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勉強会編
何のための練習ですか
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「あ―――やっと終わった……」
1時間後、俺はようやく全ての模写を終えることができた。英語教師に疑われないよう文字の色や大きさを調整。これなら流石にバレないだろう。
「お疲れ。じゃあそれ使うから返して」
借りていたノートを閉じると、莉乃は返却を求めてきた。テーブルに広げた教科書から視線を離さず、代わりに手を差し出す形だ。
「はい、ちゃんと綺麗なままだぞ」
言われるがまま返す。すると、莉乃は何も言わずに受け取ったノートをそのまま横に置いてしまった。
「ん? 確認しなくていいのか?」
俺がそう聞くと、莉乃は「なにを?」と言いたげなほど心底不思議そうな顔をする。
「いや、だから、ノートが無事かって確認だよ。しなくていいのかって」
「ああ、そういう。別にしなくていいよ」
「……後で文句言っても謝らな。いからな」
「だからいいって……そんだけ不安に思ってたら、拓海も汚さないように注意してたんだなって分かるし。それで十分」
「それで汚れてたらどうすんだよ」
「信じてますとも。なんたって私、拓海の彼女ですから」
「答えになってないじゃん……」
けらけらと笑う莉乃。なんだか小馬鹿にされてる感じがする。
「拓海。いい感じにキリが良くなったから、そろそろ昼にする? もう12時半だよ」
時計を見ると、確かに昼食の時間帯だった。それに気がつくと、途端に腹が空く。
「じゃあ一旦休憩して飯でも食うか。午後も俺の部屋で勉強するんだろ? なら1時間後にまたここで再開ということで」
俺が立ち上がると、莉乃はぽかんとした表情でこちらを見上げていた。
「……え、解散? なんで? てっきり下のファミレスに行くと思ってたのに」
「いや、今日は自炊するよ」
親がいない日はマンションの下にあるファミレスに行くのが常となっていたが、外食続きは身体に悪いということで自炊を強制されてしまった。
もちろん最初はする気がなかったが、母さんは周到にも食材を既に買い込み、帰宅後に冷蔵庫の減り具合を確認するとまで宣言した。完全に俺を管理する気だ。
「一緒に行ってもいいけど、材料減ってなかったら後で怒られるんだよ……。だから今日はパスで」
「えー? 私にごねられて仕方なくって言えばいいじゃん。ここで日和るなよ」
「まあ、そんな感じなんで……悪いけど一人で行ってきてくれ」
「意気地なし」と悪口を言う莉乃は明らかに不満そうな顔をしていた。
が、なにを思いついたのか、莉乃は急に晴れ渡った表情を浮かべ始めた。
「ねえ、拓海。材料が減ってたら叔母さんに怒られないんでしょ?」
「? そうだけど―――って、まさか……」
嫌な予感がした。
「いや、駄目だからな? お前一度やらかしてんだからな? 料理させないからな?」
「でも拓海も料理下手じゃん。まだ私の方が食べられるよ?」
「そうだけど……! けど……レシピ通りにやればきっと……」
「そう言ってこの前焦がしたばかりじゃん。どうせ今回も無理だよ」
「まだ分かんないだろ!? もしかしたら知らないうちに腕前がプロ並みになってるかもしれないだろ!?」
「宝くじじゃないんだから……でも、それで外したら拓海の叔母さんはなんて思うんだろうね?」
「え……」
黒焦げになった料理を見てしまった母さんがどんなリアクションを取るのか、想像できない。いや、したくもない。
「大丈夫だって。私も練習してだいぶ上手くなったんだよ?」
腕を振って自信満々を強調する莉乃。それを見ると、信じてもいいかなと思えてしまう。
「……分かった」
結局、自分の感性を信じることに決めた。
ーーー
「……美味い」
莉乃の作った料理を口に含み、俺は思わず声に出してしまった。
「でしょでしょー!? 流石、私の腕前!」
「おかしい……いつもならべちゃべちゃしてて全く素材の味を生かせてなかったのに……」
野菜は芯まで火が通り且つ食感も失っていない。肉も硬くならず味付けがしっかりしている。莉乃が作った野菜炒めとは到底認められない程だった。
