4 / 14
4、提案
しおりを挟むノエルはその「猛毒王子」という呼び方は初耳だった。
オズヴィンの説明によると、リューネフェルトの王族は代々、あらゆる毒に対して耐性があるという体質らしい。毒が効きにくいこと、それが正当な血筋をあらわす証拠の一つであるのだという。
よって、五歳になると性別問わずに王の子供は毒杯を飲み干す儀式があった。
レオフェリスもこの儀式を行ったのだが、手違いで予定の何十倍も強い毒が杯に入れらていたそうだ。手違いというのは表向きの解釈で、実際は陰謀に違いないだろうが。
おそらく暗殺を目論まれていた王子だが、毒を飲んでもけろりとしていた。
そして彼が猛毒王子と呼ばれるのはもう一つ理由がある。リューネフェルトの王族は毒の知識が豊富であった。レオフェリスもこれに違わず、あらゆる毒を駆使して、簒奪者である王の忠臣を毒殺していき、力をそいでいったのだ。
借金の話をしている時以上に気分が悪くなったノエルは、青ざめながら呟いた。
「では私は、斬られるか毒殺かのどちらかかもしれんな」
「馬で引き回されるというお前のアイディアもなかなか良いぞ」
「黙れ、オズヴィン。冗談で笑える気分じゃない」
今になって、屋敷に老僕達を残してきた判断は間違っていたかもしれないと不安になってきた。二人の体力を考えると連れていけないし、途中で襲撃される可能性もあったので置いてきたのだが、今頃どうなっていることか……。
侯爵家の者によると、こちらにレオフェリスの追っ手が迫ってきている様子はないという。
ジェフリーとメイベルが心配だ。彼らはノエルの大切な、たった二人だけの使用人なのだ。
――いつまでもここにいるわけにはいかない。戻って確認してみなければ。
そもそもは自分が招いた事態である。ノエルは冷めた紅茶をがぶ飲みして、口元を手の甲で拭った。
「話せばわかってくれるかもしれない。私が知る限り、レオは優しい男の子だった。とにかく、誠心誠意、謝罪してみよう」
発狂しそうなほど追いつめられていたノエルだったが、オズヴィンと話をして少しだけ冷静になれた。急いで屋敷に帰ろう、と立ち上がったノエルだったが、オズヴィンが引きとめた。
「借金に関してだが、提案がある」
「何だ?」
「私の妻になれ、ノエル」
「………………」
ノエルはオズヴィンを見つめて目を細めると、顔をしかめた。
「………………は?」
「私と結婚しろと言っている。私は大貴族だ。お前の借りた金はどうにかしてやろう」
聞き違いかと思ったが、そうではないらしかった。
「お前……何を言っているんだ? 私は男だぞ? それに、オズヴィンにはもう妻がいるじゃないか」
「だから、第二夫人になればいい。貴族は三人まで妻をもつことが認められているのは、お前も知っているだろう?」
「だっ……!」
隣国リューネフェルトでは同性婚が認められているが、ここロマリス国ではそうではない。一方、ロマリスでは正妻の他に、あと二人婚姻関係を結ぶことが法で許されているのである。
というのもロマリスでは大昔、王家が疫病で断絶しかけ、王が五人の妃を迎えてことなきを得たという歴史がある。案外揉めずに済んだため、多妃制が合法化された。
そしてその後戦乱で男性の人口減少が進んだため、女性貴族を保護する第三夫人までの制度が慣習化した。隣国の影響か、いつの間にか第二夫人以降は同性でもよしということになっている。子供の跡取り問題で揉めないので、むしろ異性より歓迎されていた。
なので、ノエルがエヴァルテス侯爵第二夫人となるのは無理な話ではない。
「冗談も休み休み言え! 第二夫人なんて、結局愛人ではないか! 愛人なんて、私は嫌だ! お前はエレノア様という妻がいながら……なんという汚らわしい提案をするのだ!」
「相変わらず潔癖だな。妾だなんだと言われるが、第二第三夫人は保護を目的として婚姻契約が結ばれることが多いのだぞ。妻が何人いても、幸せな家は幸せだ。私の伯父は第二第三夫人に、若くて見目良い騎士の男を二人迎えて、みんな楽しく暮らしている」
「嫌だ!」
ノエルは思い切り床を踏み鳴らした。
「私は、愛する人は生涯ただ一人がいい。真実の愛しか信じない。既婚者を愛するのは不倫なんだ。国と教会が許しても、私はお断りだ!」
「全く……。子供は純真だの真実の愛は一つきりだの、幼稚すぎるぞ、ノエル。だからお前は世渡りが下手なのだ。真実の愛だ? ハッ! 何だそれは。さっさと理想主義者から足を洗え! お前は夢見がちな処女か」
「童貞だ」
「そうか、その歳でもやはり童貞だったか……。純潔を保っていて何よりだ。しかし、今後どうするつもりだ? 金持ちの娘でも妻に迎えてしのぐつもりか?」
「そういうのは、好きじゃない……」
金のための結婚だなんて、愛がなさすぎる。ノエルにとって、愛というものは最も重んずるものだったのだ。貴族なんて政略結婚が当たり前だとオズヴィンにはよく笑われたものだが、それが普通であってもノエルには受け入れ難かった。
「まあどの道、こんな状態のお前と結婚したがる貴族や金持ちなんて、そうそう見つからないだろうな。お前は私と妻以外の貴族とはほぼ面識がないし、ミラリア男爵は借金まみれだという噂は広がっている」
はあ……とため息をつくノエルに、オズヴィンは続けた。
「だから私の第二夫人になるしかないのだよ」
「嫌だ」
ノエルは即答してオズヴィンを睨みつけた。
「お前の妻のエレノア様は、国王陛下の姪じゃないか。そんな高貴な血筋の方を妻に迎えておいて、よくも第二夫人を持とうなんて思えるな。エレノア様に無礼だ」
「何度も説明しているが、エレノアとは政略結婚だ。王家がエヴァルテス侯爵家との繋がりを強くしたがっていたからな。エレノアには結婚する前に、私が第二第三夫人を迎える可能性があることを了承してもらっている」
