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44、石の寿命
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馬から降りて随分歩いた。足がだるいとレーヴェはぐちぐち文句を垂れる。
「あなたも若くないから大変だね」
「馬鹿、俺は三十四なの! まだまだビンビンだわ」
目的地まで馬で行けないという点がレーヴェには納得いかないらしい。鍛えているのだから本当に疲れているはずはないだろう。とにかく文句を言いたいのだ。
付き合ってほしい場所があると誘ったのに、それがどこなのか、理由は何であるのかを言わないフィアリスに対する不満があるのだろう。
勘がいい彼のことだから、これから起こることがどういった種類のものなのか想像して、今から立腹しているのかもしれない。
問い質さないのは優しさゆえか、それともフィアリスの強情さを知っていて諦めているのか。
「黒い馬でここらを走ると、どんな影響があるかわからないからね。なるべく刺激しないようにしないと……」
「そんなヤベェところにか弱い俺を連れて来るんじゃないよ。お前一人で行けよ」
ここはカーエント地方の端に位置し、かつてはたちの悪い魔物が出る迷宮が地下にあったそうだが今は封印されている。もう百年も異変は起きていない。
フィアリス達が住む侯爵家本邸付近と同様、大地は黒々として動植物の類は目につかない呪われた土地だ。ただ見渡す限りだだっ広い館周辺と異なり、つららを逆さにしたような巨大な岩がいくつも空に向かって伸びているのが目立つ奇岩地帯で、見通しは良くない。
一面が鈍色で、石灰岩に似ているがうっすらと魔力を帯びている。
この辺りはリトスロード家の許可なく立ち入りは禁じられているが、瘴気が強いこともあり、まともな人間は頼まれても侵入しないだろう。
もちろん強力な防護魔法も張られている。フィアリスはその陣の一部をそっとほどいて今回ここへ入ってきた。
「ほとんど知られていないことだけど、ここの迷宮は一級石で封印されているんだ」
「ほう、じゃあお宝だな」
岩の性質か瘴気のせいか、ここは音が広がらない。二人の話し声も一切響かず、かき消えていく。不気味なほど静かだった。
迷宮へ下りる入り口近くには、塔が建っていた。塔といってもただの岩に等しい。
フィアリスとレーヴェはそこに足を踏み入れる。内部に自然にできた空洞に手を加えて、住めるようにしたようだった。
階段も削られ、階層は三つに分けられている。かなり高度な技術が必要だが、魔法でこのように掘削したり細工をしたりするのは可能だ。
滑らかに削られた壁は、乾いていて触れるとひんやりしている。
「当時、一級石の封印の具合が不安定で、ここには番人がいたんだって。見張って、調整していたそうだよ」
レーヴェは塔の中を見渡していた。
明かりがなくて薄暗いが、周囲の様子は確認できる。寝台代わりの空間や、備え付けの机のように削り出された部分がある。
調度品はないに等しいが、どこも崩れてはおらず住むのに問題はなさそうだった。
肩をすくめてレーヴェが言う。
「こんなところに一人で住むのはぞっとしないな」
レーヴェを連れ、地下へ続く階段を見つけて下りていった。フィアリスは手にした杖の先端にはめられた魔石を光らせて周囲を照らしていた。
地上の地面は鈍色だが、地下は魔物の体内であるかのように赤く禍々しい。
そう深い場所ではなかった。建物でいうと、二階分くらいの高さしかない。
広い空洞の地面には、古い時代の魔法陣が刻まれている。
「お前、ここに来たの初めてじゃなさそうだな」
「まあね」
フィアリスは壁に近づいていく。
「レーヴェ、これが一級石だ」
赤い壁には、大きな石がはめられていた。通常、二級石と呼ばれるものは手に乗るくらいの大きさのものが多い。だがこの一級石は巨大で、子供であれば一抱えするほどの大きさだ。
「デカいな! いつだか食後に食べた瓜よりデカい」
「国宝と瓜を比べるのはあなたくらいだね……」
ちょっと呆れつつ、レーヴェらしいとフィアリスは笑った。
