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12、怪しい王子
しおりを挟む「リューネフェルトの王子が、いくら昔助けられたとはいえ、お前のような男に何故求婚する?」
ノエルは少し首を傾げてから言った。
「多分、私が美しすぎるからだろうな……。ロマリス一の美少年の私の顔を、忘れられなかったのかもしれない。結婚相手の候補にしていたのだろう。実際会ったら、ほら、また美しくなっていただろう? どうしても求婚せねばならないという気になったのかもな。何せこんな美青年、さがしても滅多に見つかるものじゃないだろうから」
「お前の外見に対する自己肯定感の高さはロマリス一だな。天を突き抜けているぞ。お前でなければ私も一発くらいは殴っていただろうが、信じられないほどの美貌なのは間違いないからな」
ほぼ領地に引きこもって暮らしていたノエルと違い、オズヴィンは昔からたくさんの人々と交流があった。良家の子女も、王女にも会ったことがあるが、男女を合わせてもお前にかなう美しさを持つ人間はいなかった、とノエルを褒めてくれた。だからきっと、ロマリス一の美青年というのも自惚れではないのだろう。
「五千歩譲ってそうだとしてだ。全て不自然だろうが。まず、直接訪問する意味がわからん。頭の悪いお前に何度言えば理解してもらえるのかわからんが――」
「オズヴィン! 私は計算ができないだけで、頭は悪くないんだ!」
「黙って聞け、馬鹿者。――あの王子はな、お前が想像する何倍も、何十倍も、大変な状況に置かれているのだ。優雅に食事をしたり、のんびり眠る暇もないほどにな。城にはびこっていた悪人共を追い払い、安定した国政を実現すべく、体制を整えなければならない。お前に求婚したいのが本心であっても、まず手紙を届ければいいはずではないか。文章でやりとりをし、お前をリューネフェルトに呼び寄せるのが普通の手順だ。暇な奴が忙しい奴に会いに行くのが当然だろう」
「オズヴィン! 私も忙しいんだ。薪を割らなくちゃならないし、馬の世話もするし、帳簿もつけるし、視察もしなくてはならない!」
「リンゴの出来を午後にのんびり見て回る田舎領主と大国の王位奪還したばかりの男を同列に語るな。とにかく、書簡でやり取りをするのが常識なのだ。それが何だ? 急に訪ねてきて、しばらく滞在する?」
「そうだな、先に手紙でしらせてくれれば、寝台くらいは仕入れたのだが……。二人で寝るにはやはり狭いし」
ぼそぼそノエルが独り言を言うと、何が引っかかったのか、オズヴィンは眉間に深いしわを刻んでこちらに鋭い視線を投げた。しかしすぐに目をそらす。
「馬車もおかしい。お忍びで来るなら、王家の紋章入りのものを使うはずがない。だが、身分を明かした正式な訪問なら、あんな少人数では来ないだろう。精鋭だとしても、護衛が二人というのはいくらなんでも少なすぎる。その王子の目的は、一体何だ?」
言われてみれば、不自然かもしれない。馬車一台に主と護衛三人では、人目を忍んでやって来た雰囲気だ。しかし、レオフェリスは誰にも自分が来た事実を口止めしなかった。
田舎で噂が広まるのは早い。たった一日で、異国の王子がミラリア男爵邸に滞在していることは領内に広まったらしかった。
「王子の行動は怪しすぎるのだ。そもそも、そのレオフェリス王子とやらは、本物なのか?」
そうオズヴィンに問われると、ノエルも悩んでしまう。というのも、ノエルは「レオフェリス王子」をよく知らなかったからだ。
ノエルの見たところ、馬車の紋章は偽物ではなさそうだった。リューネフェルトの王家の紋章は、本で見たので記憶している。馬車も高級品で、粗末なところはなかった。
「レオフェリス王子だという確証はないが、私が子供の頃に会ったレオと今のレオは、同一人物に違いないとは思う」
ノエルはレオフェリスの外見などをオズヴィンに説明した。するとオズヴィンは目を閉じて黙り込む。