「やっぱり私の方が上ってことね! 拓海にはこんなの作れないでしょ!?」
「ああ、本当にすごいよ。美味い」
「お、おお……なんだよ素直かよ……」
「普通に美味くて感動する」
「普通て言うな」
不貞腐れる莉乃だが、してやったりといった顔が見え隠れしている。実際、俺の舌は莉乃特製野菜炒めの虜になっていた。俺は莉乃にしてやられたとも言える。
「でも、こんな美味いならどうして言ってくれなかったんだよ? 知ってたら莉乃に頼みたかったのに」
料理が上達したことを知っていれば、初めに狼狽えることもなかったのに。
「ほんとはもっと練習したかったんだよ? これでも今日は上手くいった方だし、普段は全然失敗することもあるし」
「そうなの? 別に失敗しても食べるのに……文句は言うけど」
「だから嫌だったの! 拓海って本当にそういうとこあるよね……私がどんな気持ちで練習してたかなんて知らないくせに……」
「……俺ってそんなに酷いことしてたの?」
無知ほど残酷なものはない。発言には気をつけなければ。
「(って言ってもなぁ……)」
赤の他人なら注意できるが、相手が莉乃だと話は別だ。
長年同じ環境で過ごしていると、自然と相手への警戒心が緩んでしまう。加えて莉乃は隣の部屋
に住んでいる隣人。注意を払っても気づけば家族同然の扱いになってしまう。
だからといって莉乃を傷つけていい理由にはならないけど。
「……まあ、努力するよ」
「うん、反省してよ? どんなに無知を晒してきたのかって。無自覚にもほどがあるから」
「そこまでなのか……」
駄目だ、全く身に覚えがない。
「莉乃は知ってんだろ? だったら教えてくれよ? 全然分からん」
「駄目。どうせ拓海のことだから言われてもピンとこないでしょ? なら自分で気づいてもらわないと」
食事中何度も求めたが、最後まで一貫して首を縦に振ってくれなかった。
「(結局自分で見つけるしかないのか……)」
可能性として挙げられるものは一切ないが、明確に莉乃が嫌だと感じているものが存在しているらしい。
俺自身が莉乃にしている無自覚な言葉、それを知ることができれば……
これは先の長い問題かもしれないなと予感した。
1時間後、俺はようやく全ての模写を終えることができた。英語教師に疑われないよう文字の色や大きさを調整。これなら流石にバレないだろう。
「お疲れ。じゃあそれ使うから返して」
借りていたノートを閉じると、莉乃は返却を求めてきた。テーブルに広げた教科書から視線を離さず、代わりに手を差し出す形だ。
「はい、ちゃんと綺麗なままだぞ」
言われるがまま返す。すると、莉乃は何も言わずに受け取ったノートをそのまま横に置いてしまった。
「ん? 確認しなくていいのか?」
俺がそう聞くと、莉乃は「なにを?」と言いたげなほど心底不思議そうな顔をする。
「いや、だから、ノートが無事かって確認だよ。しなくていいのかって」
「ああ、そういう。別にしなくていいよ」
「……後で文句言っても謝らな。いからな」
「だからいいって……そんだけ不安に思ってたら、拓海も汚さないように注意してたんだなって分かるし。それで十分」
「それで汚れてたらどうすんだよ」
「信じてますとも。なんたって私、拓海の彼女ですから」
「答えになってないじゃん……」
けらけらと笑う莉乃。なんだか小馬鹿にされてる感じがする。
「拓海。いい感じにキリが良くなったから、そろそろ昼にする? もう12時半だよ」
時計を見ると、確かに昼食の時間帯だった。それに気がつくと、途端に腹が空く。
「じゃあ一旦休憩して飯でも食うか。午後も俺の部屋で勉強するんだろ? なら1時間後にまたここで再開ということで」
俺が立ち上がると、莉乃はぽかんとした表情でこちらを見上げていた。
「……え、解散? なんで? てっきり下のファミレスに行くと思ってたのに」
「いや、今日は自炊するよ」
親がいない日はマンションの下にあるファミレスに行くのが常となっていたが、外食続きは身体に悪いということで自炊を強制されてしまった。
もちろん最初はする気がなかったが、母さんは周到にも食材を既に買い込み、帰宅後に冷蔵庫の減り具合を確認するとまで宣言した。完全に俺を管理する気だ。
