美貌の貧乏男爵、犬扱いしていた隣国の王子に求婚される

muku

文字の大きさ
14 / 14

14、悪ふざけ

しおりを挟む

 * * *

 父を除けば、オズヴィンをぶった人間はノエルが初めてになる。とっさの反応だったのでそれなりに痛みはあったが、ノエルも全力で殴ったわけではなさそうであった。

(あの様子からすると、王子と寝ていないというのは本当らしい)

 ノエルが出て行き、開け放たれたままの扉を見ながらオズヴィンは思った。本人が前に打ち明けた通り、性行為の経験はないのだろう。
 あれほどの美貌で誰からも手をつけられていないというのは、奇跡に近い。
 ノエルの美しさは実際、並みのものではないのである。名匠の手によって彫られた天使の石像ですら、かなわないだろう。輝く金の髪、蒼穹の瞳、滑らかな白い肌に、紅い唇。

 普通であれば、とんでもない上玉が身近にいることに我慢ができず、村の男の誰かが決死の覚悟で男爵邸へ夜這いに入ってもおかしくないだろう。
 だが、ミラリア領の領民は揃いも揃って純朴で人柄が良い。ノエルを傷つけようとする人間など一人もいないのだ。
 ノエルはとにかく皆から愛されており、大切にされている。ノエルは高慢そうな口のきき方をするが、父と同様、領民第一主義でお人好しである。

 世間ずれしていない、真面目で気の優しいあの美青年は、生来の人たらしなのだった。
 黙っていれば近づきがたいほどの美人なのだが、喋るとまだ子供っぽく、親しみやすい。
 オズヴィンは、彼のことをまだ子供だと思っていたが、考えてみればもう成人していて、領主という責任ある立場なのだった。ノエルには、自分で考えて決断を下す自由があるというわけだ。

 オズヴィンがそこで突っ立ったままでいると、飛び出したはずのノエルが何故か引き返してきた。
 手に何か持っていると思ったら、濡らした手巾ハンカチである。
 どうやら腹を立てて出て行ったのではなく、これのためだったらしい。

「……すまなかった。殴るつもりはなかったんだが、つい……。これで冷やせ」

 そう言って手巾を渡してくる。受け取っただけのオズヴィンに痺れをきらして、ノエルが布をオズヴィンの頬にあてた。

「痛いか」
「大したことはない」
「少し赤くなってる……。悪かったよ」

 謝るのはお前の方ではないだろう、とオズヴィンはまた呆れたが、口には出さなかった。何てことをするのだ、と非難するより、自分が相手を傷つけてしまったことを反省する。それがノエル・ミラリアという男なのだ。

「もうあんな、悪ふざけはよしてくれ。物心ついてから、尻なんて他人に触られたことがないんだぞ。恥ずかしいだろう」

 口を尖らせ、ノエルはオズヴィンの手をとって自分で布をあてさせた。

 見つめ合い、真正面からノエルの顔を眺める。子供の頃から愛らしさを失わない顔立ちで、髪と同じ色をした睫毛がまばたきして上下するさまは、めまいがするほど美しい。
 まばたきだけでこんなに他人の目を奪う奴がいるか、とオズヴィンは文句を言いたくなった。年々美しさを増すのをやめろ。そのうち、正視できなくなりそうだ、と。

「お前が心配してくれるのはありがたいが、そういう形の援助はお断りするよ。身売りは御免だ。自分でどうにかする」
「どうにかするあてを思いついてから言うんだな」

 グサリときたのか、ノエルはわかりやすく落ち込んだ様子で、肩を落とした。そのまま重い足取りで、部屋を出て行く。今度こそミラリア領へ帰るつもりなのだろう。

(悪ふざけ、か)

 ノエルが去った後、オズヴィンは温くなった手巾をすぐに卓の上に放った。
 部屋の片隅に置いてあるベルを手にとって持ち上げる。音は鳴らないが、これはある者を呼び出すための合図に使う物で、その相手にしか伝わらない仕組みだ。

「閣下、お呼びでしょうか」

 音もなく現れたのは、エヴァルテス家に代々仕える隠密の者である。情報戦略に長けていたため、エヴァルテス家はここまで栄えることが出来たのだ。
 「エヴァルテスの耳に気をつけろ」と口にする貴族も多い。エヴァルテス侯爵が望むなら、ねやで国王が王妃の耳元に囁いた睦言すら知ることができた。

