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11、理想と現実
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「普通の貴族であれば、この状況ならまず間違いなく税を重くする。ミラリア領では金策として効果が薄いが、囲い込みを行うとかな」
囲い込みとは、村落などが共有していた土地を領主が私有地化して、直接管理することだ。そこで羊を飼ったりする。近年は羊毛の需要が高まっていることから、こういった手段に出る貴族も多いと聞く。
しかし、農民の生活を圧迫することもあり、ノエルは検討していなかった。
「領民達も、楽な生活はしていないんだよ。税なんて重くすれば、彼らに負担をかけてしまう。そんなことはしたくない」
ノエルの言葉に、これだから世間知らずは……とオズヴィンはいつものように呆れていた。
ノエルは自分が無事であることを知らせるのと、諸々の相談をするために再びエヴァルテス侯爵領を訪れていた。やはり、ミラリア領の財政状況や借金についての話になる。
「賢い領主というのは、領民への飴と鞭をうまく使い分ける。お前は甘すぎるぞ。奴らを虫歯にさせるつもりか? 領民がちょっとでも困るとすぐに備蓄庫を解放して与えてしまうではないか」
「去年の冬は大変だったんだ、オズヴィン」
「そう簡単に飢え死にはせんだろう。少しは我慢させろ。いざという時余計に困ることになるのは、お前達なのだぞ。お前は加減を知らん馬鹿だ」
確かに、より危機的状況になった時に、倉がスッカラカンではどうしようもない。オズヴィンの言っていることが間違っているわけではないというのは、ノエルにもわかる。
――わかるのだが。
オズヴィンはその後も、課税の話ばかりした。エヴァルテス領では交易税を徴収したという話や、他に課税するならあれやこれやと提案があった。しかし、ノエルはそれを採用できない。ノエルは、領民第一主義なのだ。
「どうにか日々を暮らしている者達から搾り取るだなんて、私にはできない」
「せめて今年の収穫祭は村人だけでやらせるか、男爵家が関わるなら規模を縮小しろ。男爵家の出費の額も馬鹿にならないだろうが」
「ダメだ! 収穫祭は、一年で皆が一番楽しみにしている行事なんだ。例年通りにやらなくちゃ……」
「ノエル」
オズヴィンは紅茶を一口飲むと、軽くため息をついた。
「理想だけならガキでも言える」
黙り込むノエルに向かって、オズヴィンはミラリア家の帳簿を見せた。オズヴィンが「次に来る時持ってこい」と言うので、渡したものだ。
「踏ん張れるのは今年までだ。方針転換しない限り、金の問題は悪化の一途をたどって、来年辺りには破滅する。どうにかする、どうにかするとお前はそればかりだが、実際どうにかできた試しがどれほどあった? 大体、この帳簿はなんだ。間違いだらけではないか。『領民の笑顔が何よりも大事だ』『支払いができない、どうしよう』。こんなことを備考に書いてどうする。日記か」
帳簿の書き方については、すでに山ほどダメ出しをされている。オズヴィンの身分であれば当然、こうした記録をする機会はないが、書けと言われれば書けるのだ。彼は領主として、領地やエヴァルテス家に関わる金についての記録は頻繁に目を通してチェックしているという。
ロマリス国の貴族は、読み書きと同時に計算も習うのが普通だ。大抵の貴族が商売や金銭に関して、抜け目がない。
(こんなはずではなかったんだ。今頃はもっと、いろいろなことが上手くいっていて……)
ノエルは卓の下で、膝の上にのせた手を強く握りしめた。
望みをかけている酒造と毛織物の工房に、男爵家は出資している。品質には自信があったので、この商売は成功すると信じて疑わなかったのだ。というか、今だって疑ってはいない。いつかきっと、良さが認められると信じている。
だが、現在窮地に立たされているノエルには、「いつか」が遠い未来であっては困るのだ。オズヴィンの言う通り、もって来年くらいまでなのである。
