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13、二番目は、つらい
しおりを挟む「正直に言え、ノエル。私とお前の仲だろう」
「だから、ただ寝てるだけなんだって! 裸になったりもしてないし、せいぜい戯れに唇をくっつけ……」
まずい、口が滑った。
おそらくこれはオズヴィンに話さない方がいいことだ。自分がどうこうというより、レオフェリスの名誉に関わる。
オズヴィンに睨まれたノエルは、「王子のお戯れだよ」と笑って誤魔化した。あれは口づけだとレオフェリスは言ったが、ノエルは犬のごっこ遊びの延長だと思っている。
レオフェリスも長年過酷な状況に置かれていたから、少し風変わりな遊びにこだわるのだ。貴人とはそういうものだと、本にも書かれていた。
オズヴィンはそれから両腕を組んで黙り込んでしまった。気詰まりなノエルは、お茶をちびちびと口にしてやり過ごす。
そんな変な遊びに付き合うな、だからお前は馬鹿なのだ、とオズヴィンが長い説教を始めるかもしれない。と構えていたが、いつまで経ってもオズヴィンは口を開かなかった。
どれくらい時間が経っただろうか。ようやくオズヴィンが言った。
「私の第二夫人になるという話はどうなった?」
「ぶっ」
三杯目の茶を注いでもらって飲み始めたノエルは、危うく噴き出しそうになってしまった。急に何だというのか。
そういえばそんな話をしたが、深刻な悩み(主に借金の)に流されて忘れかけていた。
オズヴィンはふざけているわけでもないらしく、真面目な顔つきでノエルが何か言うのを待っていた。
ノエルは、どうしてオズヴィンがその第二夫人の件にこうもこだわるのかを考えてみた。今までそんな提案はついぞしたことがないのだ。
オズヴィンは――心配してくれているのだろう。
ノエルがオズヴィンを兄のように思っているように、オズヴィンにとってもノエルは弟のような存在なのかもしれない。オズヴィンは昔から素直ではないし、口も悪いが、優しい男だとノエルは知っている。こちらを傷つけない程度の援助をいつもしてくれた。
だから、オズヴィンは八方塞がりのノエルを守るために、第二夫人になることをすすめているのか。エヴァルテス侯爵の財力なら、ノエルの窮状はどうとでも救える。
けれど、受けるわけにはいかない。ノエルは首を横に振った。
「そういうのは、嫌なんだ」
金のために誰かに身を捧げるなんて、自分も嫌だし、相手にも失礼な気がする。
「私の二人目の妻になることの、何が不満だ?」
これほどオズヴィンがむきになるのも自分のせいかと思うと情けなくなってくる。とにかくノエルはオズヴィンの妻になるという選択肢などなく、それはきちんと伝えなくてはならなかった。
「私は、一つの愛を向けられたいんだ。自分が一番に伴侶を愛し、愛される。それが理想であって、譲れないよ。二番目は、つらい」
この自分が二番手だなんてプライドが傷つく、という話ではない。自分にとって、二番は居心地が悪いのだ。好いた相手にもう一人愛する相手がいたら、自分はどう振る舞っていいのかわからなくなってしまう。その相手に――自分が第二夫人だとしたら第一夫人や第三夫人になるが――どんな態度で接すればいいのだろう。きっと居たたまれなくなってしまうし、幸せにはなれない。
自分の愛が百あって、愛しい人が三人の夫人に百の三等分の愛を与えるとしたら、ノエルは寂しくなってしまうはずだ。もらった三十ちょっとの愛を包み込みながら生活するのは悲しくて、逃げ出したくなるに決まっている。オズヴィンがどれほど優しく、平等だったとしても無理だ。
自分に嘘はつけない。ノエルは自分と誰か、二人きりの愛しか育めないのだ。
「確かにロマリスの法では、お前を第一夫人に迎えることはできない。では、こうするのはどうだ? 表向きの第一夫人はエレノアだが、実際私が愛するのはお前だけ、何もかもお前を一番にしてやる、というのは」
「その発言を今すぐ取り消せ」
ノエルは即座に言い放ち、オズヴィンを睨む。
「冗談でも許されないぞ。仮の話であっても、エレノア様に対する侮辱だ」
「エレノアと私は……」
「知っている。政略結婚だと何度も聞いた。しかし、たとえ理由がどうであったとしても、お前とエレノア様は誓い合って夫婦になった間柄ではないか。夫は妻を守り、幸せにする義務があるんだ。夫は絶対に、妻に恥をかかせてはならない」
女性には女性の矜持があり、それを蔑ろにすることは許されない。
オズヴィンは無表情でノエルを見つめ続け、ノエルも目をそらさなかった。
――どうして、またこんな話で揉めてしまうのだろう。
それは考えるまでもなく、ノエルが借金をしているからだ。そうでなければオズヴィンだって、こうした話を持ち出さなかっただろう。面倒見が良いだけに、ノエルを放っておけないのだ。
「……帰る」
結局自分のせいだ。
ノエルは立ち上がり、そのまま部屋を出て行こうとする。子供っぽい行動だとは思いつつ、話を変えて平常心でいられる気がしなかったのだ。
「ノエル」
後ろから手首を引っ張られて止められる。振りほどこうか迷ったノエルが振り向くと、オズヴィンの顔が間近にあった。
そのままオズヴィンはやや身をかがめ、ノエルと唇を重ねた。
「……っ!」
硬直して、ノエルは目を見開く。
オズヴィンの唇は、レオフェリスのそれとは少し感触が違った。レオフェリスの唇は柔らかくて温かいが、オズヴィンの唇は薄くて、冷たい。
呆然とするノエルは、腰を抱かれたまま動けずにいた。
そのうち、オズヴィンの手が動いて、ゆっくりと下に下がってくる。
その手が――あろうことか、ノエルの尻をつかんだ。
――パンッ!!
ノエルの手が、オズヴィンの頬をとらえる。平手打ちの乾いた音が、室内に響いた。
ノエルはわなわな震えながら後ずさりし、オズヴィンに背を向けると駆けだして部屋を出て行った。
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