が与えられた。
 冷たくて苦みのある液体が口内に流れこみ、喉をくだっていく。

「口づけなら、許してくれるんでしょう?」

 気をつかって、あまりフィアリスの体には触れず、エヴァンは部屋をまた出て行った。
 ほとんど体力が限界に近づいていたフィアリスは、そのうち意識を失った。
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