美貌の貧乏男爵、犬扱いしていた隣国の王子に求婚される

muku

文字の大きさ
5 / 14

5、結婚

しおりを挟む

 * * *

 陽が沈みかけている。
 のどかな領地のあちこちが夕暮れに染まる景色はノエルが好んでいるものだったが、今は目に入らなかった。
 レオフェリス王子がどうか帰ってくれていますようにと祈りながら屋敷に到着したのだが、そこに変わらず王家の馬車があるのを見た瞬間、脱力して馬から落ちそうになった。

(外にいないということは、中にいるのか? ああ、どうしよう。何と言って謝ろう。もし謝っても許してもらえなかったらその時は……)

 玄関前で立ち尽くしていたノエルはしばらく悩んでいたが、首を振った。

(その時はその時でなんとかするか……。なんとかなるだろう、たぶん……)

 お前はそういうところがダメだ、というオズヴィンの説教を思い出しかけたが、気にしないことにした。
 ここに来るまでにろくに頭が回らなかった理由の一つは、オズヴィンに第二夫人だの抱くだの言われてどぎまぎしたせいでもあった。あの時は強気で言い返したが、内心かなり動揺していたのだ。

 あいつのせいだ、と唇を突き出して拗ねながら、ノエルはそっと扉を開けて中に入った。
 奥から何やら話し声が聞こえてくる。わっと声があがったのを耳にして、ノエルは慌てて走り出した。

(ジェフリー、メイベル!)

 もしや彼らは、旦那様の居場所を吐けと、暴行を受けているのでは?

「――そうなのですよ。ノエル坊ちゃんは、見た目も中身も、まるで天使のように美しく清らかな方でして……。あの方は領民達の誇りでございます」
「わかるよ。私にも大変良くしてくださったから」
「まあまあ、王子様にまで褒めていただいて、恐縮です。我々も鼻が高いですよ」

 ははは、うふふ、と笑い声が響いている。
 部屋に飛び込んだノエルは硬直した。長椅子にレオフェリス王子が腰かけ、ジェフリーとメイベルは楽しそうに談笑していた。王子の付き人は、部屋の隅でおとなしく控えている。
 皆がノエルの方へと視線を向け、レオフェリスが笑みを浮かべた。

「おかえりなさい、ノエル様」
「坊ちゃん、遅かったではないですか。いけませんよ、王子様をこんなに長い間放っておいて……」

 ジェフリーも様子を見たところ、無事らしく見える。
 ノエルは強ばった顔でへらりと笑い、「どうも、殿下……」と声をかけてから、ジェフリー達を壁際に引っ張っていった。

「まず先に言っておくことがある。坊ちゃんはやめてくれ。一日一回は注意しているはずだが、ちっとも改めないではないか。それでレオフェリス殿下だが、どうしていた? お前達は何もされなかったか?」
「はあ。あなたがお戻りになるのを待つと仰られるので、屋敷に入っていただく他はないでしょう。王子様だそうですから、立ちっぱなしではあんまり失礼ですよ。殿下はノエル様についての思い出話をお聞きになりたいと仰いましたから、我々が話していたところです。とても穏やかな方で、何もされやしませんよ」

 ノエル達は、声を潜めて話をした。ちらりと目をやると、レオフェリスの前の卓に置かれているのはリンゴ酒であった。王子をもてなすのならばもっと高級なものを出すべきだろう……と思うのだが、ジェフリーとメイベルにはわからないだろう。田舎者の彼らは、他国の王族と聞いてもぴんとこないはずだ。

 ノエルだって、王族に会ったのはレオフェリスが初めてだった。田舎貴族の男爵は、自国の王族にすら面会する機会がない。

 ――そうだ、王子なんだ、レオは。しかも、あの、リューネフェルトの……。

 考えただけで腹が痛くなってきそうだった。

「殿下、その、私、あの時のことを謝罪させていただきたくて……」
「あの時のこととは、何です?」

 きょとんとするレオフェリスと、彼の付き人にちらちら視線を投げながら、ノエルは言葉を押し出した。本人の前で改めて口にするのは、大変に勇気のいることだった。

「わ、わ、私が、あなたを……、い、犬扱い、したことです……」

 王子殿下を犬扱いした不敬罪。自分で自分の罪を言葉にするのはつらいものがあり、これだけで拷問に近い。
 訪問者達は武装しておらず、武器は持っていないようだが、まず殴られたり蹴られたりするのだろうか。そのまま引きずられて、馬に繋がれて隣国まで引きずられる?

