侯爵様の愛人ですが、その息子にも愛されてます

muku

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56、早く言ってほしかった

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 * * *

「どうして館に戻らないんです? 何か不満でもあるんですか」
「不満はないよ。だから何度も言ってるじゃないか。私が調べたいと申し出て、聞き入れてもらったんだよ。仕事なんだって……」

 騒動の起きた例の土地。かつて番人が住んでいたという塔に、フィアリスとエヴァンはいた。
 迷宮は空になり、ほとんど害はなくなったとはいえ、また異変が起きないとも限らない。
 近頃魔物の数が増えていたのは、ここから別の迷宮へと漏れ出した魔物があちこちに出没していたかららしいという結論が出た。おかげで出没件数は随分と落ち着いてきている。

 ここへ一ヶ月ほど滞在して調査したい、とフィアリスは王宮の方に頼んだのだった。
 結果的に丸くおさまったからよかったものの、勝手な振る舞いをした責任を感じていて、いてもたってもいられなかったのだ。

「通えばいいじゃないですか」

 エヴァンは口を尖らせて拗ねている。

「遠いもの。それに一ヶ月だけだよ」

 最低限の荷物を運びこんで住めるようにしておいた。おそらくは何も起こらないだろうから一人でこなすつもりだったのだが、エヴァンがくっついてきてしまったのだ。

「君はお父上が戻るまで、代理として仕事をしなくちゃならないんだよ。帰りなさい」
「嫌です。もしもの時は急ぎで連絡するように言っているし、馬があるからすぐに戻れる。それにレーヴェがいますから」

 魔物の駆除ならレーヴェが大体こなせるだろうが、そういう問題ではないのだ。散々言い合った末、エヴァンがここに通うという形で妥協した。

「あなたは何度も私の前から姿を消そうとしたから、目を離すのが心配なんですよ。陛下とも約束しましたし、あなたを一人にしたくない」
「わかったわかった、もう君を悲しませるようなことはしないから。ね?」

 両手を広げると、ぶすっとしながらエヴァンは歩み寄ってくる。フィアリスはにこにこしながらエヴァンの背中に手を回し、それから頭も撫でてやった。
 自分の気持ちに素直になってからは、とても心が楽になったように思う。

 自分のために自分を大切にするのはフィアリスには難しかったが、エヴァンのために大切にしなくてはならないんだ、と考えを少しずつ改められるようになってきた。
 硝子のはまっていない、ただ穴を開けただけの窓からは、涼しい夜の風が流れこんでくる。ここから、一級石で封印されていた迷宮の穴が見えるのだった。

 部屋は岩を削って作られたもので、寝台代わりの空間はあるが、調度品らしいものは棚しかない。簡易的な机と椅子は運び込んだものだった。

「君がここに通うことになって、レーヴェは何て言ってるの?」
「うるせぇから一生帰って来なくていい、そっちに住んじゃえよ、と言ってました」

 レーヴェならそう言うだろう。あまり睦まじいところを見せつけられたくないとぼやいていた。お前らすぐ廊下でイチャつくからな、と。ドアを閉めずによろしくやっている男に非難されたくもないのだが。

「……怪我の具合は、良くなりましたか」

 エヴァンがフィアリスの手首を持ち上げ、服の裾をまくって腕を確認する。
 何気ない動作なのに、フィアリスは思わずびくりと肩を揺らしそうになった。

「すっかり治ったよ。治りは早いって知ってるだろう?」

 ギリネアスと戦った時に負ったものは大半が完治して、傷跡も残っていない。呆れるくらい丈夫なのだ。それもきっと、石を生み出す一族として受け継いだ体質の一つなのだろう。

「そうですか。よかった」

 フィアリスとエヴァンは、至近距離で見つめ合っていた。
 月光が差し込み、燭台の蝋燭が燃えている。明かりは僅かで、辺りには誰もいない。この広い土地に、二人きりでいることをフィアリスは思い出した。

 エヴァンが体を離す。
 距離を取られて、戸惑ったのはフィアリスだった。
 エヴァンは寝台の様子を確認している。寝心地にこだわって、ああでもないこうでもないと寝具をいくつも運びこんできたのだ。

 しばらくの間フィアリスは無言で、夜空を眺めていた。だが、ぽつりと口を開く。

「エヴァン。君はその……以前より……私に迫らなくなったね」

 手を握ったり強く抱きしめたり、唇を奪うなんてことはなくなった。妙に距離をとられているような気がして不思議だった。

「ああ、それは」

 振り向いたエヴァンは至極真面目な顔をしていた。

「前にも言いましたが、性急すぎたと思ったので……。私はあなたの体が目当てじゃないんです。それにあなたはそういうことで傷ついてきただろうから、抵抗があるのかもしれない、と」

 そうだったのか。
 この子は相手の気持ちを配慮できる青年に成長してくれたのだな、とフィアリスは胸がいっぱいになった。
 立ち止まって、己の行動を見直すことができるのは立派なことだ。私を大切にしてくれている。

 ――けれど。

「あの……エヴァン。気持ちはとても嬉しい。それで……軽蔑しないで聞いてほしいんだけど……」

 外を向いたまま話もできたが、思い切ってエヴァンの方へ体を向けた。相当顔が赤くなっているらしく、頬に熱がのぼっている。

「だから……その」
「何です?」
「私が……………………してほしい、と言ったら?」

 自分はかなり恥ずかしい言葉を口にしているという自覚はあった。だがこんなタイミングでもないと言えない。
 夜の静けさがフィアリスを素直にする。大胆に一歩踏み出せとそそのかす。

「気をつかってもらっているのに、申し訳ないんだけど。本音を言うと……私は、君と……したいんだ。君に、」

 抱かれたい、との台詞は、羞恥のために喉につっかえて出てこなかった。

「フィアリス。そういうことは」

 近づいてくるエヴァンの顔を見ることができなくて、フィアリスはしおれた花のようにうつむいた。すかさず顎をとらえられ、上を向かされる。
 ごく間近に、エヴァンの端正な顔があった。

「早く言ってほしかったですね」

 唇が重なった。

 腰を抱き寄せられて、体が密着する。
 口づけはすぐに深いものになり、激しくなった。息もしにくいほどに求め合う。
 この感触が幸福そのもので、フィアリスは体の芯から溶けてしまうのではないかと錯覚を覚えた。
 舌が絡んで、甘い唾液が混ざり合う。自分を求めて動く舌が可愛くて仕方がなくて、フィアリスも素直に応じる。

 エヴァン。エヴァン。
 何度も愛しい人の名前を心の中で呼ぶ。呼ぶごとに酔っていく。

 そのうちフィアリスはエヴァンに抱えられ、寝台へと連れていかれた。こだわりの甲斐があって、寝心地は抜群だ。
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