「リューネフェルトのレオフェリス王子について、徹底的に洗い出せ。幼少の頃、奴がミラリア邸に匿われていた時と、その後の行動を重点的に調べろ。現在、リューネフェルトの王家で何が起きているのかも探れ。それから――ノエルの父親の死に関してもだ」

 呼び出した部下が問いかけるような視線を向けてくる。

「正直、まだ私は前男爵のことが引っかかっているのだ」

 ノエルとの会話を思い出す。レオフェリス王子について語るノエルの楽しそうな表情を見た時は、はらわたが煮えくりかえりそうになった。今も怒りがおさえられず、椅子を蹴り飛ばしたい衝動をどうにかこらえているのだ。

 ――ノエルを伴侶にしたいだと?

「狐め。その本性を暴いてやる」

 リューネフェルトの猛毒王子は執念深く、切れ者だと聞いている。壮絶な手段で敵を追いつめて復讐を果たしたのだ。
 そんな王子が、幼い頃から温めてきた愛を告げるために、わざわざノエルのもとへやって来るはずがないではないか。必ず裏があるはずなのだ。
 ノエルはそういったロマンチックな展開があると信じているが、現実は甘くない。
 ぽっと出の王子の好きにさせてたまるか、とオズヴィンは舌打ちをした。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

ハッピーライフのために地味で根暗な僕がチャラ男会計になるために

ミカン
BL
地味で根暗な北斗が上手く生きていくために王道学園でチャラ男会計になる話 ※主人公へのいじめ描写ありのため苦手な方は閲覧ご注意下さい。

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

可愛い系イケメンが大好きな俺は、推しの親友の王子に溺愛される

むいあ
BL
「あの…王子ーー!!俺の推しはあなたの親友なんだーーー!!」 俺、十宮空也は朝、洗面台に頭をぶつけ、異世界転生をしてしまった。 そこは俺がずっと大好きで追い続けていた「花と君ともう一度」という異世界恋愛漫画だった。 その漫画には俺の大好きな推しがいて、俺は推しと深くは関わらないで推し活をしたい!!と思い、時々推しに似合いそうな洋服を作ったりして、推しがお誕生日の時に送っていたりしていた。 すると、13歳になり数ヶ月経った頃、王宮からお茶会のお誘いが来て…!? 王家からだったので断るわけにもいかず、お茶会に行くため、王城へと向かった。 王城につくと、そこには推しとその推しの親友の王子がいて…!?!? せっかくの機会だし、少しだけ推しと喋ろうかなと思っていたのに、なぜか王子がたくさん話しかけてきて…!? 一見犬系に見えてすごい激重執着な推しの親友攻め×可愛いが大好きな鈍感受け

僕、天使に転生したようです!

神代天音
BL
 トラックに轢かれそうだった猫……ではなく鳥を助けたら、転生をしていたアンジュ。新しい家族は最低で、世話は最低限。そんなある日、自分が売られることを知って……。  天使のような羽を持って生まれてしまったアンジュが、周りのみんなに愛されるお話です。

呪いで猫にされた騎士は屈強な傭兵に拾われる

結衣可
BL
呪いで猫にされた騎士は屈強な傭兵に拾われる

美形令息の犬はご主人様を救いたい

BL
シエノークは美しき侯爵令息ルスランの忠実なしもべであり、犬だった。ルスランを盲信し、王家に叛逆するルスランを支え、ルスランが王家の騎士に斬られて命を落とすまで傍にいた。その後、シエノークもまた命を落とし、──ベッドの上で目を覚ました。9歳に戻ったシエノークはご主人様であるルスランの破滅を防ぐことを決意する。/美形令息×美形令息の犬

泥酔している間に愛人契約されていたんだが

暮田呉子
BL
泥酔していた夜、目を覚ましたら――【愛人契約書】にサインしていた。 黒髪の青年公爵レナード・フォン・ディアセント。 かつて嫡外子として疎まれ、戦場に送られた彼は、己の命を救った傭兵グレイを「女避けの盾」として雇う。 だが、片腕を失ったその男こそ、レナードの心を動かした唯一の存在だった。 元部下の冷徹な公爵と、酒に溺れる片腕の傭兵。 交わした契約の中で、二人の距離は少しずつ近づいていくが――。

処理中です...