 そうなりそうになったらまず、ジェフリーとメイベルの助命を願わなければ……。
 眉目秀麗な王子であるレオフェリスは、ぱちぱちとまばたきを繰り返していたが、すぐに笑顔を浮かべた。

「なんだ、そんなこと! よいのですよ、ノエル様。だって私は、あなたの犬ですから」

 ぞっとしてノエルは自分の身を抱きしめる。
 どういう意味だ?! 何故笑っている?!
 この場合、怒鳴られるより笑われる方が余程怖い。情けなくもおろおろしているノエルの手を引っ張って、レオフェリスは自分の隣に座らせた。

「あの時は身分を明かさずに、申し訳ありませんでした。追われている身でしたので、誰にも正体について知られない方がいいと判断したのです」
「それは、もちろん、そうでしょう」
「あなたのご厚意に甘えて、男爵邸に長く滞在させていただいたことは反省しております。あなた方の身を危険にさらしたかもしれなかった」
「結果的に、何もありませんでしたから」

 匿っていた期間も、その後も、レオフェリスを追っている怪しい人間は領地に現れなかったため、ノエル達は問題なく過ごしていたのだ。
 ワケアリだとは察したが、まさかそれほど大変なことに巻き込まれていたとは夢にも思わない。ノエルはレオフェリスの手を思わず強く握った。

「生きていてくれてよかった、本当に……。さぞつらかっただろう。そうと知っていたら、もっともっと、優しくしたのに……」

 ノエルは歳の近い子供とただただ楽しく遊んでいるような気持ちでいたのだ。あのくらいの年頃は、秘密というものを持つと有頂天になりがちである。自分と彼の気持ちにかなりの差があったことが悔やまれた。

 そこでノエルは自分の言動にぎょっとする。いけない、相手は王子だった。いや、次期国王だ。それも来月国王になるというお方だ。また無礼な口のきき方をしてしまって、どうして自分はこうもうっかり者なのか。
 だが、レオフェリスは怒らなかった。

「あなたは十分優しかったですよ。ノエル様に出会って、私の心は救われたのです」

 うつむいていたノエルだったが、そろりと目をあげてレオフェリスの表情をうかがった。

(もしかして……私を罰する気はないのか?)

 感謝の言葉を述べているし、顔つきも声音も終始穏やかである。
 許されているかもしれないという考えは、ノエルを励ました。レオフェリスは大国の王となる男で、器も大きいのだろう。だから自分を犬呼ばわりした貧乏男爵も大目に見てくれるのだ。

「私を許してくださるのですか?」
「恩人のあなたに、腹を立てるわけがないでしょう」

 それを聞いて、ノエルはやっと緊張をといた。
 まだ少々引っかかる点はあるものの――お互い身分がわかっているのに何故こちらを敬うような口調で話すのか? 初めは嫌みかと思ったが、そうでもないようだし――窮地は脱したようである。

「わざわざ足をお運びいただいてまで礼など、よろしかったのに!」

 ノエルが笑顔を向けると、レオフェリスも嬉しそうな顔のまま目を細める。

「用事はそれだけではありませんから」
「他に何か?」
「あなたに求婚しに来たのです」
「ああ、求婚! ……、きゅう、何て?」
「ノエル様、私と結婚してください」

 互いに手を取り合って見つめていたのだが、ノエルはそこで固まった。内容が内容だけに、言葉の意味を理解するのにやたらと時間がかかる。

「おやおや」とジェフリーが目を丸くする。
「まあまあ」とメイベルも口を押さえて驚いていた。

 ようやく何を言われているかわかったノエルは、驚愕のあまりのけぞった。

「け、けっこ、けこ、ん、けっこ、け! っこ、こけ、こけ……」

 ニワトリの鳴き声を思わせる情けない声を出して狼狽するノエルを、レオフェリスは変わらず穏やかに眺めている。
 どういうことだこれは、リューネフェルトではこういうジョークがあるのか? と王子の付き人の方を確認するが、彼らは真顔で立ったままで、にこりともしていない。

 ロマリス国とは違い、リューネフェルトは同性婚が認められている。よって、リューネフェルトの国王になるレオフェリスが、男を伴侶として迎えるのは可能である。
 だが、しかし。ノエルは隣国の小領主。釣り合わないにもほどがある。たとえ美貌は国内一(と本人と周囲は思っている)だとしても、莫大な借金の他は何も持たない下級貴族なのだ。

「ノエル様。私と結婚して、リューネフェルトで暮らしてくださいますか?」

 けこ、こけ、とまだ鳴き声をあげていたノエルだが、レオフェリスに顔を近づけられ、本心が口から飛び出した。

「い、いきなり、そんなことを言われても……っ」

 これ以外にどういう感想があるというのか。わけもわからず、人生の今後を決定するような決断を迫られているのだ。受けるも断るもない。意味がわからない。
 目を白黒させているノエルに対し、レオフェリスはすまなさそうに眉を下げて頷いた。

「確かに、そうですね。あなたが混乱されるのも無理はない。よく考えていただきたいですから、時間が必要でしょう」

 レオフェリスは名残惜しそうにノエルの手を離した。
 ということは、これで訪問は終わりだろうか。礼と、謎の求婚が今回の目的なら、もう済んだことになる。ならば帰るのか。帰ってくれるのか。

 正直に言うと、そうしてもらいたい。レオフェリス達がどうこうというより、あらゆる衝撃が強すぎて、もうノエルの精神がもたないのである。
 彼らが帰ったら、リンゴ酒を飲んで落ち着こう。そして、寝込もう。疲労感が強すぎて、足もとがふらふらなのだ。第二夫人とか結婚とか、考えるべき事柄は山とあるが、それはひとまず、寝てからだ!

