美貌の貧乏男爵、犬扱いしていた隣国の王子に求婚される

muku

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4、提案

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 ノエルはその「猛毒王子」という呼び方は初耳だった。
 オズヴィンの説明によると、リューネフェルトの王族は代々、あらゆる毒に対して耐性があるという体質らしい。毒が効きにくいこと、それが正当な血筋をあらわす証拠の一つであるのだという。

 よって、五歳になると性別問わずに王の子供は毒杯を飲み干す儀式があった。
 レオフェリスもこの儀式を行ったのだが、手違いで予定の何十倍も強い毒が杯に入れらていたそうだ。手違いというのは表向きの解釈で、実際は陰謀に違いないだろうが。
 おそらく暗殺を目論まれていた王子だが、毒を飲んでもけろりとしていた。

 そして彼が猛毒王子と呼ばれるのはもう一つ理由がある。リューネフェルトの王族は毒の知識が豊富であった。レオフェリスもこれに違わず、あらゆる毒を駆使して、簒奪者である王の忠臣を毒殺していき、力をそいでいったのだ。
 借金の話をしている時以上に気分が悪くなったノエルは、青ざめながら呟いた。

「では私は、斬られるか毒殺かのどちらかかもしれんな」
「馬で引き回されるというお前のアイディアもなかなか良いぞ」
「黙れ、オズヴィン。冗談で笑える気分じゃない」

 今になって、屋敷に老僕達を残してきた判断は間違っていたかもしれないと不安になってきた。二人の体力を考えると連れていけないし、途中で襲撃される可能性もあったので置いてきたのだが、今頃どうなっていることか……。

 侯爵家の者によると、こちらにレオフェリスの追っ手が迫ってきている様子はないという。
 ジェフリーとメイベルが心配だ。彼らはノエルの大切な、たった二人だけの使用人なのだ。

 ――いつまでもここにいるわけにはいかない。戻って確認してみなければ。

 そもそもは自分が招いた事態である。ノエルは冷めた紅茶をがぶ飲みして、口元を手の甲で拭った。

「話せばわかってくれるかもしれない。私が知る限り、レオは優しい男の子だった。とにかく、誠心誠意、謝罪してみよう」

 発狂しそうなほど追いつめられていたノエルだったが、オズヴィンと話をして少しだけ冷静になれた。急いで屋敷に帰ろう、と立ち上がったノエルだったが、オズヴィンが引きとめた。

「借金に関してだが、提案がある」
「何だ?」
「私の妻になれ、ノエル」
「………………」

 ノエルはオズヴィンを見つめて目を細めると、顔をしかめた。

「………………は?」
「私と結婚しろと言っている。私は大貴族だ。お前の借りた金はどうにかしてやろう」

 聞き違いかと思ったが、そうではないらしかった。

「お前……何を言っているんだ? 私は男だぞ? それに、オズヴィンにはもう妻がいるじゃないか」
「だから、第二夫人になればいい。貴族は三人まで妻をもつことが認められているのは、お前も知っているだろう?」
「だっ……!」

 隣国リューネフェルトでは同性婚が認められているが、ここロマリス国ではそうではない。一方、ロマリスでは正妻の他に、あと二人婚姻関係を結ぶことが法で許されているのである。
 というのもロマリスでは大昔、王家が疫病で断絶しかけ、王が五人の妃を迎えてことなきを得たという歴史がある。案外揉めずに済んだため、多妃制が合法化された。

 そしてその後戦乱で男性の人口減少が進んだため、女性貴族を保護する第三夫人までの制度が慣習化した。隣国の影響か、いつの間にか第二夫人以降は同性でもよしということになっている。子供の跡取り問題で揉めないので、むしろ異性より歓迎されていた。
 なので、ノエルがエヴァルテス侯爵第二夫人となるのは無理な話ではない。

「冗談も休み休み言え! 第二夫人なんて、結局愛人ではないか! 愛人なんて、私は嫌だ! お前はエレノア様という妻がいながら……なんという汚らわしい提案をするのだ!」
「相変わらず潔癖だな。妾だなんだと言われるが、第二第三夫人は保護を目的として婚姻契約が結ばれることが多いのだぞ。妻が何人いても、幸せな家は幸せだ。私の伯父は第二第三夫人に、若くて見目良い騎士の男を二人迎えて、みんな楽しく暮らしている」
「嫌だ!」

 ノエルは思い切り床を踏み鳴らした。

「私は、愛する人は生涯ただ一人がいい。真実の愛しか信じない。既婚者を愛するのは不倫なんだ。国と教会が許しても、私はお断りだ!」
「全く……。子供は純真だの真実の愛は一つきりだの、幼稚すぎるぞ、ノエル。だからお前は世渡りが下手なのだ。真実の愛だ? ハッ! 何だそれは。さっさと理想主義者から足を洗え! お前は夢見がちな処女か」
「童貞だ」
「そうか、その歳でもやはり童貞だったか……。純潔を保っていて何よりだ。しかし、今後どうするつもりだ? 金持ちの娘でも妻に迎えてしのぐつもりか?」
「そういうのは、好きじゃない……」

 金のための結婚だなんて、愛がなさすぎる。ノエルにとって、愛というものは最も重んずるものだったのだ。貴族なんて政略結婚が当たり前だとオズヴィンにはよく笑われたものだが、それが普通であってもノエルには受け入れ難かった。

「まあどの道、こんな状態のお前と結婚したがる貴族や金持ちなんて、そうそう見つからないだろうな。お前は私と妻以外の貴族とはほぼ面識がないし、ミラリア男爵は借金まみれだという噂は広がっている」

 はあ……とため息をつくノエルに、オズヴィンは続けた。

「だから私の第二夫人になるしかないのだよ」
「嫌だ」

 ノエルは即答してオズヴィンを睨みつけた。

「お前の妻のエレノア様は、国王陛下の姪じゃないか。そんな高貴な血筋の方を妻に迎えておいて、よくも第二夫人を持とうなんて思えるな。エレノア様に無礼だ」
「何度も説明しているが、エレノアとは政略結婚だ。王家がエヴァルテス侯爵家との繋がりを強くしたがっていたからな。エレノアには結婚する前に、私が第二第三夫人を迎える可能性があることを了承してもらっている」

 ノエルには理解できない話である。自分も嫌だが、エレノアの気持ちを考えるととてもではないが申し訳なくて頷けない。

「私が第二夫人になったら、結局私達は金で結ばれた間柄になる。それでいいのか? オズヴィンは。しかも多額の出費になるぞ」
「結婚すれば堂々とお前を抱ける。お前を抱くならそれくらいの額は安いものだ」

 かっと頭にきたノエルは、クロスがかけられた卓に拳を叩きつけた。

「もっとエレノア様と私の気持ちを考えろよ! 金で言いなりにして、私を愛人にして抱いて、何が楽しいんだ!」
「童貞、声が大きいぞ」

 ノエルは慌てて口を押さえた。同じ邸宅内にいるはずのエレノアの耳に届いたら、それこそ彼女を傷つけてしまうだろう。ノエルは礼儀正しく優しい侯爵夫人が好きだったから、彼女に負担をかけることは避けたかった。

「とにかく、もう帰る」

 オズヴィンは常日頃冗談ばかり言い、ノエルをからかってばかりいるから今回もどこまで本気かわからない。しかしノエルにとって良い気のしない話であるから、ノエルはむっとしていた。

「そうか、達者でな、多重債務男爵。もしお前がリューネフェルトの王子に殺されたら、挙兵して弔い合戦をしてやるから安心しろ」

 立ち去りかけたノエルだったが、大きなため息をついてオズヴィンのところへ戻ってきた。

「万が一私が殺されても、お前がすすんで巻き込まれることはないよ。そうなった時は、残されたうちの使用人とミラリア領の領民のためにどうか便宜をはかってくれ。私の望みはそれだけだ。いつも迷惑をかけてすまない、オズヴィン。あと、『多重債務男爵』はやめろ」

 力なく言うと、ノエルは今度こそ部屋を出て行った。振り返らなかったノエルは、残されたオズヴィンが真剣な顔をして腕を組み、「レオフェリス王子か……」と呟いていたのは知らなかった。
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