「一緒に行ってもいいけど、材料減ってなかったら後で怒られるんだよ……。だから今日はパスで」
「えー? 私にごねられて仕方なくって言えばいいじゃん。ここで日和るなよ」
「まあ、そんな感じなんで……悪いけど一人で行ってきてくれ」
「意気地なし」と悪口を言う莉乃は明らかに不満そうな顔をしていた。
が、なにを思いついたのか、莉乃は急に晴れ渡った表情を浮かべ始めた。
「ねえ、拓海。材料が減ってたら叔母さんに怒られないんでしょ?」
「? そうだけど―――って、まさか……」
嫌な予感がした。
「いや、駄目だからな? お前一度やらかしてんだからな? 料理させないからな?」
「でも拓海も料理下手じゃん。まだ私の方が食べられるよ?」
「そうだけど……! けど……レシピ通りにやればきっと……」
「そう言ってこの前焦がしたばかりじゃん。どうせ今回も無理だよ」
「まだ分かんないだろ!? もしかしたら知らないうちに腕前がプロ並みになってるかもしれないだろ!?」
「宝くじじゃないんだから……でも、それで外したら拓海の叔母さんはなんて思うんだろうね?」
「え……」
黒焦げになった料理を見てしまった母さんがどんなリアクションを取るのか、想像できない。いや、したくもない。
「大丈夫だって。私も練習してだいぶ上手くなったんだよ?」
腕を振って自信満々を強調する莉乃。それを見ると、信じてもいいかなと思えてしまう。
「……分かった」
結局、自分の感性を信じることに決めた。
ーーー
「……美味い」
莉乃の作った料理を口に含み、俺は思わず声に出してしまった。
「でしょでしょー!? 流石、私の腕前!」
「おかしい……いつもならべちゃべちゃしてて全く素材の味を生かせてなかったのに……」
野菜は芯まで火が通り且つ食感も失っていない。肉も硬くならず味付けがしっかりしている。莉乃が作った野菜炒めとは到底認められない程だった。
「やっぱり私の方が上ってことね! 拓海にはこんなの作れないでしょ!?」
「ああ、本当にすごいよ。美味い」
「お、おお……なんだよ素直かよ……」
「普通に美味くて感動する」
「普通て言うな」
不貞腐れる莉乃だが、してやったりといった顔が見え隠れしている。実際、俺の舌は莉乃特製野菜炒めの虜になっていた。俺は莉乃にしてやられたとも言える。
「でも、こんな美味いならどうして言ってくれなかったんだよ? 知ってたら莉乃に頼みたかったのに」
料理が上達したことを知っていれば、初めに狼狽えることもなかったのに。
「ほんとはもっと練習したかったんだよ? これでも今日は上手くいった方だし、普段は全然失敗することもあるし」
「そうなの? 別に失敗しても食べるのに……文句は言うけど」
「だから嫌だったの! 拓海って本当にそういうとこあるよね……私がどんな気持ちで練習してたかなんて知らないくせに……」
「……俺ってそんなに酷いことしてたの?」
無知ほど残酷なものはない。発言には気をつけなければ。
「(って言ってもなぁ……)」
赤の他人なら注意できるが、相手が莉乃だと話は別だ。
長年同じ環境で過ごしていると、自然と相手への警戒心が緩んでしまう。加えて莉乃は隣の部屋
に住んでいる隣人。注意を払っても気づけば家族同然の扱いになってしまう。
だからといって莉乃を傷つけていい理由にはならないけど。
「……まあ、努力するよ」
「うん、反省してよ? どんなに無知を晒してきたのかって。無自覚にもほどがあるから」
「そこまでなのか……」
駄目だ、全く身に覚えがない。
「莉乃は知ってんだろ? だったら教えてくれよ? 全然分からん」
「駄目。どうせ拓海のことだから言われてもピンとこないでしょ? なら自分で気づいてもらわないと」
食事中何度も求めたが、最後まで一貫して首を縦に振ってくれなかった。
「(結局自分で見つけるしかないのか……)」
可能性として挙げられるものは一切ないが、明確に莉乃が嫌だと感じているものが存在しているらしい。
俺自身が莉乃にしている無自覚な言葉、それを知ることができれば……
これは先の長い問題かもしれないなと予感した。
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