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55、私が守ります
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一級石を献上するため、フィアリスとエヴァンは王宮を訪れていた。
エヴァンは貴族として正装し、フィアリスも上等の白いローブを身にまとっている。
多少は自分もお咎めがあるかもしれないな、とフィアリスは廊下を歩きながら考えていた
何せあの針山のような土地の封印については国で協議中であり、フィアリスは独断で動いたのだ。結果的に迷宮は空になり、以前よりは危険な場所でなくなったのだが。
(なかなか言い訳が浮かばないな……)
そうこう思っているうちに、謁見の間に通されてしまった。魔術師一人だけが広間の警備を担当し、他の者は近づかないよう人払いさせてある。
ファイエルト国国王、レイフィル二世が二人の前に姿を見せた。
「陛下におかれましては、ご健勝のご様子、何よりのこととお慶び申し上げます」
エヴァンとフィアリスは臣下の礼をとる。
「此度は大変だったそうだな。ジュードはどうだ」
「当面は療養させていただく予定ですが、回復の見込みはあると医師が話しております」
一年か一年半は、休みをとる必要があるらしい。たまには休むのもよかろう、と王も苦笑した。彼の耳にもジュードがどれほど過労働していたかという話は入っているのだろう。
布に包んだ一級石を、王に渡す。一つはジュードが背中に埋めていたもので、もう一つは迷宮を封印していて割れてしまったものだ。
ジュードが禁忌を侵して私的に石を利用していたことについては、本人が先に書面にて報告をしている。どんな罰も受け入れる、と。
「陛下。どうかジュード・リトスロード侯爵様に寛大な処分を」
フィアリスはそう訴えた。
「あの男を処分するつもりはない、フィアリスよ。確かに責められるべき部分がないとは言わないが、ジュードは国のために尽くしてきた。私的に利用したと本人は申しているが、駆除の仕事が私的なものだとは私は思わん」
王はジュードよりわずかに年上で、精悍な顔立ちをした賢王だった。春の空を思わせる青い目に、若く見られがちなところを整えられた髭が威厳を添えている。
迷宮に関して、ジュードは頻繁に王宮に報告へ訪れていた。だから若い頃から付き合いが長く、王もジュードの人となりを知っているのだ。
「ところで、ウェイブルフェンについてのことだが……」
すっかりその名前に拒否反応を示すようになってしまったエヴァンが、少しだけ眉をしかめた。
ギリネアス・ウェイブルフェンは生きたまま捕らえて、彼の手下と共に国に差し出した。
手下はすぐに口を割って、これでウェイブルフェンの悪事は白日の下にさらされるものだと思っていたのだが。
ウェイブルフェン公爵は、全て息子一人の暴走だと断言した。自分は一切関係のないことだと。
愚息が国を危機に陥れかけてしまったことは認めるし、その責任は感じている。
ギリネアスは廃嫡され、一生塔に幽閉される決定がなされた。国外へ放逐すれば何をしだすかわからないからだ。
「失礼ながら、陛下はそれでご納得していらっしゃるのでしょうか」
エヴァンが喋るのを聞いて、フィアリスは軽い目眩を覚えた。
「エヴァン、口を慎みなさい。申し訳御座いません、陛下。この子はまだ年若いもので」
エヴァンの言い方では「私は納得していませんが」と抗議しているようなものである。無礼だ。
だが王は気分を害した様子もなく、穏やかに笑っている。
「よい、フィアリス。ジュードの息子よ、納得しているかと問われれば、答えは否だ。だが疑わしいというだけで、私が好き勝手に処罰を与えるわけにはいかぬ」
もしかしたら公爵が噛んでるかもしれないと、王も考えないではなかったのだろう。しかし証拠がない。
結局、ギリネアスがトカゲの尻尾切りのように処分されただけだ。息子といっても血の繋がりはないというのもあって痛みはないだろう。
支持者は公爵を非難するどころか、不遇の子供を養子に迎えたというのに、恩を仇で返されてなんと不幸なことだろう、と同情した。
申し訳が立たないので魔術院の院長の地位も退くと公爵は言ったのだが、周りが慰留した。よって公爵はほとんど何も失わずに済んだわけだ。
魔術院の院長の職などについては、政治も関わり難しい問題だ。貴族間の微妙な力関係もあって、王も無闇に口は挟めない。王家と公爵家の関係もある。