ノエルには理解できない話である。自分も嫌だが、エレノアの気持ちを考えるととてもではないが申し訳なくて頷けない。
「私が第二夫人になったら、結局私達は金で結ばれた間柄になる。それでいいのか? オズヴィンは。しかも多額の出費になるぞ」
「結婚すれば堂々とお前を抱ける。お前を抱くならそれくらいの額は安いものだ」
かっと頭にきたノエルは、クロスがかけられた卓に拳を叩きつけた。
「もっとエレノア様と私の気持ちを考えろよ! 金で言いなりにして、私を愛人にして抱いて、何が楽しいんだ!」
「童貞、声が大きいぞ」
ノエルは慌てて口を押さえた。同じ邸宅内にいるはずのエレノアの耳に届いたら、それこそ彼女を傷つけてしまうだろう。ノエルは礼儀正しく優しい侯爵夫人が好きだったから、彼女に負担をかけることは避けたかった。
「とにかく、もう帰る」
オズヴィンは常日頃冗談ばかり言い、ノエルをからかってばかりいるから今回もどこまで本気かわからない。しかしノエルにとって良い気のしない話であるから、ノエルはむっとしていた。
「そうか、達者でな、多重債務男爵。もしお前がリューネフェルトの王子に殺されたら、挙兵して弔い合戦をしてやるから安心しろ」
立ち去りかけたノエルだったが、大きなため息をついてオズヴィンのところへ戻ってきた。
「万が一私が殺されても、お前がすすんで巻き込まれることはないよ。そうなった時は、残されたうちの使用人とミラリア領の領民のためにどうか便宜をはかってくれ。私の望みはそれだけだ。いつも迷惑をかけてすまない、オズヴィン。あと、『多重債務男爵』はやめろ」
力なく言うと、ノエルは今度こそ部屋を出て行った。振り返らなかったノエルは、残されたオズヴィンが真剣な顔をして腕を組み、「レオフェリス王子か……」と呟いていたのは知らなかった。
11
あなたにおすすめの小説
ハッピーライフのために地味で根暗な僕がチャラ男会計になるために
ミカン
BL
地味で根暗な北斗が上手く生きていくために王道学園でチャラ男会計になる話
※主人公へのいじめ描写ありのため苦手な方は閲覧ご注意下さい。
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
可愛い系イケメンが大好きな俺は、推しの親友の王子に溺愛される
むいあ
BL
「あの…王子ーー!!俺の推しはあなたの親友なんだーーー!!」
俺、十宮空也は朝、洗面台に頭をぶつけ、異世界転生をしてしまった。
そこは俺がずっと大好きで追い続けていた「花と君ともう一度」という異世界恋愛漫画だった。
その漫画には俺の大好きな推しがいて、俺は推しと深くは関わらないで推し活をしたい!!と思い、時々推しに似合いそうな洋服を作ったりして、推しがお誕生日の時に送っていたりしていた。
すると、13歳になり数ヶ月経った頃、王宮からお茶会のお誘いが来て…!?
王家からだったので断るわけにもいかず、お茶会に行くため、王城へと向かった。
王城につくと、そこには推しとその推しの親友の王子がいて…!?!?
せっかくの機会だし、少しだけ推しと喋ろうかなと思っていたのに、なぜか王子がたくさん話しかけてきて…!?
一見犬系に見えてすごい激重執着な推しの親友攻め×可愛いが大好きな鈍感受け
美形令息の犬はご主人様を救いたい
皮
BL
シエノークは美しき侯爵令息ルスランの忠実なしもべであり、犬だった。ルスランを盲信し、王家に叛逆するルスランを支え、ルスランが王家の騎士に斬られて命を落とすまで傍にいた。その後、シエノークもまた命を落とし、──ベッドの上で目を覚ました。9歳に戻ったシエノークはご主人様であるルスランの破滅を防ぐことを決意する。/美形令息×美形令息の犬
泥酔している間に愛人契約されていたんだが
暮田呉子
BL
泥酔していた夜、目を覚ましたら――【愛人契約書】にサインしていた。
黒髪の青年公爵レナード・フォン・ディアセント。
かつて嫡外子として疎まれ、戦場に送られた彼は、己の命を救った傭兵グレイを「女避けの盾」として雇う。
だが、片腕を失ったその男こそ、レナードの心を動かした唯一の存在だった。
元部下の冷徹な公爵と、酒に溺れる片腕の傭兵。
交わした契約の中で、二人の距離は少しずつ近づいていくが――。
異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!
めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈
社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。
もらった能力は“全言語理解”と“回復力”!
……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈
キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん!
出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。
最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈
攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉
--------------------
※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる