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3、金と王子の話
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「ノエル、お前は大馬鹿者だ」
犬呼ばわりしていた王子の電撃訪問から数刻。ノエルは助けを求め、貴族の唯一の友人、オズヴィン・エヴァルテス侯爵の屋敷に駆け込んでいた。
オズヴィンはノエルの七つ年上の二十八歳で、ノエルのように若くして爵位を継いだがやり手の男で、有力貴族である。幼い頃からの付き合いなので、打ち解けた間柄であった。
「何故商人ギルドのメルリド商会などから金を借りた?」
来て早々、ノエルは早口でオズヴィンに王子来訪の事情を説明したが、自分が現実を受け入れられないでいるため、まず他の話をしようと彼に頼んだのだった。話題はノエルの焦眉の問題、莫大な借金についてになった。
「それは……私が爵位を継いだ後に記録を調べてみたら、父上がメルリド商会から借り入れをしたとあって、完済もしているから、問題ないと……」
「父君が借金をしたのはお前が生まれる前、つまり二十年以上前のことで、あの頃と今ではロマリス国のメルリド商会もずいぶん変わったのだぞ。かなりの力を持っていて、商会長の大商人はとんだ曲者だ。貴族の派閥争いにも噛んでくるし、私ですらうかつに手を出せん奴らときている。それで? お前は、年利はいくらで借りたのだ? 他のも合わせると債務総額はどれくらいだ?」
しどろもどろになりながらノエルが説明すると、オズヴィンは舌打ちをした。
「返済できるわけがなかろう。どうするつもりだったんだ」
「取りあえず借りて……、何か……そのうち……どうにかして返すつもりでいたのだが……」
「そういう人間が借金に手を出すと、待っているのは破滅しかない。いいかノエル。お前の父上もかなりの借金をしていたが、お前の代になって数年で、その何倍も膨れ上がっている。何故か教えてやろうか? お前が馬鹿だからだ」
ぐう、とノエルは喉の奥でうなり声をあげる。
「そもそもミラリア男爵領はろくな土地ではない」
「そ、そんなことはない、良いところだっ! 静かで美しく、私が生まれ育った大切な場所でっ」
「お前の印象とか思い入れの話はしていない。金になるかならないかの話だ。男爵領は寒冷で農作物の育ちは悪く、小麦も収穫量が少ない。不作が多いため飢饉が起きやすい。農民の冬の副業はぱっとせず、田舎のため主要街道から離れていて、外貨が流入せず閉塞的だ。儲けが少ない」
ノエルはオズヴィンの指摘を聞きながら、冷や汗を流していた。茶を出されていたが口をつけておらず、すっかり冷めてしまっている。
ミラリア領の財政状況は、収入が下級貴族としては最低水準だ。しかも年間支出が収入を上回っており、常に赤字であった。
「お前は借金を返すために別の場所で借金をして、首が回らなくなっている。それを何と言うか知っているか? 『多重債務』だ。ろくでもないところからばかり借りるからそうなるんだぞ」
「だって、貸してくれるというから……」
「契約内容を確認しろ。お前が今手を出しているのはどこも高利貸しで、状況を悪化させている」
「オズヴィン、私は、私は……」
ノエルは頭を抱えて悲痛な声をあげた。
「数字の計算が本当に苦手なんだ……!」
「馬鹿だものな」
「馬鹿ではない! 計算が不得意なだけで、断じて馬鹿ではない!」
ノエルは記憶力が良い方で、詩などは一度聞いただけでそらんじることができる。文章を書けば綴りを間違ったりはしないし、物覚えも悪くないのだ。
ただ、数字に関する能力だけが著しく低かった。計算をしていると途中でわけがわからなくなり、ざっくりと適当に済ませてしまうのである。
「お前は近年まれに見る世間知らずの箱入り息子だったからな。『利子って何だ?』と聞かれた時の衝撃は忘れられないぞ」
それはノエルが男爵位を継いだ後のことだった。男爵家には相当な借金があることを知り、契約の書類に目を通したノエルは、利子の意味をオズヴィンに尋ねたのだった。
あの時、さすがのオズヴィンも絶句していた。
ノエルの方も、借りた金はそのままの額を返せばいいのだろうと考えていたので、放っておくと借金というものは増えると聞いて驚いたのを覚えている。
「いいか、耳の穴をかっぽじってよく聞け、この借金男爵」
「その呼び方はよせ。侯爵閣下が下品な言葉を口にするんじゃない」
「このままだとメルリド商会は債権を転売する可能性もあるぞ」