「幸いお前は、領民からかなりの人気がある。ミラリアの若い男爵様を嫌っている者などほとんどいないだろう。お前のためなら皆協力してくれるはずだ」
そうやって領民達の良心につけこむなんて、もっての他だ。ノエルは黙ってかぶりを振り、オズヴィンがまたため息をつく。
「意固地になり続けて領地が他人に支配されれば、混乱が起きる。それこそ、領民達が困ることになるのでは?」
オズヴィンが言っているのは、担保となっている農地のことだ。
「農地が取られるというのは……ミラリア領ではなくなるのか?」
「違う。領地というのは王から授かる封土で、領主のお前に統治権がある。土地は国王が所有するものなのだ。わかるか? 担保が差し押さえられた場合、所有権が移るのではなく、使用権や収益権が譲渡される」
眉をひそめているノエルに、オズヴィンが説明を加える。
つまり、管理をするのはノエルに金を貸したメルリド商会か、転売された債権を買った誰かとなる。領主の統治権は制限され、作物の売却益や年貢の一部などの収益権を握れるのだ。
農地が領地内の飛び地のような状況になり、ノエルは税収を失って、領民達の間にも混乱が生じる。
ノエルの権威が低下するというのはこの際大した問題ではないが、領民の間で不満が高まり、ノエルのためを思った彼らが反乱を起こして騒ぎになるかもしれないのだ。
「安定した領地があってこそ、領民が穏やかに生活できる。違うか? 彼らと痛みを分かち合うのだな。それが嫌だとお前は主張するが、自分の力不足が招いた事態だ。我慢して受け入れろ」
オズヴィンにそう言われ、ノエルは黙り込んで額を押さえた。領民達もお前を恨むまい、と慰められるが、気は晴れない。
今の状況をずるずると先延ばしにするわけにはいかず、何かしらの決断を迫られているというのはよくわかった。あの時、あんなところから、あれほどの金を借りるのではなかった、といくつもの後悔が胸をよぎったが、後の祭りである。
「大体、これほど切羽詰まる前にどうして私のところに相談をしに来なかった?」
問われたノエルは返事をしなかった。
ノエルがオズヴィンのもとをなかなか訪れることができなかった理由。それは、彼からも金を借りているからだ。利子はいらないと言われているし、返すのもいつだって構わないという太っ腹ぶりだった。
今現在、オズヴィンに金を返すあてはまるでなく、そうなるとノエルも顔を合わせにくくなってしまったのだ。オズヴィンのような資産豊かな貴族にとってははした金であるとか、彼本人が借金について何も思っていないとしても、それはまた別問題なのである。
ばつが悪くなってむっつりと押し黙るノエルの胸中をオズヴィンは察しているらしく、この話はここらでやめだ、とでも言うように手を振った。
「リューネフェルトの王子は一ヵ月滞在すると言ったか? 怪しいにもほどがあるな。きな臭い。悪徳商会より王子の方が問題かもしれん」
「レオか? レオは良い奴だぞ」
偉ぶったところはまるでなく、穏やかに過ごしている。ミラリア男爵邸では不便も多いだろうに、不平不満は一度も口にしたことがない。――頑なに同じ寝台で寝続けるのは理解不能だが。
ジェフリーとメイベルにも優しいし、たまに様子を見に来る領民達にも物腰は柔らかい。彼がリューネフェルトを統治するなら、きっと国は良い方向へ向かっていくだろうと思わせた。
「前も言ったが、この時期にお前の屋敷でダラダラしているのは非常識すぎる。よく考えてみろ、王位を奪還した王子だぞ。一ヵ月も不在にすれば、あちらの中枢は大混乱だ」
「それに関しては、姉上に任せているとレオは言っていたが……」
レオフェリスは姉がいるそうで、仇討ちも二人で協力したそうだ。なかなか剛胆な女性らしく、不在の間の仕切りは自分が請け負うから行って来いと送り出してくれたとレオフェリスは話した。
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