「ここに一ヵ月近く滞在する予定ですから、私が国へ戻るまでに答えを聞かせていただけたらと思います」

 さらりとレオフェリスが言った言葉に、ノエルは凍りつく。

「ここって?」
「ミラリア男爵邸です」
「ミラリア男爵邸とは、ここのことか?」
「ええ」

 限界を超えた。気が遠くなり、ノエルは長椅子に倒れ込みそうになる。「あっノエル様」とレオフェリスが腕で支えてくれたので、肘掛けに頭を打ち付けずには済んだ。
 ノエルは目をつぶったまま声をあげる。

「父上、何が起きているのですか。どうしてこんなことになるのですか? どうか、愚かな私をお助けください、父上。私をお守りください! 何がなんだか……全くわからん!」

 レオフェリスは心配そうに声をかけながら、ノエルの体をさすっている。
 年寄り二人は顔を見合わせ、ジェフリーが肩をすくめた。

「いやぁ、長く生きていると、いろいろな経験をするもんだなぁ。おったまげたわい」

 場にそぐわないのんきなジェフリー老人の声が、家財を売り払ってがらんとした部屋に響いたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ハッピーライフのために地味で根暗な僕がチャラ男会計になるために

ミカン
BL
地味で根暗な北斗が上手く生きていくために王道学園でチャラ男会計になる話 ※主人公へのいじめ描写ありのため苦手な方は閲覧ご注意下さい。

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

可愛い系イケメンが大好きな俺は、推しの親友の王子に溺愛される

むいあ
BL
「あの…王子ーー!!俺の推しはあなたの親友なんだーーー!!」 俺、十宮空也は朝、洗面台に頭をぶつけ、異世界転生をしてしまった。 そこは俺がずっと大好きで追い続けていた「花と君ともう一度」という異世界恋愛漫画だった。 その漫画には俺の大好きな推しがいて、俺は推しと深くは関わらないで推し活をしたい!!と思い、時々推しに似合いそうな洋服を作ったりして、推しがお誕生日の時に送っていたりしていた。 すると、13歳になり数ヶ月経った頃、王宮からお茶会のお誘いが来て…!? 王家からだったので断るわけにもいかず、お茶会に行くため、王城へと向かった。 王城につくと、そこには推しとその推しの親友の王子がいて…!?!? せっかくの機会だし、少しだけ推しと喋ろうかなと思っていたのに、なぜか王子がたくさん話しかけてきて…!? 一見犬系に見えてすごい激重執着な推しの親友攻め×可愛いが大好きな鈍感受け

僕、天使に転生したようです!

神代天音
BL
 トラックに轢かれそうだった猫……ではなく鳥を助けたら、転生をしていたアンジュ。新しい家族は最低で、世話は最低限。そんなある日、自分が売られることを知って……。  天使のような羽を持って生まれてしまったアンジュが、周りのみんなに愛されるお話です。

呪いで猫にされた騎士は屈強な傭兵に拾われる

結衣可
BL
呪いで猫にされた騎士は屈強な傭兵に拾われる

美形令息の犬はご主人様を救いたい

BL
シエノークは美しき侯爵令息ルスランの忠実なしもべであり、犬だった。ルスランを盲信し、王家に叛逆するルスランを支え、ルスランが王家の騎士に斬られて命を落とすまで傍にいた。その後、シエノークもまた命を落とし、──ベッドの上で目を覚ました。9歳に戻ったシエノークはご主人様であるルスランの破滅を防ぐことを決意する。/美形令息×美形令息の犬

泥酔している間に愛人契約されていたんだが

暮田呉子
BL
泥酔していた夜、目を覚ましたら――【愛人契約書】にサインしていた。 黒髪の青年公爵レナード・フォン・ディアセント。 かつて嫡外子として疎まれ、戦場に送られた彼は、己の命を救った傭兵グレイを「女避けの盾」として雇う。 だが、片腕を失ったその男こそ、レナードの心を動かした唯一の存在だった。 元部下の冷徹な公爵と、酒に溺れる片腕の傭兵。 交わした契約の中で、二人の距離は少しずつ近づいていくが――。

処理中です...