「えっ? さ、さいけんを、てんばい、とは……?」
オズヴィンは呆れた眼差しを向けながら噛み砕いて説明をする。ノエルの借金は、返す相手がメルリド商会から別の、例えば貴族などに移るケースもあるということらしい。しかし聞いても意味がわからなかった。
「さっき、ミラリア領は金にならないと言わなかったか? どうして私の借金を買う貴族がいるんだ」
「安く買えるなら価値もある。使える土地を増やして何をやるかは人それぞれだ。それに、お前に圧をかける目的のある奴が出てくるかもしれないだろう。借金を口実にお前を言いなりにさせたい、だとかな。ミラリア男爵家は敵対する貴族はおらんが、お前の友人である私には多くいる。私を揺さぶるためにお前を利用しようと考えるかもしれん」
そんな陰湿な思考をする貴族のことはノエルにはさっぱり理解不能だが、もしいるとしたらオズヴィンにも迷惑がかかってしまうかもしれないと思うと、暗澹とした気持ちになる。
担保となっている果樹園についてや、債務証書に書かれた条項の数々。オズヴィンは次々に鋭いことを言い、ノエルはその度に刃物で斬りつけられているかのような苦痛を味わった。ついに精神が限界を迎えそうになり、たまらず声をあげる。
「やめてくれ、オズヴィン! 金の話はもうたくさんだ! 金の話をしていると、具合が悪くなるんだよ!」
「お前が相談するから話をしているんだぞ。話をやめても借金問題は消えないがな。よろしい、では話題を戻そう。男爵邸にリューネフェルトの王子がやって来た件だが……」
「わあっ!!」
ノエルは椅子から立ち上がって手で頭を押さえた。
「そっちの方が今の私には受け入れ難い問題だ!」
泣き出しそうな顔になるノエルを、オズヴィンは冷ややかに見つめている。
「問題に向き合わないで先送りしたところで、事態は好転しないぞ。今から言ったところで遅いが、何事も先送りにする楽観的で危機感のない人間は金を借りるのに向いていない」
オズヴィンは、リューネフェルトの王子レオフェリスがわざわざノエルの元へやって来たことに首を傾げていた。王位を簒奪した裏切り者を殺し、復讐を遂げたばかりの男である。自分が王位につくというまさにその直前、今が一番多忙なはずで、隣国の男爵のところへ直接顔を出す意味がわからない。
「それは……きっと私に仕返しをしに来たのだろう……。私はレオに酷いことをしたのだし……。恥辱のために私を斬るか、国へ連れて行って馬に結びつけて引き回す気かもしれない……」
思い返せば、四つん這いで歩かせたりお手をさせたり、悪気はなかったとは言えなんて失礼なことをしていたのだろう。レオフェリスが王子でなかったとしても、許されない仕打ちである。
オズヴィンがしつこく尋ねてくるので、ノエルはレオとどういう暮らしをしていたのかを説明した。毎晩のように抱きしめて眠っていたという部分を耳にすると、オズヴィンは眉をひそめた。
「それでお前達は、一つの寝台で抱き合っていやらしいことをしたわけか?」
「なんっ……なんて破廉恥な発言をするんだ! 子供だったんだぞ! 子供は純真で無垢なんだ。そんなこと、考えすらしないだろう!」
やれやれ、とオズヴィンはかぶりを振っている。
「お前はおめでたい頭をしているな。個人差もあるから一慨に言えんのは確かだが、子供がみんな天使のように純粋だというのはお前の妄想だ。子供とはいえ人間で、悪賢いガキがいればスケベなガキもいる」
「とにかく私は、レオを純粋に、犬として可愛がって……」
と言いかけて、ノエルは口をつぐんだ。悪意がなくても、やっていいことと悪いことがあり、まともな弁明が思いつかなかった。ここへ来るまでの道々で考えていたのだが、レオフェリスはおそらく、十年前のクーデターで国を脱出し、ミラリア男爵領まで逃げのびたのだ。あの歳で一人で移動したとは考えられないため、協力者がいたはずである。はぐれたのか、追っ手に殺されたか。
親が殺され、自分も命からがら逃げ出し、たどり着いた異国で犬ごっこをさせられるとは、レオフェリスは相当屈辱を感じただろう。
「大国リューネフェルトの王子を犬扱いするとは大物だな、お前も。面白い話だ」
「どこに面白がる部分があった? 身も凍る話だと思うんだが」
「リューネフェルトのレオフェリス王子は、剣の腕も見事で、自ら敵である前王の従兄弟の公爵を討ち取ったそうだ。しかも、『猛毒王子』との異名がある」
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