「でもね、よく見てレーヴェ。この辺」
「?」
目をこらせばわかるはずだ。
ルビーよりも深い紅の石。それには僅かにだが、細かいひびが入っている。
レーヴェは眉をひそめた。
「寿命じゃねえか」
「その通り」
魔石は長く使えるアイテムではあるが、永遠ではない。
たとえば二級石は貴重なものだから、代々受け継がれることも珍しくはなかった。しかし三代辺りになると調子が悪くなる。
元々含まれている力は放出されていってしまうし、周りの魔力を取り込んだり、増幅させたりなどという働きも鈍くなってしまうのだ。
そういう場合は寿命とされ、ひびが確認される。
「まずいんじゃねーの?」
「そうなんだよ。混乱を招くのを避けるために秘密にしてあるけど、ここの主は竜だからね」
「竜?!」
レーヴェが素っ頓狂な声をあげる。
竜など今では出てこないから、二人共見たことがない。だが手に負えない存在だという知識はある。書物でしか知ることが出来ない魔物、それが竜だ。
「じゃあなんだ、俺とお前が竜退治するのに呼ばれたってこと?」
「違うよ。実を言うと、私はこれからこの一級石を調整しようと思ってるんだ」
竜は普段相手にしている不確かな形をした魔物などとは格が違う。知識と経験がないので、相手にするのは危険だろう。魔物を倒すには、圧倒的な力か、そうでなければコツが要る。
フィアリスとレーヴェが組んでも竜が相手となるとかなり苦戦することが予想された。倒せる見込みが確実でないのなら、下手に手を出すべきではない。
わかりかねるといった顔で、レーヴェは首をひねった。
「寿命が来たんじゃ、調整も何もない。砕けるぞ」
「二級石までは砕けたら力が失くなるけど、一級石はそうじゃないんだ。割れてもある程度の力は残ったまま。一級石の寿命は割れるだけで、要するに宿った力が分散するんだね」
「やけに詳しいな。見たことでもあるのか」
「……調べただけだよ」
疑わしそうな視線を笑顔でかわし、フィアリスは続ける。
「割れてしまうと、この一級石の封印は持続できなくなる。だから私の力を使って繋げようと思うんだ」
レーヴェは腕を組んでしばらく口をつぐみ、やがて自分の眉間を指でとんとんと叩きだした。苦いものでも口に入れたみたいな表情だ。
ああやっぱり、彼は勘が良いんだな、とフィアリスは感心する。
「それでお前はどうなるんだ?」
「どうなる……」
「力をそそいで一級石が復活するなら、何も俺を伴ってこんなところにこっそり来る必要はない。しかもエヴァンに調査隊に加わるだなんて大嘘をついてる。ろくな展開じゃないだろ」
「死にはしないよ」
「どうせ同じことなんだろ」
「何でもお見通しだね。さすが年の功というか……」
「三十四! じいさん扱いすんな!」
フィアリスは穏やかな顔で一級石を見上げた。手を伸ばせば届く高さにそれはある。
「王都で著名な魔術師に相談して調べてもらった。私は稀な体質らしくて、私にしかできないらしいんだ。これが成功したらここら一帯はしばらく安全が保たれる」
その為に王都に単身で行ったのだ。その後、妙なことになってはしまったが。
「俺が聞いてんのは、お前が、どうなるか、ってことなんだけど」
レーヴェが語気を強める。
「眠るだけだよ」
「どのくらいだ」
「百年か、二百年。あなたには今から私がやることを見届けてほしいんだ。上手くいったら、安定するまで誰も立ち入らないよう、強い防壁魔法を一帯にかけ直してもらいたい」
もしかしたら眠りにつく前に、何度か調整する必要があるかもしれない。そうなった場合は短期間あの塔に滞在することになる。
レーヴェは目をつぶり、顔の片側を手で覆っていた。低い声で呟く。
「……侯爵には言ったのか」
「許してもらったよ。目が覚めたらまた、リトスロード家にお仕えさせてほしいとお願いした」
子々孫々と、この役目は受け継がれていくのだろう。リトスロード以外には不可能な仕事だ。正直、先のことはどうなるか不明瞭ではあるが、もし子孫がいたのなら、自分を迎え入れて、仕事に加えてもらいたかった。
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