正義感の強いエヴァンはどうしても納得しかねるだろうが、世の中はそういうものだ。こらえてもらうしかなかった。
「ところでフィアリス、お前のことについてだが……」
「はい」
ああ、来た。困った。
だがさらにフィアリスを困らせたのは、隣にいる弟子だった。
「陛下。フィアリスは何一つ悪くないのです。フィアリスは事態を収めるために尽力しました。誰にも相談をしなかったのは、彼の行きすぎた奉仕精神に理由があります。私は彼がどれほど利他的行動をとり、己が傷つくことを厭わず、」
「口を閉じてくれないか、エヴァン。私の寿命が縮んでしまうよ」
陛下を前にして何を言い出すのだこの子は。
実際フィアリスの額には冷や汗が浮かんでいた。
「迷宮の一級石についてのことか? それについては責めはしない。それよりフィアリスの出自についての話だ」
「出自……」
とフィアリスとエヴァンは声を揃えた。それは想像もしなかった話題である。
「お前はフールマルクに己の力について相談をしていたそうだな」
フールマルクというのは、王室付き魔術師の一人である。今も広間の警備をしている者だ。フィアリスが王都にいる時分、交流があり、以前体質について相談したのが彼だった。
王はフールマルクから話を聞いて、思い当たることがあったのだという。
「一部の王族しか知らない話だ」
王はそう前置きをして語った。
遠い昔、この地方には特殊な一族が住んでいた。強い魔力を持ち、その誰もが見目麗しい。
そして彼らは秘伝の法を使い、純度の高い魔石を作り出すことができたのだった。
「二級石以下は鉱脈から見つかる。しかし一級石は、全て彼らが生み出したものだとされている。新しいものがもう生み出されることがないのは、一族の血が途絶えたからだという話だ」
一族は争いに巻き込まれ、石のために死んでいったという。
「フィアリスは、その末裔であろう」
王に言われ、フィアリスは沈黙した。幼い頃の記憶はほとんどなく、両親の顔も知らない。しかし自分が変わった力を持っているという自覚はあった。
「誰かに知られるとろくなことにならぬから、事実は胸にしまっておくといい。お前を国で保護してやることもできるが……」
王の視線がエヴァンの方へと向けられる。エヴァンの握っているこぶしに力がこめられたことに、彼も気づいたかもしれない。
「エヴァン・リトスロードよ。お前の意見を聞こうか。フィアリスはお前の家に仕える魔術師だ。フィアリスの身を預かる者としての考えは尊重しよう」
「では、言わせていただきます」
エヴァンは一切臆せず、王の目を見据えた。
「フィアリスは私が命ある限り守ります。私以外の者に守らせたくはありません。私しか守れませんし、私が守るべきだと思っております。誰にも渡しません」
広間は静まりかえっていた。人払いをしているので、この場にはたった四人しかいない。
沈黙が耳に痛かった。
フィアリスは胸に手を当てて、目をきつくつぶっていた。
「……陛下、……どうか……お許しください。エヴァンは……子供なのです……」
切れ切れに謝罪する。弟子の無礼は師に責任があるのだ。
変なことは言わないでくれよ、と口を酸っぱくして言い聞かせたつもりだが、まだ足りなかったのかもしれない。
エヴァン、君の愛の強さはわかった。知っている。知っているから、他人にも主張しようとしないでくれないか。
こんな場でなかったら、エヴァンの肩をつかんで揺さぶりながら言っていただろう。
「聞き入れてくださいますか、陛下」
エヴァンはフィアリスの謝罪を無視している。
王は口元に笑みを浮かべて穏やかな表情を崩さない。
「そこまで言うならよい、お前が守ってやるといい。今回の手柄については私も聞いているからな。力に不足はないだろう。しかし約束を違えるなよ。その者は言ってみれば国宝に値する。必ず、守れ」
「我が師はこの世にただ一つの尊い貴石です。この先、誰一人指を触れさせないと誓いましょう。お任せを」
きっちりと礼をするエヴァンの隣で、フィアリスは赤面しながら顔を片手で覆っていた。礼儀も作法もない。
嬉しさと恥ずかしさと気まずさと焦り。
もう、どんな顔をすればいいのやらわからなかった。
ついに王は小さな笑い声を立てた。
「頼もしいではないか。フィアリスよ、随分と懐かれたな」
「はっ……」
顔を真っ赤にしながら、フィアリスも礼をするしかなかった。
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