オズヴィンは侯爵として、ロマリスの国防を担う貴族である。優秀な私兵を抱え、独自の情報網も持っていた。エヴァルテス家の密偵は、日々あらゆる情報を集めて主のところへ届けるのだ。
エヴァルテス侯爵領の向こうがリューネフェルトであるので、当然オズヴィンは彼の国の秘密もたくさん仕入れているはずだ。内情もある程度知っており、レオフェリス王子の人相くらいは当然知っているだろう。
オズヴィンの反応を見る限り、ノエルのところにいるレオフェリスは、本物である可能性が高いらしい。
「何か理由があるはずだぞ。どんな事情を投げ出してでもお前のところに来なければならない理由が。一体、目的は何だ?」
「でもオズヴィン。レオは真面目なだけじゃないかな? 本気で結婚したい相手がいるなら、やっぱり直接会いに行くだろう」
ノエルの意見に、オズヴィンは呆れて息を吐くと卓に肘をついて頭を支えた。話にならん、といった態度で、しばらく黙って考えにふけり始める。
ノエルは自分が馬鹿だとは思わないが、世間知らずなのは自覚があった。貴族同士の腹のさぐり合いというのもやったことがなく、領地の外の世の中についてはかなり疎い。
父に溺愛され、蝶よ花よと育てられ、箱入り息子でのびのび過ごしてきたノエルに、オズヴィンは「お前は田舎から出ない方がいい」ときっぱり言った。金勘定もできないし、無駄に美人だし、どこか抜けているし、都会に行けば瞬きしている間に全て盗まれて裸に剥かれて大変な目に遭うに決まっているからだそうだ。
「……それで、王子の求婚は受け入れるのか」
オズヴィンが低い声で、唐突に言った。ノエルは驚いて瞬きをする。
「まさか! だって、向こうは国王になるんだぞ。私じゃとても釣り合わないよ」
世間知らずのノエルだが、さすがに国王の伴侶になれる身分ではないことくらいは知っている。
改めてオズヴィンから問われて、そういえば求婚されているのだったと今更自覚した。昔の友人に再会したといった楽しい気持ちで過ごしていたが、レオフェリスは今、ノエルの返事を待っている状態なのだ。
丁重にお断りしなければならないが、向こうは押しが強いので、どう言えば引き下がってくれるのか悩みどころだ。
「レオフェリス王子は美形だそうだな」
「まあ、そうだな。私の次くらいには美しいと思う」
オズヴィンもなかなかの美丈夫で、ノエルの中で顔の良さの順位をつけるなら、上から自分、レオフェリス、オズヴィンといったところだろう。
「結婚を迫られてどうだった? 嬉しかったか?」
「そこまでのんきではないぞ、私も……。さすがに恐怖しかなかったな。まあ、好きだと言われて嫌な気はしないが」
何故かオズヴィンの機嫌がどんどん悪くなっていく。平素にこやかな男ではないし、すぐに不機嫌になりがちだが、それにしても今はあからさまに苛立っている。今にも舌打ちが出そうだ。
「一緒に寝てるのか?」
「寝台が少ないからだよ」
「護衛の寝台は運び入れたと言っていなかったか?」
「レオが昔を懐かしんで私の寝床にもぐりこみたがるんだ。あんまり突っぱねたら可哀想だろう」
変なところに意固地なので、彼なら本当に床に転がって寝るか庭で丸まって寝そうである。
「ヤッたのか」
「何を?」
「奴と性交したのかと聞いている」
あんまり俗っぽい表現だったので一瞬何のことだかわからなかったが、はっきり言われてノエルは目をむいた。
「いい加減にしてくれ! そんな節操のないことをするはずがないじゃないか」
「成人二人が一つの寝台にいて、他に何をする」
「寝台は寝るところだぞ」
「そう思っているのはお前だけだ」
「今日はどうかしてるぞ、オズヴィン!」
オズヴィンがここまでむきになって尋ねてくるのは何故なのか。どう見ても腹を立てているようだし、それがどうしてなのかがわからない。たまに鈍感だ鈍感だと説教されるが、それと何か関係があるのだろうか。
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